仕事も落ち着いたので、この度二十数年ぶりに母方の実家へ里帰りした。
祖母がめでたく卒寿を迎えるという事で、親戚中で盛大にお祝いをしようという名目だが、娘である肝心の母親は体調を崩しているため、今年は一人での帰郷となった。
空港からタクシーで向かう途中、見渡す限り続く変わらない田園風景や、田舎特有の肥料の匂いに懐かしさを感じながら、俺はふと子供の頃に遊び回った古い祠のある公園…と呼ぶには大袈裟な広場を見つけた。
ここからは歩いても目的地まで五分程度なので、散歩がてらにいいだろうとタクシーを降りる事にした。
広場の周囲には何件かの真新しい新興住宅やハイツなんかも並んでいるが、昔通りの敷地の広い日本家屋も数軒残されていた。石で出来た鳥居をくぐると、ご神木と呼んでもバチが当たらない立派な大木が暑い陽射しを遮ってくれている。
昔近所のお爺さんが造ってくれたお手製のブランコやシーソーもあるし、少し場所は変わっているもののよくそこでかくれんぼなんかをして遊んだ懐かしい祠も現存していた。
変わらない思い出の場所にすっかり変わってしまった自分が立ち入る事への後ろめたさを若干感じながら、同時に俺は何とも言えない幸せな気持ちにも包まれていた。
当時遊んだ近所の子供たちは元気だろうか?今頃は立派に成人して家族なんかを持っていたりするのかな? 会いたいなー。
そんな干渉に浸りながらブランコに腰掛ける俺の視線の隅で何かが動いた。
目をやると、祠の後ろの薄暗い場所に子供の影が一つある。背丈からして小学生くらいの女の子だろうか?首までのオカッパ頭で、どうやらその子もこちらを気にしているようだ。
「こんにちはー」
声をかけると女の子は何も言わずに奥の方へと走り去ってしまった。どこの子だろう?妙な懐かしさを感じる子だった。
確かあの方向にはご先祖様のお墓があったな。よし、後で皆んな揃ったらご挨拶に行こう。そう思いながら俺は広場を出た。
鳥居をくぐり道路に出た途端、やかましかった蝉の声がピタリと止んだ。背中に妙な生ぬるさをおぼえてご神木を見上げたとき、俺はある違和感に気づいた。
広場の中に祠がない。
いやそれどころか今まで座っていたブランコもシーソーもない。水を打ったような静けさの中、俺はしばらく呆気に取られてぼうぜんと何もない広場を見つめていた。
「カラカラカラ」と小さな音がして振り返ると、新築住宅の間に挟まれるようにして存在する、古ぼけた瓦屋根の家が目に止まった。
長年手入れのされていない庭に朽ちかけた玄関。目を凝らして見てみると縁側の白く曇ったガラス窓が少しだけ開いており、その隙間から子供の顔が縦に三つ並んでいた。
「ああ、まだこのままで残されていたんだ」
俺はその三人が昔父親に殺された三姉妹だとすぐにわかった。俺が中学の時、嫁の浮気に気の狂った旦那が次々と自分の娘を包丁で刺し殺して逮捕されたのだ。
平和な田舎町で起こった大事件だったため、ワイドショウのリポーターも駆け付けて大変なニュースになった。亡くなった三姉妹は毎年お盆に帰ってくる俺を見ると喜び、まるで自分たちの弟のように接してくれて日が暮れるまでこの広場で遊んだものだ。忘れたくても忘れる訳がない。
まさかあの時のままの姿でこの家が残されているとは思わなかったが、考えてみればそんな事件のあった土地なんて誰も買おうとは思わないだろうし、更地にしないのはきっと何かしら近隣住民の思惑でもあるのだろう。
一人納得した俺は彼女たちに向かって一礼すると、その場を後にした。
祖母の家ではまだ昼間だというのに、もう親戚同士の宴会が始まっていた。俺は渡された缶ビールを飲みながら、オカッパ頭の女の子は確か俺と一番仲の良かった三番目のA子ちゃんだよな… なんて考えていた。
そして彼女たちがあの家から出られるのはいったいいつになるんだろう?と考えたらズキンと心が痛んだ。いや、もしかするともう成仏していて、お盆だから俺の顔を見に還って来てくれたのだろうか?出来れば後者であって欲しい。
もしさっき祠の裏にいたA子ちゃんについて行っていたらどうなったろう?あの当時のA子ちゃんと話しが出来たかもしれないが、俺は今へ帰ってこれたのだろうか?
A子ちゃん、来年もまた帰ってくるから待っててね。
了
作者ロビンⓂ︎
少し修正入れました…ひひ…