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長編10
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心に引っかかるもの

「はい! よく出来ました〜」

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提出した宿題を無表情で眺めていた先生が、優しい笑顔でそう言う。

俺は少し安心した気持ちと、誇らしい気持ちで席に戻ろうとするが、でもねと先生が付け加える。

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「透けて見えるからって見本を下敷きにしちゃだめよ。字というのはその人の心が現れるものなの。だからズルしたらわかっちゃうからね。次からはあなたの一所懸命な字を見せてください」

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(やべえ、バレてた....)

周りの生徒達に肩を竦める仕草を示し、戯けて見せながら席へ戻ると、皆んなは笑いながら俺のことを冷やかす。

小5の俺は習字教室に通っていた。

生徒は近所の奴等のため、何と無くユルい雰囲気で習い事にも臨むことが出来ている。

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「バーカ! 真面目にやれよー 僕なんてほら、ちゃんとやったぜ! 」

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「うるせーよ。俺はそんな風になるのカッコ悪いから嫌だね! まぁこの戦法は通用しないからボツだな! ハハハ! 」

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俺が声を掛けてきた奴の赤ペンだらけの宿題を見ながらふざけていると、突き刺さる様な視線を感じる。

妹だ。

俺達は兄妹で習字教室へ通っていて、妹は表彰される程字が上手い。蛇に睨まれた蛙ならぬ、妹に睨まれた兄だったが、妹が何か言いかける前に先生の号令と共に授業が始まった。

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授業が終わると俺達生徒は、帰ることなく暫く話し込む。

その理由は、地域の交流スペースを貸し切っている教室がとても居心地が良いこと、そして何より、当時怪談や都市伝説を話すことが流行っていたからだった。

6、7人の小学生が集まり、誰からともなく話し始める。

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「これ知ってる?

ある日夢を見て、その夢では自分の部屋にいるんだって。

それで何故か部屋のカーテンを開けて窓から外を見るの。

すると遠くの方に人が立っているのが見える。それだけで夢は終わっちゃうんだけど、次の日も、また次の日も同じ夢を見て、窓から見える人がどんどん近づいてくるんだって。

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近づいてくるにつれて、その人は男の人だとわかるけど、見覚えの無い人。

男の人は嗤っていて、こっちを見て立ってる。

夢を見始めて4日経つ頃には、窓から見えなくなって家の庭にいて、5日経つと玄関の前まで、6日目には自分の部屋の前に立ってるんだって....」

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何処から仕入れてきたのか、やけに雰囲気のある口調で語る習字教室の生徒の一人は、勿体つけた様に周りの反応を楽しんでいた。

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「ええ!? それ凄い怖いじゃん! 見覚えないんでしょ? 」

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別の生徒が場の空気を盛り上げるために一役買う。

怪談クラブ。

今思えば酷く安直な名の会合は、当時刺激を求めていた俺達にはうってつけの“遊び”だった。

窓の外を見なければ良いとか、親と一緒に寝ろなど、口々に憶測や質問が飛び交う。

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「7日目....どうなったの? 」

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やがて参加者の一人からの当然の質問。

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「夢を見てから一週間後、その男が部屋に入ってくる。そして....」

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「はい! 終わりー! 時間だから教室締めるわよー! 」

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習字の先生が身支度を終え、パンパンと手を叩きながら俺達を追いやる。

習字教室が終わってから15分間が怪談クラブの所要時間で、教室の貸し切り時間の限度のため、有無を言わせずクラブは打ち切りとなった。

大人しく怪談クラブに参加していた妹がチッと舌打ちをする。

俺は話の先が気になり、気持ち悪く思っていたが、それ以上に妹の舌打ちが気になって仕方がない。

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(コイツ何か知ってるな....)

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日もとっぷりと暮れた帰宅路は、子供二人では心細く、俺はいつもの様に夜ご飯の予想を妹に話しかけた。

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「今日は絶対ハンバーグ! オカンは仕事が休みで機嫌が良かったから間違いない! ....ん? どうしたんだ? 」

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妹は何を考えているかわからない上の空な様子だったが、それはいつも通り。

いつもと違うのは、神妙な面持ちで眉間に皺を寄せていたことだった。

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「兄ちゃん、さっきの怖い話忘れてね」

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「は? 急に言われても無理だよ。だって最後まで聞かなかったから、余計に頭に残ってるよ。なんでよ? 」

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「怖い話ってさ....怖い話って、最後まで聞けないと良くないんだよ」

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「? 聞けないじゃなくて聞かなかったんだよ。べ、別に興味ないしな! 」

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「違うの。聞けなかったの。何かの力が働いて聞けない様にされたんだよ。そういうものなの。忘れて」

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妹に押し切られる様にして、俺はそうかわかったよと生返事をする。

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家に帰り前日のカレーを出され、ガッカリしながら食べていると、また妹が口を開く。

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「気を落とさないでね。あたしも出来る事はするから」

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「あ? そんなに心配するなよ! 俺はカレーが嫌いなわけじゃないから」

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はぁと大きく溜息をついた妹は、そう....とだけ呟いた。

俺は気に留める事無くカレーをかき込み、さっさと寝る準備をする。

子供部屋、暗闇の寝室で俺は何度も寝返りを打つ。

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「兄ちゃん、起きてる? 」

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「ああ。どうした? 眠れないのか? 」

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「それは兄ちゃんの方でしょ? あのね、兄ちゃんに言っておく事があるの」

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俺は嫌な予感がして、返事ができないでいたが、妹は続ける。

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「夢を見たら、先生の言ったことを思い出してね。きっと大丈夫だから」

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(先生が言ったこと? なんだそりゃ? )

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まったく意味がわからなかったが、眠くなって来た俺はとりあえずうんとだけ返した。

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青紫色の空が見え、辺りはぼんやりと住宅街が浮かび上がっている。

俺は素足でパジャマのまま、住宅街の道路の真ん中に立っていた。

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(あっ、あれ? 寝ぼけて外に出たのかな? )

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そう考えながら周囲を見渡していると、遠くの方に自分の家が見える。

帰らなきゃと思い、自宅に向かって歩き出すと、足元のコンクリートはゴツゴツとしていて、ヒンヤリ冷たい。

澄んだ空気が早朝である事を伺わせ、少し肌寒い住宅街を進む。

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人は見当たらず、車さえも通らない閑散とした景色が段々と俺を不安にさせた。

自宅に近づくにつれ、俺と妹の子供部屋の窓が見えてくる。部屋の窓に人影が見え、家の目の前まで来ると、窓辺で嗤う見知らぬ男が立っていた。

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(誰だ? これは習字教室で聞いた夢? でもおかしい....聞いた話だと外にいるのは自分じゃなく男のはず)

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妙にはっきりとした意識で、自分が今夢の中にいることを感じ始めながら、例の話と似ているが明らかに違う状況に戸惑う。

俺は意を決して自宅の玄関まで駆けて行き扉を引くと、開いた。

その勢いで自分の部屋まで行くが、部屋のドアに掛けた手が止まる。

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「もういるよ」

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部屋の中から男の声がして次の瞬間、目の前が真っ暗になって瞼を開くと、俺は子供部屋の布団の中にいた。

カーテンの隙間から光が差し込み朝であることがわかる。

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(夢....か? )

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起き抜けのボーッとした頭で身体を起こそうとするが....動かない。金縛りかと思うと同時に自分が今呼吸をしていない事に気付く。

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(苦しい....息が持たない....死ぬ! )

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危機感と恐怖感に苛まれ、激しい動悸が俺を襲うが、限界に来たところで急に身体が動き、同時に息も出来るようになった。

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「かはっ! ぶはぁー! はぁはぁ....」

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うつ伏せになり、必死で呼吸を整える。

不安で押しつぶされそうになりながらも、ただの夢と思うようにしていた。

そう思いたかった。

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夢を見た日、俺は言い知れない不安を覚えたまま1日を過ごす。

いつもは何も考えずお気楽に受けている学校の授業も、夢のことで頭がいっぱいで取り留めの無い考えを巡らせていると、すぐに時間が過ぎて行く。

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「なぁ、昨日の習字教室での話….お前何か知ってるのか? 」

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自宅に帰り夕食までの時間、俺はテレビゲームに目を向けたまま妹に問いかける。

妹は塗り絵をしながらうんと答え、あっと思い出したようにいそいそと何かを持ってきて床に置き、俺に呼びかけた。

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「ねえ、兄ちゃん、これ! 」

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俺がゲームから目を離し振り返ると、床に習字道具のセットが置いてある。

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「なんだよ〜! 宿題はまだ早いだろー。習字教室は来週だぞ? 」

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「いーの! ちゃんと先生に言われた通りに書いてね」

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妹は言い出したら聞かない。やれやれという想いと態度で、はいはいと床に置かれた習字道具を広げる。

宿題は希望という文字を三枚書いて、上手くできたものを提出するという課題だ。

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「それ! ダーメ! 」

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半紙の下敷きに見本を挟んでいるのを妹は見過ごさない。即刻注意を受けながら、おずおずと文字を書くと、歪で掠れたバランスの悪い希望が出来上がった。

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(おかしいな。俺こんな下手くそだったか? )

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普段見本をなぞっていただけの俺は、幻想から現実に引き戻され落胆し切っていたが、妹は意に介さず名前もねと真剣な表情で指示を出す。

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「よし! これで終わり。手伝ってくれてありがとうな! さて、ゲームの続きやろうっと! 」

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妹に言われるがまま終えた宿題に、単純な俺は達成感を覚え、テレビゲームを再開する。

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「ねー! お母さん! 兄ちゃんが習字の宿題頑張ったから部屋のドアに貼っていい? 」

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妹が母親に余計な事を言っているのが聞こえたが、俺は面倒くさいのと何だかんだ上手く字が書けているのかなと、勝手な解釈をして放って置いた。

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その日の夜、また夢を見た。

部屋の中で目を覚ますと、早朝の青白い光がカーテンの隙間から漏れ出している。

俺は身体を起こし部屋のカーテンを開け、外の景色を眺めていた。

自分の意思とは関係がなく行われる、一連の動作に違和感を感じながらも、それに抗う術も無く身を委ねるしかない。

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窓の外の景色は青白い住宅街が見えていて、早朝だけあって静まり返っている。

ふと、遠くの道路の真ん中に人が佇んでいるのに気付くと、次の瞬間パッと目が覚めた。

殆ど無意識の陰に埋もれてしまいそうな、朧げな感覚のその時の夢は、俺にとって脅威ではなく特に気に留める事は無い。

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ただ、その日から毎日の様に同じ様な夢を見る事になると、流石に不安を隠しきれなくなる。

夢の中、部屋で目を覚まし窓の外を眺めると人が立っていて、夢を見る度その人は近づいて来た。

その人は見知らぬ男で、嗤っている。

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今回は習字教室で聞いた話の通りに進む夢に、俺は抵抗する事も出来ずに夢を見続けた。

5日が経つ頃には、男が玄関の前に立っていて、その嗤い顔はより一層不気味に感じられる。

6日目の夜、俺は藁にもすがる思いで妹に話しかけた。

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「あのさあ….この間聞きそびれた事で、習字教室で聞いた話の夢を、今俺見ているんだ。何か知ってるか? 」

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怖いんだ、どうしたらいい? という俺の本心は妹を前にすると話せない。そんな俺の気持ちを見透かした様に妹は口を開く。

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「大丈夫だよ。この場所は兄ちゃんの場所。ここにいれば大丈夫」

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相変わらず意味の分からない妹のアドバイスに依然不安は拭えないが、大丈夫という言葉に少し安心もできた。

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6日目の夢、いやあれは夢じゃなかったんだと思う。

暗闇の子供部屋に横たわる俺の耳に音が聞こえる。

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「コン、コン」

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子供部屋のドアをノックする音。

両親は部屋をノックする事はないし、もちろん鍵など掛かっていない。他に家族と言えば隣で寝息を立てている妹しかいなかった。

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「コンコン! 」

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今度は少し強めな音でノックが鳴る。

静寂の中で十分すぎるほど響くその音を聴きながら、俺は固唾を飲んでいた。

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「コンコンコンコン! 」

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暫くして更に強く連続的なノックの音がすると、ハッと息を漏らす俺は思わず両手で口を覆う。

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「コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン! 」

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俺は両手で耳を塞ぎながら、ぎゅっと目を瞑り心の中で呟き続ける。

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(どっか行けどっか行けどっか行け! )

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….………

「どこも行かねーよ」

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塞いだ耳元で、息遣いと共にはっきりと男の声が聞こえると、俺は恐怖のあまり気を失った。

目を覚ますと妹が俺の顔を覗き込んでいて、目が合うとにっこりと微笑みながらおはようと言う。

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「兄ちゃん、もう終わったから安心してね。部屋のドアに貼った半紙は破けちゃったけど、変な夢を見る事はもう無いよ」

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妹は続けて習字教室で聞いた話から、俺が見た変な夢、恐ろしい体験の背景にある真相を、拙いながらも馬鹿な俺でも分かりやすく説明してくれた。

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「怖い話って言うのは、凄くはっきりと想像した人に実際に起こり易いの。

怖い話って沢山あるけど、中には本当のやつがあって、その話をはっきりと想像して聞く、そして話の最後まで聞けないっていう条件が揃うと話の内容を実際に体験する事になる。

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夢の男の話は元がどこから来ているかあたしにも分からない。でも前に友達から聞いた時に、これ本当のやつだって思ったの。殆どの人は怖い話を聞いただけで終わりだけど、中には兄ちゃんみたいに実際に体験する人がいる話が本当のやつ。

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そんな話が習字教室で話されて、条件が揃っちゃったから、あたしもいろいろ考えたの。兄ちゃん単純だから余計な説明をしない方が忘れてやり過ごしてくれると思ったんだ。

男が部屋の前に来るまでに、自分の名前を書いた紙を部屋のドアに貼っておく。これだけで夢は見なくなるから、兄ちゃんに習字の宿題をさせながら貼ったの。

ね! 大丈夫って言ったでしょ?

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でも、昨日の夜兄ちゃん苦しそうだった….だからこれだけは絶対守ってね。

夢の話をどんな方法でも良いから忘れて。そうしないとまた同じ事が起きるかも知れないの。

いい? 絶対だよ! 」

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「そ、そうか。そうだったんだ。わかったよ! 忘れる。俺馬鹿だから大丈夫! あ、忘れる前に、男が部屋の中に入って来たらどうなるの? 」

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俺は心に引っかかる何かを解消したくて、妹に最後の質問をした。

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「….それは言えない。知らない方が良いから」

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それ以上突っ込むなという意味なのか、語るのも憚られる内容なのかまたはその両方か、妹は口を閉ざす。

まぁいいかと、俺は身支度を始めながらも、“心に引っかかる何か”を強引にねじ伏せていた。

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(1回目の夢に出て来た男と、それ以降に出てきた男….別人だった。

部屋の中にいた男の声が忘れられない….あれは、誰? )

忘れよう忘れよう忘れよう….

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「もういるよ」

「どこも行かねーよ」

Concrete
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