いさ美さんが新居に引っ越してから一ヶ月が経ったある日、私はいさ美さんに誘われ、画廊巡りをすることになりました。
何でも、部屋が寂しく感じるので、絵の一枚でも飾ろうかと思い立ったそうです。
私も美術館などを見て回るのが好きなので、取り敢えず近場の画廊を二人で巡ることにしました。
画廊に飾られる絵は、有名な画家から新進気鋭の画家まで、様々な作品が飾られています。
中でも、名もない画家の作品が、ある日突然、とんでもない価値に跳ね上がることが、ないこともないので、そういう掘り出し物を探すために画廊巡りをする人はいるそうです。
もちろん、いさ美さんはそんなつもりで絵を探す訳ではありません。
目的は、部屋のインテリアとして飾るだけなので、安くて良い絵ならば、贋作だって構わないのです。
何気なくフラッと入った画廊には、知らない名前の画家の絵がたくさん並んでいました。
花や果物を描いた静物画や子供や女性を描いた人物画、思わず目を伏せてしまうような裸婦など、タッチや色彩の使い方の独特な絵達がジャンルもバラバラに壁に掛かっています。
「どう?」
飾られた絵の一枚一枚を吟味している いさ美さんに訊ねると、どうもしっくり来てない様子です。
「そうですね……青の使い方が今一つですし、モデルもありきたりで、オリジナリティを感じませんし……」
あ、そう……。
鑑定士みたいなことを言う いさ美さんに若干引きながら、私もいろいろ眺めて回りました。
思いの外アートに詳しい いさ美さんの解説を聴きながら見ていると、いさ美さんの足がピタリと止まりました。
「どうしたの?」
いさ美さんの目を釘付けにする絵が気になって、私もその絵に目をやると、ネットリとした黒いバックを背にした白無垢姿の女性と、紋付きを着た男性の絵でした。
その絵を見た瞬間、私の背筋を電光石火の如く悪寒が駆け抜けました。
無表情の男性の横に佇む、角隠しで顔を隠した花嫁。
幸せそうどころか、異様で不気味さを孕んだ絵に、いさ美さんは心を奪われたように魅入っています。
「先輩、これにします……」
マジで?!
何処の誰だか知らない人の婚礼の絵だよ?
絵自体は油絵のようで、近くで見ると表面に凹凸があり、上手いかどうかと訊かれたら、上手くはないという印象の絵でした。
この絵が、あんなにアートに造詣が深い いさ美さんのオメガネに敵う絵とは到底思えません。
「本当にいいの?それよりこっちの何だか分からないけどスゴそうな絵の方が良くない?」
私の声など聴こえているのか、いないのか、いさ美さんは私を無視して店員さんを呼びました。
「この絵をください」
値段も気にせず、いさ美さんがあの絵を指差すと、店員さんは嬉しそうに言います。
「ありがとうございます。あなたのような綺麗な方にお求めいただけて、画家もきっと喜んでいると思います」
店員さんの台詞に何となく違和感を感じた私は、店員さんに作者のことを訊きました。
「この絵を描かれた方は?」
私の質問に、店員さんは影のある笑みを湛えて答えます。
「……えぇ、実はこの絵を描いた直後に亡くなったらしいんです」
縁起悪いこと、この上ないじゃん!!
私はやんわりと思いとどまるように説得を試みましたが、いさ美さんの意志は固く、結局、購入してしまいました。
あんな絵を部屋に飾るの?
この時の私は、芸術は難しいんだなぁ……なんて思いながら、いさ美さんが絵の代金を支払っているのをただ見守るしかありませんでした。
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その一週間後、突然、雪さんが深刻な顔で私を訪ねて来ました。
私の居場所は大体カフェ的なところか、図書館のどちらかと決まっていたので、探すのは簡単だったと思います。
雪さんは図書館にいた私を見つけるなり、カフェ的なところへ誘いました。
雪さんが相手では断る理由もないので、私は素直についていきます。
雪さんは席に着くなり、神妙な面持ちで私にズィッと顔を近づけて言いました。
「ウチの隣に住んでる子、いさ美ちゃんやったっけ?あの子がいなくなったらしいねん……」
月舟さんに続いて、いさ美さんも?
何かとやらかす月舟さんならともかく、しっかり者のいさ美さんが蒸発した……。
でも、私は雪さんの言葉で、すぐにピンときました。
あの絵だ……。
「雪さん!ちょっと一緒に来てもらえますか?」
「お、おぅ……別にエェけど」
何も頼むことなくカフェ的なところを出て、私は雪さんと共に、月舟さんを探すことにしました。
月舟さんに電話をすると、月舟さんは自宅にいるとのことなので、いさ美さんの部屋の前で落ち合うことにし、一先ず雪さんと いさ美さんの部屋に向かいます。
万全のセキュリティを雪さんの力で掻い潜り、いさ美さんの部屋の前で待っていると、息を切らせて月舟さんが到着しました。
「お゛待゛だぜじま゛じだ……ぜん゛ばい゛がだ……」
そんなに急いで来なくてもいいのに……。
大きく肩を上下させながら、月舟さんが合鍵を使って、いさ美さんの部屋の鍵を開けます。
本当はこんなことしたくないけれど、今回は緊急事態ですから、仕方がありません。
雪さんがドアを開けて中に入ろうとした時、時間が止まったかのように動きを止めました。
「何や……コレ……」
雪さんが固まっているのを見て、私と月舟さんも中を覗き込むと、窓ガラス等は割れてはいないものの、室内が荒らされています。
「何や?強盗か?」
「ゆゆゆ誘拐ですか!?」
茫然とする雪さんと月舟さんをすり抜けて、私は部屋に入りました。
いつもはキチンと揃えられている靴が散らばり、玄関からすぐのダイニングのテーブルはズレていて、椅子が倒れています。
リビングが比較的荒れてなかったのと、ロフトのベッドが整然としているのを見て、私は一つの推論を立てました。
「雪さん、強盗はないと思います……物取りなら、まず金目のモノがありそうな場所を探すでしょうし、タンスの引き出しは開けられた形跡がありません……だとすると、目的は いさ美さんだったということになりますね」
「えぇっ!!それじゃ……いさちゃんは拐われたってことですか!?」
「そういうことになるね……それもそうなんだけど、月舟さん……いさ美さんが買った絵を知らない?」
私の問いに月舟さんが首を傾げます。
「絵?ですか……そう言えば、いさちゃんらしくない変な絵がありましたねぇ……」
「その絵って、何処に飾られてた?」
「それなら、そこの壁に……あれ?ねぇぇぇっ!!」
何もない壁を指差しながら、相変わらずベタなリアクションの月舟さんをジト目で見ると、雪さんが話に割って入ってきました。
「ちょぉ、どういうことか話が見えへんねんけど……説明してぇや」
ごもっともな雪さんの質問に私が事の経緯を話すと、雪さんは目をキラキラさせて言います。
「その絵!ウチも見たい!!」
見たいと言われても、ここにないし……。
そう思っていると、月舟さんがニンマリとニヤつきながら例のアレを取り出しました。
「テッテレー♪デ~ジ~カ~メ~!!」
でかした!
月舟さんはデジカメのメモリーから二日前の動画を再生し、私達に見せます。
「せんぱい、コレですよね?」
月舟さんが差し出すデジカメに表示された画面に映る あの絵を見て、私は身震いしながら頷きました。
やはり、何だか気持ちが悪い……。
「何なん?この絵……めっちゃエグいやん」
雪さんも気持ち悪いらしく、顔をしかめています。
「とりま、アイツの出番やな」
「……ですね。A子せんぱいなら、何か分かるはずですよね!」
結局、こういう時はA子に頼らなければならない不甲斐なさを感じながらも、そうせざるを得ないのは私も分かっていました。
「あ!A子ぉ?ウチやけど、エエ肉が手に入ったんやけど……来ぇへん?」
何だかんだで、雪さんが一番A子の使い方を知っている気がする……。
「今は一刻を争う時です。私はこの絵について調べたいと思います」
「じゃあ、ワタシもせんぱいについていきます!!」
「なら、A子のことは任しとき!!何か分かったら、お互いに報告な!」
A子の方は雪さんに任せ、私と月舟さんは絵について調べることにしました。
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この時はまだ、いさ美さん失踪事件が、あんな結末を迎えるなんて、誰も想像していなかったんですが、それはまた別の話です。
作者ろっこめ
ちまちま書いていたら、めちゃめちゃ長くなってしまいましたので、取り敢えず、前編として先に投稿します。
後編は書き上げ次第、投稿します。
いやぁ、こんなに長くなるとは……。
それより、何だかんだで投稿作品数が50作を超えていたことに驚愕しました。
そんなに書いてたんだ……わたし。
(ΦωΦ:)まぢか……。
後編では、以前に登場したキャラも再登場します。
チョイ役だった あのキャラが、この事件の重要な鍵を握っている!!……と、ちょっとだけ煽ってみる。
嗚呼、時間が……欲しい…………。