盆に里帰りしたついでといえばなんだが、もう俺は彼此ひと月ほど親戚の仕事の手伝いをしている。
叔父さんいわく去年の地震の影響で、解体の仕事が山積みだが全く人手が足りていないとの事だ。俺がしばらく手伝うよと言ったら大層喜んでくれて、日当もくれるという事で今月一杯は手伝おうかと考えている。
で、先週から入った現場はとある山奥の温泉地にある風情のある大きな旅館で、女将によると離れの岩盤浴風呂が耐震調査に引っかかり、早急に建て直さないといけなくなったらしい。
取り壊すのは25坪ほどの木造の平屋で、猶予は二週間もあるから余裕かなと仕事に入ったのだが、これが取り掛かってみるとなかなか仕事が進まないのだ。
現場は旅館の裏に位置していてそこまでの細い砂利道は2トン車も入れない狭さで、小型の重機を入れるのがやっとだった。崩した木材を担いで離れた2トン車に積み込もうとしても、外国人を主体とした沢山の観光客が通る度に一度手を止めて行きすぎるの待たなければならず、荷台を一杯にするのに半日もかかる。
積んだ廃材を処分場に運ぶのは俺の仕事なので、荷台にシートをかけて、それが飛ばないようにロープで縛る。車の前を平日だというのに観光客の長蛇の列が行きすぎていく。これも決まりで、この列が途切れるまでは車を発進できない。貴重なお客様にご迷惑をかける事は許されないそうだ。
まだかなーっと運転席から身を乗り出して列の後ろあたりをながめていると、行き過ぎる観光客の数人が笑顔でこちらを見ている事に気がついた。中には軽く手を振っていたり、カメラを向けている女性もいる。
こんな汗だくの労働者相手に丁寧だなと思いながらどうもと頭を下げたが、どうやら観光客たちは俺に手を振っているのではなく、助手席に向けて手を振っているようだった。
もちろん助手席を見ても誰も座っていないし、工具やシート、俺がさっき脱いだばかりのヘルメットがあるだけだ。彼らの興味はどこにあるのだろう?と頭をひねる。
考えても答えは出ず、もう一度前を見るとやはり何人かが笑顔で手を振っている。俺は気になって運転席側の窓を開けた。するとそれに気づいた観光客のおばさんが、片言の日本語で「ソノオジョウチャン、オニイサンノコドモサンデスカ?カワイイデスネー」と言ってきた。俺は、違いますよと即答して車を出した。
これが現場初日の出来事で、結局、一週間たった今でもこの車を見ると手を振ってくる観光客が後を絶たないでいる。
ついに今日の仕事帰りの乗用車の中で、運転する親戚の叔父さんに気になっていた事を聞いてみた。
「現場で使ってる2トン車なんですけど、あれってリース車じゃないですよね?」すると叔父さんは「ああ、あれは去年倒産した知り合いの土建屋から安くで譲ってもらったものだ。どうした?エンジンの調子でも悪いのか?」
「いえ、車は大丈夫です」
倒産したという事はあの車になんかあったのかも知れないけれど、どうせ話したところで信じて貰えないだろうから黙っておく事にした。
なにぶん姿こそ見えない同乗者だが、現場に入った3日目ぐらいだっただろうか、処理場へ向かう途中、車の中で小さな鼻歌のようなものが聞こえるようになった。初めこそビックリしたが、これが本当に楽しそうな歌声で、まるでこのドライブを楽しんでいるかのようで、すぐに怖いという感情は消えた。
まあ聞きたくなければ、窓を全開に開けてラジオのボリュームを上げれば済むことなので特に気にはしていない。運転を邪魔されるわけでもないから実害もなさそうだしね。
数週間だけの付き合いになるだろうけど、「見えない君」が楽しいんならそれでいいかと思う事にした。
了
作者ロビンⓂ︎