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長編9
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数獲るー禍鬼ー

佐久間 由奈がその電話を取ったのは数週間前だった。

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「もしもし!? 鈴木さんって知ってますか? 」

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単刀直入に発せられた質問と状況説明に由奈は困惑を隠せなかった。鈴木に狙われていた事、その理由、そして鈴木が呪いによって死に、その手に握られたメモ紙に由奈のいる神社の場所が書いてあったと息継ぎも無しに彼女は話す。電話口の女の話は最初こそ要領を得ていなかったが、少しずつ由奈にも話の全貌が見えてきた。その中年の女が名を名乗る。

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「アチシ伊藤 早苗っていうの。サナちゃんって呼んでね! 」

伊藤さんですねと冷静に返答した由奈は、自らもやっと名を名乗ることが出来た。伊藤がこちらへ向かっている話までを聞き、詳しくは後日会って話す事となった。

若くして宮司となった由奈だったが、両親を亡くし身寄りと呼べる者がいない孤独な生活を強いられていた。

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(昔は幸せだった……)

暖かく楽しかった想い出。土地の掟が崩壊してから生活は一変し、由奈自身も家族を信じられなくなった。やがて家族をも失い、気がつくと27歳になっていた。ただ土地を守るだけの日々、それもこの土地の伝承による掟が廃れ、風化していく中神社に納められていた忌石や怨塊までもが盗まれている。

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(恐るべきは人間……)

悟るように独り呟き続ける由奈は、これまでの日常に迫る非日常を静かに予感していた。

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「初めまして。ワタクシ此方の神社の宮司を務めさせていただいております、佐久間 由奈と申します。貴女様からの御一報をいただき、この日を待ちわびておりました。遠路はるばるさぞお疲れのことでしょう? 少しお休みになられてから……」

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「ちょ、ウソでしょ!? 堅い! 堅いわぁー由奈ちゃん! アンタまだ若いんだからそんな年寄りみたいな話し方しないでさぁ? アチシなんかそこらに転がってるおばちゃんなんだから、気楽に話なよー」

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ガサツ、無作法、荒っぽいという言葉が五感に飛び込んでくる。神社の境内にある客間へ案内し話を始めた途端の出来事に、田舎町から外の世界を知らない由奈は、予想以上にアクの強い中年女性に唖然としていた。

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「ワタクシはこの様な話し方以外致しかねますので、このまま続けさせていただきたく存じます。確かに、貴女様の仰る鈴木という女性及びその御親族の方々を、ワタクシは良く存じております。さらに彼らが“数獲る”の力を利用し企てていた事、彼女の祖母にあたる“鈴木 松”がこれから遂行しようとしている事も……

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しかしそれを知って尚、出来る事といえばワタクシの知り得るすべてを貴女様へお伝えする事しか無いのです。ご期待に添える様努めます故何なりとお申し付け下さいませ」

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神職の装束を身に纏い自らを偽る事なく職務を全うする。この土地の歪んだ歴史に流される事なく、志は高く誠実でありたいという想いだけが今の由奈を繋ぎとめている。松が神社から盗み出した物は、数獲るの文献と忌石だけではなく“怨塊(おんかい)”という呪物であり、怨塊の効力は石を見ただけで呪いが発動し、範囲は100人。ここまで話すと早苗は眉間に皺を寄せたまま、彼女の中での違和感を口にした。

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「ちょっと待って、その怨塊とかいう石を見ただけで呪いが発動するのは怖いけど、対象が100人てことは一人の人が呪われて、100までカウントするってこと? あと順番待ちがあるとすれば、カウントも遅くなってゆっくりになるんじゃない? 」

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「いいえ。呪術者は自らも含め100人を呪う事ができますが、呪いの対象者にとって100日という日数は関係がなく、実際のカウントは呪いの発動で1、呪いの成就で1として、一人の人間が呪われて亡くなるまで計“2”のカウントになります。

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呪術者は100日という期間の中で49人を呪えば100日目に100人に達する事が出来るだけでなく、数字は呪いが発動した人間の間で共有され、例えば50人を呪えば後98日しか猶予が無くなります。恐ろしいのは猶予期間を知るのは呪術者のみであり、呪われた人間は数字の恐怖に怯えながらなす術なく死に追いやられるのです」

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由奈は早苗に説明をしながらも何処から話したものかと、戸惑っている。何も隠す事など無いのだが、話の順序を違う(たがう)事で誤解や不信を生んでしまう事を恐れていた。そんな由奈の気持ちを知らずに早苗は核心をついた独り言を漏らした。

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「それで、アチシ気になっていたんだけど何で鈴木さん、この神社の場所を書いたメモを握りしめていたんだろう……? 」

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「それは鈴木という女性の、いえ、彼女とその祖母である松という老婆の“本当の狙い”がワタクシであるからなのです」

由奈は目を閉じてゆっくりと一呼吸置いてから語り始める。

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「かつてこの町が村であった百余年程昔、村を襲った“鬼”がおりました」

「お、鬼!? ウソでしょ? オニ? 昔話にも程があるわよ? 」

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由奈は早苗の反応を当然だと思いながらも、事実として認識させるために無表情で宜しいですか? とだけ一言返す。早苗が冗談では無いと解り押し黙ったのを見て、由奈は再び話し始めた。

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「その鬼は村に飢饉などの災いをもたらし、人々は悶え苦しみ地獄の様な日々を送っておりました。村人はこの災いを治めるために、有志を募り遠い土地より高僧を村へ迎え入れ、知恵を借りました。災いを治めるために高僧が教えた方法が、鬼を封印する術で御座いました。

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災いによって命を落とした村人を同じ場所に10人葬い、一年後そこに埋めていた石を掘り出し、これが“忌石”となります。同じ方法で忌石を10個作り、この忌石を使い10人で呪いを掛け合い、10人の亡骸を一か所に埋め更に一年後その地から石を取り出します。この石で鬼に向かって“数獲る”、即ち呪いをかける事により石に鬼が封印されました。これが“怨塊”で御座います。

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なにぶん、百余年前の伝承として文献に記されている物語となりますので、事の信憑性に疑わしい部分も御座います。怨塊が出来た経緯に諸説あれど、事実として怨塊は存在しています。伝記では、怨塊により呪いを成就させる度、100に近づけば近づく程、呪術者は封印された鬼の化身と成るとされています。99を数獲る頃にはその者は、“禍鬼(かき)”という禍(わざわい)をもたらす鬼に変化すると御座いました」

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数獲るのあらましを淀みなく語る由奈は、言い伝えの生み出した悪しき風習について、そしてその事により自らが命を狙われる立場である理由を話す。

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「怨塊に鬼を封印する事が出来、災いが治り再び村に平穏な日々が訪れます。そして村の上役達の取り決めにより、鬼が封印から逃れる事の無いように、贄を差し出す風習が生まれました。一年に一人、村人の中から無作為に選んだ者に毒を盛り、死に至らしめその亡骸を怨塊の祀られている神社の境内に設置した場所に埋め、それを毎年繰り返す事で鬼の活動を鎮められると信じられておりました。

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村の上役はこの贄の対象には入りませんでした。信じられないでしょうが、つい十数年前までその様な風習が行われていたのです。時代の流れと共に、町の診療所とも癒着しこの土地では尊厳の無い安楽死が行われておりました。ワタクシにとりましても、生まれた時からあるこの風習は当たり前の様に受け入れておりましたが、ある方をきっかけにしてその風習が誤ったもの、寧ろ悪しき風習であると白日の下に晒される事となるのです。

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その方の姓は鈴木といいました。貴女様も知る鈴木という女性のお父上に当たる方で御座います」

ハッとした早苗は表情と声色が変わり冷静で鋭い口調で由奈に問い質す。

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「それはどういうことかしら? 鈴木さんのお父さんが贄とやらになって、知らずに殺されるはずだったのが、体調が優れないからと都心の大学病院に行った際に、時間差で毒か何かが回り急変して亡くなったということなの? 」

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「その通りに御座います。更に言えば、町の医者も土地の事情を知らない者が入り、恐らく他の病院を紹介するといった経緯となったのだと存じます。しかし大学病院ともなれば、この土地の者が意図的に命を奪おうとしている事を解明するなど造作もないでしょう。町の上役達が必死になってお金を積み、真相を煙に巻く事は容易に想像がつきます。

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鈴木家は土地の上役と病院が結託していて、旦那様もその一員であると思われているかと。そのため手始めに貴女様を狙い、次に旦那様、そしてワタクシをもって数獲るの伝承そのものも含め決着をつけようとされているのです」

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「はっ! 冗談! 桂二が医療過誤で大学病院を追い出された理由ってそれなの!? しかも土地の上役とかいう馬鹿なおっさん達の協力者だとも思われてるってわけ? ふざけてるわね! あんたもよくもまあ淡々と……」

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桂二が被った不幸、早苗に降りかかった災い、その元凶である宮司を前にして、早苗は怒りを露わにする。衣摺れの音と共に由奈は身を伏し、早苗に向かい土下座をした。

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「この通りに御座います。ワタクシの一族の不遜が生んだ取り返しのつかない事であると深く受け止めております。鈴木という女性は桂二様に対し復讐を企て、祖母の松は土地の上役と神職の様々な行いを徹底的に調べました。

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その過程で松が見たものは、先程お話しした土地の歪んだ歴史、滑稽とも呼べる風習に自分達が巻き込まれたという事実、無作為とは建て前で実態としては上役達の意にそぐわない民の排除が行われていたという真実で御座いました。贄の儀式は効果がなかったのだ、我々は騙されていたのだと松は町の人々に触れ回り、上役と彼らに関わる人間を怨魂で呪いにかけました。上役達は土地から離れるもの、犯した罪に苛まれ自ら命を絶つものなど、阿鼻叫喚の様相を呈しておりました。

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この土地に上役が居なくなった現在、町は荒廃の一途を辿っております。土地の人々も当初こそ松と同じ気持ちでしたが、やがて彼女の狂気に身を震わせ、土地から離れて行きました。

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数獲るによる被害者をこれ以上出さぬよう、松を追い身を呈する必要がある事は重々承知のもと、ワタクシは敢えてこの土地、この神社に留まる選択をしております。何故なら、神職としてこの土地の行く末をしっかりと見届けなければならないということ、そして何よりこの神社こそが数獲るを止め、怨塊を封じる唯一の場所であるからなのです」

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由奈は話し終えると大きく深呼吸をするが、ゆっくりと吐く息は微かに震えていた。

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「大体分かった。由奈ちゃん、アンタの罪は後でちゃんと聞くとして、助かる方法を教えて。その方法は、アンタ一人じゃ無理でアチシや誰かの協力が必要って事でしょ? 」

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由奈は単純に見えて、思慮深く鋭い洞察力を持つ早苗の側面に、驚くと同時に頼もしさを感じていた。その澄んだ瞳、決意の眼差しで由奈は早苗を真っ直ぐに見据え頷く。

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「ご明察で御座います。お願い致したい事は、先ず旦那様の桂二様と、数獲るの呪いに関わった阿部様へこの神社へお越しいただくようにお伝え下さいませ。皆様が揃われた時点で次のお話をさせていただきます」

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早苗は外で手紙を書いて来ると言い、正座で痺れた足を引きずりながら客間を出て行く。

(松……あの人の心の中には既に“禍鬼”が巣食っていた。クソッ!)

由奈は独り拳を握り締めていた。

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「♪♫〜♬♫〜」

新幹線の発車アナウンスと音色が流れている。

右手には紫色の風呂敷、左肩の薄汚れた革製のトートバックは肩に食い込み、痛みと疲労で顔面により一層深い皺を作り小走りをする老婆がいた。

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「ビーーー!」

なんとか乗車に間に合った“松”は上体を屈め、ドア付近で息を整えると、自然と吐息に声が混じる。

「はぁ、ふぅえ〜、ふー、あーよし! 」

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風呂敷に手をやり眼を閉じると、徐々に体力が復元していく。足が上がる、前に出る事が分かりようやく歩き出す事が出来る。しかし松はその前に改めて気持ちを奮起させ、復讐を遂行するため、瞳を閉じ過去に思いを巡らせ集中をする。

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「うっ……うっ……ひっく……悔しい。お婆ちゃん。伊藤への復讐どころか、“本当の目的”すらこなせなかった……怖い、死ぬのが怖いの。ダメな孫でごめんなさい。きっと復讐を達成してね。ずっと願ってる。きっとよ……」

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「ああ、そうかい……そうか、よく頑張ったね。安心して仏様に身を委ねなさい。ばっちゃがいつまでも一緒だからね。後はばっちゃに任せなさい。うん、必ずね」

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松は孫の訃報を聞き、亡骸を拝み手厚く葬るためと、彼女の持っていた忌石を回収することを目的に阿部の住む地域に赴く。

無言の再開に涙も枯れた松は、白く冷たい孫の頰に静かに触れ、遺品の確認を行った。

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(やはり……成る程しくじる訳だ)

伊藤が忌石を持ち出した事を察した松は、いやらしく口角を上げる。

(忌石の重要性を勘で“気付いた”な。面白い。捻り潰してやる)

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再び瞼を開いた松は発車した新幹線の車両連結部分の通路から、阿部達のいる車両を覗く。

(あそこか……)

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松の鋭い眼光に阿部達が映り、隣にいるのが伊藤の夫である事も彼女は理解をしている。静かに嗤う松の表情は禍々しい鬼のそれであった。

「まず一人目……」

松は独り静かに呟いていた。

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