部活で遅くなり帰り道を急ぐ男子中学生。
「さっぶ」
冬の日没は早く、辺りはもう真っ暗で寂しい田舎道にはすれ違う人もいない。不安になった彼の脳裏に、いつか友達が話していた口裂け女伝説の話が蘇る。
あんなものはただの都市伝説にしか過ぎない事を一応頭では理解しているつもりなのに、万が一出会ってしまったらどうしようとか、話しかけられたら何て答えるんだっけ?とか、そんな余計な考えが先行してしまい、無駄な恐怖心が湧いてくる。
「はあ、馬鹿らしい」
気を紛らせようと耳にイヤホンをつけ、スマホでヘヴィメタを流そうとしたその時だった。
少し先の街頭の下に誰か立っている。電柱より前にいるせいで顔までは窺い知れないが、その輪郭からみておそらく女性だろうと感じた。
その人は歩いているわけでもなく、はたまた電話などで立ち止まっているわけでもない。この寒空の下、えらく薄着で、ただ何をするでもなくそこに突っ立っているように見えた。
「あれ、マジやばくね?」
不審者か?思わず逃げ出しそうになったが、そこはなんとか思いとどまり、彼はそのまま歩き続ける事にした。
彼がそう選択をしたのには理由がある。もう少し歩けば自分の家もあるし、万が一追いかけられとしても、陸上部である自分には余裕で逃げ切るだけの自信があった。
いっても相手は女性だし、そうそう腕力でも負ける事はないだろう。第一、冷静に考えて、口裂け女なんて化け物がこの世にいるわけがないじゃん。ビビってんじゃねーよ俺。
思わず自分のツッコミに笑いそうになったその時、とつぜん目の前の女が話しかけてきた。
「ねえ、ワタシ綺麗?」
「えっまじ?」
しかし、暗がりから顔を覗かせた女性の顔は予想に反し、めちゃくちゃな美人だった。
「は、はい、めっちゃ可愛いです!もうなんすかお姉さんビビらせないで下さいよ、マジ卍なんですけどー。一瞬、本気で口裂け女が出たのか…と…」
そこで彼は彼女の強烈な不自然さに気づいてしまった。カッターシャツの前をはだけた彼女の服装。なんとその胸にはあろう事か、大量のちぢれ胸毛がワサワサと鎮座していたのだ。
「お、女じゃないだ…と?」
「やだ、この子ったら。めっちゃ可愛いとかお姉さん照れちゃうじゃない?
でーも。アンサーとしてはノンノンノン。口裂け女姐さんと私を見間違うだなんてちょっと酷くない?あんな昭和女と私を一緒にしないでくれる?」
「あ…ご、ごご」
「私は口裂けじゃなくて、胸毛女よ。あなた流行に敏感な中学校のくせして新しい都市伝説を知らないわけ?」
彼はあまりの衝撃に顎の骨が外れてしまい、かろうじて頷く事しか出来ない。
「ふん、良く覚えておけよクソ餓鬼!私に話しかけられたら、可愛いなんていっちゃだめなんだよ。「胸毛めちゃくちゃキレてますね姐さん」って答えんだよバカ。わかったか小僧!!」
次の瞬間、彼女の胸毛がまるで生き物のように飛び掛かかってきて、あっという間に彼はグルグル巻きにされて電柱に吊るし上げられてしまった。
その様子をたまたまベランダから見ていた近所の主婦が、翌日、警察にありのままを証言したのだがもちろん信じては貰えず、この事件は迷宮入りとなった。
その数ヶ月後、一人の女子高生が夜道を歩いていた。
彼女もまた極度のビビリで、こないだの怪事件を知る一人だった。この近所で、人外による不審な殺人事件があった。
噂では、死体には夥しい量の縮れ毛が巻きついていて、身体中の骨が折れているにもかかわらず、被害者は恍惚の表情で生き絶えていたとか。
思い出して身震いした彼女の視線の先に、何かがいた。電柱が灯す街頭の下に誰かが立っている。
その輪郭から若い男性だという事はわかるが、電柱より少し前にいるのか、その表情までは窺い知れない。
その男は歩いているわけでもなく、電話などの理由で立ち止まっているわけでもない。この寒空の下、かなりの薄着でただそこに立っているだけのように見えた。
不審者?という焦りを感じつつも、もう少しで自宅だという安心感から彼女はそちらを見ないようにして通り過ぎようとしたのだが、ふいにその男が話しかけてきた。
「ねえ」
「は、はい。何ですか?」
「ぼ、ぼぼぼ、ボクって綺麗?」
了
作者ロビンⓂ︎
心臓の弱い方はご注意ください…ひひ…