昔から可愛がっている後輩が部屋を引っ越したというので、俺は休みの日に手土産を持ってそこを訪ねた。
たしか家賃が安いから決めたとの事だったが、申し訳ないが見る限りまさにそうだろうなと納得してしまうくらいのおんボロな佇まいだ。
推定、築うん十年の錆び錆び階段を上がると、一番奥の部屋から後輩が顔を出して俺を手招きしていた。
でもいざ中に入ってみるとこれが、外観からは想像もできないくらいに小綺麗な部屋で、畳から壁までしっかりリフォーム済みですといった感じだ。まあこれで家賃がそれならアリはアリなのかも知れないなと思う。
とりあえず缶ビールで乾杯してお互いの近況を話し合っていたのだが、なぜだか途中から後輩の後ろにある押し入れが妙に気になり始めた。
確か最初見た時はぴっちりと閉まっていたはずなのに今は数センチほど襖が開いている。思い過ごしかなと意識をまた会話へと戻し、しばらくたってからまたそちらを見てみると、今度は明らかにさっきよりも大きく開いていた。
後輩は俺の視線を察したのか「ああこれですか?」と苦笑しながら、後ろ手に襖を閉めた。
いわく、この襖は引っ越してきた初日から触ってもいないのに勝手に開いたらしい。もちろん中には誰もいないし、自動で開く便利機能なんてものもない。
気味が悪くなったので隣りの住人にこの部屋は曰くがあるのかと尋ねたところ、それは知らない方がいいし、気にしない方がいいと忠告されたそうだ。それでもどうしても気になるのなら、毎晩、寝る前に襖の前にリンゴを一つお供えしろと言われたらしい。
半信半疑で言われた通り実行すると、不思議なことに次の朝には置いたはずのリンゴが消えてしまったという。それ以来、後輩は毎晩寝る前にリンゴを一つだけ襖の前にお供えするようになったのだそうだ。
「どうもこの部屋には、りんご好きの幽霊が住んでいるみたいなんですよ」
そんな馬鹿な事があってたまるか!と窘めたところ、後輩は含み笑いで試してみますか?と台所からリンゴを持ってきて襖の前に置いた。
俺がリンゴと襖を交互ににらむのを見て、後輩は「見ている時は何も起きないんですよ、いつも知らない間に消えてるんで。先輩今日は泊まっていきますか?朝には消えてますよ」と、笑った。
まあ明日は休みだけど、こんな曰く付きのおんボロアパートに泊まるのもどうかなと思案していたら、錯覚ではなく襖がまたもやゆっくりと開き始めた。
後輩はテレビに夢中で気づいていないようだが、俺はありえないこの状況に目が離せなくなっていた。俺はその数センチ開いた隙間をどのくらいながめていただろう。
ふと中から子供のような小さい手が伸びてきて、目の前のリンゴを掴むとすぐに暗闇の中へ引っ込んでしまった。そして俺が瞬きした次の瞬間にはもう、襖は元通りに閉まっていた。
しゃり
その音を聞いた途端、俺は後輩を置いたまま部屋を飛び出していた。
「食ってる!あいつりんご食ってるよ!」
ビビリな俺は泣きながら走った。結局そのまま再三の後輩の着信をも無視して、俺は自宅まで逃げ帰ったのだが、あれ以来、俺はりんごと襖がトラウマになってしまった。
アップルパイはギリセーフだが、アップル社の製品はギリアウトだ。
了
作者ロビンⓂ︎
こんな噺を…ひひ…