「お〜い!帰ったぞ〜!」
階下でオトンの声がする。
「お帰り〜って…。
何それ?
また訳の分からんもん買うてきて!」
「そんな言い方せんでも(笑)
ちゃうねん。
仕事の帰りにペットショップの前で売っとってな。
何や懐かしなって買うてしもてん。
カブトムシ(笑)」
二階の自室で聞き耳を立て、両親の会話を聞いている僕。
オッサンがええ歳してカブトムシて…。
そう呟き、寝返りをうつ僕。
いつもならば、両親の会話に参加しているのだろうけど、今はそれどころでは無い。
今、僕は酷い倦怠感と頭痛に悩まされている。
今日でもう三日も続くこの症状。
病院には行っていない。
病院に行った所で治る物ではないと分かっているから…。
僕には、こうなった理由について思い当たる節がある。
あれは三日前の学校での事。
「おい!カイ!!
おいて!!」
まるで遠くから僕を呼ぶ様に、僕の耳元で叫ぶ友人A。
「君はアホなのか?
それとも僕の鼓膜を破壊せよと命でも受けたのか?」
僕は冷めた目でAを見ながら言う。
「見つけたで!!(笑)」
僕の問いには答えず、満面の笑みを浮かべそう言ったA。
普通なら何の事か分からないだろうけど、僕にはAの言いたい事がすぐに分かった。
それは、このAという馬鹿者が、オカルト以外には一切興味を示さない、生粋の馬鹿だからだ。
おおよそ、新しい心霊スポットでも見つけたのだろう。
「俺らの家の近所にあるあの廃屋!
今まで知らんかったけど、あっこめっちゃヤバいらしいわ!」
聞いてもいないのに、興奮気味に話しだすA。
Aが言うには、僕達が物心付いた時からそこにあった見慣れた廃屋に、孤独死をした男性の幽霊が出るというありきたりな内容。
だが、十何年とその廃屋の近くで暮らして来たが、そんな話しは一度も聞いた事が無かった。
「A?
それってガセネタちゃ…」
「今日の二十時に突撃や!」
僕の話を遮ると同時に、今夜の廃屋突撃作戦を決めたA。
邪魔くさ…。
全くと言って良いほど、オカルトに興味の無い僕にとっては、正直どうでも良かったが、こいつは昔から一度言い出すと聞かない…。
渋々了承した僕は、一度家へ帰り約束の時間を待った。
そして約束の時間に廃屋前でAと合流し、作戦通りに突撃した僕達だったが…。
「はい!解散!!」
突撃から僅か五分でAからの解散号令。
「そらそうやろ…。
こんなちっこい廃屋に突撃も何も…。」
僕達が突撃したのは、単なる廃屋。
廃病院でもなければ、廃ホテルでもない。
ただの廃屋。
五分もあれば十分過ぎる程に見て回れる。
しかも、何も起こらない。
男性どころか、ネズミ一匹見る事は無かったのだ。
「ほなまた明日!」
そう言ってAはとっとと帰って行った。
去っていくAの背中に悪態をつき、僕も家へと帰る。
だが…。
そこから僕の謎の体調不良が始まった。
たった五分間しか滞在していない、しかも霊的な事が一切起こらなかったあの廃屋が、今回の体調不良の原因だとはとても思えないのだが、思い当たる節はそれしか無い…。
そして謎の体調不良から四日。
その日、僕は塾があったので帰宅が遅くなり、一人トボトボと駅裏を歩いていた。
すると、僕の前方に小さな明かりが見えて来た。
その明かりに近付いて行くと、「占い」の文字が。
体調不良も四日目に入り、そろそろ寺か神社か?と考えていた僕は、本当に何か憑いているのなら占い師にも分かるのでは?と考え、椅子に腰掛ける老女に話しかけた。
「すいません…。
占いとはちょっとちゃうねんけど…。」
僕が老女に対し話しかけると、老女はゆっくりと顔を上げ僕を見た。
「ヒャ!?」
老女は顔を上げ僕を見るなり短く悲鳴を上げ、腰掛けていた椅子ごと後ろへ倒れ、泡を吹いた。
突然の事に慌てた僕は、どうしていいか分からず猛ダッシュ。
そのまま止まる事無く、家まで走り帰った。
何かよう分からんけど、やっぱり何か憑いとるな…。
さっきの占い師の様子から、やはり僕には何かが憑いているのは明白だった。
その翌日、重い体を引き摺る様に登校した僕は、この数日の出来事をAに報告した。
Aは暫く険しい表情で考え込む様な素振りを見せ、口を開いた。
「そんな事よりマリちゃんて知ってるか?」
?!Σ(゜Д゜)
僕はあの廃屋突撃作戦から五日間もの間、体調不良に悩まされている。
この話をAにした時も、この五日間の苦しみを表面に出し、少し大袈裟位でAに打ち明けた積もりだ。
だが…。
この馬鹿者はそれをあっさりとスル―したばかりか、マリちゃんなどと訳の分からないヤツの名前を切り出してきやがった。
「あの…A?
俺…マジでヤバいかもやねんけ…」
「マリちゃんなぁ…アレとよう似てんねん。」
またスル―?!Σ(゜Д゜)
やっぱりこいつに相談したんが間違いか…。
僕はAに相談する事を諦め、代わりにマリちゃんとやらの話を聞いてやる事にした。
Aいわくマリちゃんとは、リカちゃんそっくりの怪異らしく、ある番号に電話をすると、それがマリちゃんに繋がり、電話をかけた人物の元へマリちゃんがやって来ると言う、これまたありきたりな話しだった。
「で?それがどないしたん?」
僕が問う。
「番号知ってんねん!
カイ電話して?」
?!Σ(゜Д゜)
またまた驚かされる僕。
そしてこの後、色々とやり取りがあったが、例のごとく僕が電話をする事になった。
Aが見守る中、携帯にAが教えた番号を打ち込み通話ボタンを押す。
………………………。
「お掛けになった電話番号は…」
やっぱり…。
携帯を耳にあてながら、Aに向かって首を左右に振る僕。
がっかりした表情で背を向け去っていくA。
そんなAの背中を見ながら、携帯を耳から離そうとしたその時。
「ザ…ザザ…わたし…マ…ちゃん…」
ん?!
携帯を耳に当て直す僕。
「ザ…ザ…わたし…マリちゃん…あなたの所へ…遊びに…ザ…ザザ…いく…ね…。
プップ―プ―プ―…………」
多少ノイズが入っていたが、それははっきりと聞こえた。
電話に出た相手は、自分をマリちゃんと名乗り、僕の元へ遊びに来ると確かに言った。
さて…。
僕は何食わぬ顔で携帯をポケットへしまうと、帰宅準備を始める。
勿論、何者かが着信に応じた事はAには告げない。
いや…あの電話には誰も出ていない。
出るはずがないのだ。
僕は無理矢理、自分にそう言い聞かせ、何も無かった様に帰路へついた。
校門を出ると、シトシトと雨が降り始めていた。
僕は鞄からお気に入りの折り畳み傘をとり出し、雨をしのいだ。
「ただいま〜」
家へと辿り着いた僕は、玄関を開け帰宅を告げる。
だが、室内からは誰の返事も無い。
いつもは明かりが灯っているリビングも真っ暗で、今、この家に僕以外の住人がいない事を告げていた。
靴を脱ぎ、リビングへ入ろうとすると、ガサガサと何かが動く音が…。
一瞬、ドキっとしたが、冷静になり音の出所を確かめる。
電気をつけていなかった為、薄暗く少し不気味な雰囲気。
そして…。
それはリビングの扉横にいた…。
「お前かい!
しばくぞ!」
僕を恐怖に落とし入れた音の犯人は、親父が買って来たカブトムシだった。
何となくイラっとした僕は、カブトムシが入れられている虫カゴを左右に揺すぶってやった。
そして、カブトムシに勝った僕はリビングへと入って行く。
すると、テ―ブルの上に一枚のメモが。
そのメモは、親戚に不幸があり、両親共、家を開ける。と言った内容の物で、帰りは明日の夕方になるとも書かれていた。
僕はメモを丸めるとゴミ箱へ放り投げ、二階の自室へと向かった。
そして制服を脱ぐなり、ベッドへと横になる僕。
あかん…ほんましんどい…。
僕はベッドに横になり、暫くボ―っとしていたが、そのまま眠ってしまっていた。
どれくらい経ったのだろう?
いつの間にか眠ってしまっていた僕を、携帯の着信音が目覚めさせた。
僕は寝惚けながら携帯を手にとり、画面を確認する。
非通知…。
チっ!と舌打ちをしながらも着信に応じる僕。
「はい…もしもし?」
「ザ…ザ…わたし…マリちゃ…今…◯◯駅…にいる…の
プップ―プ―」
?!
それまで寝惚けていた僕の頭が一気に冴える。
今…マリちゃんて…。
◯◯駅って…。
僕は必死に考える。
今の声は間違いなく、昼間の相手と同一。
それに◯◯駅は、家から一番近い駅…。
?!
まさか?!
コイツほんまに来る気か?!
僕は上半身を起こし、部屋を見回す。
いつもの自室。
特に変わった様子は無い。
どうする?どうする?
僕は言い知れぬ恐怖にかられ、必死に考えを巡らせた。
?!
不意に鳴り響く着信音。
僕は恐る恐る電話に出てみる。
「ザ…ザ…わたし…マリちゃん…今…◯◯公園に…いる…の…
プップ―プ―」
?!
間違いない!
コイツは確実にこの家に向かってる!
今、電話で告げられた◯◯公園は、僕の家のすぐ近くにある公園。
もう、そこまでマリちゃんが…。
体が震える…。
恐怖で動く事が出来ない…。
僕は布団を頭からかぶり、来るな来るなと必死に祈る。
だが…。
再び着信を告げる携帯。
僕は出ようかどうか悩んだが、出ない方が恐ろしい事が起こりそうな気がして、携帯を耳にあてる。
「ザ…ザ…わたし…マリちゃん…今…あなたのおウチの前に…いる…の…。
今…から…いくね"ぇ"え"え"え"!!!」
バン!!!!
?!
マリちゃんの電話が切れると同時に階下でもの凄い音がする。
何者かが玄関の扉を乱暴に開けた音…。
来るな!来るな!来るな!
僕は必死に祈る。
ズ…トン…ズズ…トン…。
静まりかえった家の中に響く音。
何かを引き摺る音と、階段を登ってくる音。
ズ…トン…ズズ…トン…。
僕は恐怖で頭がおかしくなりそうだ。
頭から被った布団の隙間から、部屋の扉一点を見つめ祈り続ける。
来るな!頼む!来るな!
だが…。
トン…。
遂にソレは僕の部屋の前に辿り着いた。
そして…。
バァン!!!
「う"わ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"〜!!!!
ああああ…あ…あ…あ??」
扉が開け放たれたと同時に叫び声を上げた僕。
僕はてっきり、マリちゃんとやらが立っているものと思っていた。
だが…。
そこに立っていたのは兄…。
何故か金属バットを片手に、鬼の形相の兄が佇み僕を睨み付けていた。
ここで少し兄の説明を。
兄は僕より四つ上で、顔は超が付く程のイケメン。
おまけに高身長ときたもんだから、世の女性が放って置く筈がない。
事実、僕はそんな兄に嫉妬し続けている。
だが、そんな兄には致命的な欠点がある。
それは、超が付く程の小心者なのだ。
あの愛くるしい目で見つめて来るチワワにさえ、涙を流しながら逃げ惑う程。と言えば、大体、想像は出来るだろう。
しかし、不思議な事に小心者の兄が幽霊の類いにだけは偉く強気なのだ。
そんな兄が今、僕の目の前にいる。
「笑うな!
笑うな言うとんじゃ!気持ち悪い!!」
?!
兄が突然叫ぶ。
「お前ホンマ…キモ過ぎるんじゃ!
笑うな言うとるやろがコラぁ!!」
兄はそう言うと、手に持った金属バットを高々と振り上げた。
え?ちょっと待って?それで俺を殴る気?!
兄は完全に目がすわっている。
そして…。
ゴンっ!!
部屋中に響き渡る鈍い音。
固く閉じた目をゆっくりと開け周りを見る僕。
?!
僕が横に目をやると、兄が降り下ろした金属バットが目の前に…。
しかし、そこで僕はおかしな事に気付く。
勿論、僕の横は何も無い空間が広がっているだけ。
にも関わらず、兄が降り下ろした金属バットが不自然な位置で止まっている。
丁度、僕の頭と同じ位の高さで。
不思議な光景に、何が起こったのか理解出来ないでいる僕を無視し、兄が再び動き出す。
兄は何も言わず壁際へ進むと、無言のまま窓を開けた。
「三つや。
三つ数えてまだおったら…。
お前?
分かっとるやろな?」
そう言うと僕の隣を睨み付け、数え出す兄。
「い〜ち…に〜い…さ〜」
バサッ!!
不意に部屋の中に吹く風。
見れば、窓に掛けられたカ―テンが大きく揺れている。
それを見た兄がゆっくりと窓を閉める。
「カイ?
風呂入って来るわ。」
?!Σ(゜Д゜)
何事も無かった様に出て行こうとする兄。
「いやいやいやいや!おかしいやろ!
あんだけ暴れ回っといて何の説明もないて!」
僕は声を荒げ兄に言う。
「ん?説明てなんの?」
目を真ん丸にし、首を傾げる兄。
「ちゃうやん!
何かおったんやろ?
そのバットでどついてたやん!」
はっとした顔を見せる兄が言う。
「あぁ…アレか?
いや…出張から帰って来たら、何や家の中から気持ち悪い雰囲気がしててな。
それがカイの部屋からやて分かったし、ドア開けてん。
ほな、カイの隣に首がグニャってなった気持ち悪いオッサンがおってん(笑)」
く…首がグニャリ…?
「も…もうええわ…」
それ以上、想像したく無かったので、兄の話を遮った僕。
?!
と、ここで僕は重大な事実を思い出した。
「ちょ…ちょっと待って!
勿論、玄関から入って来たやん…な?
マリ…マリちゃんおらんかったか?!」
慌てる僕に、再び首を傾げる兄。
「マリちゃん??
誰やそれ?(笑)」
「そやしマリちゃんやて!
何か家の前におらんかったかて聞いてんねん!」
興奮気味に問いただす僕に、兄は少し考える素振りを見せ、はっとした顔を見せた。
「もしかしてアレか?
あの、下半身が千切れてる気持ち悪いオバハン。」
は…?
下半身が千切れてる?
混乱する僕に、兄は続けた。
「おったおった(笑)
あれマリちゃんて言うん?
マリちゃんて!(笑)
そんな可愛いモンかぁ?
上半身から内臓ぶら下げて匍匐前進しとったで?
ホンマ気持ち悪いオバハンやわ(笑)」
やっぱりマリちゃんは来てたんや…。
「で?
そいつどうした?」
「え?
どうしたて…玄関に傘あったしプスっと。」
バットを傘に見立て、何かを刺す素振りを見せる兄。
?!Σ(゜Д゜)
傘で刺した?!
しかも玄関の傘…俺のお気に入りのやつ…。
「カイ?
飯まだやろ?
出前とるか?俺も腹減ったわ。
先、降りとくしカイも降りてきぃや。」
爆弾発言をした直後であるにも関わらず、兄は何食わぬ顔で部屋を後にした。
……………………。
「え?!
なになになに?!
ぎ…ぎぃあ"〜!!」
?!
突如、響き渡る兄の悲鳴。
僕は慌てて部屋を飛び出し、階段上から兄に声をかけた。
「どうした?!」
「カ…カイ〜(泣)
なんか黒いのおるぅ〜(泣)
助けて〜!
あっ?!カイ!
あっ?!
と…飛んだ…飛んだ!
ぎぃあ"ぁ〜!!」
………。
兄よ…。
それ…ただのカブトムシや…。
作者かい
こんなに長くなるとは…。