長編8
  • 表示切替
  • 使い方

【咎塗れの恋】第4話

ちょっとした商店街。

駅前だからか、こんな時間でも賑わっている。

見知らぬ奥様方が揃ってお買い物。

その声をBGMに、俺はひたすら脱力。

「…………疲れた」

ポロッと口に出して、慌てて周りを確認。

良かった誰も聞いてない。

存在するだけで人の生命力を根こそぎ奪う奴が居るのなら、久慈は間違いなくその血が流れているだろう。

無事俺を取っ捕まえた久慈と、泣く泣く"楽しいお話"をしていたが、チラッと窓を見た久慈が「うわぁ……」と情けない声を出して、本日の"楽しい交流会"は幕を閉じた。

nextpage

よく分からないだろ?

俺も分からない。

nextpage

ただ外に出た久慈は、あっという間に突如現れた女子グループに飲まれていったから「うわぁ……」の意味はなんとなく察した。

そして俺は、骨董品屋の前で立ち往生。

nextpage

だってなんか妙なもんが居る。

nextpage

お多福みたいな顔の、手のひらサイズの女の子。

その小さい身体に見合った大きさの口が、もごもごもごもご仕切りに動いてる。

何言ってるかはあまりに小さ過ぎて聞こえないが、何故か小さい木の箱の上に座っていて、とにかく俺をじっと見てもごもごもごもご。

これは、言っていいのだろうか。

うん、今日はもう疫病神みたいなのに散々してやられたから、あれ以上の悪いことがある筈ない。

と、変な方向に前向きになれるレベルでは、その子はそうだった。

「可愛い」

ぷくぷくの林檎みたいな色したほっぺたに、糸みたいに細い目。あとおちょぼ口。

だいたい二頭身。

俺が右に傾けばその子は左側に首を傾げる。

俺が左に傾けばその子は右側に首を傾げる。

首を動かすたびに「ほ」みたいな口を作るのもまた可愛かった。

害とは無縁の存在。

なんだか連れて帰れと言われているような気がして、手を伸ばして、

「きーざきくん」

「うっへぁわいっっ!?」

突如、右下から現れた囲井さん。

変な声出た。

「何してるの?」

そう聞く彼女の首元には、やっぱり黒いモヤ。

学校限定って訳じゃないらしいので、これは囲井さんに憑いてると、改めてしたくもない確認をさせられる。

「いや、何も……」

nextpage

たぶん触ってない、大丈夫。

nextpage

囲井さんのモヤがモヤのままだから、ギリギリ彼女と縁は出来ていない。

女の子に触れなくてほっとするとか、男子高校生には有るまじき失態だけど、久慈の件がある。

もうこれ以上フラグは回収したくない。

当たり障りの無いことを言って逃げようとしたが、

「なんだろねこの箱」

そんなこと知らない囲井さんは、俺がさっきまで見ていた小箱を見た。

囲井さんの目にはただの箱に見えるのだろう。

まぁ見えていたら、黒いモヤに付き纏われて平気でいられる筈が無いから。

小箱の女の子は囲井さんを見ると、何故かペコリとすごく丁寧にお辞儀をした。

「あっ、と俺そろそろ帰らないと」

お多福ちゃんは気になるが、囲井さんと長時間居るのはきつい。

ので、適当に忙しいフリをして帰路につこうとしたが、

「待って」

呼び止められる。

「なに?」

一瞬俯いた囲井さんは、顔を上げて俺と目を合わせた。

久慈と違う。人を値踏みとか、試すとかしていない純粋な視線。

「あの、ね」

「うん」

「あの箱、木崎くんの所に置いてあげた方が良いよって、」

先の言葉が小さくなって消えていったから、上手く聞こえなかった。

一応、ところどころ聞こえた箇所だけ記すと、

nextpage

"***さんが**てる。"

nextpage

誰かが何かをする。これだけでは曖昧で、その程度のことしか分からない。

でもな、でも。そんなことは正直どうでもいいんだ。

囲井さんの目を見ると言うことは、視界に黒いモヤも入ってくること。

俺にとっては、そっちの方が重大な問題だった。

話をちゃんと聞いてあげたかったが、どうしてもモヤが気になる。

今のところ"居る"以外は何もされてないけど。

「ごめん、今度にするね」

「あ、」

我ながら本当に意気地がない。

こんなに逃げ腰になってしまうのは、男として云々以前に、人として駄目なんだ。

でもそうするのが癖になってしまっているから、俺は逃げる。

関わったら関わっただけ、酷い目に合うんだ。

そんなのはもう懲り懲りだ。

まだ何か言いたそうだった囲井さんを置いて、俺は走り出した。

nextpage

この時に、俺は気付くべきだったんだ。

外で会った囲井さんからは、

"なんの臭いもしなかった"ことを。

nextpage

separator

nextpage

奇声。

奇声。

奇声。

3組女子(一部を除く)の黄色い声は、廊下まで響いてんじゃないかと思う。

何が悲しくて、朝から自分の机の前で疲弊しなくちゃいけないんだろう。

「…………なんで居んだよ」

「おはよう桜也くん」

どうして6組のこいつが俺の席に座って、動くたびに歓声を受けているのでしょうか。

転校してきてから一月経っていないクラスが、久慈のせいで物凄く居づらくなる。

馴染めなかったらどうしてくれんだ。

「俺昨日行ったよね?」

「深い話はしてないじゃん」

「それはそれは深いお話だったと思いますけども」

"見えない何かに見られています"の、どこが浅い話になるのか。

とりあえずどいてくれないだろうか俺の席から。

囲井さんはまだ来ていないらしく、隣は空席。だからと言って、彼女が来るまで借りるのも気が引ける。

「(昨日逃げたしな俺)」

「桜也くん」

「なに」

人の目が多いからか、取り繕った笑顔をずっと被っている久慈に呼ばれた。

「あの、っ?!」

俺に何かを言いかけて、突然扉の方を凝視して息を飲む。

「久慈」

「ねぇ君の隣もしかして囲井さん?」

「あ、ああ。そうだよ」

「最悪」

「どうした?」

隣は囲井さんだと答えてやったら、頭を抱えて唸った。

久慈は昨日一日だけ付き合いの、ほぼ全く知らない人だが、それでも分かる。

この男にこんな反応をさせる囲井さんって、何者だと。

「…………昼休み、西棟の一番上に来て」

「おい久慈っっ」

言うだけ言って、久慈は見ていたドアとは反対側の方から出ていった。

俺行くって言ってねぇんだけど。

兎にも角にも着席。鞄を机の横の所に掛ける。

久慈を追いかけるように女子の数名が居なくなった教室に、彼女達と入れ替わるように囲井さんが来た。

「おはよう木崎くん」

「おは、よう囲井さん」

昨日、俺が逃げたことを一切気にしていないのか。ぽやーっとした、寝惚けてるみたいな話し方をする囲井さんはのんびり席に付く。

黒いモヤは、今日は囲井さんの腰あたりに巻き付いていたが、囲井さんが座るとすぐにうぞうぞ動いて首元に移動した。

「(そこが定位置なんだ……)」

そう思ったり思わなかったりしながら、教科書を鞄から出して、机に入れようと手を入れて、

nextpage

コツン

nextpage

指先に何か硬い物が当たる。

四角くて、表面がところどころザラザラしている。

何となく引っ掴んで、よく見ようと机の上に出せば、それは、

nextpage

「お……」

"たふくちゃん"と、続けずに何とか飲み込んだ。

nextpage

骨董品屋で見た、手のひらサイズの木箱。

その上で、ひっくり返ってるお多福ちゃん。

訳が分からない。

どうしてこれが俺の鞄から?

「やっぱり買ったんだそれ」

囲井さんがにこにこそう言うが、いや待って買ってない。

あの後真っ直ぐ家に帰ったから、これを俺が持ってる筈が無くて、でも現にお多福ちゃんはちっこい手足をバタバタさせて、しきりに何かを訴えてる。

「逆さまじゃない?それ」

「え?」

箱を指差した囲井さんが笑う。

大きな声で言うと1人でブツブツ言ってる変な人になるから、かなり小さな声でお多福ちゃんに聞いてみる。

聞こえているかは別として。

「あー…………反対なの?」

そう聞けば、コクコク頷いた。

小箱をひっくり返してやると、お多福ちゃんもコロンと転がる。

そして昨日と同じように正座し直して、俺に深々とお辞儀をした。

「なんでここに居るの?」

続けて聞くとお多福ちゃんは、細い目を更に糸みたいに伸ばして、俺へ両手を伸ばす。

丁度、小さい子が抱っこをせがむ時みたいな体勢。

「?」

パクパク一生懸命話す素振りを見せてくれてるけど、全く何も聞こえない。

もう一つ何か声を掛けようとして、

nextpage

「なーにこれ?」

nextpage

「?!」

囲井さんでも久慈でもお多福ちゃんでもない、まさかの第三者の声がして、あからさまにびっくりしてしまった。

「あ、ごめん!驚かした」

「いや」

誰だっけこの人。

正面で申し訳なさそうに俺を見る、二つ結びの女子。

確か、なが……なが。

「永口榛(ながぐちはる)だよ」

「そう永口さん!……あ、」

思いっきり指差して言ってしまった。

完全に、名前忘れてました宣言したのも同然だ。

さぁーっと血の気が失せてく俺と反比例して、くすくす人懐っこそうな笑顔を浮かべた永口さん。

「覚える人多かったもんね」

「ごめん!!」

「いーよいーよ面白いから」

何かがツボに入ったのだろう。

自分の名を忘れられてたのに、ケラケラ笑っている。

非常に明るい人だこの人。

お多福ちゃんも驚いたのか、箱から俺の左手の方に移動して、くっつきながら永口さんを見てた。

まぁ感触なんて無いんだけど。

「むっちゃボロっちいねこの箱」

「そうっすかね」

「触ってもいい?」

「どうぞ」

ひとしきり笑ったあと、箱に興味を示した永口さんは小箱を持ち上げた。

確かに随分古い箱だけど、手入れはされていたように見える箱だから、そこまで"ボロっちい"とは思わないのだが。

「中何入ってるの?」

「さあ」

「開けていい?」

「はあ」

とことんマイペース。

小箱を開けようと蓋に手を掛けた永口さんだったが、チラッと見たお多福ちゃんがちぎれんばかりに首を振っていた。

物凄くイヤイヤしている。

恐らく、開けられるのが嫌なんだろう。

誰だろうと嫌がってるのを強要するのはよくない。

だから慌てて永口さんを止めようとして、

「榛ちゃん」

横から飛び込んだ声。

「ん?なーに」

「榛ちゃん、木崎くんに何か用あったんじゃないの?」

「あっ!そうだ忘れてたありがとう榮ちゃん」

囲井さんの質問で俺への用を思い出したのか、永口さんは小箱を机の上に置く。

永口さんが囲井さんに意識を向けている隙に、俺は箱を回収して机の中に仕舞った。

偶然だと思うが、囲井さんに「ありがとう」と心の中で礼をして。

「あのね木崎くん」

日直の仕事がなんとか。

俺への用事を伝える永口さんの話を聞きつつ、左手はなんとなくお多福ちゃんが触ってそうで、机の中に入れておいた。

nextpage

separator

nextpage

Concrete
コメント怖い
1
4
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ
表示
ネタバレ注意
返信