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ずっと開けられなかった金庫

中編6
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ずっと開けられなかった金庫

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 小さな部屋が朱色に染まっている。

真ん中には重厚な木製の机があり、奥の壁には軍服姿の男の油絵が飾ってある。

その真下には、大人の背丈ほどの頑丈そうな金属の箱がある。

その中から微かに聞こえてくる男の子の声……。

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-卓くーん、

たすけてー!

せまいよー!

くらいよー!

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 森本はなぜかその箱の扉を必死に開けようとしているのだが、びくともしない。

-駄目だ……。

途方に暮れて立ちすくんでいると突然、扉がすこしづつ開いていく。

そして、中の暗闇から小さな子供の手がゆっくりと現れ、いきなり森本の腕を掴んだ。

その手はミイラの手のように干からびていた。

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そこで、森本卓は目が覚めた。

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「あなた、大丈夫?かなり、うなされてたけど」

隣で寝ていた妻が、心配そうに声をかける。

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「ああ、大丈夫だ。 

どうやら、怖い夢を見たみたいだ」

そう言って、彼は額の汗を拭った。

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 森本がこの夢を最初に見たのは、小学校の頃であり、かなりの長い期間続いたが、いつの間にか見なくなっていた。

それからまた、忘れた頃に突然、という感じでずっと続いていた。

ここ最近はなかったのだが、3日前からまた、同じ夢にうなされている。

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 森本はこの悪夢には心当たりがあった。

心当たりというよりも、決して消せない。

トラウマかもしれない。

この先いつまで、このトラウマに苦しまないといけないのか?

彼は心の中で一つの小さな決心をした。

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 それは山々に紅葉が現れ始めた、9月のある曇り空の日のこと。

妻には山登りに行ってくる、と言って、彼は出かけた。

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 昼過ぎからローカル線の電車をいくつか乗り継ぎ、ある駅で降りる。

そこは、中心街からはかなり郊外にある住宅街であった。

駅前の花屋で、花を一束買う。

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 駅からしばらく歩くと、グラウンドが見えてきた。 

日曜日だからなのか誰もいない。

そこは森本の昔通っていた小学校だった。 

懐かしい気持ちでグラウンド沿いの道を歩いていくと、裏門が見えてきた。

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 その前に、小さな公園があった

中央にある滑り台を通り過ぎて進むと、鉄棒が並んでいる。

その向こう側に鬱蒼とした竹やぶがある。

森本は軽く深呼吸をすると、そこに分け入った。

藪の中は薄暗い。

無造作に立ち並ぶ竹を避けながら、彼は進んだ。

昨夜から朝まで雨だったため、歩くと、ぐしょぐしょという濡れた地面を踏みしめる音がする。

額に汗が流れてくる。

しばらくすると、腰の高さほどの草があちこちに生えた、ちょっとした更地が広がった。

不安定な天気のせいか、いつの間にか目の前をうっすらと霧が立ち込めている。

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 目的の建物はそこにあった。

今にも崩れそうな洋館風の廃墟。

白壁にはツタが幾重にもからまり、窓のいくつかは割れている。

森本は外れそうな木の扉を開けると、忍び込むように中に入った。

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 かび臭い匂いが鼻をつく。

腐った木の廊下を、足元に気をつけて進む。 

その部屋は突き当たりにあった。

6畳くらいであろうか、ほとんどが変わっていなかった。

変わったことといえば、壁にスプレー缶で描かれた意味不明な落書きと、床に転がる空き缶やペットボトル。

中央に、マホガニーの大きめな西洋机。

奥の壁には誰なのだろうか、立派な額に入った

軍服姿の男性の肖像画。

そしてその真下に、大人の背丈ほどの大きな金庫がある。

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-あった!

そう心の中で呟いた瞬間、森本の眼前に20年前の光景が忽然と現れた。

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「卓くん、探検しようよ!」

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 ボーダー柄のラガーシャツに半ズボンの高志が言った。

森本は彼の後に続いて、腐った木の廊下を歩く。

高志はどんどん進んで行き、奥の部屋に入って行った。

森本が他の部屋を覗いていると突然、高志の声が聞こえた。

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「卓くーん!助けてー!」

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 彼は急いで奥の部屋に走る

立派な油絵の真下にある大きな金庫から、声は聞こえていた。

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「高志くん!今、助けるからね」

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 森本はその金庫のレバーを握りしめ、思い切り下げようとするのだが、びくともしない。

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-卓くーん、

せまいよ~

くらいよ~

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高志の声を聞きながら、両手で力を込めて何度も、

レバーを下げようとしたがダメだった。

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 左側の壊れた窓から夕日が差し込んできており、部屋全体を朱色に染めている。

かなりの時間が過ぎたのは確かだ。 

ただ、何度試みても、レバーは下がらなかった。

金庫からはすすり泣く声が聞こえてきている。

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-だめだ、大人の人に来てもらおう。

小さな胸の中で決断すると、森本は

「ごめん、高志くん、ちょっと待ってて、

すぐ戻るからね!」

と言い、急いで廃墟を出た。

背後から聞こえてくる泣き声を振り切りながら……。

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 竹やぶの中を走りながら、なぜだか彼の脳裏には

その日の朝の全校集会の様子が浮かんでいた。

体育教師の荒川がマイクの前で話している。

「学校が終わったら、まっすぐ帰るように。

寄り道などした生徒がいたら、許さんからな!」

男子生徒にとって、体育教師荒川の存在は絶対的な恐怖だった。 

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 家に帰り着いた森本は、母親からこっぴどく怒られた。

「あんた、こんな時間まで、何してたの!?」

怒られている間、彼は何度となく、高志のことを話そうとしたのだが、

体育教師の荒川の言葉が頭に浮かび、とうとう言い出せなかった。

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 翌日、学校内では、高志がいなくなった、ということで、教師達は大騒ぎになっていた。

高志の友人は全員職員室に呼ばれ、詰問された。

だが、彼の消息を知る者は誰もいなかった。

森本はもちろん知っていたのだが、ことがあまりに大きくなったことで、恐ろしくて何も言えなかった。

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 2日経ち、3日経っても、高志は見つからない。

警察は誘拐を視野に入れて、捜査を始めていた。

森本は何度となく、警察の人に質問を受ける。

だが彼は、あの日、高志と一緒に学校を出たが、

途中で分かれた、と答えていた。

半年経ち1年経っても、高志は見つからず、とうとう、事件は迷宮入りになってしまった。

だが今も、学校周辺のあちこちの電柱や掲示板には高志の写真が貼られている。

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 そして今、森本は金庫の前に立っている。

「高志くん、ごめん」

彼は先ほど買った一束の花を、その頑丈そうな扉の前に置くと、静かに手を合わせた。

いつの間にか壊れた窓からは、夕日が差し込み、部屋は朱色に染まっている。

森本は何だかどこからか、ひょっこりと高志が現れてくるような、錯覚に陥った。

相当の時間手を合わせ、最後に一礼したときである。

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shake

-ゴトン!

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 何かがぶつかるような音が、金庫の中から聞こえた。

森本は驚いて、顔を上げる。

すると、

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-ギッ、ギッ、ギッ、ギッ

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 金庫のレバーがゆっくりと下がり始めた。

彼の心臓は拍動を早める。

そして目を大きく見開き、じりじりと後ろに下がり始めた。

レバーは一番下まで下がり、鋼の扉が少し開いた。

そこから、骨と皮だけの干からびた小さな手が現れると、

男の子の声が微かに聞こえた。

「卓くん、やっと来てくれたんだ」

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shake

「うわあああ!」

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悲鳴を上げた途端、足元の木の床が壊れ、森本は真っ逆さまに地下の部屋に落ちていった。

そして、激しく後頭部をコンクリートの床にぶつけて、意識を失った。

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生暖かいモノが耳に触れた感触で、森本は目を開けた。 

どうやら頭の後ろあたりから、かなりの出血があるようだ。

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-あ、死ぬかも……。

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 彼は何となく、そう思った。

暗闇の中、仰向けになった状態で、天井にぽっかり空いた穴をぼんやりと眺めていると、端の方から誰かが覗き込んでいるのが見えた。

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 その顔はミイラのように干からびていたが、それは間違いなく、高志だった。

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