この辺りには野犬がでるらしい。
それも一匹や二匹ではなくて、何匹も徒党を組んで夜中に走り回っているのだという。まだ噛まれたという被害報告は出ていないが、執拗に追いかけてくるらしい。
が、俺がここに越してきて二カ月程になるけれど、そんな首輪もしていない野良犬なんて見た事がない。
特別夜にうろつく予定もないのでたまたま出喰わしていないだけかも知れないが、仮に噂が本当だったとして、そんな犬集団に追いかけ回されたりしたらたまったものではない。
実は俺、犬が大の苦手なのだ。それが小型犬でも近づくことすらできない。
そんな俺だから用心にこした事はないので、これからも極力夜は出歩かないようにしようと思っていたところ、ふと夜中にアイスクリームが食べたくなった。
冷凍庫を漁るがストックがない。無いとわかればなおさら食べたくなる。俺は犬の事なんてすっかり忘れて、近くのコンビニまで歩いていく事にした。
近くといっても歩いて10分ほどはかかる田舎道。もともと交通量の乏しい道なので、夜ともなると車どころか人っ子ひとり歩いていない。
いつもは車なので、この道を歩くのは初めてだ。冷えているせいか薄い霧が視界一面に立ち込めている。
遠くにぼんやりとコンビニの明かりが見えてきたところで、俺は不意に例の話を思い出した。もし今出会ったらヤバい事になる。
そう思った途端、後ろの方から荒い息遣いが近づいてきた。それも一つや二つではない、いくつもの息遣いと砂利をふみしめる足音が暗闇の向こうからこちらへとやってくる。
すぐさま俺の脳裏に最悪の展開が浮かび、俺は声にならない叫びを上げながらコンビニへ向かって走りだした。
しかし、あっと言う間にその息遣い達は俺を追い越していった。
その獣たちは数にしておよそ10頭ほどはいただろうか。首がないもの、後ろ脚のないもの、ぱっくりと背中が裂けて背骨が剥き出しになったもの、中には四肢全てを失い、くるくると転がるように進む、毛むくじゃらな奴もいた。
そういった身体のどこかが欠損した獣の一団は、すぐさま霧が立ち込める闇の中へと姿を消した。
あれが噂の野犬集団と同じものなのかどうか定かではないが、もしそうなら恐らく害はないだろうと、根拠はないがそう思った。
彼らがどういう理由で走り回っているのかは分からないが、彼らは彼らなりに生前残してしまった心残りを発散しているように感じたから。
了
作者ロビンⓂ︎