中編7
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首無し

「今日は学校休みなさい。」母からの言葉に寝惚け眼を擦りながら母に何故か訊ねた。

理由は簡単だった。父方の祖母が亡くなったとの訃報を受けたためだ。

私は忙しそうに準備をしている母と父をちらりと見て、一人用意されていた朝ご飯食べた。

私は制服に着替え両親とともに家を出た。祖母の訃報を聞いてもあまり実感は湧かなかった。あまり関わりがなかった為だ。いや、父がなるべく関わらない様にしてきたからだ。

父は自分の生まれ故郷をとても嫌っていた、たぶん故郷を出てから一回も帰ってないだろう。

それほど迄に嫌悪していた。

確かに珍しい村だった。一度私は一、二週間程その父方の祖母の家に泊まっていた。小学4年生くらいだった気がする。丁度夏休み中の事だ。

母方の祖父が病気で倒れて、母は祖父の面倒をみる為に帰郷。父は出張の為しばらく帰れない状況だった為やむを得ず母が父方の祖母に連絡して面倒を見てもらう様に頼んだのだ。

そうして私は短い間、祖母と暮らす事になった。

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「いい?ちゃんといい子にしているのよ。おじいちゃんが元気になったら迎えに行くからね、おばあちゃんの言う事ちゃんと聞くのよ。」母は耳にタコが出来るほど車中でずっとこの言葉を繰り返してた。

「はーい。もう、お母さんったら何度も言い過ぎ‼」私は当時人気だった卵型の育成ゲームで遊びながら頬を膨らませていた。

「はいはい、ごめんごめん。心配なのよ。わがまま言っちゃだめよ。」もう流石に聞き飽きて私は適当に受け流した。

山道をどれくらい登って、下りただろう。きっともう二つの山を越えている。そして祖母の家がある家は山を下りた谷の方にあるのだ。

村の入り口付近まで来た時突然母が「さぁ、降りて頂戴。」と言い車のドアを開けた。

私たちは小さな祠の前に居た。その祠の中には首から上が無い地蔵があった。

「たしか、父さんの話だとこれよね。うん。間違いない。これだわ。」母はぶつぶつと言い、私に振り返った。

「さぁ、この地蔵様のここに触って、そのあと自分の首を触って。ちゃんと両手で、こう触るのよ」

突然のお願いに私は驚きながらも言われた通りにした。母も同じように地蔵様の首のないところを触り、その後自分の首をまるで絞めるかのように触っていたからだ。訳が分からなかった。ただ、そうしないといけない気がしていた。

そうしてお互い自分の首を触り終えると母が「さぁ、車乗って頂戴。もう少しでおばあちゃんの家に着くから。」そう言って運転席に座った。私も車に乗りシートベルトを締めた。

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「あら、よく来たねぇ。疲れたでしょ、家入って麦茶でも飲みなぁ。」おばあちゃんはとても優しい笑顔で私たちを家に入れてくれた。

「喉カラカラ‼飲む飲む‼」私はお邪魔しますと言い居間へおばあちゃんと向かった。

母は申し訳なさそうに謝りながらおばあちゃんにお礼をしていた。

私は祖母が出してくれた麦茶を飲みながらまたゲームをしていた。

母と祖母でこれからの事、私の事を話していた。その最中祖母の声が一瞬険しくなった。

「ちゃんと地蔵様には触って、首を触っているかい?」と。

「ちゃんと触ってきてます。」と母が答えると元の優しい顔に戻って「なら良かった。」と言った

一通り話が終わり、最後に「お願いします。」と祖母に一礼し、私には再度車中で言っていたあの言葉を言い母は帰って行った。

「さぁて、今日は疲れただろう、いっぱいご飯作るからね、ばあちゃん張り切っちゃう‼」そう言って私ににっこりと笑顔を見せ、台所に向かって行った。

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その日の夕食は和食ばかりではあったが、とても美味しかった。

お風呂を入って私は疲れからかすぐに眠っていた。

その日私は夢を見た。

私は森の中に居た。薄暗い森の中私は当てもなく歩いていた。

怖くなり私は少し泣いていた。すると遠くから物音が聞こえた。枯れた草、枝を踏み歩く音。

私は藁にも縋る思いで音のする方に向かって行った。だが、その姿を見て私は後退りした。

薄暗い森の中、見えた姿は白いワンピースを着た女だった。だが、そのワンピースの一部が変色した血と思われる色がついていて裸足で何か抱きながら歩いていた。

背筋が凍った感覚で目が覚めた。

私はひどい汗をかいていた。夜中の三時頃だった。私は呼吸を整え、台所から水を汲んで飲み干すと布団に戻った。怖くて眠れず、だが、来たばかりの祖母の家でいきなり甘えるのもとても恥ずかしく思い、その日は寝ずに過ごした。

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その後私は同じような夢を見る事はなかった。

ある日村に知らない男女のおそらくカップルであろう人達が夜遅くに訪ねてきた。なんでも道に迷ったようだった。

祖母はその人達に「地蔵様を見たかい?」と聞いていた。「見てない。」と男の方が答えると祖母はとても深いため息をつき、ぶつぶつと言っていた。よく聞き取れなかったが、どうしよう等、とても困惑していた様子だった。

それを見た男性の方が、「お願いします、一晩だけ泊めてもらえないですか?」と必死に懇願していた。

それを見た祖母は今日なら大丈夫かもな、と言ってその男女を泊める事にした。

こんな田舎にホテル等あるわけもない、ましてや民宿すらない場所なのであるから必死になるのは無理ないと思ったのであろう。

ただ、一つ祖母は約束をさせた。

「あんたがたには夜、何か聞こえるかもしれん。歌であったり、変な物音とか。決して反応してはならない。窓などは一切開けちゃいけんよ。暑いだろうけど、今日はこの家の窓という窓を閉めさせてもらうからね。」そう言って祖母は今まで開けていた窓をすべて閉じ、何やら黒い紙で目貼りをしていた。

「あと、あんたらはこれを持ちなさい。部屋から出るときはこの人形を持って出るんだよ。」そう言って祖母が渡した人形は手のひらサイズの粘土で作られた人形だった。いや、ただ人型を模しているだけの粘土、と言った方がいいだろうか。

「この二つを守ってくれさえすれば、大丈夫だから。」そう言って母は二人に夕食の残りと簡単な料理を作り、二人に食べさせた。

「風呂は申し訳ないけど、人形がダメになっちゃうかもしれんから今日は我慢してくれな。」

ととても申し訳なさそうにしている祖母だった。男女も大丈夫ですといい、床についた。

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夜中、私は物音で目が覚めた。何やら廊下の方で音がしていた。

私は恐る恐る廊下に近づいていた。すると私は以前夢に見た女性が玄関に立っているのが見えた。

夢で現れた通り、白いワンピース、その一部には変色している血のようなもの、いや間近で見ると血だろうとはっきりわかった。臭いがとてつもなく血生臭かったのだ。そして何かを抱いている。

私は怖くなり、その場から動けずにいると、女がゆっくりと玄関から廊下へと上がっていった。女は小声で何かを歌っていた。

『私の坊や、私の坊や、愛しい坊や、私の坊やの頭はどこにある?私の坊や、私の坊や愛しい愛しい坊や、かわいいお顔を見せてくれや。』

とても拙い感じで歌っていた。とても小声で。私はその歌を聴きながら立ちすくんでいると、女が立ち止まり私を見た。

目が血走っており、私は恐怖で涙を流していた。だが女は私を見ては

『ない、頭がない、違う、私の坊やじゃない。』と言い、女は廊下の先へ行った。私はそのままそこに立ちすくんでいた。

だが、女はそのまま真っ直ぐに男女のいる部屋に向かった様子だった。

私は意を決してあとをついて行った。

開け放たれたふすまから見える男女の寝顔それをじっと立ちながら見て、女はすっと手を伸ばした。

『首があるわぁ・・・これにしましょ。』と言って手を伸ばした先は男が持っている人形だった。

女は人形の首だけをもいでそのまま窓を通りぬける様に消えていった。

私はその場で腰を抜かし、その場に座り込んでいた。ぼろぼろと涙を流しながら。

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翌朝私は目が覚めると布団に入って寝ていた。

起きてみると男女が元気そうにしているのを見てとても安心をした。

その様子を見ていた祖母がその男女に地図を渡し返した後、

「あれを見たのかい?」と聞いてきた。私は黙って頷いた。

「そうか、見てしまったか。あれは昔ね、この村が大層貧しい時だった。子供が生まれると口減らしで殺していたそうだ。それによって精神を病んでしまった女がある日、その子供の墓を掘り起こしてしまったんだ。わが子の身体は見つけた見たいだったが、不思議な事に首だけなくてな。女はその子を抱きながら森で腹部を刺して自殺したんだよ。

ただ、見つけたのが粘土だからね。気休めにしかならん。またいつか首を探すんだろうね。

因みにあの地蔵様は村に居る間、私たちの頭を守ってくれる様に立てているんだよ。だから必ず入る前に首を触る様に、お願いしているんだよ。」

祖母から語られる真実はとても悲しく、私は聞きながらずっと泣いていた。

そして地蔵様にはそんな意味があったなんてと驚きもした。

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後日私は母が祖父の様子がよくなったので迎えに来た。

私は祖母にお礼を言って、帰った。そのあとからは一切祖母の家に行っていない。

もちろん今回の葬儀も街中にある葬儀屋でやるので、村には一切入っていない。

あの女の人は、また首を探しているのかな。祖母はどうしてそんな村を出なかったんだろうと考えながら、私は祖母と最後のお別れをした。

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@むぅ 様

素晴らしいだなんて私には勿体ない言葉ですが、有り難うございます( ´﹀` )

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