「死んだら、どうなるかって?
そんなの決まってるじゃん
『無』だよ『無』!
夜寝るとき、電気消すだろう。
まさにあんな感じ。
きれいさっぱり、永遠に真っ暗闇だね。
そっちの方がすっきりしていいよ」
日村亮太がいつものごとく、威勢良く話す。
茶色いサラサラの髪に、浅黒い顔の一重でつり上がった瞳には、いつも勢いがあった。
もう季節は秋になり肌寒いはずなのに、黒いティーシャツにGパンといういでたちだ。
今さえ楽しめれば、それでいい。
いわゆる『リア充』という考え方なのだろう。
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「じゃあ、君は、『生まれ変わり』とか『魂』とかは信じていないんだね」
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川口純一は、丸テーブルの上のコーヒーカップを持ちながら、目の前に座る日村に言った。
きちんと分けた黒髪に銀縁の眼鏡。
色白で真面目な文学青年という風貌で、日村とは好対照だ
二人は同じ大学に通う同級生同士である。
ある秋の日の午後。大学構内にあるカフェで、次の講義を待つ間、二人は『人は死んだら、どうなるか?』というテーマで話をしていた。
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「だいたい、お前は非科学的なんだよな。
人間の全ての活動は『脳』でコントロールされていて、泣いたり、笑ったり、怒ったり、気持ちよかったり、とにかく、全部を『脳』がコントロールしていて、『意識』なんかもそうで、死んだら『脳』も死ぬから、全ては終わり、ジエンドてやつさ。
『魂』なんかあるはずないんだよ。
もし、そんなのがいるなら、俺の前に姿を現して欲しいな。だったら、信用してやってもいいよ」
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不満げな顔の川口を後目に、つり上がった一重の目をさらにつり上げて、日村はさらに続けた。
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「よし!もし俺が死んで『魂』とやらになったら、真っ先にお前のところに行ってやるよ。
まあ、あり得ないけどな」
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そこまで言うと、日村は立ち上がり、一人笑いながら、次の講義のある教室に向かった。
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それが、僕が日村を見た最後だった。
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あれから、3日後……日村が死んだ。
交通事故だった。
自宅のマンションを朝、自転車で出掛けようと飛び出したとき、たまたま通りかかったトラックにはねられたらしい 即死だったそうだ。
本当にあっさりとした最期だった。
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日村の実家は大学の近くだったから、通夜も葬儀も、大学近くの葬儀会館で行われた。
葬儀は家族だけの密葬にしたい、ということだったので、川口は日村と共通の友人である沢田と通夜に出席するため、夜の7時に待ち合わせをして、一緒に葬儀会館に行った。
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小学校の教室くらいしかない葬儀場の奥に、こじんまりとした花壇が作られていて、真ん中に日村の遺影がぽつんとあり、棺が置かれていた。
その前には20個くらいのパイプ椅子が整然と並べられていたが、人はパラパラとしかいない。
本当にひっそりとしたしめやかな雰囲気であった。
川口たちは焼香をして合掌し、日村の両親や親戚にあいさつして、会館を後にした。
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二人は大学の寮までの狭い道を、並んで歩いていた。
昔からのお屋敷街であるこの辺りは人通りがあまりなく、街灯はポツンポツンとあるだけで、薄暗い。
たまに、大きな屋敷の立派な門があったり、お寺や墓地があったりして、ドキリとしたりする。
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「いやあ、本当今でも信じられないな。
あの日村が逝ってしまうなんて……」
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日村と同じサークルだった沢田が黒のネクタイを緩めながら、しみじみと言った。
着慣れないのか、喪服が窮屈そうだ。
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「そうだな、人間いつ逝くか、分からないものだな」
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川口がそう言ったときだった。
フワリと暖かい風が彼の頬に触り、どこからともなく、声が聞こえた。
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─そう、本当にそうだよ……
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「え!?」
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川口は立ち止まり沢田の顔を見た。
沢田も怯えた目で川口の顔を見返す。
二人はしばらく無言で、薄暗い路上に立ち尽くしていた。
その時、川口は左肩の辺りに微かに気配を感じた。
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─何かが隣にいる!
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そうっと左の方に首を動かしてみる。
暗闇の中、自分と同じくらいの高さの白い煙がゆらゆらと火柱のごとく、鈍い光を放ちながら、漂っている。
よく見ると、煙の中を様々な形の黒い影がゆっくり動き回っている。
それらは、対流しながら懸命に何か一つのものを形作ろうとしているようだった。
沢田もそれに気づいたようで、川口と同じ方を黙って見ていた。
やがて、黒い影たちは一つに固まりだした。
それはまだ、あちらこちらが不明瞭であったが、目と口それと腕と足、そこだけは、ぼうっと青白くその形を現してきた。
そしてその中に、一重のつり上がった瞳が動いているのが見て取れた途端、川口の口から自然と声が溢れ出た。
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「ひ、日村なのか?」
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川口は勇気を出して声を掛けてみた。
すると、その青白い一重の目はじろりと川口の方を見ると、口の部分が微かに開き、ラジオの電波が混線したような、ザーザーという音に交じりながら、
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……そ……うだよ……
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と、なんとか言葉を紡いだ。
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その時なぜか、川口の心の奥深いところに、熱いものが湧き起こってきて、じわりと目頭が潤んできた。
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「約束、守ってくれたんだね……」
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思わず発した川口の言葉が果たして聞こえたのかどうか、青白いものは再び白い火柱に包まれると、しゅるしゅると吸い込まれるように、暗く冷たい天空に消えていった。
作者ねこじろう
死んだら、いったいどうなるのだろう?
これは、生きている者たちにとって、
正に根源的な問いかけだろう。
死んだら、夜寝るとき、電気を消すように、
真っ暗闇になり、永遠に『無』が続くのか?
それとも『生まれ変わり』という形で、
新たな『生』を手に入れるのか?
はたまた、『魂』という形で、永遠にさまようのか?
今のところ、誰にも分からない。