この街へ引っ越してきて初めての休日。
今日、俺はたぶん命拾いをした。
昼過ぎに目がさめて、これといった用事もないから何か食い物でもと、スエット姿のまま近所のスーパーへ向かう。
途中、とある交差点に人だかりがあった。人が一人倒れているところをみると何かの事故だろうか。いや、事件かも?むくむくと湧いてきた野次馬根性に背中を押されそうになったとき、突然、見知らぬばあさんに手を掴まれた。
「あれに近寄っちゃならんで」
見た目によらずもの凄い力で手を握ってくるばあさんに圧倒される。が、ばあさんはあっさりと手を離してその場を立ち去ろうとした。
俺は思わずその背中に声をかけた。
「すいません、あれに近寄ったらいけないってどういう事ですか?」
ゆっくりと振り返ったばあさん。その両眼は二つとも真っ白だった。
「あれはワシと同じで、この世のものではないからのー」何が可笑しいのかケヒヒと笑う。と、次の瞬間、ばあさんは煙のように消えてしまった。今までそこにいたはずのばあさんが突然消滅したのだ。
びっくりした反射であの交差点に目をやると、さっきいた連中がみんなこっちを見ていた。何も声はないが、早くこっちに来いという彼らの強い想いが伝わってくる。
それに促されたのか俺の右足が意思とは無関係に前に出た。「行くな!」そこへまた、どこからかばあさんの声がした。
なんとか踏みとどまった俺を見ていた交差点の人々達は、表情を変える事なく、一人、また一人と順々に姿を消していく。
そして、最期に残った血だらけの人がゆっくりと立ち上がる。「忌々しい、また邪魔されたわ、あんのクソ婆ア」
いつの間にかその姿も消えていて。その場から動けなくなっている俺に、後ろから歩いてきた親子らしき女性と子供が「大丈夫ですか」と声をかけてきた。
俺は今見たありのままを説明した。すると女性は神妙な面持ちになった。
「この交差点では数年前から頻繁に事故が起きていて、亡くなられた方々の霊がよく目撃されています。ただそれはかなり質の悪いもので、彼らは仲間を増やすために、手段を選ばず交差点へ引きづり込もうとしてくるんです」
女性は泣いていた。
震える指で電柱の足元の花を指し「これは先月、あの集団に手招かれて近づいてしまった親子が、車に跳ねられ亡くなったものです」と、説明した。
越してきたばかりだとはいえ、仕事へは別ルートを使っている俺にとってこの交差点での話はもちろん初耳であり、そんな曰くつきの交差点が近くにあったという事が驚きだった。
親切に教えてくれてどうもありがとうとお礼を言うつもりで頭を上げたら、今の今まで話していた親子の姿はどこにもなく。献花と共に供えられていた玩具が足下でコロンと転がった。
一度に色んな事がありすぎて頭の整理が追いついてない俺だけど、つまり、あのばあさんも君たち親子も幽霊で、あの集団に殺された被害者って事でオケー?
「もう来んなよ、カス」
「もう、来ません」
なんとなく、ばあさんにそう言われた気がして返事をかえした。
素直にスーパーの帰り道は少し遠回りの別ルートを選んだ俺だけど、これからもばあさんの忠告通りに、スーパーへ寄る時は行きも帰りも遠回りの別ルートを選択する事になると思う。
「口の悪いばあさん、あなたのおかげで俺は多分、命拾いしたよ」
了
作者ロビンⓂ︎