突然の知らせに、僕は耳を疑った。
妹が死んだ……正確には、殺されたという。
しかも、妹を殺したのは従妹らしい。
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従妹の家は複雑な事情で、幼い頃の数年を僕の家で過ごしていたこともあった。
今、思い返せば……従妹を家で保護していたのだろう。
両親の不仲、経済的な問題などの諸事情で、従妹は暗く心を閉ざしていた。
そんな従妹を、妹は本当の妹のように可愛がっていた。
端から見たら、本当の姉妹のように見えただろう。
もちろん、僕も従妹を妹のように可愛がった。
その数年間を、僕らは三人兄妹のように過ごしていた。
仲睦まじく共に過ごした幸せな時間は、従妹の両親が離婚したことで、唐突に終わりを迎えた。
母親に連れられていく従妹の淋しげな小さな背中を、妹と見送ったことは未だに忘れられない。
あの日から十数年ぶりの再会が、こんな最悪な形になるなんて誰が予想しただろう。
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被疑者として勾留されている従妹は、負のオーラをまとっていた。
まるで、世界中の不幸を一人で背負っているかのような、重苦しい空気が面会室を支配していた。
あの幼かった頃の面影は、微塵も残っていない従妹。
では、最愛の妹を殺した従妹の前に、何故、僕がいるのか。
別に従妹を責めるためにいる訳ではない。
僕は弁護士。
そして、従妹は依頼人なのだ。
従妹は殺意を否認した。
あんなに仲が良かった、姉のように慕っていた妹を殺すはずがない。
僕もそう思った。
駅のホームで偶然見かけた妹に声を掛けようと肩を叩こうとしたら、バランスを崩して背中を押す形になり、妹はホーム下へ落ちた……そこへタイミング悪く電車が滑り込んできた……。
僕は公判で、従妹の潔白を訴えた……あれは不幸な事故だったのだと、従妹の生い立ちから、その後、母親が死に、現在は孤独であることも含め、裁判員達に必死に訴えかけた。
そして、見事に無罪を勝ち取ったのだ。
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僕は釈放された従妹を迎えに行った。
元々、口数の少なかった従妹は僕に深々と頭を下げた。
僕は無言で頷き、従妹を車で家へ送った。
安普請のアパートの二階の一室が従妹の家だった。
従妹は僕に上がるように勧め、僕もそれに従った。
しばらく留守にしていたからか、室内は埃っぽく、何処か息苦しく感じた。
従妹は窓辺に立ち、僕を振り返って口を開いた。
「私が殺したの」
そう自責する従妹に、僕は笑って言った。
「違う……事故だったんだよ……もう誰も、僕も君を責めたりしない」
僕の言葉を、従妹はクスクス笑い、首を横に振った。
「殺したのよ……私の意思で……殺したかったから殺したの」
凍てつく微笑をたたえながら、従妹が僕を見つめていた。
あんなに仲の良かった妹を殺したと言うのか!!
従妹の嘲笑にも似た笑みに、僕の怒りは爆発した。
「何故だ!!あんなに慕っていたじゃないか!!」
僕が投げつけた質問に、従妹はニヤリと口角を歪めた。
「ずっと…ずっと前から、殺したかったの……だって、幸せそうなんだもの」
従妹の回答の意味が僕には分からなかった。
「あの後、私がどれほど苦しんだか、貴方に分かる?」
従妹は濁った瞳で、僕を睨みつけていた。
「地獄から勝手に天国に連れて行った癖に、また地獄に突き落とされた……幸せを、温もりを知ってからの地獄に、私は耐え難い苦しみを味わわされたのよ!!」
絶句している僕を、従妹は夜叉のような眼で射貫き、叫んだ。
「あの女は幸せを見せびらかして、私を哀れみ、見下してた……だから、殺したの」
「哀れんでなんかいなかったよ!!妹はお前を……本当の妹のよ」
「私は妹なんかじゃない!!私はあの女の人形だったのよ……面倒見がいい自分に酔って、それを周りに見せつけて、私に幸せを押し付けてただけなのよ」
あの可愛かった従妹はもう、そこにはいなかった。
今、目の前にいるのは幸せを妬み、歪んだ思い込みで人を殺したケダモノだ。
「お前……」
僕が怒りで固く拳を握りしめていると、従妹は嘲笑するように口元を釣り上げた。
「でも、貴方のお陰で私の罪は無くなった……だから、誰も私を裁けない……でも、貴方には罪が課せられた……人殺しを野に放ったんだもの……自分の妹を殺した罪人を、貴方の手でね……」
「フフフ」と吐息混じりの笑い声を発しながら、従妹は窓を大きく開け放つと、強い一陣の風が、部屋の中へ入り込んできた。
「貴方は罪を犯したの……決して償えない罪を」
従妹の背を向けたままの呟きを聞いて、僕は頭が真っ白になった。
気が付くと、僕は花瓶の取っ手を持っていた。
ドライフラワーのようになってしまった褪せた黄色のバラと、陶器の破片が辺りに散らばり、割れた花瓶の底にはベットリと赤い鮮血がこびり付いていた。
「うぅ……」
僕の足下に転がっている従妹が、小さく呻いた。
「……これで、私のオンガエシが…完せ」
おぞましい笑みを浮かべて何かを言いかけていた従妹は、そのまま事切れた。
もう動かなくなった従妹を見下ろし、僕は手に持っていた花瓶を、色の抜けた畳の上にゴトリと落とした。
僕が従妹の目的に気づいたのは、この時だった。
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その後、遠くから近づくパトカーのサイレンを聴きながら、僕はただ立ち尽くしていた。
作者ろっこめ
A子シリーズの新作が思ったより進まないので、過去に書いていたオムニバスから取り敢えず放出します。
まぁ、生存報告を兼ねまして、ということで。