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長編8
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僕と夢を見ませんか?

桜の花びらが舞い散る木の下でその人は佇んでいた。

まるで、そこだけが切り取られた絵のように私の目に飛び込んできた。

一目惚れ。

柔らかな薄い茶色の髪の毛に花びらがひとひら。

触れてみたいと思った。

その日から、私の世界はあの人の物になった。

寝ても覚めても、あの人のことばかりが頭から離れない。

それでも、私には、何もすることが出来ずに、ただひっそりとあの人を見ていることしかできなかった。

それで、満足するはずだったのだ。

ある日、不意にあの人から声をかけられるまでは。

「よく会いますね。えーっと、君は、何年生?」

同学年では無いことは、知っているようだ。

「い、一年生です。」

私は、たぶんこれからずっと、言葉を交わすことは無いであろうと思っていた、その人からの声掛けに舞い上がっていた。

「君の名前は?」

ああ、もう嬉しくて気絶しそうだ。

「斉藤です。」

「下の名前。」

「えっ、あぁっ、弘樹です。」

「ヒロキかぁ。僕は、木下 尚人。」

呼び捨てにされた!今、私の心は、雲の上にある。

木下 尚人、もちろん知っている。好きな人の名前は、すぐに知りたいに決まっている。

私はあらゆる手段を使った。図書館の貸し出し表で、フルネームを知り、あなたをつけて、何年何組かも全て調べたし、出身中学も人伝に聞いて調べた。バレないように、あとをつけて、家も知っている。

こういうのをストーカーというのかもしれない。もっとも知られなければそれには当たらないだろう。

私は、物心ついたころから、自分の性別に違和感を感じていた。そして、好きな人は必ず男の子。

私は確信した。性同一性障害についても、何度もネットで調べた。

一時期は悩み、苦しんだ。しかし、悩んだところで、基本的なところは変わらないのだ。

私は、私。誰にも変える事はできない。それならば、変わる必要はないのだと。

ただ、思いだけをそっと自分の胸の中にしまっておけば、片思いに終わる。誰にも迷惑はかからない。

今は恋を諦めるだけ。大人になれば、もう少し、違う選択が開けるかもしれないから。

その日から、木下先輩から声をかけられるようになり、たまに一緒に帰ったりもした。

私は毎日が夢のようだった。まさか、自分から行動しなくても、木下先輩とこんなに親しくしてもらえると思わなかった。

木下先輩は、時々抜け殻みたいになる。そういうところが、ミステリアスで、ますます好きになった。

木下先輩の隣に居ることができるだけで幸せだった。

そんなある日、木下先輩は、学校帰りに公園に行こうと言い出した。

これって、まるで、公園デートみたいだ。私は一人、フワフワと浮かれていた。

ベンチで先輩の隣に座る。もうそれだけで、先輩側の体が、火がついたみたいに熱かった。

心臓は私の体から飛び出して、一人歩きしそう。

「ねえ、ヒロキ、僕のこと、好きでしょう?」

唐突にそう言って目を見つめられて、私は爆発しそうになった。

それはそうだ。好きが止まらなくて、きっとあふれ出して木下先輩を好きオーラで包んでしまって、バレないはずがない。私は、もうこの夢のような時間は終わるのだと思った。

私が黙っていると、木下先輩はさらに続けた。

「僕と、夢を見ませんか?」

「えっ?」

唐突にそう言われ、私は、何のことか意味がわからなかった。

先輩の髪が風に誘われるように揺れた。

「僕の夢の続きを見て欲しいんだ。」

ますます、何を言っているのかわからない。

「僕の夢に、ヒロキが出てきたんだよ。もう1年も前の話だ。」

1年前なら、私はまだ小学生。先輩と出会っているはずもない。

「僕は、小学生の頃から夢日記をつけてたんだ。最初は荒唐無稽な話が多くて、断片的なものだった。」

私は先ほどまでの自分の気持ちを知られた恥ずかしさを忘れて、深刻な顔で話す先輩を見つめていた。

「夢を記録するのが楽しくて、毎日夢を見たいとすら思った。でも....。」

そう言うと先輩は口ごもり視線を落とした。

「僕は、いつの頃からか、夢に支配されるようになった。」

「どういうことですか?」

「夢の中で、誰かが僕に、いろんなことを指示するようになった。僕は、愚かだった。夢日記をつけているうちに、夢はだんだんとリアルになっていったので、面白がって、夢を操作しようとしたんだ。つまり、自分の好きなように夢を操る。」

「操ることはできたんですか?」

「最初はね。夢の中では、僕は万能。何もかもが思うとおりにいって面白かった。でも、ある日得たいの知れない何かが僕の夢に侵入してきた。」

「得体の知れない何かって?」

「それは、いつも様々。必ず、僕に何かをするように、指示してくるんだ。」

「何かを?」

「うん、例えば、現実の友人に、近所の山に登るように伝えろとか、母親に庭に枇杷の木を植えるように伝えろとか。それが、まったく知らない叔父さんだったり、おねえさんだったり、とにかく見知らぬ誰かなんだけど、顔ははっきりと覚えている。しかも、全て意味の無い荒唐無稽なことばかり。最初は変な夢を面白がって記録していたけど。でも、だんだんと夢が僕に指示をしてくることが現実で果たされないと、夢の中で僕に詰め寄ってくるようになった。何でお前は、言う通りにしないかと。」

「えっ、でも、それって自分の夢じゃ...。」

「そうは思っても、夢から覚めると、強迫観念に駆られるんだ。本当にそれを伝えなければならないような気がしてくるんだよ。」

私は、先輩はもしかして病んでいるのではないかと思った。

それをなるべく悟られまいと、話に耳を傾ける。

「君は、僕を狂ってるって思うかもしれない。でも、一つだけ、僕の夢に救いがあったんだ。」

「救い?」

「うん、それが君だよ。ヒロキは、僕の夢に出てきて、そいつらの言うことを聞くなと言ってくれたんだ。もしかして、君が僕の救世主になってくれるかもしれない。そう思った。」

「でも、僕には何もできませんよ。きっと。お力になれそうもない。」

「僕が願うよ。君に僕の夢を見て欲しい。そう願えばきっと、僕らは同じ夢を見れるはず。ねえ、明日、土曜日だし。僕の家に、泊まらないか?」

「えっ!」

私は、自分の顔が真っ赤になり、心臓がドクンと跳ね上がるのを感じた。

いきなり、好きな人の家にお泊りだなんて。先輩は、私が先輩に好意を持っていることを知りながら、そんな提案をしてくるということは、まさかと思いつつも、期待してしまう。

「いいんですか?」

私は、意味深な言い方をして、先輩を試してみた。

「うん、遠慮はいらないよ。家にも連絡して、君の分の夕飯も用意させるよ。」

ああ、やっぱり。私は、変な期待をした自分を恥じた。

友人として私は招かれるのだ。

その夜、私は、先輩の部屋に布団を敷いてもらって、先輩のベッドの隣に寝ることになった。

それでも、私は、少し甘い期待を捨て切れなかった。

布団に入って電気を消すと、先輩のベッドから白い腕が伸びてきた。先輩の腕だ。

そして、その腕は私の布団に伸びてきた。ドキドキした。

「ヒロキ、手を繋ごう。」

「えっ!」

私の心が舞い上がる。先輩ももしかして、私のこと...。

「手を繋いだほうが、きっと同じ夢をみることができるよ。」

少し落胆。でも、先輩の不安を少しでも私が和らげることができるのなら。

私は先輩の手を握り返した。緊張しているはずなのに、私は手を握ったとたんにあっという間に眠りに落ちた。

夢の中で私は先輩を探していた。

霧の深い灰色の世界にぽっかりと、大きな建物が浮かんでいた。

それは、霧に浮かんでいるのではなく、霧と同じ色をしていたために、蜃気楼のように見えただけで、近づくに連れて、その輪郭をあらわにした。

私は、誘われるように、その建物に入っていく。

広いエントランスには、カウンターが一つあるだけで、誰も居なかった。

どうやら、そこはホールのような施設であり、私は、数ある扉の中の重厚な扉を一つ開けた。

すると、突然、耳にはオーケストラの演奏が飛び込んできた。

ステージでは、オーケストラが何かの曲を演奏している。聞いたこともない音楽だ。

私はステージにすぐに違和感を感じた。オーケストラがまず、人間ではない。

ブリキの玩具が演奏しているのだ。指揮をしているのは、人間。

後姿からして、まだ若い男性。男性というより、少年だ。

近づくに連れて、それが誰かということを認識する。

「先輩?」

私が声にすると、演奏はピタリと止まって、その人は振り向いた。

「僕の世界へ、ようこそ。」

先輩は、怪しく笑う。

指揮棒を指揮台に置くと、先輩はゆっくりとステージから降りてきた。

それを追うようにスポットライトが移動して、私と先輩を照らす。

「ねえ、ヒロキ。ヒロキは自分を理解できない世界は嫌いだよね?」

私は困惑した。先輩は何を言ってる。

「ヒロキは何も悪くないよ。男の子が好きで何が悪い?人は十人十色というだろう?いろんな性格や恋愛のカタチがあって当たり前なんだ。」

先輩が私の手を握る。

「ヒロキは、もう悩まなくていいんだよ。だって、今日からずっとこの世界で暮らすのだから。」

「先輩、どういうことですか?」

「僕はね、ヒロキをずっと救いたかった。僕とヒロキは一心同体なんだよ。」

先輩は、そう言うと、私の頬に手を当てて、顔を近づけてきた。

先輩の細く尖った鼻先が、私の鼻先に触れ、もう少しで唇が重なる、その時だった。

「おっきろおおおお!ヒロキ!」

耳元でキンキンと声が響き、頬を往復ビンタされた。

私は、目が覚めた。

私に馬乗りになっているのは、幼馴染の凛だった。

「リン?」

私が目を開けると、そこは墓場であり、大きな桜の木の下だった。

はらりと桜の花びらが、私の顔にひとひら降り注ぎ頬に張り付いた。

「なにやってんだよ。こんな所で寝ちゃって!」

凛が叫んだ。

「僕、どうしたのかな?」

僕がぼんやりと、凜を見つめて言うと、凜がようやく、僕の上から体をどけてくれた。

「どうしたのかな、じゃないよ。あんた一ヶ月も行方不明だったんだよ?いったいどこに行ってた!私、心配したんだからね!」

そう言うと、堰を切ったように、凜の目から涙が溢れ出した。

「ごめん、よくわからないけど、泣かないで。」

私は凜をなだめた。

そして、今までの経緯を全て話した。

「何言ってんの?うちにはそんな先輩は居ないよ?」

凜はきっと先輩のことを知らないのだと思った。

ところが、いくら調べても、そんな先輩は存在しなかったし、先輩の家も存在せず、そこは空き地だった。

私は何かに取り憑かれていたのだろうか。

それとも、先輩は私が作った幻?

私は、無事、家族の元に戻った。

両親は、泣いて喜んで、私は今までの悩みを全て両親に打ち明けることにした。

両親は驚いたが、理解を示してくれた。

全てはうまく行くはずなのに、私にはどうしようもない喪失感が残った。

あれは全て夢か、私の作った妄想だったのだろうか。それとも....。

私は、思い至って、その日から夢を記録することにした。

そして、ついに想いが叶う。

その人は、やはり桜の木の下で待っていた。

「僕と夢を見ませんか?」

その人は微笑んだ。

やっと会えた。もう私には、あなたを失うことなど、考えられない。

Concrete
コメント怖い
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珍味様
コメント、怖い、ありがとうございます。

そ、そんな恐ろしいこと、言わないでくださいよ~w
マジで今、頭抱えてますw

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