山中の村へと向かい歩を進める僕達。
そんな僕達の目の前に、突如姿を現した不気味な化け物。
ソレは紛れもなく一年前に紫水さんに瀕死の重症を負わせた化け物だった。
一年前の雪辱を果たす為、化け物に闘いを挑む紫水さん。
そんな紫水さんを制し、自らが闘うと申し出た謎多き少女。
どちらも神として崇められた者同士…。
その闘いは長きに及ぶかと思われた…。
が…。
その圧倒的力を見せつけ、土地神を喰らってしまう少女。
そして謎を残したまま、林の中へと姿を消していく。
僕達は、言い知れぬ複雑な想いを胸に、先に行く二人を追い掛けた。
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あの化け物を目にしてから匠さんの口数が更に減った…。
表情も何か思い詰めている様な、何かを期待している様なそんなものに変わっている。
匠さんは恐らく、あの化け物が生きていたのなら、もう一体の化け物…そう、トメさんを殺めたあの化け物も生きている。と考えているのだろう。
匠さんが本当に闘いたい相手は、間違いなくアイツなのだから…。
私はそんな事を考えながら、前を行く匠さんの背中を追い掛けた。
そして、それから程なくして、目的の村がその姿を現した。
?!
それと同時に体中を締め付ける様な嫌な気配が漂って来る。
「やっぱりか…。」
前を行っていた匠さんが足を止め呟いた。
その体は何故か小刻みに震えている。
そして、村の入り口をじっと見つめる私達の前にソレは姿を現した。
艶のある長く黒い髪を綺麗に結い、艶やかな着物を身に纏った美しい女性。
一年前の記憶が甦る…。
やはり生きていたか…。
私は女性を前に、静かに感情を高めていた。
「良かった…。
本当に良かった…。」
女性を睨み付ける私の前に立つ匠さんが呟く。
その体は依然として震えている。
そして、匠さんは続ける。
「もう二度と会えねぇかと思ってたよ…。
生きてたんだなぁ…。
良かった…本当に良かった…。
会いたかった…。
会いたかったぜ……おい!!!!」
?!
それまで囁く様に静かに話していた匠さんが急に語気を強めたかと思うと、周りの空気が凄まじい勢いで振動を始めた。
「葵…?
悪いけどよぉ…」
私は匠さんがそこまで言った時、全てを察し静かに後ろへ身を引いて行く。
「葵…お前…。
すまねぇ…。」
匠さんはこの一年の間、二度と会えぬであろうこの化け物を、自らの手で葬り去る事を考えその心身を作り上げて来たのだろう…。
もう二度と会えないと分かっていながらも…。
それは仇を討てなかった自分への戒めであり、トメさんへの深い愛情の表れでもある。
だが、出会えぬと信じて止まなかったあの化け物と再び出会う事が出来たのだ…。
其処に私が入り込む余地は無い。
私は全てを匠さんに委ね、離れた場所で見届ける事にした。
対峙し、睨み合う両者。
そんな中、ゆっくりと化け物へと歩を進め始める匠さん。
「相変わらず綺麗な顔してやがんなぁ。
その顔…吐き気がしてくるぜ?
さっさとその正体見せやがれバケモンが!」
匠さんは化け物を挑発する様な言動を見せるが、化け物は動じず、ニタニタと嫌な笑みを浮かべている。
「匠?」
不意に蛍さんがその身を現し、匠さんへと話し掛けた。
「私も邪魔はしない…。
匠の手でおばあちゃんの仇を…。」
蛍さんはそれだけ言うと、地面を滑る様に私の隣に移動して来た。
「蛍さん?
貴女が一緒にいなくて大丈夫ですか?」
私は、宿御一族のその特性上、宿主とその身に宿る神とが離れる事に少し不安を感じ、蛍さんに尋ねた。
「匠は強くなりました…。
おばあちゃんに負けない位。
だから大丈夫です。
匠を信じて見守っていて下さい。」
蛍さんはそう言うと、じっと匠さんを見つめた。
「蛍…。
任せとけよ。
最後までお前の出番はねぇからよ。」
匠さんはそう言いながら、更に化け物へと近付いていく。
「ったく…。
余裕か?バケモン。
ニヤニヤしやがってよ!」
匠さんはそう言うと印を結び始めた。
今まで震えていた空気が嘘の様に静まり、流れる風が匠さんの周りに吸い寄せられていく。
?!
そんな匠さんに何かを感じとったのか、今まで笑みを浮かべていた化け物が、その目をカッと見開き本来の姿を現した。
「へへ…。
やっと正体見せやがったか。
お前にもこの力が何となく分かるか?
これはよ…バアサンが得意とした術なんだよ!!」
?!
「よぉ…。
どこ見てんだ?お前…。」
先程まで化け物と対峙し、印を結んでいた匠さんがいつの間にか化け物の背後に立っていた。
早い…。
その余りの早さに化け物はおろか、私も目で追うことは叶わなかった。
突然、背後から声を掛けられた化け物はハッとした表情を浮かべ、瞬時に振り返る。
ボゴっ!!
化け物が振り返った瞬間、その腹を匠さんの拳が撃ち抜いた。
その衝撃に宙を舞う化け物の体。
ドン!!
?!
私は目を疑った。
化け物は匠さんの打撃により、間違いなくその身を宙に浮かせていた筈…。
だが、次の瞬間化け物の体は地中に埋まっていた。
そして、その傍らに佇む匠さん。
これが…人の闘いか…?
幾ら術を施したとは言え、今の匠さんは蛍さんの力を借りてはいない…。
それでこれ程の力を持っているのか…。
「ほぉ〜。
これが宿御一族の力ですか…。
これは凄いですねぇ…。」
いつの間に追い付いたのか、紫水さんとカイさんが私の隣に立っていた。
私は余程この闘いに見とれていたのだろう。
二人が隣にいる事を全く気付けなかった。
だが、目の前にいる匠さんはそれ程に凄まじい力を私に見せつけていた。
そして、そんな匠さんを隣で見つめる紫水さんの目を見た時、私は悟った。
間違い無く、この人は私と同じ気持ちを抱いている…。
凄まじい力を見せつける匠さんと…宿御一族当主…宿御 匠と闘ってみたい…。
ドン!!
?!
私がそんな思いに耽っていると、突然激しい衝撃音が辺りに響き渡った。
「おいおい?
これで終わりじゃねぇよなぁ?」
匠さんが地中から化け物を引き摺り出し、その顔を殴りつけている。
匠さんに髪を捕まれ、力無く項垂れている化け物。
相当のダメージを負っている様だ。
「そういや、お前再生できんだよな?」
そう言うと匠さんは化け物を放り投げ、その場に座り込んだ。
「待っててやるからさっさと再生しろよ…。
で、また俺がブチのめしてやる。」
匠さんは地面に倒れ込む化け物を睨み付けながら言う。
「ギ…ギギ…」
化け物は地面に倒れ込んだまま、その身を捩らせている。
そして…。
バッ!!
?!
地面に倒れ込む化け物が、不意に顔を上げたかと思うと、離れた所に座り込む匠さんの頬や腕に、まるで鋭利な刃物で切られた様な傷が浮かび上がった。
「まだか?
まだ再生できねぇのか?」
だが、匠さんはそれに対して動じる様子を見せず、ただじっと座り続けている。
「ギギ…」
匠さんを見る化け物の表情がみるみる変わっていく。
正に憤怒の表情。
一年前は手も足も出ず、自分の思うがままに弄んでいた憎き相手が今は自分を弄んでいる。
そう感じた化け物は殺意の籠った目で匠さんを睨み付ける。
両手を地面につき、ゆっくりと体を起こしていく化け物。
「ヤドリミ…ヤドリミ…ヤドリミ…ヤドリミィィィィ!!!!!!」
?!
化け物は宿御一族の名を叫ぶと、その髪を四方八方へと広げ、未だ座ったまま動かぬ匠さんを襲った。
物凄い速度で伸びてくる髪は、あらゆる角度から匠さんを襲う。
だが、匠さんは尚もその場から動かない。
そして…。
ビシュッ!
全方位から襲い来る髪が匠さんを捉えたと思った時…。
「おせぇよ…。」
先程と同じ様に座ったままの匠さんの両手に握られている無数の髪…。
髪を握る手からは血が滴り落ちている。
「紫水さん…。
今の…見えましたか?」
私の目には髪を掴む匠さんの動きが一部しか確認出来なかった…。
「いえ…全ては追いきれませんでした…。
本当に…相当なものですねぇ…。」
匠さんの動きは、紫水さんにも捉えられていなかった。
「再生したんだな?」
化け物の髪を掴んだまま、ゆっくりと立ち上がる匠さん。
そして両手に握られた髪を全て片手に持ち替え、強く引いた。
グンっ!
髪を握る匠さんの手から流れる血が辺りに飛散する。
髪を引かれた化け物は、一気に匠さんの元へと引き寄せられていく。
そして…。
「わりぃ…。
もう…お前じゃ相手になんねぇわ…」
自らの眼前に引き寄せ、体制を崩さぬ様、辛うじて堪える化け物に対し、匠さんはそう言い放った。
?!
また周りの空気が匠さんに吸い寄せられていく。
「バアサン…。
見てるか?
アンタの仇…今此処で晴らすぜ…。」
ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!
?!
匠さんが空を見上げ、トメさんへの想いを語った直後、激しい衝撃音と共に化け物の体がその場でブレた。
前後左右とまるでダンスを踊るかの様にその体を揺らす化け物。
この時、私の目には高速移動を繰り返し、化け物を殴り続ける匠さんの残像しか確認出来なかった。
そして…。
ドサッ。
不意に動きを止めた匠さんの足元に崩れ落ちる化け物。
「蛍?
頼むわ…。」
突然そう言い残し、離れた巨木へと背を預け佇む匠さん。
その表情は何処か悲しげに見えた。
私達はこれから何が起こるのか理解出来ず、匠さんから何かを託された蛍さんへと視線を向けた。
蛍さんは何も言わず、滑る様に化け物の元へと近付いて行く。
「ギ…ギ…」
匠さんの激しい乱打により、原型を留め無い程にその身を崩している化け物。
蛍さんはそんな化け物を優しい目で見つめる。
「私は貴女が憎い…。
私の大切な人を奪った貴女が。
ですが…それも又、運命なのかも知れませんね…。
そう思わないと私は貴女を怨み続けなければいけなくなります。
おばあちゃんはきっと、そんな事は望まない筈…。
ですから…最後は痛みを感じず貴女を消してあげましょう…。」
蛍さんはそう言うと、ゆっくりと両手を頭上で合わせた。
合わせた両手からゆっくりと青い光が広がり、蛍さんを包んでいく。
「綺麗だ…。」
思わずそんな言葉が飛び出してしまう程に、蛍さんは美しく、神々しかった。
そして蛍さんを包む光が、地面へと倒れ込む化け物にゆっくりと移って行くと、まるで空にかかった雲が姿を消す様に、静かにゆっくりと化け物の体は消えていった。
「終わったぜ…。
バアサン…。」
化け物の最期を見届けた匠さんが空を見上げ呟いた。
その時、頬を流れるキラリと光る一粒の雫は僕の目にもはっきりと見る事が出来た…。
作者かい
トメ〜(T-T)