中編4
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アピール

「オレのことがそんなに好きなら、それなりのアピールしてみろよ。そしたらOKしてやるよ」

 オレは目の前の女へ馬鹿にした笑みを返した。

 色は白いがごぼうのように細い女だった。

 オレのことをどこで知ったのか、いつからか陰に隠れてつきまとい、そしてきょう、付き合ってほしいとおずおずと告りにきた。

 ぼそぼそと喋る小さな声も気に入らない。

 自信満々で気の強い女が好みのオレは、はっきりしないこの手のタイプにはイライラする。

 ナイスバディが大好きでもあるので、端から相手にするつもりもなかったが、いっこうに引き下がろうとしない。

 いまから同僚や後輩と飲みに行くところだ。いい加減、時間の無駄だから、それなりのアピールをしたら付き合うと宣言したわけだ。

 女は泣きそうな顔でオレを見た。

「わかりました。あなたにそれなりのアピールをすればいいんですね。そしたら、付き合ってくれるんですね」

「ああ、するとも。オレも世間も納得するようなアピールしたらな」

 できるだけ意地悪そうに女を見た。

 無理難題を言うオレに愛想を尽かして諦めたらそれでいいし、もしアピールに来たとしてもこんながりがりの女にオレの納得のいくものなどできるはずがない。

 女は唇をかみしめ涙を浮かべ、しばらくオレを見ていたがやがて目の前から去った。

 周りにいた同僚や後輩がドン引きしている。

「迷惑っすね。先輩。あれであきらめてくれたらいいんすけど。だいじょうぶっすか?」

「オレはね、ナイスバデーしか相手しないの。あんながりがり、どんなセクスィーなドレス着てきたって、オレには通用しねえ。だからだいじょーぶ、だいじょーぶ」

「あーあ。罪な男だね。けなげじゃないか。ああいう女に惚れられると大事にしてくれるぞ」

「うるせっ」

 オレは後輩や同僚とバカ笑いした後、行きつけの飲み屋に向かった。

 その後、女はしばらく姿を現さなかった。すっかり諦めたのだと思っていた。

 

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「おい、あれ、あの女じゃないか」

 同僚が指さした先は会社のそばにある二階建てハイツの屋根の上だ。

 昼食を取ろうといつものメンバーで外に出たところだった。

「なんだ。なにしてんだ」

 オレを含め、皆ぽかんと口を開け屋根を見上げた。

 確かにあの女だ。何のためか、首から下にまるで魔術師のようなマントを体に巻きつけている。

 女はオレの名前を大きな声で叫んだ。

 昼休みで外に出てきていた周囲の人たちが一斉に足を止めて女を見上げる。

 オレの名前を知っている者たちが少なからずいて、オレと女を交互に見ている。その中には目を付けている女子社員もいた。

 女は大声でオレの名を連呼し、あたりは騒然となり始めた。

 会社の窓にも人影が群がっている。

 やめろ。やめてくれ。

 顔面の血が一気に引いていった。

「おい、警察呼ぼうか」

 メンバーの一人がオレに訊いた時、女はばッとマントを脱いだ。

「あっ」

 その場にいた全員の声が重なった。皆の目が女に集中している。

 いや、女ではなかった。

 オレに付きまとい、今、オレの名を連呼する奴の正体は男だった。

 マントを脱いだ男はほぼ全裸だった。赤い薔薇の花束を腰に巻き付けているだけだ。どうやっているのか、薔薇をふんどしのような形に繋げ、股間をうまく隠している。

 オレは男から告白されていたのかとショックを受けた。

 奴はもう一度、オレの名を愛おしそうに叫んだ。

 薔薇には棘が付いたままなのか、男の白い体に血が滲みだしている。

 周囲を見渡すとオレは失笑に取り囲まれていた。

 赤い糸のような細い血を流しながら、男は屋根から飛び降りた。

 もう一度全員の「あっ」が重なる。

 女性たちは目を塞いだ。

 死を持ってアピールするのだと思い、二重にショックを受けた。

 公衆の面前でこんなことをして、オレの人生をも破滅させるつもりなのだ。

 三度目の「あっ」が重なる。

 なんと奴は空中で一回転をし、オリンピック選手よろしく、地上にフィニッシュを決めた。

 美少女アニメのワンシーンのように赤い薔薇の花びらがひらひらと舞う。

 人々は少しの沈黙の後、大喝采を男に送った。

 奴はゆっくりと目の前に来た。

「それなりのアピールをしたら、OKしてくれるんですよね」

 以前とは違った、自信のみなぎった顔をしている。

 ええっ! いや、それ以前の問題だろ。

 オレはそう反論しようとした。だが、

「いいアピールをしたじゃないか」

 同僚や後輩たちが口々に絶賛し、オレの肩を叩いていく。

 お前ら、今のほうがドン引きだろっ。

 ツッコミを入れたいが入れる暇がない。周囲にいた全員がオレと奴に向かって拍手をし、ピューピューと口笛で囃し立てヤジを飛ばした。

 例の彼女も感激に頬を染めてオレに向かって手を叩いている。

「いいアピールだったぞ」

「約束守れよ」

「素晴らしかったわ」

「OKしろ」

「よっ、にくいねー」

「断ったら契約違反だ」

「信用問題になるぞ」

「これ断ったらサイテー」

 周囲の声にオレはOKせざるを得なくなり、ただ怖くて下を向いた。それが頷いたと捉えられたのか、喝采がひときわ大きくなり、嬉しそうな奴がオレの腕に自分の細い腕を絡めてきた。

 むんっとした薔薇のにおいが立ち上ってくる。

 ひどい頭痛が頭を絞めつけてきた。

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