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長編11
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アリス 【A子シリーズ】

ある麗らかな春の日のこと──。

講義を終えた私がキャンパスを出て校門を曲がった瞬間、急に目の前が真っ暗になりました。

な、何?!

突然のことでパニクる私の腕を後ろに回して縛り、そのまま誰かに抱えられた私は、悲鳴を上げることも出来ず、為すがままに連れ去られました。

手際よく何処かに拐われた私は、後ろ手にされたまま正座させられます。

もう心の中は不安でいっぱいでした。

微かに香る怪しげなアロマ的な匂いも気になります。

頭を覆っていたものを外されると、以前に見覚えがある和室と長く艶やかな黒髪を垂らした後ろ姿がありました。

「手荒な歓迎で申し訳なかったわね……わたしは」

「瀬良地さんでしょ?」

聞き覚えのある口上を遮り、私は冷静に怒りをぶつけます。

「用があるなら普通に呼び出してもらっていいですか?毎回毎回こんな風に呼び出されてたら私の身が持ちませんし、そちらもいつか通報されますよ?」

思いの丈をぶちまけた私に、瀬良地さんが目を潤ませて言いました。

「だっで……ガッゴいいど、おぼっだんだぼん……」

瀬良地さんは恐らく「だって、カッコいいと思ったんだもん……」と言っているのだと思われます。

しかし、そんなことに二十歳を過ぎた私が付き合ってあげる必要も義務もありません。

「瀬良地さん?お互いにもう大人なんですから、そろそ」

「松阪牛はここかぁー!!」

私のお説教タイム中に、けたたましい叫び声と共に襖を盛大に開け広げ、見覚えしかない顔が入ってきました。

入ってくるなり瀬良地さんを見たソレは、悔しそうに怒鳴ります。

「またアタシを騙したな!!」

あなたのは騙される方にも問題があるんだよ?

安定のアホさのA子に話す気を削がれた私は、深い溜め息を吐いて瀬良地さんに目を戻しました。

「また何か調べ物ですか?」

私が問いかけると、ハッと我に返った瀬良地さんがいつもの調子を取り戻して不敵に嗤います。

「そうよ……今回もあなた達に拒否権はな」

「今度は何くれるの?」

同じ手に引っかかったA子も、何かもらったことだけは覚えていたらしく、瞳を瞬かせて両手を前に突き出していました。

セリフを喰われた瀬良地さんは、少しつまらなそうに口を尖らせてA子に封筒を渡します。

嬉々として受け取り、「ほぅほぅ」と中身を改めたA子は、ニンマリとイヤらしい笑顔を瀬良地さんに向けて言いました。

「毎度ありぃ♪」

ゲスい顔で封筒をおしりポケットへinしたA子が、瀬良地さんにグリンと顔を向けます。

「それで?お姉さま、今回はアタシらに何をさせたいの?」

ニヤニヤと意地汚く笑うA子に、瀬良地さんは狂わされたテンションの戻し方を見失ったらしく、しおらしく言いました。

「とある鏡の噂の真相を探って欲しいの」

モジモジしている瀬良地さんからは、いつもの謎の組織の首領感が消え失せ、むしろ放課後に体育館裏へ呼び出した男子に告白しようとしている乙女感しかありません。

「それは、どんな噂なんですか?」

私が横槍を入れると、瀬良地さんは私に向き直って話します。

「あのね……その鏡は異界の扉になっているらしいの……」

何だろう……この感じ……なんか萌えるんですけど。

恋する乙女臭全開の瀬良地さんに何故か萌えを感じながら、私は考えました。

異界の扉……。

それは『此処ではない何処か』に通じているという意味なのだろうか。

悪い予感というかキナ臭さ漂う噂に、何だか気乗りしないでいると、A子が私の肩をパシンと叩いて言います。

「アタシらに任せなさいっ!!」

だから、私とワンセットに括るの本当にやめてもらえませんか?

こうして、私のことなんかそっちのけで、不安と不満の入り雑じる気持ちを抱えたまま、瀬良地さんの依頼をこなすハメになりました。

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後日、瀬良地さんのメモを頼りに私とA子は隣の県にある廃校に赴きました。

もちろん、夜じゃありません。

人里から離れた山間にひっそり佇むソレは、雰囲気がエゲツないほどたっぷりで、ホラー映画のロケ地としても最適そうです。

そこかしこが朽ちた木造の二階建て校舎跡は、静かに口を開けて私達を待っていたようでした。

「さて、行くか!」

怖気づく様子も私の心の準備を待つことも一切なく、さっさと中へと踏み込んでいくA子の後を慌てて追いかける私。

「待ってよぅ!」

セキュリティー甘々な玄関を土足のまま入ると、まずは真っ赤なスプレーでデカデカと書かれた『○○参上!!』のウェルカムボードがお出迎えです。

出端からのヤカラ臭が、別の意味で不穏な空気を感じさせます。

左右に延びた廊下をキョロキョロと見渡して、A子が私を振り返りました。

「アンタ、どっちに行く?」

「どっちって?」

「二手に別れて見てこう!その方が早い」

「断るっ!!」

まだ陽が高いとはいえ、廃校を独りで歩くなんて嫌に決まってんじゃん!

そんな私の気持ちを毛ほども気にせず、A子が呑気に笑います。

「真っ昼間にヤカラなんか出る訳ないじゃん♪アンタも心配性だねぇ」

「そっちじゃないよ!廃校に来て早々にヤカラの出没なんて心配しないもん!」

「だって、オバケなんかいつでも出んじゃん」

だから、心配してんだよ!このやろぅ!

沸き上がる怒りを内に秘め、私はA子のトレーナーの裾をギュッと握りしめました。

「しょうがない子だねぇ……さっさと行くよ?」

A子のこの余裕がちょっぴり腹立つけど、背に腹は代えられません。

私達はまずは右へ進みました。

永く廃校になっているとは言え、あまり荒らされた様子もなく、何だか懐かしさすら感じる廊下を歩く私達。

木の暖かみのある校内を見回しながら、廊下に貼られた幼げな絵やダイナミックな習字の作品などに目を留めながら、ふと教室の中を覗いてみると、並べられた小さな机や古めかしい教卓はホコリを被っていました。

壁に掛けられたシンプルな時計は、いつから時を刻むのを止めたのか、寂しくなった教室をただ静かに見下ろしています。

「鏡なんてないじゃん」

A子がつまらなそうに呟くのを華麗に聞き流しながら廊下を進んでいた私は、心にあった恐怖心がいつの間にか消えていることに気づきました。

「もしかしたら、あそこかねぇ」

廊下の奥にあるトイレを指差したA子は、私に意見を求めます。

「どうだろうね……扉と言うほど大きなものはないと思うけど」

息を潜めて並ぶ教室とトイレを区切るようにポッカリとスペースが空いていたのは、二階への階段でした。

「ちょい見てくる」

A子は私を廊下に残してトイレに入って行きます。

チラリと見ると、中はスーパーのトイレくらいの広さで、パッと見で鏡がないことは分かりますが、A子はわざわざ個室まで覗いていく徹底ぶりです。

「ないね」

いや、分かってるよ。

そして、隣にある女人禁制の男子トイレまでご丁寧に侵入して満足したのか、A子が頭をポリポリ掻きながら「行こうか」と呟きました。

二階建て校舎の4分の1を見終わり、一抹の不安を感じつつ気を取り直して階段へ。

段差の低い木製の階段を上り始めてすぐに、踊り場に鎮座する大きな姿見が目に飛び込んできました。

「A子!アレじゃない?」

鏡を指差した私をチラ見してから、A子が鏡に目を向けて一言ボソリと漏らします。

「何も感じないよ」

私達は鏡の前に立って上から下まで調べてみましたが、薄汚れていて曇りはあるものの別段変わった所はなさそうでした。

「ここじゃないのかねぇ」

「……かもね」

二階へと振り返るA子の後ろ姿を鏡越しに見た私が後に続こうと顔を向けようとした瞬間、視線の端を小さな影がタタタと走り抜けるのが見えます。

反射的に目を戻しましたが、A子の背中が階段を上るところ以外、特に変わった点はありませんでした。

「気のせいか……」

そう呟いて、何気なく右手で鏡に触れた瞬間、耳に嬉々とした子供達の笑い声が聴こえてきます。

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徐々に増えていく子供達の嬌声に振り返ると、そこにA子の姿はなく、窓から注ぐやんわりとした陽の光だけでした。

「A子?」

私は階段を駆け上がり、二階の廊下を見ましたがA子の姿はありません。

A子のヤツ……私を置いてったな。

沸々と沸き上がる怒りを堪え、私は階段を駆け上がり、廊下を左に進みます。

A子を探すべく廊下を歩いていると、無人のはずの教室から子供達の楽しげな声が聴こえ、さっきから聴こえていた声の主に気づきました。

元気いっぱいにはしゃぐ子供達の声に、遠い昔の記憶が呼び起こされます。

あ、大した思い出なかった……。

数人の児童の一人と目があった私に、その子が寄ってきました。

「お姉さん、新しい先生?」

無垢な瞳をキラキラさせて、私の手をつかんでフリフリします。

「ううん……それより、女の人見なかった?」

「女の人?」

「うん、笑顔が気持ち悪くて黒目が小さい女の人、年は私と同じくらいの」

おかっぱの頭の女の子は、私の質問に首を傾げて答えました。

「お姉さん以外には見てないけど、いないなら学校から出たのかも……」

「そう……ありがとう」

私は女の子にお礼を言って先に進みます。

A子のヤツ……しばらく口聞いてやらないんだから。

徐々に熱くなるハラワタを鎮めつつ、先を急いでいましたが、私はそこで有り得ないことに気づいてしまい、ふと足を停めました。

何故、廃校に子供達がいるの?

「ここが噂の異世界なのかな……」

右手にある窓に目をやり、校庭を見下ろしましたが、A子の姿がありません。

「どうしよう……」

ゾクリと体が冷たくなっていくのを感じた私は、足早に廊下を駆け抜け、一段抜かしで階段を下りました。

長く延びる廊下には誰一人いません。

「A子ぉ!!」

気がついたら私は叫んでいました。

窓から斜陽が射し込み、朱く廊下を染めています。

これは本格的にヤバいと覚った私は、とにかくA子を探しました。

手近な部屋から聴こえる声に、ノックもせずに戸を開けると、目を丸くする推定教師の顔が並んでいます。

「あ……」

室内に溢れる気まずさから思わず顔を伏せた私を気遣ってか、年配の女性が近寄ってきて言います。

「どうかなさったの?」

女性の温和な優しい声で少しだけ落ち着きを取り戻した私が事情を掻い摘んで話すと、女性は人懐っこい笑顔で言いました。

「お友達?外に出たんじゃないかしら?」

女性の口から飛び出した有り得る話に一度は納得しかけましたが、明らかに奇怪しい状況の中で僅かなA子の良心に賭けた私は、お礼を言って部屋を出ます。

それから片っ端から部屋を開けて顔を覗かせますが、A子の姿は影も形もありませんでした。

もしかしたら入口が出口になっているのかも!

咄嗟の思いつきでしかありませんが、私はあの鏡に向かいました。

それしか思いつかなかったんです。

薄曇った鏡に自分の姿を写した私は、鏡に手を伸ばします。

コツン。

マンガのようにスーッと鏡に手が入っていくと思っていた私を絶望が支配しました。

終わった……。

その場にペタンと尻餅をつき、床に手をついて項垂れながら、私は父さんと母さんや大学の皆のことを想い、胸から涌きあがる淋しさと切なさと心細さで吐きそうになります。

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「アンタ、大丈夫?」

ぶっきらぼうでヌメヌメっとした何処かイラッとさせる耳馴染みの声に私は振り返りました。

「A子!」

百回混ぜた納豆よりネバっこい見慣れすぎた笑顔に、今回ばかりは安堵しますが、それと同時に怒りによく似た感情が爆発しました。

「ドコ行ってたのよ!」

飛びかからんばかりの勢いでA子に抱きつくと、A子は少し照れたようにそっぽを向きながら頭をポリポリして言います。

「そりゃあ、こっちのセリフだよ……アンタ、全然ついてこないんだもん」

えっ?

A子の言葉で背中がヒヤリと冷たくなりました。

「私、めちゃめちゃ捜したんだよ?」

A子とはぐれてからのことを掻い摘んで話すと、A子がへにゃっと顔を崩して言います。

「アンタ、持ってかれてたね」

持ってかれた?何を?

私が首をかしげると、A子は腕組みしたまま鏡を指差しました。

「コイツに意識を吸われてたんだよ……まぁ、アンタは夢を見ていたような感じだろうけど」

「意識を吸われるって何?エナジードレイン的なこと?」

私の瞳に?が浮かんでいたのか、A子がゆっくりと説明を始めました。

「要するに、アンタの意識を鏡が移し取って自分の記憶の中に取り込んだんだ」

「映す?鏡だけに?」

ダジャレチックになってしまった私の問いを鼻で笑い飛ばし、A子は続けます。

「映写の方じゃなくて移動させたんだよ……アンタの体から鏡の中に」

な、何だってー!

「物には記憶が宿ることがあるんだ……大切にされていたら尚更にね」

「じゃあ、私は鏡の記憶の中に……」

私の台詞を制するように、A子が話を続けました。

「鏡が映るモノの記憶を読み取って、学校を創り出してたんだろうね。そこにアンタは招待されたんだよ」

ご辞退申し上げたかったよ……。

「霊が取り憑いてるならともかく、モノの思念が創り出したのじゃあ、アタシも気づかない訳だ」

「A子でも気づかないことなんてあるんだね」

私がそう言うと、A子は三白眼で私を見つめます。

「モノの思念は人の思念の集合体だからね……それが共通の思念だったり、個人の思念なら分かるけど、悲喜こもごもの微量の思念の集合体じゃあ、読み取るのは時間がかかるし、肉も食わせてもらえないじゃん?」

結局、そこなんだね……。

「でも、何で私は取り込まれたの?」

私の素朴な疑問に、A子はあっけらかんと答えました。

「アンタ、鏡に触ったでしょ?」

それか……迂闊だった。

「鏡の中ってどんな感じ?」

「どんなって……」

A子のキラキラしている小さな瞳に映る私から目を逸らして、私は空を見つめるように記憶を遡りました。

「何だかね……ここがまだ学校だった頃に訪れた感じかなぁ……子供達もいたし、先生もいたから」

「へぇ……」

自分から訊いておいて興味なさげな生返事を返すA子に少しイラッとしましたが、気にせずに続けます。

「会話もできたし、ホントに普通な感じだったよ」

「会話?!話したの?」

突然、私の肩をガシッと掴むA子の剣幕に圧されてビックリしたものの、A子の質問に答えます。

「うん……A子を知らないかって」

「何て言ってた?」

「もう外に出たんじゃないかって……信じなかったけど」

私がそう言うと、A子は大きな溜め息を吐いて肩をパンパンしてきました。

「ナイス判断だったね……流石はアタシの親友だよ」

あんまり嬉しくないけど、お褒めに与り光栄だよ。

「外に出てたら、アンタ……たぶん戻って来れなかったよ?」

な、何ですと?!

「鏡の記憶は校内だけで他には“ない”んだよ……もし、アンタが“ない”場所に足を踏み入れてたら……」

低めのトーンでそう語るA子に、私は青ざめた顔を向けたまま、言葉どころか息すら吐けませんでした。

そして、私は思い出します。

あの時の子供や先生達が私を外へと誘導していたのが、果たして故意なのか、他意はなかったのか……。

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それは未だに分かりませんが、私がしばらく鏡や人の姿が映る物に触れられなくなってしまったのは、また別の話です。

Concrete
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やっぱりろっこめ様のお話は最高です。感想じゃなくてすいません。流れる様な話の進み方本当に感服致します。出来れば2、3時間の大長編を読みたいと思っているのは私だけではないはず😆

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