遠い記憶。
思い出の断片に音と映像の欠けらが散らばっている。
楽しい思い出に顔がニヤけると共に、禍々しい何かを、忘れ去ろうとしながらも決して消し去る事の出来ない悪が顔を覗かせる。
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中学生の頃。
地元でも一際大きな公園があり、今はもう無いが当時そこでは毎年10月にお祭りが模様されていた。
公園の隣にはグラウンドがあり、祭りの出店や屋台はそのグラウンドへも続いていた。
小さな町に似つかわしくない大規模な祭りは、一年に一回の大イベントであった。
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広大な敷地に所狭しとひしめき合う様々な屋台やイベントスペース。
まるで外国の繁華街の様な、日常では感じられない特別な感覚を体感できる祭りだ。
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家の手伝いが終わり、昼食を急いで食べ公園まで自転車を飛ばす。
小学生からの幼馴染二人と公園で待ち合わせをしていた。
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「おせーぞー!」
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既に友達の二人は、公園の噴水の前でアイスキャンディーをくわえながら退屈そうにしている。
悪いなと笑顔で声をかけ、そのアイス何処で買ったの?とか、同級生のあいつを見たとか暫くその場で話し込んだ。
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普段は静かな公園だが、噴水の周辺も出店などが並んでいる。
もう何年もこの祭りに来ているが、来るたびに新しい発見があり飽きる事はない。
同級生が学校以外で集まる場所というのも、わくわくとする要因であり、好きな女の子の姿に密かに視界を巡らせるのも、楽しみだった。
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三人で話し込む内に、同級生の同じ部活の先輩や仲間たちがグラウンドにいるとの事で、そちらへ向かおうという話になった。
ゆっくりと歩き出す。
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出店には定番のチョコバナナ、唐揚げにカステラ、フランクフルトなどが軒を連ねる。
食べ物屋の間数カ所に工作コーナーの様なブースやスポーツコーナーが設けられている。
竹とんぼやキーホルダー工作は小学生の頃に良くやったものだ。
スポーツコーナーはストラックアウトやフリースロー大会などが模様されていた。
どれもひと通りやった。
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中には新しい出店も出ていた。
興味を惹かれる露店に目星を付けながら歩いていると、一つの店に目が止まった。
その店は手作りラジオのパーツが並べてあり、半田ごてでそれらを組み立てるという工作コーナーをやっていた。
一回の150円という値段からも目を惹き、ついその店の前で足を止める。
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「おい、どうした?」
他の二人はまったく興味が無い様子のため、彼らには先に行く様促し少し見てから追いつく旨を話した。
店は“ラジオクラフト”という立看板とブルーシートのみ。
ブルーシートの上には様々な工具やラジオのパーツが並べてある。
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パーツといっても、白い半透明のフィルムケースとイヤホンと基板など必要最低限のもので作製する。
こんな物で果たしてラジオが出来るのだろうかという怪訝な視線を察してか、店員のおじさんが声をかけて来た。
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「よぉ坊主!やって行くか?すぐ出来るぞー」
すぐ出来るというフレーズが決めてとなり、おじさんに向かって大きく頷く。
身体が大きく筋肉質な30代程のおじさんは、その年の祭りで初めて会ったが、とても親しみやすく直ぐに打ち解ける事が出来た。
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ラジオの作製は、案外簡単でおじさんの言うすぐ出来るとの言葉は本当だった。
基板に半田ごてで部品を溶接していく作業が少し難しかったが、おじさんの手を借りながらも、ものの10分もしない内にラジオは完成した。
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「ここを調節すると、ほらな!ラジオ局に繋がって番組が聴こえてくるだろ?」
説明を聞き、目を丸くして完成したラジオを見つめる少年を満足気におじさんが見送る。
テレビゲームが普及して、ラジカセも自宅にある時代。
それにも関わらず、最新の玩具を手に入れた時の様に心を躍らせていた。
ラジオを大切にリュックに仕舞い、友達と合流するためグラウンドに向かう。
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友達や先輩との楽しいひと時もあっという間に過ぎ、夕刻には仲間とも解散となる。
薄暗くなった帰路、自転車を飛ばす。
夜寝る前に楽しみのラジオを聴くのだ。
息を切らしながら帰宅し、家族に手作りラジオを自慢する。
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夕食や入浴が終わり、何時もならダラダラとテレビを観ているが、ラジオが聴けるとの想いから早々と就寝準備を済ませ床につく。
布団に潜りながらラジオのスイッチを入れる。
固唾を飲み耳を澄ませる。
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、、、、?
音がしない。
おかしいなと、その小さなラジオを暫く弄ってみる。
ザー、、、、
あ、ついた。
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やっと音がした事に安堵しながらも、受信チューナーを調節する。
当然の事ながら、手作りラジオの電波受信能力は低い。
雑音のみで中々反応を示さないラジオだが、諦める事なく、集中を切らす事なく少しずつ指を動かしチューニングを行う。
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やがて雑音が無音に変わるポイントを見つける。
ラジオのボリュームは最大にしてあるが、手作のためかイヤホンから聴こえる音は心許ない。
調節し、無音のポイントに合わせじっとイヤホンを装着した耳をそば立てる。
声が聴こえる、、、、
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「べ。、、、か再来年か 選べ。来年か再来年か選べ。」
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来年か再来年か選べ、、、、
男の低い声がひたすら、その言葉を繰り返していた。
来年か再来年に何があるのか。
そもそも何処で?誰が?何が?という具体性のない内容に、現実味を感じず冷静にその言葉に聞き入っていた。
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ラジオは普段から聴いていたし、大抵の放送局は把握していた。
稀に何処かの誰かが放送している電波をキャッチする事もあると、父親に教わった事があった。
今のがその電波をキャッチしている状態かな?と考えると、ラジオから発せられるその声に興味が湧いてくる。
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誰が何のために誰に向けて放送をしているのか。
言葉を発する毎に、男の声色から僅かな変化を感じ取る。
電話越しに直接語りかけられている様な感覚。
しかし目の前にあるのは、紛れもなく自分が作った陳腐な手作りラジオ。
現在の自分なら一笑に付しラジオを切り、寝入るところだが、当時中学生の時分では意味の無い事とある事の分別が曖昧だった。
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男の言葉の意味を真剣に考え、ぽつりと独り言を呟いた。
「来年か、、、、」
殆ど無意識に声を出していた。
ラジオの音声内容がいつの間にか変わっていた。
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「来年、彼の地へは赴く可からず。
新たなる世界の同志たちよ。
大いなる意志を絶やしてはならない。」
声の主は何度かその言葉を繰り返し、目的を達した様に無音となった。
来年?彼の地?行くなって、、、、?
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まったく意味が分からなかった。
予言じみたその言葉に魅力を感じ、尚も言葉の真意を深く掘り下げて行きたい衝動に駆られる。
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ザー、、、、
自らの想いが成就する事はなかった。
その後ラジオは、幾らチューナーを捻ろうともその男の放送はおろか、一般の放送すら受信する事は無かった。
確かに昼間、ラジオは電波を受信していた。
故障ということで、なんとか気持ちに折り合いをつけその日は眠りについた。
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手作りラジオの存在は自分の中であっさりと、実に呆気なく忘れ去られた。
部活、勉強に加え、思春期の時期は忙しく弾む様に毎日が過ぎて行く。
そんな毎日に壊れた手作りのラジオはどんどんと取り残され、いつしかガラクタ以下の存在に成り下がっていた。
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季節が流れ、次の年の秋。
またあの祭の季節がやって来る。
毎年楽しみにしている祭りではあるが、その年の秋、祖母が他界した。
通夜、告別式と参列する中もはや祭の事さえ忘れていた。
葬儀を終え週の始めに学校へ行くと、ちょっとした騒ぎが起こっていた。
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「おい、お前ニュース見たか?俺写っていたろ?」
友人が開口一番話して来た。
どうやらその年の祭りで事件が起こったと言うのだ。
現場は人の密集する公園。
包丁を手にした男が急に暴れ出したとの事だった。
男は包丁を振り回し、周囲の人間を見境なく斬りつけたそうだ。
重軽傷含め20人以上の怪我人を出した事件となった。
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毎年町の市長が祭の様子を見に巡回に来る。
男はそれを狙って、市長に襲い掛かろうとしたのではないかとの報道を後のニュースで確認した。
深刻な事件を報道する現場リポーターの後ろで、空気を読まずピースサインをする醜態を晒す友人もしっかりと確認した。
政治的な事象や様々な憶測が浮上する中、一番衝撃的だった事実があった。
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暴れていた男は、事件の前の年手作りラジオの店を構えていたあのおじさんだった。
あの夜のラジオ放送受信。
あれはあのおじさんが流していたのか?
いや、あの手作りラジオは細工が施された通信機だったのでは無いか?
辻褄を合わせようとしても、すべてが憶測の域を超えない。
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その次の年から祭自体が廃止になった。
あの事件が原因なのか、または別の理由があったのかはわからない。
手作りラジオも自宅のゴミに紛れいつの間にか存在を消していた。
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わからない事だらけの今回の事件。
今となっては記憶の片隅に追いやられ、古ぼけた想い出である。
ただ、、、、
妙な事に最近頭から離れない言葉がある。
新たなる世界の同志たちよ。
大いなる意志を絶やしてはならない。
作者ttttti
一部フィクションです。
危険思想は持っていません笑