遂に響と対峙した女性。
それは同時に、古より存在する一族同士の決着の刻でもあった。
息をもつかせぬ攻防の中、その本領を発揮した響に体の自由を奪われた女性。
響は動けぬ女性を亡き者にしようと、次なる動きを見せた。
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響は動けぬ女性を前に、地面へと札を並べ始めた。
並べた札の数は五枚。
「さぁ…。
何枚目まで耐えられますか…?(笑)」
響はそう言うと一枚目の札に指をそっとのせた。
?!
響が指を乗せた一枚の札が、炎の玉となり女性へと向かう。
「あ"っ!」
小さく叫び声を上げる女性。
炎の玉へと変化したソレは、動けぬ女性の左足へと着弾した。
「あ…あれでは貴方のお姉様は!
何とかしなければ…。」
男は女性の窮地にオロオロした様子を見せている。
そんな男に対し、青年が言う。
「ここから離れましょう。
すみませんが、肩を貸して頂けますか?」
青年の、この薄情とも取れる言葉に、男は驚きの表情を見せる。
だが、青年はそんな男に構わず話しを続けた。
「このまま此処にいれば、私達まで巻き添えを受けてしまいます。
まだ間に合います。
姉さんが大人しくしている今の内に…。」
「お、大人しく??」
男は青年の言っている事の意味が理解出来ない。
そんな男の心境を察したのか、青年が説明を始めた。
「貴方はまさか姉さんが窮地に立たされているとでも思っていませんか?
もしそうだとしたら、それは貴方の思い過ごしですよ(笑)
姉さんはまだ、響の力を見ているに過ぎません。
あの人が、本当の闘いを始めるのはこれからですよ?
だから、闘いを始めた姉さんの巻き添えを受けない様に、此処から離れようと言っているのですよ(笑)」
闘いを始めるのは今から…?
男はどうしても青年の話しを信用出来ない。
目の前にいるのは、動きを封じられ、攻撃をその身に受ける事しか出来ない女性。
その女性が少々、抵抗をしたからといってその形勢が変わるとはとても思えなかった。
男がそんな考えを巡らせている中、響の手によって、二ノ札が放たれた。
札は小刀に姿を変え、一直線に女性へ向かうと、その頬を切り裂いた。
「貴方ほどの術者でも、そうなると哀れですねぇ(笑)」
片足に火傷を負い、頬を血で染める女性を見つめながら、響が嫌らしい笑みを浮かべ言う。
女性は俯き微動だにしない。
「さぁ、チマチマと小細工はここまでです。
次の札で、貴方も終わる事になるでしょう。
何か言い残す事はありませんか?
共に同じ時代を生き抜いて来た一族の末裔同士。
その最後の言葉、しかと私が聞き取らせて頂きます。
さぁ、どうぞ。」
響は女性に対し、この世で最後の言葉を促す。
だが、女性は俯いたまま、何も答えない。
「そうですか…。
何も思い残す事は無いのですね?
いいでしょう…せめて痛みを感じぬ様、一瞬で消して差し上げます。」
響はそう言うと、三ノ札にその指を乗せた。
?!
途端に足元の土が盛り上がり、地中から地上へと姿を現した者。
それは、真っ黒な体を波の様にうねらせ、その牙は刀剣が如く研ぎ澄まされた、双頭の大蛇であった。
大蛇は長い舌をチロチロと動かし、自由を奪われた女性を見据える。
そして、その長い尾を地面に打ち付けたかと思うと、その巨体からは想像も出来ぬ程の速度で女性に詰め寄る。
裂ける程に大きく開かれた口が女性を呑まんと、その鎌首を持ち上げた時…。
「もういいわ…。」
ボゴっ!
?!
今まさに女性へと食らい付こうとしていた大蛇の巨体が後方へ吹き飛ばされる。
響と男は突然の事に驚き、大蛇に目を奪われた。
そんな二人が目にした物は、頭が歪み、遠目に見ても絶命しているのは明らかな大蛇の姿と、炎を上げ燃え盛る二枚の札。
「がっかりしたわ…。」
?!
大蛇に目を奪われていた二人は、突然の女性の声に肩を震わせた。
そこには、体の自由を奪われた女性の姿。
いや、自由を奪われたはずの女性が腕を回しながら歩く姿。
「き、貴様!何故動ける?!」
響が驚愕の表情で女性に問う。
女性は響の問いにキョトンとした表情を見せ、答える。
「なぜ動ける?
何故って言われても…最初から動けるんだけど?」
?!
「ふ、ふざけるな!
確かに貴様の自由は奪っていた筈だ!
何をした!答えろ!」
響は動揺を隠せない。
そんな響に対し、女性は溜め息をつく。
「はぁ〜。
あんた何様のつもり?
あんな術で本当にあたしの自由を奪ったつもりでいたの?
冗談でしょ?(笑)
あっ!でも…最後の言葉がどうこう言ってたわよね?
じゃあ本当にあれであたしを殺れると思ったんだ?」
女性はわざとらしく、手を口元に当て、ププっと笑って見せた。
「姉さん…。
性格悪すぎだよ…。」
青年が首を左右に振りながら呟いた。
「き…貴様…貴様ぁ!!
またしても私を愚弄するか!」
響は女性の態度に激昂し、三枚の札を地面に叩きつけた。
「一体は倒せても、三体ならばどうだ!」
響が叫ぶと三枚の札が、瞬時に三体の黒鬼へと姿を変えた。
「う…嘘でしょ?
冗談よ…ね?」
三体の鬼を前に、女性は動揺を隠せない様だ。
「ははは(笑)
さすがの貴様も、三体の鬼を前にしては成す術無しか?(笑)
このままヤツラに切り刻まれ無残に死んでいけ!」
響の言葉に、女性はゆっくりと首を左右に振りながら言う。
「嘘…。
嘘よ…絶対嘘!
この期に及んで、まだあたしとやるつもりなんて…。
そんな馬鹿が本当にいるの…?」
?!
「貴様!自分が置かれている状況が分からぬ程に、取り乱しているのか?!
訳の分からね事をグダグダと!」
そう言い放つ響を女性が、哀れみを帯びた目で見つめる。
「泣きながら謝りでもしたら、許してあげようと思ったんだけど…。
そう…なら仕方ないわね。」
そう言うと、女性は胸の前で手を組み、印を結び始めた。
「あれ?
あの印は…。
そっか…出さないんだね?
姉さん…。」
女性の結ぶ印を見て、青年が呟いた。
「言っとくけど、もう遅いからね?
泣いても許してあげない(笑)」
女性は笑みを浮かべ、響に言う。
「黙れ!
貴様ごときが偉そうに!
すぐに死ね!」
響の合図と共に、三体の鬼が凄まじい速度で瞬時にその場から姿を消した。
「伏せ!!」
?!
ドン!!ドン!!ドン!!
鬼が姿を消すのと同時に、突如鳴り響く激しい衝撃音と、辺りを包み込む土埃。
土埃により周りの状況が把握出来ない。
?!
吹き抜ける風が、舞い上がる土埃を消しさった時、響は衝撃の光景を目の当たりにする。
ゆっくりと晴れて行く土埃。
そこで響が目にした物は、消える前と変わらぬ位置で地面に倒れ込む三体の鬼と、そこに佇む女性の姿。
この状況を響は理解出来なかった。
だが、考えられる事はただ一つ。
女性の速度が、鬼のそれを遥かに凌駕し一瞬の後に三体の鬼を地面へと叩き伏せた。
「ば…馬鹿な!
人間ごときがそんな事を…。」
強がってはいるが、響の目は明らかに女性に対して、恐怖に怯えている。
「伏せ出来たねぇ〜(笑)
やれば出来るんだね(笑)」
女性は鬼を見ながら微笑み、その視線を響へと移した。
「あんた、足動く?(笑)」
?!
不意に女性に問われた響は、その時になり、始めて足が動かない事に気付いた。
「なっ?!
貴様いつの間に?!」
響は足を動かそうと必死にもがく。
「あぁ…分かってると思うけど、その子達に触れない方がいいわよ?(笑)」
?!
自由を奪われた響の周囲。
そこにはいつの間にか、無数の蝶がヒラヒラと優雅に舞っていた。
これには響も混乱し、その身を震わせてさえいる。
「そ…そんな事が…。
いや、信じられん!
三体の鬼を倒し、私の足の自由を奪い、更にこの無数の蝶までも…。
こ…これをあの一瞬で全て成し遂げたと言うのか!
これが…これが貴様の真の実力なのか…。」
女性に術者としての格の違いを見せつけられた響は、肩を落とし、項垂れている。
「はぁ〜?!
ちょっと!!冗談じゃないわよ!
これがあたしの真の実力???
馬鹿にしないでよ!」
響の言葉に、猛反発する女性。
「これが貴様の実力でなければ何だと言うのだ!
まさかまだ上がある訳でもあるまい!」
「だから〜!
あんた何様なの??
あんたのそのちっちゃな器であたしを判断するの止めてくれない?
あたしを、ごとき、ごときって言うけどね、あたしからしてみれば、あんたごとき格下に、最初から本気も何も無いのよ。
分かる?」
「く…好きに言え…。
どうやら私の負けの様だ…。
だが!!
私が貴様に負けただけで、我が一族が貴様の一族に劣る訳では無いぞ!!」
響は歯を食い縛り女性に言う。
女性はそんな響の言葉に、汚れた服を払いながら答えた。
「それも言ったわよね??
その時代にあたしは居なかった。
もし、その時代にあたしがいれば、あんたの一族、あたしの一族、どっちにしてもあたしが最強だって(笑)」
女性は笑顔でそう言い放つと、響に背を向け二人の元へ歩き出した。
「?!
ま、待て!
貴様、私をこのまま放っておくつもりか!
勝負が着いたのなら、早々に消滅させろ!
情けではないだろうな?!
その様な物は必要ない!
早く消せ!!」
響の言葉に、女性は足を止める事無く背を向けたまま答える。
「情け?
あんた馬鹿じゃない?
生憎、あたしはそんな物、持ち合わせちゃいない。
あんたはもう終わってんのよ。
気付いて無いでしょうけど、あんたにはもう術をかけてある。
その内、消えて無くなるから安心して。」
背を向けて歩く女性は手をヒラヒラと振り、その場を去って行った。
「あ、ありがとうございます!!
ありがとうございます!ありがとうございます!」
こちらへ戻って来た女性に対し、男は何度も頭を下げる。
「これでもう犠牲者が出る事は無くなるのですね…。
本当に何とお礼を申し上げたら…。」
男は涙ぐみながらそう話した。
「まぁ、国や警察は、これからも無駄な捜査を続けるでしょうけどね?(笑)」
女性がそう言い微笑む。
「あぁ〜でも疲れちゃった〜。
依頼も無事終わったし、あたしは先に帰るわ…。」
女性はそう言うとさっさと山を降りて言った。
「あ、あの!
依頼だけの関係故に、要らぬ詮索はしまいと、今回は、名前すらも聞かぬと決めていたのですが、あなた様のご活躍に胸を打たれました。
どうか…どうかお名前だけでも!」
去り行く女性に男が声をかける。
「うら若き乙女に名前を聞くなんて失礼ですよ〜?
どうぞご自由に想像して下さい(笑)」
女性は名を告げず、そう言い残し山を降りた。
それでも男は諦めが付かない様で、弟である青年にしつこく詰め寄った。
青年はあまりのしつこさに観念したのか、やっと女性の名を教えてくれた。
「絶対…絶対に姉さんには内緒ですよ?
絶対ですよ?いいですね??
彼女は…。
あの人は…。
宿御一族、十六代当主。
宿御 トメ」
作者かい
終了〜(^-^)v