重い体を引きずって富本さんが電車に乗った。
座席がひとつだけ空いている。
駆け寄って乱暴に座る。
目を閉じ少しでも休もうとする。
もう眠りたい。
なにか聞こえてくる。
隣から。薄めで右隣を見る。
女が座っている。特に特徴の無い女。
再び目を閉じる。最寄りまであと10駅以上。
今の部署は糞だ。日毎苛立ちと疲労が募る。
眠りたい。少しでも休みたい。
右隣から相変わらずなにか聞こえる。
独り言。聞きたくないが耳につく。
イヤホンも耳栓もない。
苛つく。疲れているんだ。静かにしてほしい。
目をきつく閉じる。別のことを考える。
前の部署の仕事。
全力を尽くしたが結果は出なかった。
上司や同僚は気にするなと言った。
だが責任をとらされたのは俺だけだった。
社内の掃き溜めのような部署に飛ばされた。
「いつか戻ってこれるさ。」
元上司は言った。いつかっていつだろう。
苛つく。なぜ俺だけが。苛つく。
隣からまだボソボソと声がする。
…こいつはさっきから何をぶつぶつと…。
違和感。声は相変わらず右隣から聞こえる。
右隣の女から男の声がする。
耳を済ます。
「のんびりやれ、ユキ。焦ってもしょうがねぇ。のんびりな」
親父?!
慌てて目を開け隣を見る。
特徴の無い女がうたた寝している。
もう声はしなかった。
…親父。
1年前に死んだ親父。仲違いしたままの死別だった。
…見ててくれたのか?親父。
空っぽの心に暖かいものが満ちていく。
…親父ごめん。あの時謝れなくてごめんな。…
再び目を閉じ心の中で謝罪する。
目を開けると涙が溢れてしまうから。
…ありがとう親父。頑張るよ俺…。
「どうせあと2年でおめぇ終わりだからぁ。」
目を開けて周りを見る。
先程と変わらない風景。
耳にこびりついた言葉。
あれから1年。富本さんにまだ異変はない。
作者津軽