wallpaper:582
「えー!もう別れたの!?ユカ
まだ1カ月くらいじゃなかった?タカシくん、
まあまあかわいかったじゃん、
ギターも上手だったし………」
nextpage
「うん、初めはそう思って、服とかも買い揃えてやったりしてたんだけど。
あいつ、だんだん調子乗ってきてね……」
nextpage
背中が触れ合うくらいの狭いロッカールームの蛍光灯の下で、二人の若い女が着替えながらしゃべっている。
nextpage
「だいたい、ユカは飽きっぽいのよね。
その前のドクターも1カ月もったっけ?
今年入って、いったい何人と付き合ったの?」
nextpage
薄いピンクのドレスに肩までの茶髪の方が、手鏡でルージュを塗りながら、もう一人に言った。
nextpage
「うるさい!あんたには言われたくないわ。
そんなことより、もっと指名増やすこと考えたら?
あんた今月、ヤバイんじゃないの?」
nextpage
シルクのベージュ色のドレスを着たユカが長いストレートの黒髪をブラッシングしながら、返す。
nextpage
「はいはい
さて、今日もあほヅラのハゲオヤジにヨイショしてきましょうかね!」
nextpage
そう言って、茶髪の女はロッカールームから出て行った
separator
wallpaper:4439
ユカはキャバクラLのナンバーワンの嬢だ。
今年24歳の彼女は、ストレートの長い黒髪に、子供っぽい顔立ちなのだが、顔とはアンバランスな肉感的な肢体をしている。
小気味よい会話のキャッチボールも上手く、若い者から年配まで、幅広い層に人気があった。
月の収入は常に軽く100万を越えていて、都内の5LDKの高級マンションで、暮らしている。
nextpage
wallpaper:497
─お疲れさまでしたー
深夜1時……。
今日も仕事を終えた嬢たちが、思い思いの場所を求めて夜のとばりの中に消えていく。
nextpage
ユカは私服に着替え、クラブLを出ると、店前に横付けしている黒塗りのアウディに乗り込んだ。
nextpage
「ユカさん、これから、もう1杯、俺に付き合わないっすか?」
nextpage
ボウズ頭にピアスをした運転手がバックミラーに映るユカに言う。
nextpage
「今日は疲れてるの また今度ね」
nextpage
流れていく煌びやかな景色をぼんやり眺めながら、ユカは静かに呟いた。
separator
wallpaper:949
10階建ての瀟洒なマンションのエントランスで降りたユカは、10階までエレベーターで一気に上がり、少しよろめきながら、1005号室の玄関ドアを開けた。
nextpage
「クラブL一番人気の嬢、ユカ、ただいま到着しました~」
nextpage
ピンヒールのパンプスを脱ぎ捨て、廊下の電気を点けると、倒れ込むようにしながら上がり込む。
nextpage
広めの玄関口には、いくつかの女ものの華やかな靴に混ざり、黒の男もののエンジニアブーツがある。
nextpage
「お~い、タカシ~!いるか~」
nextpage
現代的な抽象画が壁に飾ってあるフローリングの廊下を進み、一番奥のドアを開ける。
nextpage
同時にルームライトが点灯して、部屋の中がパッと明るくなった。
10畳はある広いリビングの中央には、西欧風の大きめのウッドテーブル。
少し離れたところには、巨大なプラズマテレビがある。
nextpage
「もう!タカシ、いるじゃないの!
だったら、返事くらいしろよな~」
nextpage
星形の鋲がいくつも刺してあるヘビメタ調の黒の革ジャンに、穴あきGパンの男が長い足を投げ出して、右手の壁にもたれかかり、座っていた。
男の横には、黒のエレキギターが無造作に置かれ、傍らの床には、飲みかけの缶ビールが倒れており、中身がこぼれている。
nextpage
「た、だ、い、ま!」
nextpage
ユカは男の前に座り込むと、そのまま胸に顔を埋めた。
nextpage
「タカシのバーカ、、タカシがいけないんだぞ!
あんたが、あの部屋を勝手に開けるから……」
nextpage
ユカは男の胸を愛おしげにさすりながら呟いた。
nextpage
しかし、男は返事をしなかった。
というか、できなかった。
なぜなら、男の首から上には何もなかったから。
……
……
separator
wallpaper:5
ユカはシャワーを浴び、ガウンを着ると缶ビール片手に、バスルーム横手の洗面所にある姿見の前に立つ。
そして端に手を掛け手前に引くと、姿見はドアのように開いた。
separator
wallpaper:4438
中は8畳くらいの縦長の部屋で、一番奥には縦横3メートルくらいの巨大な水槽があった。
赤や緑の鮮やかな鱗をした、15センチくらいのたくさんの魚たちが水中を素早く動き回っている。
水槽の前には、二人掛け用の白いソファと小さなテーブルが置かれていた。
nextpage
wallpaper:4441
右手の壁には、高さ2メートルくらいの縦型の業務用冷蔵庫が2台、並んで置かれている。
左手の壁には、腰の高さくらいのステンレスの台があり、その上には白い布が敷かれ、外科手術用の大小のメス、ハンディな電動ノコ、チェーンソーなどが、きちんと並べられている。
ユカは右側手前の冷蔵庫を開けた。
nextpage
白い冷気が上気した顔をくすぐり、同時に生臭い獣臭が漂う。
奥行き50センチくらいの棚が何段かあり、上から2段めまで、あるモノが並べられていた。
それはビニールに入ったパイナップルのようにも見える。
nextpage
それは、ビニール袋に入れられた人の首であった。
全て男性で、年齢も容姿もバラバラである。
スキンヘッドにピアスの若い男、
オールバックで口ひげの紳士風の男性、
ロングヘアにあごひげのちょい悪風オヤジ、
nextpage
wallpaper:4438
ユカはその中の一つを無造作に取り、鼻歌を歌いながら、奥の水槽まで持って行き、ビニールから出す。
それから、床の昇降台に上がると、いってらっしゃ~い!と言って、水槽の上の方から手を離した。
nextpage
「ありがとう、タカシ。
また、いつかどこかで会おうね」
nextpage
金髪のロン毛にピアスをした男の首は、大きく両目を開いたままゆっくりと沈んでいき、やがて、静かに底まで落ちていった。
nextpage
鮮やかな色をした魚たちは、一斉に男の首をついばみだし、
ものの5分程で、それは骨と皮だけの肉塊になった。
nextpage
その一部始終をユカは、水槽の前のソファに座り缶ビールを片手に、少女のようなわくわくした目で見ていた。
作者ねこじろう