「神様はね、嘘を見抜くんよ。」
それがたまにしかしゃべらない祖母の口癖だった。
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私が幼い頃、田舎に住んでいた祖母は連休の度に遊びに来る私をたいへん喜んでくれた。
普段からほとんどしゃべらないうえに喜怒哀楽を現さない祖母だが、
裏の山へ虫取りに連れて行ってくれたり、採れたての野菜を川で冷やして食べさせてくれたり、たくさんのことを教えてくれた。
祖父はすでに他界していたため、遊びを教えてくれたのは全て祖母だった。
そんな優しい祖母にも私はいたずらをしたり嘘をついたりしていたのだが、その時にだけ口を開く祖母が決まって言うのが先ほどの口癖だ。
神様ってそういうものなんだと軽く聞き流していた私も、言われ続けると怖いよりもまたか、、となってくる。
そうなるとついつい口答えしてしまうのだが、ある日帰るのが遅くなった時にのことだ。
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「・・・心配したがね。」
「一回帰ってきたけど、虫籠忘れてきたけん取りに戻っとったん!」
「嘘をついても神様が見よるけんね。神様はね、嘘を見抜くんよ。」
(またそれか・・・)「神様なんておるわけないやん!」
「気付いてないだけやがな。どっかで必ず神様は見とるんよ。今もね。」
いつもなら終わっている会話が、今日はなぜか続いている。
私は興奮してさらに続けた。
「今も?じゃあばあちゃんは見えとるん?どんなんか教えてよ!」
「・・・すぐそこにおるよ。そういえば、昔はじいさんも見えてたって言よったねぇ。ばあちゃんが見えるようになったのはじいさんが死んでからだよ。」
半信半疑な私の目をまっすぐ見つめて、何か覚悟したようにうなずいた後、静かに祖母は語ってくれた。
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祖父がまだ生きている頃、ある時から急に「神様がこっち見よるけん、ようしゃべれんわ」と言いだしたらしい。
その時は祖母には見えなかったので祖父がついにボケたのかと思っていたのだが、実際に祖父は死ぬまでの間一度として冗談や嘘を言わなかったのだった。
嘘をつかないとは良い心がけだ、くらいにしか思っていなかった祖母だが、祖父が何かに怯えているような感じがしていたのが少し気になっていた。
そして祖父の通夜、葬式の準備等で忙しく働いていた祖母に母が、
「ずっと働きっぱなしで疲れたやろ。お父さんが死んで辛いのにごめんね。」と言うと、
「寿命やから仕方ないけん。悲しなんかないよ。ばあちゃん元気だから安心しい。」
母に心配をかけまいと、つい強がりを言ったその時だ。
祖母の視界の隅にふと見知らぬ人影が映った。
家族全員が集まっていた部屋の一番奥にいた祖母は、部屋全体を視界に入れることができていたので家族の後ろの入口付近に隠れるようにいたそれを、はじめは祖父の訃報を聞き駆けつけてくれたお客さんだと思って顔を向けたらしい。
しかしそれを見た瞬間、ぞわーっと背中から頭の先までを悪寒が掛け登った。
それは目をこれでもかと見開き、だが感情が全く感じられない無機質な表情でまっすぐにこちらを指さし見続けている。
「ひっ・・・」
体中の血が冷えていくのを感じながら、祖父が生前言っていたことを思い出していた。
「どうしたの?」
固まっている祖母に母が話しかけた。
はっとして母を一瞬見た祖母は、すぐに視線をそれに戻したがその時はすでにいなくなっていたという。
だが、祖母にはなぜそれが見えるようになったのかわからなかった。
安心させまいと強がりを言った祖母は、それを嘘などとは思っていなかったのだ。
いや、祖母は本当に大丈夫だと思っていたのだろう。しかし、心の奥で抱いていた感情は悲しみ。
当然だが、やはり祖父の死は辛かったということだ。
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それからというもの、「家族想い」な祖母は事あるごとにその神様がこちらを見ているのを感じるようになった。
そして現れる原因が嘘や冗談だということに祖母は気づいていた。作り笑いですら現れるようだ。
しかししゃべらないと生活できないので、気にしないようにした。
すると、最初は遠くから見ているだけだった神様も、回数を重ねるごとにその存在が強くなってきている。
違う、少しずつ近づいてきていた。でも気にしてはいけない。
そうしているうちに、神様はすぐ後ろまでやってきてしまった。
背中に視線を感じる。
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見え始めたころからずっと避けていたこと。
それだけはいけないと考えないようにしてきたこと。
ついにやってしまった。
それを正面から見てしまったのだ。
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「・・・!!!」
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声が出なかった。
嘘を見抜くためとはいえこれでもかという程に見開かれていた目は、眼球全体が見えるまでに達し、今にも破裂しそうなほどに血走っており、この世のものとは思えない禍々しいものだった。
こちらをさしている指は今にも顔に当たりそうだ。
心臓を鷲掴みにされたような圧迫感と救いようのない恐怖、そして嘘を見抜かれたという罪悪感がそれを一層恐ろしいものにした。
気のせいだから大丈夫だと言い聞かせていたがもう無理だ。
神様をはっきりと見てしまった。
恐怖してしまった。
もう気にせずにはいられない。
脳裏に焼き付いて離れない。
逃げることも、
忘れることも、、
誰かに助けを請うことも、、、
もう何もできない。
しゃべることもできず、それでも心配させまいと作った笑顔にすら現れる神様を恐れ、祖母は本当に何もしなくなってしまった。
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話を聞かされた時の私は、服もズボンもびしょびしょで、それはもう大惨事だったらしい。
もちろん上は涙、下はお漏らしである。
今まで何事にも動じず冷静だと尊敬していた祖母が、強いと思っていた祖母が、実は恐怖から何もできなくなっていたということが幼かった私に果てしない絶望感を与えたのだ。
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・・・
・・・
・・・
笑わなくなってどれくらい経つだのろう。
時は経ち、祖母の話に一度は恐れ慄いたものの、あれは怪談や言い伝えのような作り話だったのではと思うようになっていった。
実際のところ、何度も嘘や冗談を言ったが、何も見えなかったのだ。
だが今は、あの時の祖母の気持ちが良く分かる。
ちょうど祖母が死んだ2年前の夏ごろから、私にもその神様が見えるようになってしまった。
徐々に会話を拒み、皆を避けはじめた私を困惑しながらも心配してくれた友人たちは、ついに愛想を尽かし離れていってしまった。
これで良いんだ。
もう誰にも近づかない。
誰も近づいてこない。
だが終わるわけにはいかない。
終われない。
私には、最後に言わなければならないことがある。
私は気付いてしまった。
伝えなければならない。
もう嘘をつけない、隠せないからこそ確かめなければならない真実を。
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「あれは目を見開いているのではなく、瞼が切り取られているのだ。
指をさしているのではない。私を掴もうと力いっぱい手を伸ばしているのだ。
あいつは神様なんかじゃない。
それが証拠に、ほら・・・あいつは現れない。」
作者ネストン
皆様、お久しぶりです。
誰か覚えていてくれt・・・聞かないでおきます。
今回のお噺は嘘についてです。
嘘はダメですよね。
でも正直に生きるのも難しい世の中です。
間違いや変な箇所がありましたらご教授ください!
しかし自分で読み返すと文章が壊滅的に下手すぎて辛いので、
やっぱり私は観客席のがお似合いですね!