一年の間に三人は、僕の想像を遥かに超える力を手にしていた。
そしてその力によって、少女を追い詰めて行く三人。
各々の術をその身に受け、少女が消滅するのも最早時間の問題と思われたその時、不意に割って入った楓さんが、僕達の目を気にする事無く、少女を喰らい始めた。
少女を喰らい尽くし、紫水さんに付きまとう理由を語り出した楓さん。
そんな楓さんの口ぶりから、ある人物が浮かび上がる。
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私は何者だ?
人か?
妖か?
それすらも分からぬ。
気が付けば此処にいて、一人さ迷っていた。
周りを見渡せど見知った顔など無く、私に話し掛ける者もいない。
たまに私に寄って来る者と言えば、得体の知れぬ気味の悪い化け物ばかり。
愚かな…。
私を喰らおうとでも思ったのだろう。
私に喰われるとも知らずに…。
私は私自身の事は何も分からぬ。
だが、たった一つ私にも分かる事がある。
私は強い…。
一人さ迷い歩く内に、何十、何百という化け物に命を狙われ、幾度と無く僧が私を封じに来たがその全てを私は喰らってやった。
己の骨肉を喰い千切られる痛みに顔を歪め、悲痛な叫び声を上げる。
そして最期は、化け物も人も決まって私にこう言って死んでいく。
この化け物が…と。
人が言うのならば分からぬでは無いが、化け物が私を化け物と呼ぶとはなんと滑稽で愚かな。
まぁよい。
私は強い。
私が誰であろうと、もう気にはせん。
そして私は今日も宛て無くさ迷い歩く。
「へぇ〜凄いねぇ?君(笑)」
ふん…。
また懲りずに僧が私を封じに来たか。
「もしかして君、このまま進むつもりかな?
そうだとしたらちょっと困るんだよね。
この先に村があるんだけど、そこは僕の大切な村なんだ…。」
それが何だと言うのだ?
この男は私に何が言いたい?
「君、村へ入ったら人を食べてしまうだろ?
それは困るんだよ…。
だから、違う方向へ進んでくれないかな?」
この男…私を恐れるどころか、道を変えろだと?
そうか(笑)
この男、私の力を見抜けぬ程の未熟者か…。
だが、未熟者の分際で私に意見するとは放ってはおけんな。
「ちょ、ちょっと待った!
別に僕は君とやるつもりは無いんだよ。
ただ村を通らないで欲しいだけなんだよ。
それとも村人に手は出さないって約束でなら村を通ってもいいけど?」
つくづく愚かなヤツだ。
私に人を喰うなと命令する気か?
人間ごときがこの私に?
身の程を知れ!この愚か者が!!
「だから…そう興奮しちゃいけないって…。
さっきから言っているだろう?
ね?」
?!
な、何だ?
この男から感じるこの異様な感覚は…。
?!
震えている?この私が?
そんな筈はない!
私がこんな人間ごときに!
「そこまでだよ?(笑)
それ以上、力を出されちゃ僕も黙っていられなくなる。」
?!
まただ?!
またこの男から異様な力を感じる…。
こ、こいつ…。
「君…祟り神…だよね?
それもかなり性質が悪い(笑)
うん(笑)強いね君(笑)
でも…まだ成熟しきっていない。
君をこのまま放っておけば、間違い無くこの辺り一帯は君の障気にやられちゃうねぇ…。」
この男…何が言いたい?
私をどうしようと言うのだ?
「君…僕に封じられてくれないかなぁ?」
?!
封じる…だと…?
この私を?
この私をこんな人間ごときが封じるだとぉ?!
「はは(笑)
やっぱりウンとは言ってくれないよね?(笑)
なら…仕方ない。」
?!
何だあの目は?!
くっ…体が動かない…。
それに…この力…。
この男…人…か?
いや、これは人の持つ力などでは無い…。
だが、妖の物でも無い…。
くっ…この男は何だと言うのだ!!
「へぇ〜。
やっぱり凄いよ君(笑)
まだ動けるんだね(笑)
でも…。
君じゃ僕に勝てない…。」
何だ?!
ここは何処だ?!
あの男は何処へ行った?!
くっ…。
何も見えん!
私は今上を向いているのか?
下を向いているのか?
か…体が熱い…。
あ…あの男…私を…私を封じおったか!!
許さん…許さんぞ!
貴様の姿は目に焼き付けた!
どれ程の時が流れようとも私は必ず貴様を喰らいに行く。
待っておれ!待っておれ隻眼、隻腕の男!!!
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「くっ…今思い出しても忌々しい…。
私はあの男を必ず喰らう。
あの男の臓物を貪り喰ってやるのだ!
紫水!教えろ!あの男の居場所を教えろ!!!」
目を血走らせ、今にも紫水さんに掴みかかる勢いの楓さん。
先程から楓さんが口にする隻眼、隻腕の男とは…恐らく叔父さんの事なのだろう…。
でも…叔父さんはもう…。
「残念ですが、貴女のいう男の居場所は私にも分かりません。」
「紫水…紫水…紫水!!!」
?!
興奮を抑えられなくなった楓さんが遂に紫水さんへと飛び掛かった。
パァン!!
?!
紫水さんに飛び掛かからんとする楓さんの腕がゆっくりと持ち上がって行く。
「くっ…貴様…邪魔をするな!!」
楓さんは血走る目で匠さんを睨み付ける。
「てめえこそちょっと落ち着けよバケモンが!
紫水はお前のいう男の居場所を教えねぇんじゃねぇ…。
教えたくても教えらんねぇんだよ!!」
「ふん!
教えられんだと?
そんな事で私を謀れるとでも思っているのか?
人間ごときが舐めるな。」
真っ直ぐに伸び、自由を奪われた両腕を力で元へ戻していく楓さん。
「へっ…。
バケモンがよ!
お前がいう男は死んだんだよ!
だから、紫水にも俺にも誰にも居場所は教えらんねぇんだよ!
分かったかバケモンが!!」
「ふ…ふざけるな…よ?
あの男が死んだ?
あは…あはははははははは!!!!」
?!
突然大声で笑い出した楓さんは、意図も簡単に匠さんの縛を解いてしまった…。
「ったくよ…。
力抑えてやがったな。
つくづくバケモンだぜ…。」
匠さんの縛を解いた楓さんはゆっくりと僕達を見た。
「お前達は本当にあの男が死んだと思っているのか?
あの男が死…ぬ?
あは…はははは!!」
「何がそんなにおかしいのですか?!」
葵さんが大声で笑う楓さんに不快感を隠せず言う。
「あははは…。
何がおかしいだと?
これをおかしいと言わずして何と言う?
お前達の口振りからして、あの男の事を知っているのであろ?
だが、お前達はまるで分かっていない…。
あの男は人に在らず、妖にも在らず…。
神や仏の類いでも無い。
そんなモノにお前達下衆な人間の様に命があるとでも?」
?!
確かに…。
叔父さんは自分を無の存在だと言った…。
存在はしているが存在しないモノだと…。
そんなモノにその存在が消えてしまう事なんてあるのだろうか…。
僕は楓さんの言葉にそんな思考を巡らせていた。
「貴女のいう事が事実なら…。」
紫水さんが空を見上げ呟いた。
?!
突然、体中に電流を流された様な衝撃が走る。
楓さんに視線を移すと、その体から黒い霧が立ち込めている。
「紫水。
私はあの男を探し出して喰らう。
お前がそれを邪魔すると言うのなら今ここで…」
表情を変えず、淡々と話す楓さんの体から放たれる禍々しい気配が僕の意識を奪いにかかる。
「いえ…。
今、貴女とやるつもりはありません…。
それに…。
もし、彼を見つけ出す事が出来たとして…。
彼に勝てますか?(笑)」
?!
紫水さんの挑発とも取れる言葉に、楓さんを包む禍々しい気配が一層、その力を強めた。
「ふっ…。
お前ごときが偉そうに。
紫水?あの男の居場所を知らないお前は私にはもう必要無い。
私の言葉を信じるかどうかはお前次第だ。
私が喰らうが先か、お前が再会するのが先か…。
どの道、お前とは再び顔を合わせそうだな。
その時はお前達三人共、私が頭から喰らってやる。」
?!
楓さんはそう言うと黒い霧を身に纏い、その場から姿を消した。
楓さんが姿を消した後、何も言わず黙って楓さんがいた場所を見つめる僕達。
多分、僕も含めて全員が楓さんの言った事を頭に巡らせている。
「紫水…。
お前…どう思うよ?」
「楓さんの言った事ですか?
さて…どうでしょうか…。」
やっぱり皆同じ事を考えていた様だ。
「全てを鵜呑みにする訳ではありませんが、あの楓と言う少女が言った事も一理ある様な気がしますね。
ましてやあの方なら…或いは。」
葵さんも、もしかすると叔父さんが何処かで生きているかも知れないと考えている様だ。
「カイさん?
貴方はどう思われます?」
?!
突然紫水さんが僕に意見を求めた。
「ぼ、僕ですか?!」
まさか意見を求められるとは思っても見なかった僕は少し動揺してしまった。
「お前、怪異絡みは得意だろ?(笑)
何かを引き寄せるのはよ(笑)」
匠さんが慌てる僕を冷やかしてくる。
「そ、そんな事…あるかも知れませんけど…。
ぼ、僕は楓さんの言った事が本当の様な気がします!
勿論、確信はありませんけど…。
でも、やっぱりあの叔父さんが消えてしまうとはどうしても思えないんです…。」
「決まり…ですね。」
?!
決まり?
紫水さんは決まりと言った…。
どういう事だ?
「匠さんの言う様に、カイさんの何かを引き寄せる力は中々侮れませんからね。
そのカイさんが、そう言うのなら…。」
もしかして…紫水さんは本当に叔父さんを探すつもりなのか?!
「僕も行きます!」
紫水さんが次の言葉を発する前に、僕は叔父さん探索に名乗りを挙げた。
「楓さんもあの人を探しています。
だとするなら、それ相応の危険は覚悟しておいて下さいよ?」
「はい!」
叔父さんの探索に同行を許可された僕は、再び会えるかも知れない叔父さんに胸を踊らせた。
匠さん、葵さんも僕達と一緒に同行するらしく、今後の予定を立てる為、一度トメさんの家へと戻る事にした。
これからまた新しい旅が始まる…。
皆、口には出さないがもう一度叔父さんに会いたい気持ちを必死に抑えているのが伝わって来る。
だが…。
この旅の先に待っていたものは…。
作者かい
気が付けば、僕の投稿話数もかなりの数になっておりびっくりしました!
自己満足もここまで来たら十分です。
永らくの御愛読ありがとうございました。
私カイめは、本日を以て投稿から身を引かせて頂きます!!m(__)m