祖父の事件が発生してから一週間が経とうとしていた。
両親、祖母はいつまたお護りさんが姿を現すのかと気が気では無かったが、そんな心配を他所に何事も無く平穏な日々が過ぎて行った。
そして祖父の事件から十一日目…。
片目を失いはしたものの、それ以外におかしな所は無く、元気に過ごしていた赤子に突如異変が起こる…。
「きゃ―!!」
早朝、屋敷に響き渡る母親の悲鳴。
叫び声を聞きつけ、別室で寝ていた父親と祖母がすぐに駆け付けた。
母親と赤子が眠る部屋の障子を開けた二人の目に飛び込んで来た物は、体を震わせながら必死に赤子の名を呼ぶ母親の姿とその腕に抱かれた赤子。
それを見た二人は絶句し、祖母に至っては腰を抜かしその場にヘタり込んでしまう。
必死に赤子の名を呼ぶ母親…。
その腕に抱かれた赤子…。
昨晩までは何の異変も無かった…。
だが、二人の目に映る赤子の髪は、光を反射する雪の様にキラキラと輝きを放つ銀色に、そして残された右目は何処までも透き通った海の様な青へと変化を遂げていた。
だが、赤子の身に起こった異変はその容姿だけに留まらなかった。
赤子が成長し、一人で歩ける様になってから徐々に奇行が見え始めた。
今まで機嫌良く遊んでいたかと思うと、突然部屋の隅を凝視し大声を上げて泣き出したり、誰もいない空間に向かって笑顔で手を振ったりと、まるで他には見えないナニカが見えている様な行動をとる。
この時両親は、幼い子供には良くある事と、深く考えない様にやり過ごしていた。
だが…成長を遂げるにつれ、その行動は益々異様さを見せていく。
そして…。
ある夜、親戚一同が集まり皆で食事をとっていた時の事。
不意に少年は自分の席を離れ、窓の方へと歩き始めた。
何をしているのかと両親が訪ねても返事をせず、黙って窓を開け放つ少年。
「それ以上来ちゃだめだよ?」
少年は窓の外に広がる闇に向かって呟く。
両親や親戚は、木に止まる鳥か何かに話し掛けているのかと様子を伺っていた。
「来ちゃ駄目だって!
駄目!それ以上来たら…。」
?!
尚も闇に向かって叫ぶ少年が、一際その声を荒げた時、その場にいた一同は言葉を失った。
闇を見つめる少年の目…。
あの日に失われた左目が赤い光を放ち、窓の外の闇を照らしている。
そして、その赤い光はカメラのフラッシュの様に一瞬大きく光ったかと思うとその輝きを消し、また元の光を失った左目へと戻っていった。
これには両親も慌て、すぐに少年の元へと駆け寄った。
少年の両肩を掴み、何が起こったのかと尋ねる父親。
だが、必死に問いかける父親とは対象に、少年は当然の事の様に答える。
「怖い顔のおばあちゃんが家に入ろうとして来たんだ。
でも大丈夫だよ?
僕が消しちゃったから。」
少年はそう言って笑った。
間違い無く、お護りさんが関係している…。
そう思った両親と祖母は、すぐにその道で名の通った者と連絡を取り、払いは出来ずとも何か手は無いかと相談をした。
だが、それに対しての返事は期待していた物とは違い、打つ手無しという非情な物であった。
そして最後に忠告された一言で、両親と祖母は再び恐怖のどん底に叩き落とされる事となる。
それは、恐らくお護りさんはまだ少年を諦めてはいないだろうという事。
いずれ再び少年の前に現れその命を狙うだろう。
それまでに他のモノの影響を受けない様、お護りさんは少年に呪いを掛けている。
それが、あの左目だと言う。
「それが何時かは誰にも分からないんだよ…。」
祖母はそう言うと大きな溜め息をついた。
僕は、来夢の祖母から話を聞かされ、その内容に少し戸惑いはあったものの、それ以上に自分自身に苛立ちを感じていた。
あの左目には来夢の悲しい過去と恐ろしい未来が詰まってる…。
でも来夢はそれを表に出さんと必死に頑張っとる。
それを…それを俺はあの左目があったらどんな幽霊でも楽勝やみたいな…。
アホや!ほんまに俺はアホやわ!
僕は愚かで浅はかな自分を責めた。
「カイ君…来夢の事を親友だと言ってくれて本当にありがとうね。
でも…。
もう二度と来夢には近付いちゃいけない。」
?!
突然思いもよらなかった事を告げる祖母。
「いや、僕はホンマに来夢の事、裏切りませんよ!
これからもずっとアイツと付き合っていく積もりです!」
「カイ君…。」
祖母の目から涙が流れ落ちる。
「君が来夢を裏切らない事は良く分かっているよ。
どれだけ来夢を想ってくれているのかもね…。
だから…だからこれ以上、来夢と一緒に居てはいけないんだよ。
さっき話した通り、お護りさんは必ず来夢の前に現れる。
その時、君が来夢の近くにいれば、君に危害が及ば無いとは言い切れ無いんだよ。
来夢を親友と呼んでくれる君を巻き込む訳にはいかない…。
だから…これ以上来夢と一緒に居てはいけないんだよ…。」
祖母は涙で潤んだ目で僕を見ながらそう話した。
「確かに…。
確かにそうですよね?
お護りさんが来夢の前に現れた時、僕もそこにいたら………。
こっわ!!
想像しただけでも鳥肌めっちゃ出てきますわ!」
天井を見上げ、想像を膨らませて身震いする僕。
「うん…。
君まで危険な目に合わせる訳にはいかない…。
今まで本当にありがとうね。」
祖母は僕にそう言うと、深々と頭を下げた。
そして、それにつられる様に両親も頭を下げた。
「お断りします。」
?!
僕の言葉に頭を下げていた三人が一斉に頭を上げ、驚いた表情で僕を見ている。
「いや、そら怖いですよ?
顔にお札で体に注連縄でしょ?
絶対ヤバいヤツでしょ…。
どんな趣味やねん!て。
けど、そやから言うて僕と来夢が縁切る必要あります?
来夢と一緒にいたら僕に危害が及ぶかも。
勿論、言うてはる事は分かります。
けど、かも?でしょ?
そんな不確定な事で親友と縁は切れません!
かも?ですよ?
そんなん言い出したら、エレベーター落ちるかも。で乘れへんでしょ?
階段昇ってたら、角が割れて落ちるかも。で階段も使われへんようなりますやん?
どうします?
一階以上、行けん様なりますよ?」
……………………………………………………………。
「い、いや…。
ちょっと例えが無理やりでしたけど、とりあえず僕は来夢と縁切る積もりはありません!
もし、来夢本人から同じ事言われても、僕は絶対に縁切ったりません。
むしろピッタリくっついたりますわストーカ―みたいに(笑)」
「カ…カイ君…。」
涙を流しながらウンウンと頷く祖母。
「お前がストーカ―??
僕は絶対にお断りだな…。」
?!
聞き慣れた声に僕は慌てて首を横に向けた。
開かれた障子の前。
そこに笑顔の来夢が立っていた。
「ら…来夢くぅ〜ん!!」
僕は思わず立ち上がり来夢の元へと駆け寄った。
「ちょ…ちょっと待て!
マジで気持ち悪いんだけど…。」
「誰がアマゾネスじゃ!」
「やっぱり真似してたのかよ?」
そんな下らないやり取りをして笑い合う二人。
思っていたより元気そうな来夢に僕は心から安心した。
そして来夢と二人、部屋へと入り腰をおろした。
「来夢…いい友達を持ったねぇ。」
祖母が笑顔で来夢に話し掛けた。
「僕以上に変わったヤツだけどね。
まぁいいヤツかな?」
「シバくぞ!来夢!」
そんな僕達のやり取りを嬉しそうに眺める両親と祖母。
「でもな…来夢。」
父親が突然切り出す。
先程までの笑顔とは違い、少し思い詰めた様な表情に僕達は何も言わず、話を聞いた。
「仕方が無かったとは言え、無理はするな。
お前だって分かっているだろ?
三回は無理何だよ…。」
ん?三回は無理??
何の話しだ??
「分かってるよ…。
もうしない…。」
来夢が申し訳なさそうに答えた。
「来夢?ごめん…三回は無理て何?」
僕は父親の言った言葉が気になり、来夢に確認をする。
「あぁ…。
僕の左目見たろ?
あの目が使えるのは一週間に三回位なんだ…。
まぁ、正確には三回なのか、三体なのか良く分からないんだけどね。
とりあえず乱用は出来ないって事なんだ。」
?!
そっか…。
来夢は最近、登山合宿であの目を一回使ってる…。
で、あの病院で二回…。
それであんな風に倒れたんか…。
「カイ?
お前…ずっと僕と親友って言ったよな?」
不意に来夢が真剣な表情で僕を見て問う。
「来夢!
まさか?!貴方まだ?!
お止めなさい!!」
母親が何かを察したのか、しきりに来夢に呼び掛ける。
「母さん?
悪い…でもこれは僕がずっと前に誓った事だから…。」
来夢の言葉に悲しげな表情を見せて黙り込む母親。
「カイ?
お前と出会えて本当に良かった…。
でもな?
僕とこれからも一緒にいるかどうかは僕の話を聞いてから自分で決めてくれ。
いいか?」
何が何だか分からないが僕は頷いてみせた。
「僕にはやりたい事があるんだ…。
ずっと昔に自分自身に誓った事…。
そして、それは今も変わらない…。
僕は…。
僕はお護りさんを消す…。」
?!
へ?お護りさんを消す??
僕は想像もしなかった来夢の言葉に頭が混乱していた。
「いや、来夢?それ無理なんやろ?
昔に霊能力持った人とかに頼んでも無理やったんやろ??
それを来夢がどうやってやるつもり??」
僕は来夢の無謀とも言える考えに、思った事をそのままぶつける。
「確かに…。
霊能力者と呼ばれる人達には無理だったみたいだな…。
でもな?カイ?
あの人達が持っているのは、修行を積んで向上させた自分自身の力だろ?
言い方は悪いけど、所詮人の力なんだよ。
でも…僕は違う…。
僕が持つ力はお護りさんの力そのもの…。
毒を以て毒を制する。
それと同じだとは思わないか?」
確かに…。
来夢の理屈は間違っていないとは思う…。
けど…そんな簡単に出来るんか??
僕は反対こそしなかったが、来夢の危なげな考えに少し不安を残したまま頷いた。
「まぁ、出来る出来ひんは、やってみな分からんしな。
で??
それがお前と縁を切る理由になんの??
ど〜でもええわそんなもん!(笑)」
僕は満面の笑みで来夢を見る。
そんな僕を来夢は嬉しそうに眺め、そうか。とだけ呟いた。
色々と大変な一日だったが、来夢の目的も分かったし、改めてその絆を深め合えた一日でもあった。
だが…。
そんな僕達の予想を遥かに超える事件が発生する事をこの時の僕達はまだ知らなかった…。
作者かい
いや、無理やろ!