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【咎塗れの恋】第4話

ちょっとした商店街。

駅前だからか、こんな時間でも賑わっている。

見知らぬ奥様方が揃ってお買い物。

その声をBGMに、俺はひたすら脱力。

「…………疲れた」

ポロッと口に出して、慌てて周りを確認。

良かった誰も聞いてない。

存在するだけで人の生命力を根こそぎ奪う奴が居るのなら、久慈は間違いなくその血が流れているだろう。

無事俺を取っ捕まえた久慈と、泣く泣く"楽しいお話"をしていたが、チラッと窓を見た久慈が「うわぁ……」と情けない声を出して、本日の"楽しい交流会"は幕を閉じた。

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よく分からないだろ?

俺も分からない。

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ただ外に出た久慈は、あっという間に突如現れた女子グループに飲まれていったから「うわぁ……」の意味はなんとなく察した。

そして俺は、骨董品屋の前で立ち往生。

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だってなんか妙なもんが居る。

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お多福みたいな顔の、手のひらサイズの女の子。

その小さい身体に見合った大きさの口が、もごもごもごもご仕切りに動いてる。

何言ってるかはあまりに小さ過ぎて聞こえないが、何故か小さい木の箱の上に座っていて、とにかく俺をじっと見てもごもごもごもご。

これは、言っていいのだろうか。

うん、今日はもう疫病神みたいなのに散々してやられたから、あれ以上の悪いことがある筈ない。

と、変な方向に前向きになれるレベルでは、その子はそうだった。

「可愛い」

ぷくぷくの林檎みたいな色したほっぺたに、糸みたいに細い目。あとおちょぼ口。

だいたい二頭身。

俺が右に傾けばその子は左側に首を傾げる。

俺が左に傾けばその子は右側に首を傾げる。

首を動かすたびに「ほ」みたいな口を作るのもまた可愛かった。

害とは無縁の存在。

なんだか連れて帰れと言われているような気がして、手を伸ばして、

「きーざきくん」

「うっへぁわいっっ!?」

突如、右下から現れた囲井さん。

変な声出た。

「何してるの?」

そう聞く彼女の首元には、やっぱり黒いモヤ。

学校限定って訳じゃないらしいので、これは囲井さんに憑いてると、改めてしたくもない確認をさせられる。

「いや、何も……」

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たぶん触ってない、大丈夫。

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囲井さんのモヤがモヤのままだから、ギリギリ彼女と縁は出来ていない。

女の子に触れなくてほっとするとか、男子高校生には有るまじき失態だけど、久慈の件がある。

もうこれ以上フラグは回収したくない。

当たり障りの無いことを言って逃げようとしたが、

「なんだろねこの箱」

そんなこと知らない囲井さんは、俺がさっきまで見ていた小箱を見た。

囲井さんの目にはただの箱に見えるのだろう。

まぁ見えていたら、黒いモヤに付き纏われて平気でいられる筈が無いから。

小箱の女の子は囲井さんを見ると、何故かペコリとすごく丁寧にお辞儀をした。

「あっ、と俺そろそろ帰らないと」

お多福ちゃんは気になるが、囲井さんと長時間居るのはきつい。

ので、適当に忙しいフリをして帰路につこうとしたが、

「待って」

呼び止められる。

「なに?」

一瞬俯いた囲井さんは、顔を上げて俺と目を合わせた。

久慈と違う。人を値踏みとか、試すとかしていない純粋な視線。

「あの、ね」

「うん」

「あの箱、木崎くんの所に置いてあげた方が良いよって、」

先の言葉が小さくなって消えていったから、上手く聞こえなかった。

一応、ところどころ聞こえた箇所だけ記すと、

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"***さんが**てる。"

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誰かが何かをする。これだけでは曖昧で、その程度のことしか分からない。

でもな、でも。そんなことは正直どうでもいいんだ。

囲井さんの目を見ると言うことは、視界に黒いモヤも入ってくること。

俺にとっては、そっちの方が重大な問題だった。

話をちゃんと聞いてあげたかったが、どうしてもモヤが気になる。

今のところ"居る"以外は何もされてないけど。

「ごめん、今度にするね」

「あ、」

我ながら本当に意気地がない。

こんなに逃げ腰になってしまうのは、男として云々以前に、人として駄目なんだ。

でもそうするのが癖になってしまっているから、俺は逃げる。

関わったら関わっただけ、酷い目に合うんだ。

そんなのはもう懲り懲りだ。

まだ何か言いたそうだった囲井さんを置いて、俺は走り出した。

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この時に、俺は気付くべきだったんだ。

外で会った囲井さんからは、

"なんの臭いもしなかった"ことを。

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奇声。

奇声。

奇声。

3組女子(一部を除く)の黄色い声は、廊下まで響いてんじゃないかと思う。

何が悲しくて、朝から自分の机の前で疲弊しなくちゃいけないんだろう。

「…………なんで居んだよ」

「おはよう桜也くん」

どうして6組のこいつが俺の席に座って、動くたびに歓声を受けているのでしょうか。

転校してきてから一月経っていないクラスが、久慈のせいで物凄く居づらくなる。

馴染めなかったらどうしてくれんだ。

「俺昨日行ったよね?」

「深い話はしてないじゃん」

「それはそれは深いお話だったと思いますけども」

"見えない何かに見られています"の、どこが浅い話になるのか。

とりあえずどいてくれないだろうか俺の席から。

囲井さんはまだ来ていないらしく、隣は空席。だからと言って、彼女が来るまで借りるのも気が引ける。

「(昨日逃げたしな俺)」

「桜也くん」

「なに」

人の目が多いからか、取り繕った笑顔をずっと被っている久慈に呼ばれた。

「あの、っ?!」

俺に何かを言いかけて、突然扉の方を凝視して息を飲む。

「久慈」

「ねぇ君の隣もしかして囲井さん?」

「あ、ああ。そうだよ」

「最悪」

「どうした?」

隣は囲井さんだと答えてやったら、頭を抱えて唸った。

久慈は昨日一日だけ付き合いの、ほぼ全く知らない人だが、それでも分かる。

この男にこんな反応をさせる囲井さんって、何者だと。

「…………昼休み、西棟の一番上に来て」

「おい久慈っっ」

言うだけ言って、久慈は見ていたドアとは反対側の方から出ていった。

俺行くって言ってねぇんだけど。

兎にも角にも着席。鞄を机の横の所に掛ける。

久慈を追いかけるように女子の数名が居なくなった教室に、彼女達と入れ替わるように囲井さんが来た。

「おはよう木崎くん」

「おは、よう囲井さん」

昨日、俺が逃げたことを一切気にしていないのか。ぽやーっとした、寝惚けてるみたいな話し方をする囲井さんはのんびり席に付く。

黒いモヤは、今日は囲井さんの腰あたりに巻き付いていたが、囲井さんが座るとすぐにうぞうぞ動いて首元に移動した。

「(そこが定位置なんだ……)」

そう思ったり思わなかったりしながら、教科書を鞄から出して、机に入れようと手を入れて、

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コツン

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指先に何か硬い物が当たる。

四角くて、表面がところどころザラザラしている。

何となく引っ掴んで、よく見ようと机の上に出せば、それは、

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「お……」

"たふくちゃん"と、続けずに何とか飲み込んだ。

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骨董品屋で見た、手のひらサイズの木箱。

その上で、ひっくり返ってるお多福ちゃん。

訳が分からない。

どうしてこれが俺の鞄から?

「やっぱり買ったんだそれ」

囲井さんがにこにこそう言うが、いや待って買ってない。

あの後真っ直ぐ家に帰ったから、これを俺が持ってる筈が無くて、でも現にお多福ちゃんはちっこい手足をバタバタさせて、しきりに何かを訴えてる。

「逆さまじゃない?それ」

「え?」

箱を指差した囲井さんが笑う。

大きな声で言うと1人でブツブツ言ってる変な人になるから、かなり小さな声でお多福ちゃんに聞いてみる。

聞こえているかは別として。

「あー…………反対なの?」

そう聞けば、コクコク頷いた。

小箱をひっくり返してやると、お多福ちゃんもコロンと転がる。

そして昨日と同じように正座し直して、俺に深々とお辞儀をした。

「なんでここに居るの?」

続けて聞くとお多福ちゃんは、細い目を更に糸みたいに伸ばして、俺へ両手を伸ばす。

丁度、小さい子が抱っこをせがむ時みたいな体勢。

「?」

パクパク一生懸命話す素振りを見せてくれてるけど、全く何も聞こえない。

もう一つ何か声を掛けようとして、

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「なーにこれ?」

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「?!」

囲井さんでも久慈でもお多福ちゃんでもない、まさかの第三者の声がして、あからさまにびっくりしてしまった。

「あ、ごめん!驚かした」

「いや」

誰だっけこの人。

正面で申し訳なさそうに俺を見る、二つ結びの女子。

確か、なが……なが。

「永口榛(ながぐちはる)だよ」

「そう永口さん!……あ、」

思いっきり指差して言ってしまった。

完全に、名前忘れてました宣言したのも同然だ。

さぁーっと血の気が失せてく俺と反比例して、くすくす人懐っこそうな笑顔を浮かべた永口さん。

「覚える人多かったもんね」

「ごめん!!」

「いーよいーよ面白いから」

何かがツボに入ったのだろう。

自分の名を忘れられてたのに、ケラケラ笑っている。

非常に明るい人だこの人。

お多福ちゃんも驚いたのか、箱から俺の左手の方に移動して、くっつきながら永口さんを見てた。

まぁ感触なんて無いんだけど。

「むっちゃボロっちいねこの箱」

「そうっすかね」

「触ってもいい?」

「どうぞ」

ひとしきり笑ったあと、箱に興味を示した永口さんは小箱を持ち上げた。

確かに随分古い箱だけど、手入れはされていたように見える箱だから、そこまで"ボロっちい"とは思わないのだが。

「中何入ってるの?」

「さあ」

「開けていい?」

「はあ」

とことんマイペース。

小箱を開けようと蓋に手を掛けた永口さんだったが、チラッと見たお多福ちゃんがちぎれんばかりに首を振っていた。

物凄くイヤイヤしている。

恐らく、開けられるのが嫌なんだろう。

誰だろうと嫌がってるのを強要するのはよくない。

だから慌てて永口さんを止めようとして、

「榛ちゃん」

横から飛び込んだ声。

「ん?なーに」

「榛ちゃん、木崎くんに何か用あったんじゃないの?」

「あっ!そうだ忘れてたありがとう榮ちゃん」

囲井さんの質問で俺への用を思い出したのか、永口さんは小箱を机の上に置く。

永口さんが囲井さんに意識を向けている隙に、俺は箱を回収して机の中に仕舞った。

偶然だと思うが、囲井さんに「ありがとう」と心の中で礼をして。

「あのね木崎くん」

日直の仕事がなんとか。

俺への用事を伝える永口さんの話を聞きつつ、左手はなんとなくお多福ちゃんが触ってそうで、机の中に入れておいた。

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