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長編15
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こちら民俗学研究室 2

「セ~ンパイ!」

「どうしたのミシェルさん!?目が蒼いけど」

「それは生まれつきっすよ」

「そうだった?」

「それはそうと、ミシェル=ロビンソン最大のピンチです!!」

「少なくとも、私のトコに来る時はピンチじゃない時がないんだけど」

「追加のレポートを出さなきゃならねくなったんです」

「どうして?」

「話せば長くなりますが」

「じゃあ、いいや」

「急に冷てくなるのやめてけれ!!」

「レポートのテーマは?」

「今回のテーマは『怪談』です」

「小泉八雲の?」

「んです」

「ハーンは深いよ?明日までにまとまる?」

「まとめでみせますとも!でねば、オラは実家に帰らねばならねすけ」

「そうねぇ……ハーンの作品から一つに焦点を当てて書いてみたら?」

「おぉぅ!それだば間に合いそうですね」

「問題はどの作品にするかよ?いろいろあるから」

「だば、『耳なし芳一』とかどうだべね?」

「いいんじゃない?書くのはあなただし」

「したっけ、急に冷てくならねでくださいよ」

「まずは、作品の概要からね」

「はい!」

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耳なし芳一の概要(長い)

 何百年か前、赤間ヶ関に琵琶の弾き語りの巧みなことで世に知られた、芳一という名の盲目の男が住んでいた。

幼い頃より語りと演奏を習い、少年の頃にはすでに師匠達を凌いでいた。

琵琶法師を生業とする者として主に平家と源氏の歴史を詠むことで名を馳せ、語られる壇ノ浦の合戦のくだりは「鬼神でさえ涙をこらえること叶かなわなかった」と言われている。

 世に出はじめた頃、芳一はたいそう貧しかったが、助けとなる良き友を見つけた。

阿弥陀寺の住職は詩と音楽を好み、しばしば芳一を寺に招いては弾き語りをさせた。

後に若者のすばらしい技に大きく感じ入った住職は芳一に寺へ住むようにと言い出し、その申し出はありがたく受け入れられた。

芳一は寺の建物の中に一室を与えられ、食べ物と宿の見返りとして住職の暇な晩に、琵琶の弾き語りでの満足が求められた。

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 ある夏の夜、住職は死人の出た遠くの檀家へ仏教の法要を営むため呼び出され、そこへお供の者を連れて赴き、寺には芳一ひとりが残された。

それは蒸し暑い夜で、盲目の男は寝間の前にある縁側で涼もうと思い立った。

縁側は阿弥陀寺の裏の小庭が俯瞰できた。

そこで芳一は住職の帰りを待ちながら、寂しさを紛らわすため琵琶を弾いた。真夜中を過ぎても住職の音沙汰は無い。しかし部屋の中は休むには暑すぎて、芳一は外へ留まった。

そのうち足音が裏門から近づくのを聞いた。

誰かが庭を横切り、縁側へ進み、真っ直ぐ正面へ来て止まったが、それは住職ではなかった。

不意に太い声が名を呼んだ。

不躾で侍が家来に命令するような調子であった。

「芳一」

 芳一が驚きの余り返答への間を開けると、荒々しい命令調の声が再び呼んだ。

「芳一」

「はい」

威嚇する声に、怯えながら答えた。

「わたしは目が見えません……どなたがお呼びになるのか見分けられません」

「恐れることはない」

見知らぬ男は話し方を幾分いくぶんか和やわらげながらも大きな声で言った。

「わしはこの寺の傍に泊まっているが、お前に言付を頼まれて来た。

わしの仕える殿様はかなり高い身分にあるお方で、今は高位の従者を数多引き連れて赤間ヶ関に滞在していらっしゃる。

壇ノ浦の戦の跡を見たいと望まれ、今日その場を訪問なされた。

そこで戦の話を語るお前の技を耳にされ、今すぐ技を見たいと強くご所望じゃ、お前はすぐに琵琶を持って尊い方達がお待ちになる屋敷までついて参れ」

 その時代、侍の命令には容易に逆らえなかった。

芳一は草履を履き琵琶を携え、知らない男の巧みな案内で出掛けたが、大変な早足を余儀なくされた。

案内人の手は鉄で、大股で歩く度にガチャガチャと音がするのは、しっかり鎧を着込んでいる証であった。

おそらく近衛か何かの勤めをしているのだろう。

芳一の始めの怖れは解け、自分に運が向いてきたのだと思い始めた。

家臣が断言した「かなり高い身分にあるお方」について思い出し、詠唱を聞きたがっている殿様は、大名の中でも名門に入らぬ者ではなかろうと思った。

やがて侍は立ち止まり、芳一は大きな門の前に着いたと知った。

この町の中で大きな門といえば阿弥陀寺の正門以外には思い付かないが、訝しく思った。

「開門」

侍が叫んだ。

閂を外す音が在り、二人は中へと進んだ。

庭の空間を横切り、再びどこかの入り口の前で立ち止まると、家臣は大きな声で叫んだ。

「失礼致します。芳一を連れて参りました」

それからあわただしい足音と、簾が巻き上げられ雨戸が開けられる音と、女達の話し声が届いた。

その言葉遣いから芳一は、女達が高貴な家柄の一族だと判ったが、いったい何処に連れて来られたのか想像すら付かなかった。

推測を許す僅かな時間が有った。

幾つかの石段を助けを借りながら上りきった後で、草履を脱ぐように言われ、女の手に案内されて、果てしなく続く磨かれた板張りの上を、覚え切れないほど多くの柱で支えられた角を曲がり、怖ろしく広い敷物を敷いた床に着いた。

何か巨大な広間の中央であった。

思うにそこは偉い人達が集まる所なのだろう、森の木の葉がたてるようにカサカサと絹の摺すれる音がしていた。

大きな騒ざわめきの声も聞いた。

小声の話は宮廷の話であった。

 芳一は落ち着くように自分自身に言い聞かせると、座布団が用意されているのに気が付いた。

その上に座り楽器を調整すると、老女あるいは侍女長と思しき女の声が挨拶して言った。

「今から琵琶の伴奏に合わせて、平家の歴史を詠唱して下さいまし」

 これから全てを詠唱すれば、非常に多くの夜を費やさねばならないが、どうするべきか芳一は恐る恐る訊ねた。

「物語の始めから終わりまでを、僅かの間には語れません、これから語るにあたって何処の場面をご所望でございましょうか」

 答えたのは女の声であった。

「壇ノ浦の戦の物語を詠んで下さいまし……そこが哀れの極なのですから」

 それから芳一は声を張り上げて、無情な海での戦いの詩篇しへんを詠唱しはじめた。

琵琶は、必死に槐を漕いで突進する舟、ヒューあるいはシューと鳴る弓矢、踏みつけにされた人の悲鳴、兜のガチャガチャという金属音、渦巻く波間での殺戮の様子を、驚くべきほど巧みに奏でていた。

そして詠唱が小休止にはいると、右や左から賞賛の騒ざわめきが聞こえてきた。

「何と凄まじい名人だ」

「我々の住む辺りで、決してこのような演奏を聞くことは叶わぬ」

「帝国全土で芳一ほどの謡い手は他におるまい」

すると新たな勇気が湧いてきて、以前にも増して更に巧みに謡い奏でると、周囲は不思議なほど静まり返った。

しかし最後になすすべのない明らかな運命、女や子供達の哀れな最後や高貴な幼子を腕に抱いた二位の尼の身投げを語りだすと、聴衆の全てが一斉に長く、長く打ち震え悲痛な泣き声を上げ、そうして目の見えぬ男を自身が作り出した悲嘆と凄まじさに怯える程、あたりかまわず騒々しく涙して嘆き悲しんだ。長い時間に渡ってすすり泣きと慟哭が続いた。

しかし、嘆き悲しむ声は次第に弱くなっていくと、再び大きな沈黙につつまれ、そこで芳一は老女と思しき女の声を聞いた。

「我らは、あなたが並ぶ者無き類い稀な、琵琶と詠唱の達人であると信じておりましたが、今夜ご自身でその巧みな技量を明らかにして頂けるとは、誰ひとり思いませんでした。

殿様も相応しい報酬を与えるつもりだと、たいそう喜んでおります。

けれども、これから六夜に渡って毎晩殿様の前で、今一度その技を披露して頂きたいと望んでおります。

しかる後、聖なる旅路からご帰還なさるでしょう。ですから明日の晩、同じ刻限にこちらへおいで下さいまし。

今夜案内してきた家臣を迎えにやりますから……あなたにお伝えするよう言いつかった別のお話がございます。

殿様が赤間ヶ関で聖なる滞在をなさる間、ここにお出でになっていることは、何ひとつお話しになってはなりません。

忍びのご旅行ですから、そのことについては何もおっしゃらないよう命じられております……これでご自由にお寺へお帰りになれます」

 芳一が正式に感謝の意を表した後、女の手が屋敷の入り口まで案内し、そこに以前案内をしたのと同じ家臣が、家まで送るため待っていた。

家臣は寺の裏の縁側まで案内し暇乞いをした。

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 芳一が帰り着いたのは明け方近くであったが、寺を空けたことは知られていなかった。

住職はとても遅い時間に帰宅したので、眠っているものだと思い込んでいたからだ。

昼の間に芳一は幾らかの休息をとることができたが、体験した珍しい出来事については何も語らなかった。

次の日の夜半頃、再び侍がやって来て荘厳な広間へ案内され、そこで昨日とは異なる詠唱を行なったが、その効果は同様に素晴らしいものであった。

しかし、この度の滞在によって寺を空けたことはたまたま知られてしまい、朝帰った後に住職の前に呼び出され、優しくたしなめられた。

「私達はあなたのことをとても心配しています、芳一さん。目の見えないあなたが、一人で夜遅い時刻に出歩くのは危険なのです。

どうして黙って出かけたのですか、使用人を付けるよう言いつけられたのですよ。

一体どこへ行っていたのですか」

 はぐらかすように芳一は答えた。

「お許し下さい、優しき友よ、ちょっとした個人的な仕事の付き合いで、他のどんな刻限にも変更することは、できなかったのです」

 住職は芳一が何も話さないことに、怒りよりもむしろ驚き、どこか不自然さを感じ、何か良からぬことでもあるのだろうかと怪しんだ。

この目の見えぬ若者は悪霊か何かに化かされているか、あるいは取り憑かれているのではないかと心配になった。

それ以上訊ねるのを控えたが、日が暮れればまた寺を出るだろうから、その時は後をつけて芳一の動きを見張るようにと、内密に寺の使用人の男達へ言い渡した。

 まさにその次の夜、芳一が寺を後にするのが見付かると、使用人達はすぐさま提灯に明かりを灯して後を追いかけた。しかしその晩は雨が降っていた上にとても暗く、寺の者達が道へ出る前に芳一は姿を消した。

明らかに歩みが速すぎた。

盲目であることを考えると、悪路にもかかわらず奇妙なことだ。

男達は通りを急ぎ、芳一が家々を回るのを習いとしていたので、辺りの家を片端から訪ね回ったが、消息を伝える者は誰もいなかった。

諦めて海辺の道を通って寺へ帰ろうとした時、驚いたことに阿弥陀寺の墓地から琵琶を弾く荒々しい音が聞こえた。

その方角は漆黒の闇であった。

闇の夜に決まって飛び回る鬼火がちらちら見える他は。

しかし直ちに墓地へ駆けつけると、そこで提灯の明かりを頼りに雨の中を唯ひとり安徳天皇の慰霊碑の前に座り、琵琶の音を響かせ、壇ノ浦の合戦のくだりを大声で詠唱する芳一を探し当てた。

背後やその周囲と墓石の上のいたる所に、死人の炎が蝋燭の火のように燃えていた。

かつてこれほど多くの鬼火の群れが、生者を前に現れたことは無かった。

「芳一さん……芳一さん」

使用人達は叫んだ。

「あなたは化かされています……芳一さん」

 しかし、まるで聞こえていないようであった。

一心不乱にザンザンガンガン琵琶をかき鳴らし、更に更に激しく壇ノ浦の合戦のくだりを謡い上げた。

彼らは芳一を抱きかかえ、その耳元に大きな声で呼びかけた。

「芳一さん……芳一さん一緒に帰りましょう、今すぐに」

 芳一は皆を非難するように言った。

「この高貴な方々の集う前で、そのようなやり方で邪魔をするのは、容赦できません」

 不気味な出来事にも関わらず、笑いをこらえきれなかった。

確かに化かされている、すぐに捕まえ、足から引っ張り上げ、腕ずくで寺へ連れ戻した。

住職の命令で直ちに濡れた衣服が脱がされ、着替えをし食事と飲み物を摂らされた。

それから住職は友に奇怪な振る舞いの全てを説明するよう迫った。

 芳一は長らく話しを躊躇った。

しかし最後には自分の行いが人の良い住職を心の底から心配させ怒らせたのに気が付き、隠し事など吐き出してしまおうと決意して、初めて侍がやって来た時から起こったことの全てを語った。

 住職が口を開いた。

「芳一さん、なんて気の毒に、今は怖ろしく危険な状態にあります。

事の全てをすぐに言わなかったのが、どれだけ不幸なことか。

音楽における素晴らしい才能が皮肉にもこんな不可解な窮地を引き寄せたのです。

今度こそ気が付かねばなりません、屋敷か何かを訪れていたのでも何でもなく、それどころか墓場の平家の墓石に囲まれて夜を過ごしていたのです。

しかも今夜、同胞は安徳天皇の慰霊碑の前で、雨の中に座っているあなたを見付けました。

思い描いていたことの全ては幻だったのです。

亡者に呼ばれたことを除いては。

一度従ったが為に、魔力による支配を受けたのです。

もしまた従えば、何があっても八つ裂きにされます。

ともかく遅かれ早かれ取り殺されるでしょう……ただ、今夜はそばで一緒についてあげられません。

別の用事があって呼び出されています。しかし出掛ける前に、身を守るために必要なありがたい文字をその体の上に書き付けておきましょう」

 日が落ちる前に住職と供の僧は芳一を裸にし、それから胸と背中、頭と顔と首、腕と手と足へ、更には足の裏にまで体の隅々に般若心経という神聖な経文を筆で書き写した。

この写経をしているとき住職は芳一に言い聞かせた。

「今晩、間もなく出掛けますが、自分で縁側に座って待たなくてはなりません。

また呼びかけられるでしょう。

しかし、何が起ころうと返事をしても動いてもなりません。

一言も口をきかず座り続けなさい。

座禅をするようにです。

少しでも動くか音をたてれば、八つ裂きにされます。

怖がらないで、助けを呼ぼう等とは思わないで下さい。

あなたを救える助けは来ないのですから。

言うとおりにしていれば危機を乗りきり、これ以上怖ろしいことは起こらないでしょう」

 暗くなってから住職と供の者は出掛けてしまい、芳一は言われたとおり自ら縁側に腰をおろした。

傍らの板張りの上に琵琶を置いて座禅の姿勢をとり、咳き込まないよう、息をする音にも気をつけ、静かにじっとしていた。

何時間もの間このように座り続けた。

 それから道の方より近づく足音を聞いた。

門をくぐり、庭を横切り、縁側に近づいて、正面で止まった。

「芳一」

太い声が呼びかけた。

しかし息を殺し、微動だにせず座った。

「芳一」

二度目は厳しい口調で呼びかけた。

それから三度目。

怒りを露にしていた。

「芳一」

 芳一は石のように微動だにせずにいた。

声が不満を口にする。

「返事が無い……困ったことだ……奴が何処にいるのか見極めねばならん……」

 重量のある足が縁側に上がり込んでくる耳障りな音が在った。

その足はゆっくり近づいてくる。

そして傍らで止まった。

それから長い間、芳一は心臓の鼓動が全身を振るわせるのを感じながら、不気味な沈黙が在った。

 やがて間近にしわがれた呟つぶやき声が聞こえた。

「琵琶はここに有るが、琵琶法師は、なるほど、耳ふたつだけだ……何故返事が無いのか得心がいった、返事をする口が無いのだ。

耳の他には何も残っていないから……ならば殿様のため、この二つの耳を取ろう。

これまで尊い使命を果たすため、出来るだけのことをしたという証として……」

 芳一が鉄の指で掴まれたと感じた刹那、耳は引き千切ちぎられた。

猛烈な痛みには、叫び声を上げなかった。

重々しい足音は縁側を歩いて遠ざかり、庭に下りると、そのまま道の方角へ出て行き、止んだ。

頭の両側から、どろどろと生暖かいものがしたたるのを感じたが、敢えて手を上げなかった。

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 夜明け前に住職は帰ってきた。

直ちに裏の縁側へ急行すると、何か湿った物を踏んで滑り、恐ろしさに叫び声を上げた。

提灯の明かり越しに見える湿った物が、血であったからだ。

そこで座禅の姿勢のまま座る芳一に気が付いた。

傷口からは今だに血がしたたり落ちている。

「芳一、何て酷い」

驚いて叫んだ。

「一体どうしたのですか……怪我をしているのですね……」

 盲目の男は友人の声音を聞くと安堵を感じた。

突然大声で泣き出して、涙ながらに夜中に起こった出来事を語った。

「かわいそうに、かわいそうな芳一」

住職は嘆いた。

「全ては私の過ちです……とても許し難い過ちです……身体のいたる所にありがたい文字を書きました。

しかし耳にはしませんでした。

そこの作業は助手がしているものと信頼し、それを確かめなかった、非常に非常に大きな過ちです……そう、その事態を今はどうしようも有りません。できるだけ早く怪我の治療に挑む他ありません……元気を出して下さい友よ。危機は今去ったのです。もう二度と再び奴らがやって来て、危ない目に遭うことは無いのです」

 名医が治療に当たったため、芳一はすぐに怪我から回復した。

彼の体験した珍しい物語は遠方まで広く知れ渡り、芳一が有名になるのに時間はかからなかった。

多くの貴人が赤間ヶ関へ詠唱を聞きに訪れ、多大な金額の報酬が支払われた。

このような次第で裕福になったが、その体験した出来事から後は、ただ「耳なし芳一」の異名で知られるのみである。

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「と、まぁ……ざっくりとこんな感じね」

「そうスか……ガッツリでしたけど」

「ここで注目すべきは、何故、『芳一の耳が持っていかれたか』よね?」

「それは、経文を耳に書かなかったからでしょ?」

「足の裏にまで書いたのに、耳なんて目立つトコに書くの忘れる?」

「だども……」

「住職は芳一の顔を見て話したのよ?気づくでしょ?流石に」

「そしたら……」

「多分、芳一の耳に書かれた文字は消えたんだと思うの……時期は暑い盛りの夏、亡霊に琵琶が見えてたんだから、恐らく全裸だったんだと思う」

「マッパすか?!」

「最初から書かれていなかったなら、耳だけは見えてたはずよね?でも、亡霊は芳一に三回呼び掛けている」

「誰の耳か分からなかったんじゃねスか?」

「でも、引きちぎって持ってったじゃない」

「確かに」

「だから、私の推測では最初に呼び掛けられた時、芳一は思わず耳をふさいでしまったんじゃないかと思うの」

「へぇー……動いちゃダメなのに?」

「動いちゃダメってのは、その場からってことだと思うよ?経文は縁側で書いたんじゃないんだから」

「そう言えばそうすね」

「だって怖いじゃない?真っ暗な中で野太い声で名前を呼ばれたら……相手は自分の命を取ろうとしてる亡霊だって言うし」

「うん、おっかねぇ」

「つい、耳をふさいでしまった芳一は、住職の言いつけを思い出して、耳から手を離した……その時、耳に書かれた経文の文字が消えてしまった……そこで突如浮かび上がった耳が、芳一の物だと確信した亡霊は、自分が役目をサボった訳じゃない証拠に耳を持っていった……」

「何もちぎらんでも……」

「その辺は武士だからね。首を持ってく感覚だったんじゃない?清正も朝鮮出兵の時、首じゃ荷物になるからって耳を取ってったって話だし」

「うへぁ……」

「ここでもう一つの謎が浮かぶ」

「何がですか?」

「何故、芳一を生かしておいたのか」

「!?」

「そもそも、芳一の命が目的なら確実に殺そうとするはずでしょ?」

「そう言われれば……」

「だから、亡霊達の目的は、純粋に芳一の弾き語りを殿様に聴かせたかっただけだったんじゃないかと思うんだ」

「と、言うと?」

「評判の琵琶の名手がいる……聴いてみたら本当に巧かった。じゃあ、是非に殿様にも聴かせてあげたい……殿様が来るまで日があるから、その間は練習も兼ねて自分達のために弾いてもらおう……でも、本番当日にバックレた……腹は立つけど、今までのこともあるし、命までは取らないでやろう」

「じゃあ、普通に弾き語りに行ってたら……」

「多分、ありがとうって感謝されて、亡霊達はニライカナイに逝けたんじゃないかな?」

「耳、取られ損でねスか!!」

「分からないけどね……そもそも、平家物語を弾き語りで伝えてくれる人をだよ?自分達の無念を後世に伝えてくれる人を殺すかな?私にはその発想はない」

「でも、亡霊ですけね」

「死んだ人全てが悪霊ではないことを私は教わったからね……あの人に」

「あぁ……」

「だからこそ、先入観で勝手に悪者を作ってはいけないってことだと思うんだ」

「深い話になりましたねぇ」

「だから、ハーンは深いって言ったでしょ?」

「深いのは、千尋センパイですよ」

「そう?私はいつだって悪い方に考えるのが嫌いなだけだよ」

「だから、センパイは優しいんすね」

「褒めても何にも出ないよ?」

「何かが欲しくて言った訳じゃねっすよ」

「はい!資料……後は自分でガンバってね?」

「心の神よ~!!」

「ジャイアンか!!」

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耳なし芳一のはなし まとめ

琵琶の名手の芳一が、その腕を平家の亡霊達に見初められ、悲運の主である安徳への慰めのために、琵琶の弾き語りを頼まれたが、それを一方的に拒んだため、怨霊避けの呪いが破れた耳を引きちぎられたものの、その噂でさらに名が知れ渡り、結果的には儲かった。

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