正月の間、家でゴロゴロしていて体が鈍っていたから、休み最後の日曜日、朝方久しぶりに愛犬を散歩に連れて行った。
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いつもだと妻が連れていってくれるのに、今日は私なので犬は少し戸惑っていたが、すぐに慣れて嬉しそうに走り出した。
犬に引っ張られながら川沿いの道を歩いていると、いろいろな人にすれ違う。
仲良く並んでジョギングする老夫婦。
ダイエット中なのか、深刻な顔をしながら走る、おデブな若い女性。
見るからにアスリート風のスリムな男性……。
しばらく歩いていると、後ろの方から元気な男の声と荒い息遣いが聞こえてきた。
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「よーし、よし、よし、良い子だ!頑張れよ!」
振り向くと、私と同年代くらい、四十過ぎくらいのジャージー姿の男性が何か独り言を言いながら走ってくる。
白髪交じりの頭を七三に分けて、実直な感じだ。
白い息を吐き太鼓腹を揺らしながら、近づいてくる。
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そして私の横に並ぶと速度を緩め息を整えながら、
「おはようございます!」
とにっこり微笑むので、私も、
「どうも、おはようございます」
と返す。
「いやあ、良い天気ですなあ。わんちゃんの散歩ですか?」
首に巻いたタオルで顔を拭いながら、
尋ねてくる。
「ええ、まあ。体が鈍っていたから、久しぶりに」
と言いながら、私は、必死に紐を引っ張ている愛犬の黒いトイプードルの方を見た。自分のことで精一杯のようで、ただひたすら前を見ている。
「トイプードルですか、かわいいですなあ。
うちは真っ白な雑種ですわ」
と言うので何気なく男の足元を見たのだが、そこには犬の姿はない。
「まあ、こんな雑種でも飼うと、愛情が湧くもののですなあ。最近は私の方がこいつと散歩するのが楽しみになってきてねえ。ハハハハ」
私はチラチラ男の周辺を見回すが、やはり犬らしきものはいない。
「こいつはね、娘が学校帰りにガード下から拾ってきたんですよ。初めのうちは妻も私も、大反対していたんですよ。どうせ、途中でほったらかすんだろうってね。だけど、毎日一生懸命面倒を見ている娘の姿を見ていたら、私も放っておけなくなってね。あっという間に十五年。こんな雑種でも、今では大切な家族の一員ですわ」
と言いながら男は、愛おしそうに目を細めながら足元をみているのだが、
そこには、やはり何もいない。
「あの……」
私が思い切って聞こうとすると、
「最近は妻も娘も、冷たくてねえ。私の相手してくれるのは、こいつくらいなもんですわ。ハハハハ」
と男は笑った後、一瞬寂しげな横顔を見せると、
「それじゃあ、またいつか会いましょう!」
と言って、また元気に走り出した。
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右手に持った紐をズルズル引きづりながら。
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作者ねこじろう