長編12
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就職したてのころ。

俺は安いアパートの二階に住んでいた。

一人暮らしを始めて半年ほど経ち、生活にも慣れてきていた。

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学校を卒業して入社した会社は、俺を含め10人程の新卒者がいた。

自分と似たような境遇の仲間が多く、仕事は慣れないながらも、充実した生活を送っていた。

同期の仲間も時々自宅に呑みに来たり

、泊まりに来たりしていた。

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ある日、同期の男3人(仮にA、B、Cとする)が夜、家に遊びに来た。

夏の時期で、時間は夜19時。

仕事が早く終わった者同士で、示し合わせる事も無く家に集まった。

そのため、特に何をするでも無く、部屋でテレビの音を流したまま、取り留めのない話をしていた。

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A「腹減ってきたー」

B「どっか行く?!」

C「俺別に腹減ってないし、外行くの面倒。」

俺「誰か買い出しに行って、此処で食べよーぜ。」

AとBが買い出しに行くことになった。

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家に残ったCと俺。

Cは居間で雑誌を読み、俺は冷蔵庫にある物で何か作れないかと台所にいた。

相変わらず、テレビの音だけが部屋に流れている。

台所にいる俺には引き戸を隔てて居間にあるテレビの音が聞こえてくる。

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バラエティーのロケか何かをやっている音が聞こえていて、キャーとかワーという声がする。

気にせず俺は台所の棚の中を調べていた。

少しすると、テレビの音がおかしい事に気がつく。

「ゔー」

とか

「あぁー」

という声がする。

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(夏だし、Cの奴怖いテレビでも見始めたのかな。)

と思っていると、

「おい!」

という声がする。

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その声はかなり大きく、年輩の男の声だった。

確かに居間から聞こえたため、テレビだろうと思い、Cに注意をする事にした。

台所の引き戸を開けながら、

「近所迷惑になるから音量下げ、、あれ?」

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Cがいない。

読みかけの雑誌は、無造作に床に落ちていた。

そしてテレビの電源は、切れていた。

部屋を見回すと視界の端、カーテンの開いている居間の窓越し、ベランダに何かいる。

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そこに視線を移すと、

男が立っていた。

男は中年で少し禿げていて、ガタイが良かった。

無表情、直立不動でベランダにいた。

その時俺が思った事が、

(あれ?こんな知り合いいたっけ?ていうか此処二階なんだけどなー)

だった。

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人間てあり得ない状況下だと、冷静を通り越して能天気になってしまうのかも知れない。

しかし、我にかえると同時に恐怖心が襲ってきて、

「ど、泥棒!」

と近所に聞こえる様に叫んだ。

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男はたじろぐ事もなく、ベランダの同じ位置に立っている。

(Cも逃げたのかな、ヤバイよなこの状況、、)

と一瞬で考え、男から目を離さず後ずさりし、居間から廊下を経た玄関の扉に手を掛ける。

それと同時に、靴も履かずに家から飛び出した。

飛び出す際、玄関の靴置き場に一瞬目をやった。

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Cの靴があった。

玄関の扉を開けて2メートルない位で、下りの階段があるため、半ば階段を転げ落ちるようにして降りた。

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下まで降りて、アパートの敷地内の駐車場まで来ると、少し冷静になり

(あの男、やっぱり普通じゃ無いよな、、Cの靴があったけど、あいつ逃げたのかな。俺も裸足のまま出てきたし、家の中にいるのか?いたらCが危険だ!助けるしかないな。)

という考えを巡らせる。

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警察を呼ぼうにも、携帯を家に置いてきてしまった。

周囲を見渡すと、やけに静かな事に気づく。

アパート周辺の道や道路は、いつもならかなり遅い時間でも人通りや車の往来があるはずなのに、人が1人もいないし、車の音もしない。

ただ夜風になびく、樹々の葉音だけが聴こえていた。

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外の異様な雰囲気に、先ほどあった事への恐怖が増していくのを覚えたが、気のせいだと自分に言い聞かせた。

一先ず自分の部屋の様子を伺おうと、アパートの外周、2階のベランダが見える所に移動する事にした。

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ベランダを確認すると、

誰もいなかった。

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居間の煌々とした灯りが、外に漏れ出していた。

(誰もいないって事は、中に入ったってことか?やっぱり中の様子を見るしかないな。)

今思えば隣近所の扉を叩いたりなど、もっと優先順位を考えて行動が出来たはずだが、当時は恐怖心で自分自身おかしくなっていたのかも知れない。

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再び自宅の扉の前に立つ。

意を決して扉を開け中に入る。

自宅はキッチンと寝室、居間の他トイレという間取りになっている。

先ずは、玄関と居間を繋ぐ通路脇にあるトイレを確認する。

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扉を開けるが、

誰もいない。

次に寝室、押入れ。

いない。

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居間、キッチンと探したが、Cは見つからなかった。勿論男もいない。

どうしたら良いか頭が働かず、暫く居間で放心状態でいると、

「カン、カン、カン、カン」

とアパートの階段を足早に上がって来る音がした。

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(AとBだ!事情を話して三人でCを捜さないと。警察にも連絡かな。)

と考えていると玄関の扉が開いた。

「おい、Cが居なくなってたいへ.....!?」

驚きで言葉が出なかった。

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玄関に立って居たのはCだった。

「お前無事だったのか!居なくなったから心配したぞ。」

と話し掛けたがCの様子がおかしい。

「ぷっぶふっふふふ、、」

ニヤニヤとしていて、時折笑いを噛み殺している表情をしていた。

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俺は唖然としたが、気にしないふりをして

「おい、ふざけてないで、何処にいたか教えてくれよ。」

と言いCに近づいていくと、Cは急に玄関にあるC自身の靴を持ち、物凄い勢いで外に走り去っていった。

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俺は反射的にCを追った。

追わなきゃいけない気がした。

扉を開けると、Cの姿は見当たらない。

遠くの方で笑い声だけが聴こえた。

「はははっ、あははははー、、」

家の玄関からは見えない位置だったが、既にかなり遠くまで走っていった様だった。

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慌てて家を出て、階段を降りようとしたところで、向い側から買い物袋を下げたAとBが階段を登って来た。

俺はホッとしたと同時に、奴らに事の経緯を説明しようと、努めて冷静に、しかし急いでこれまで起こった事を説明しようとした。

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(いや、まてよ?)

もしCがAとBと共謀して俺を担ごうとしてるなら、凄くみっともない事になる。

それならさっきのCの不可解な行動にも説明がつく。

ベランダの男は、あえて俺の知らないC達の友達かなんかをこっそり仕込んだんじゃないか?

俺の頭の中には、猜疑心が渦巻いていた。

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立ち尽くす俺を見てBが、

B「おーお前、なんか酷い顔色だけどどうした?」

俺「ん?いや、ちょっと外の空気吸おうかと思って。」

A「まー中に入ろうぜ。」

俺はCの事が切り出せないまま、家に入った。

家に入ると、まずBが

「あれ?Cは?」

と。

俺は、今までの経緯を話した。

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AとB達がいない間に起こった事を、すべて話した後、一呼吸置いてBが口を開いた。

「あいつ(C)そんなキャラだったっけ?

今まで猫被ってて、サプライズブッ込んで 来たとか?笑」

冗談じゃない。

こっちは取り付く島もない状況で、困惑しかなかった。

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Aは押し黙って考え込んでいる。

2人とも意外と真面目に、俺の話を聞いてくれた。

AとBは、今回の一連の流れにはまったく関わっていないとの事だった。

勿論、ベランダの男の事も知らなかった。

一先ずCに電話を入れようと、携帯を手にする。

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メールが来ていた。

メールはCからで、

「ごめん、体調悪いから先帰った。

また今度なー!」

と来ていた。

俺は、先程のCの態度が気になって、電話を掛ける事にした。

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「もしもし。」

Cが電話に出た。

俺「大丈夫、か?

急に居なくなるから、心配してさ。」

警戒心から、体裁を整える様な話し方になった。

C「少し休めば大丈夫だよ。」

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俺はどうしても、先程の奴の笑いを噛み殺した様な態度、ニヤついた表情の真相が知りたくて、

俺「あのさ、さっきのって、何だったの?」

C「........」

俺「笑ってたよな?どういうつもり、、」

C「うるさい。黙れ。」

流石に俺もイラつき、

俺「笑ってたかどうか聞いてんだよ!

答えられないのか?!

なんか色々仕込んだのか?

わけわかんな、、」

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C「お前もなるか?

なるなら¥&@|<>"**+$'だから!

ブチッ、、プーップーップーップー、、」

電話を切られた。

Cの電話口での最後の言葉は、まったく意味のわからないものだった。

単に聞き取れなかったのか、意味不明な言語だったのかはさっぱりわからなかった。

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結局その後は、Cがなんかおかしい奴で、ベランダの男は錯覚って事にした。

実家暮らしのBの家に移動してA、B、俺の3人で飯を食い、そのまま泊まった。

ベランダの一件もあったので、あの部屋で夜を明かす事は出来なかった。

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、、、、

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翌日、予定通り職場に出勤する。

昨日あったことは、夢かなんかの感覚がして、もうさほど気にしていなかった。

気にしない様にしていた。

その気持ちとは裏腹に、新卒で切磋琢磨していた仲間達の中で、初めて仕事を休んだ奴がいた。

Cだった。

Cは職場に連絡もせずに、休んでいるらしかった。

上司から、何か知らないか?と聞かれたが、複雑な心境から、わかりませんと答えた。

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仕事が終わり、Cに電話をする。

熱かなんかで、辛い思いしていたら申し訳ないと思ったが、昨日の事がはっきりすれば、そんなに話し込む事はないだろうと考えていた。

電話は繋がらなかった。

「お客様のお掛けになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめになって、もう一度お掛け直しください。

ップーップーップーップー」

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その後、Cは職場に来る事はなかった。

後日上司に聞くと、Cの家族から連絡があったそうだ。

家族の不幸があったそうだ。

急な事だったため連絡が遅れてしまったと、Cの母親より会社に電話があった。

家業を継ぐとかで、退職の申し出があったそうだ。

C本人は、家族を失った精神的なショックで今は動ける状態ではないため、母親が代わりに連絡をくれたそうだ。

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元々Cは一人暮らしだったし、家に遊びに行ったこともある。

話を聞いて俺は、

(一応説明はつくけど、どうだろ?)

という印象しか受けなかったが、短い期間でも一緒に働いたCの労いに、何かをしてやりたかった。

仲間内皆で色紙に寄せ書きをして、Cに送ろうという事になった。

もうこの時点になると、“あの夜”のことはなんとも思っていなかった。

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色紙を回して、仕事の合間に書いていく。

俺は最後の方に順番が回ってきた。

皆の書いた内容を確認していると、

[短い間だったけど、楽しかったよ!

悩みがあればいつでも聞くよ!

また色々話してねー D子]

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大した内容ではないが、なにかが引っかかる。

D子とは普段も話していたが、Cの話はした事はなかった。

D子に色紙の内容を聞いてみる事にした。

、、、、

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仕事終わりに、職場近くの喫茶店で待ち合わせをする。

俺「あのさ、D子の書いた色紙の内容を見たんだけど、Cって悩みがあったの?勝手に読んでごめんな。」

D子「うん、C君の悩みは聞いてたよ。

話半分に聞き流していたところもあるけどね。

あ、勘違いしないでね。

聞き流してたっていうのは、Cくんの話があまりにも現実離れしてたから、、」

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言葉を濁すD子の様子を見て、俺の中であの夜の光景が鮮明に蘇ってきた。

俺「その話、詳しく話せるか?」

D子「いいけど、あんまり本気で聞かないでね?

内容があり得ないっていうか、変だから、、」

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D子の話によれば、Cは特定の幽霊に取り憑かれそうになった過去があった。

見覚えのない男の霊に付きまとわれていて、困っていたという。

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それは高校の時に遡り始まったそうだ。

どこで何をしたというわけでもなく、ふとそれは現れたという。

最初は夢の中。

部屋のカーテンを開け、窓の外を見ると自宅の前に男が立っているというもの。

そのような夢を2、3日おきに見ていた。

その後、夜中決まった時間に目が覚めるようになり、目を覚ますと金縛りで、部屋の中に夢の男が立っていた。

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いつの間にか男は、毎日深夜の決まった時間にCの部屋に現れていた。

男の立っている場所は、日によって違ったという。

共通しているのは、部屋の中に立っていたという事。

ただ少しづつ、そして確実に、横になっているCに近づいていた。

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Cはどうする事も出来なかった。

こんな事を相談できる友達や家族は限られてくる。

相談の過程で、運の悪い事に家族に精神的な疾患を疑われ、強制的に入院させられてしまった。

精神病の疑いはすぐに晴れ、退院となるが状況は変わらず、誰にも相談ができない苦しみが続く。

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大学の入学を機に寮生活を始めると、今までのことが嘘のように男の姿は見なくなる。

安心と共に、充実した大学生活を送ることが出来たという。

大学を卒業し就職をする時も、当然のように一人暮らしをする。

実家にさえ近づかなければ、あの男を見る事はないと思っていた。

実家へは全く帰らない状況が続き、

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「母親には心配をかけた。」

とCは悲しそうに語ったという。

就職をしてからは、新しい仲間達との出会い、社会生活の始まりを実感していた。

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就職後3ヶ月目、それは何の前触れもなく現れた。

夜寝ていると、またあの時のような金縛りが。

そして、またあの男がいた。

気が狂いそうになった。

(またあの恐怖と苦しみが続くのか。

いっそ自ら命を絶とうか、、)

そんな事を考えながら、一睡もできない日々が続く。

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「終わることのない恐怖と苦しみが過ぎ去った時、本当に安堵する。

しかしそれが再び現れた時、過ぎ去る前以上の、何倍もの恐怖と苦しみが襲ってくるんだ。

誰にも想像つかない程のね。」

とCは笑いながら話していた。

普段は冷静にそつなく仕事をこなしていたCだが、D子に悩みを打ち明ける時は、恐怖に表情が引きつっていた。

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D子はCの話を聞きながら、困惑を隠し切れなかった。

Cの話の事実関係よりも、C自身の精神がどうにかしてしまったのだと思ったそうだ。

Cはそれを察した様子で一言、

「ごめん。聞いてくれてありがとう。」

と悲しそうに笑って言ったそうだ。

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D子は、怪訝な態度で話を聞いてしまった事を、悔やんでも悔やみ切れないと悲痛の表情を浮かべた。

D子「こんなところかな。

俺君、C君と会うことがあったら必ずまた会って話そうと伝えてね。」

俺「ああ、わかってるよ。

色々と聞いて悪かったな。

ありがとうな。」

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俺はD子と別れて少し考えた。

時期的に、CがD子に最後の相談をした日が“あの夜”の一週間前だった。

その時点で、Cは限界がきていたのかも知れない。

仲間内のくせに、そんなCの苦しみに気付いてやれなかった自分に腹が立った。

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結論をいうと、これ以上の詮索は叶わなかった。

幼馴染でも無い俺とCの関係性、会社という組織の中では個人情報という大きな壁があった。

他に親しくしていた同僚もいなかった。

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ただ最後に一つだけ確かな事がある。

Cの家族に不幸はない。

これはC自身から聞いた話だ。

Cは片親であり、兄弟もいなければ、親戚とも疎遠だという。

物心ついた時から父親はいなく、母親と2人で人生を歩んできた。

「だから母親には楽させたい。」

とCが言っていた。

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ということは、Cの母親が

「家族に不幸があって」

と職場に電話してきた内容は、嘘になる。

もしかしたら、懇意にしていた人なのか、そもそもあの夜の様子からして、本当に精神を病んで病院に入院させられているのか、、

今となっては知る由も無い。

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、、、、

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あの夜から1ヶ月ほどして、俺は引っ越しをした。

あの日以来、特に何を見るわけではないし、勿論男も出てこない。

今だに時々考えてしまう。

あの夜出てきた男。

CがD子に相談した男である事は確かだが、あの男は一体何者なのか。

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そしてCの所在と状況が気になる。

最近になって、Cが電話で最後に言ったことが思い出される。

不思議な事に、意味が理解出来なかった言葉が、頭の中に明瞭に浮かんでくる。

C「お前もなるか?

なるなら “次はお前” だから!

ブチッ、、プーップーップーップー、、」

Concrete
コメント怖い
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この不条理さが良いですね。
話が終わったようで、全く何も解決していない感じ。
読み終わった後にモヤモヤが残るのがクセになります。

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