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中編7
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その日は思いを寄せている女の子とのデートだった。午前中、女の子を車で迎えに行き、県外へ遊びに行った。地元に帰る頃には夜10時になっていた。

自分の地元は田舎で、夜10時ともなると主要道路以外は1時間に数台程度しか走らない。その日も自分たちの車以外走ってはいなかった。

ふと、進行方向にハザードランプを付けて止まっている車が目に入った。特段、気に止める訳でもなく、避けて追い越した。

が、追い越してすぐに女の子が声をあげた。

「人が倒れていた。」

「…えっ?」

ハザードの車に気を取られていたので全く気付かなかった。また普段なら気付いたとしても、絶対に止まることはないだろう。が、その時は違った。

女の子が「ねえ。止まろうよ!」と言うのだ。女の子に気がある俺は、断れず車を止めた。

確かに人が倒れおり、その近くでその光景を見ながら呆然としている人がいた。どうやら、交通事故らしい。

近くに寄ってみると倒れている人の頭がぱっくり割れているのが分かった。映画とかで、こういうシーンを見ると気持ち悪いと感じるが、その時は(ああ。多分もうダメだろうな。)と思っただけで何とも感じなかった。ご年配の方だった。

自分の勝手な推測だが、あまりに衝撃な光景を目の当たりにすると、脳がショックをシャットダウンしてくれるのだと思う。

呆然としていた人は、車ではねてしまった人らしい。こちらは若い男(…といっても当時の自分よりかはいくつか年上)だった。

「救急車はもう呼びましたか?」

「…はい。」

「警察は?」

「…電話しました。」

どうやら、緊急機関への連絡は行っているらしい。ショックを受けているのでもうそれ以上、話しかけるのは止めた。

話している間、女の子が倒れている人に何かしていたので、今度は女の子に話かけた。

「大丈夫?」

「うん。倒れている人の携帯(まだガラケー時代)が上着に入ってたから、発着信履歴に順にかけてみるね。」

ああ。携帯を探していたのか。そう思って見ていると、冷静に見えた女の子は寒さからなのか、ショックからなのか分からないが震えていて上手くボタンが押せていない。

「貸して。」

自分は極めて冷静だったので、携帯を取り上げ、履歴を見てみる。まず、「自宅」という履歴が目に入り、自宅にかけてみた。

コールはするが、出ない。

次に、誰か分からないが個人名にかけてみる。5件目くらいでやっと出た人がいた。50代くらいの女性。スナックのママらしかった。ママの話によると話ひかれた人はさっきまで、このスナックで飲んでいたらしい。だが、身元などの情報は得られなかった。

そうこうしている内に、救急車とパトカーのサイレンが遠くの方で聞こえた。

「もうすぐ来るね。」

と言うと、少し安心したように女の子が、

「うん。」とうなづいた。

倒れていた男性は救急車で運ばれ、警察官は現場検証が始まった。

「車でひいた人は?」

「私です。」

先ほどの若い男が名乗り出た。

「分かりました。パトカーに乗ってください。話を伺います。あなた達は?」

自分たちを向いて言う。

「通りすがりです。実際にひいたところは見ていません。ひかれた方の携帯で………。」

一通り、状況を説明した。説明が終わると、

「まあね。実際に目撃していないし、ひいた方も現場にいましたので、今日はもう大丈夫です。後日もしかしたら、ご連絡差し上げるかもしれないので、連絡先を教えてください。」

番号を教えると、思い出したように警察官が言った。

「そうそう。被害者の方の親族からよくお礼の電話をしたいからと言って、救助された方の電話番号を聞かれたりするのですが、その際は教えても良いですか?」

「構いません。」

深く考えずに返事をし、車に乗り込み、「大変だったね。」などと話ながら女の子を送って行った。

次の日新聞を見ると事故のことが載っていた。やはり助からなかったらしい。ひかれた人は飲み屋からタクシーで帰宅しようとしたが乗り過ごしたと思われ、乗り過ごした地点から自宅へ歩いて帰ろうとした際にひかれたのだろうということと、ひいた運転手の話によると道の真ん中を歩いていたということが書いてある。

正直、私はひかれた方の生死等よりも夜の10時の事故が翌朝の新聞に載っていることに驚いたのをよく覚えている。

そして、新聞を見てから、30分くらいで携帯が鳴った。知らない番号だったが出てみるとひかれた方のご家族だった。

「◯◯の家内です。」

事故の際に番号を教えたことなど忘れていた。

「あっ…。」

小さくため息が出てしまったが、すぐに

「この度は大変だったですね。」

と答えた。

当然、お礼の電話をかけてきたのだろうと思っていたが、予想もしない言葉が返ってきた。

「なぜ、主人を助けてくださらなかったのですか?」

一瞬、頭が混乱した。お礼の言葉を言われた際に、「いえいえ。とんでもありません。お気になさらずに。では、失礼します。」などと言って、電話を切ろうと思っていたからだ。

無言になってしまった。相手も無言だ。このまま電話を切ろうか?そう思ったが、あることに気が付いた。私をひいた人と勘違いしているのでは?

「申し訳ありませんが、何か勘違いをなさっているのではないですか?私はご主人が事故に遭われた後に通りかかった者です。ご主人が助からなかったのは、残念ですが事故に遭われた後でしたので、どうすることも出来ませんでした。申し訳ない。」

「主人を助けてくださらなかったのですか?主人はあなたに殺されたようなものです。主人を返してください。主人を…。」

電話先で泣いている。

「あ・の!お・話・聞・い・て・ま・す?自・分・に・は・ど・う・し・よ・う・も・な・か・っ・た・ん・で・す・よ。事・故・の・あ・と・で・し・た・か・ら!」

少し怒りもあったが、それよりもご年配の方なので耳が聞こえないのではないかと思い、大きな声を張り上げた。

「恨んでやる。主人を奪ったことを後悔させてやる。」

さっきまでの丁寧な口調もなくなった。

さすがに頭に来て、

「意味が分からないこと言うな。クソババア!いい加減にしろ!」と言って、電話を切ってやった。

切ったのは良いが、そのあと、ひっきりなしに着信が入る。同じ番号からだ。

怖くなって、携帯の電源を落とした。拒否設定をする暇もなかった。それぐらい切っても切っても着信が鳴った。

これはヤバい!と思い、警察に相談しに行くことにした。警察署に行くと、担当課の方に事情を話す。

「そうですか。でも、警察としては事前に番号を教えて良いかの確認はしてますしね。」

「そんな事、どうでもいいんですよ。それを責めてる訳では一切ありません。身の危険を感じてるから相談に来てるんです!何か対策を教えてください!」

検討違いなことを言われ、強く反論した。

「はぁ。では、"一応"相手の番号を教えてください。」

やる気のなさと"一応"という言葉にイライラしながら携帯を取り出し、電源を入れた。

プルルルル…

電源を入れ、携帯が起き上がったとたんだった。

「こ…この番号です。」

「分かりました。一度、電話を切ってください。」

警察署のカウンターで話をしており、携帯の音が周りに迷惑だったのだろう。言われるがままに電話を切るが、すぐに着信が鳴る。

「電源を一度切ってください。」

言われるまま、電源を切った。ことの重大さにようやく気付いたのか、警察官が言う。

「これはひどいですね。被害届をご提出ください。それで、警察官が動けますから。」

初めからそうしろよ。という気持ちもあったが、それよりも警察が動いてくれることに安心感があった。そして、周りの方も内容を盗み聞きしていたのであろう。

「携帯ショップで、着信拒否をしてくれますよ。」

などとアドバイスをくれた。

その日は予定があり携帯ショップに寄ることが出来なかった。もしかしたら、との思いで携帯の電源を入れてみたが、やはり入れる度に着信が鳴る。その日は恐怖で眠れなかった。

翌日、携帯ショップに行き、着信拒否よりも番号変える方が良い。と言われた為、携帯を解約し、新規で入ることにした。それからは、着信がピタリと止んだ。

念のため、女の子にも連絡したが着信など入ってないらしく、それはとても安堵した。

そして、その事故から3ヶ月。事故のことなど忘れていた。が、新聞を見ていて、ふと目をやると見覚えのある顔が載っていた。

事故を起こした運転手…。

昨日、山の中で首を吊っているところを山の所有者から発見された。この運転手は3ヶ月前に死亡事故を起こしており、事故の翌日から、被害者の奥さんからの連続した電話に悩まされていたとの友人の話もあり、警察が事件と自殺の両面から捜査している。

後日、被害者の家族はその奥さん以外におらず、ご年配の方に若い男の首をしめるのと山に運ぶのは不可能と判断され、自殺と認定されたらしい。また、運転手死亡の数日後、後を追うように(被害者の)奥さんも亡くなったらしい。

その話を聞いて、本当の安心感が戻ったのを覚えている。

今でも自分がなぜ恨まれたのか理由も分かっていない。

ただ今思うと、子供もいなく、ただ一人の家族であるご主人を奪われたショックは計り知れないものがあったのだろうと思う。そして、そのショックのあまり訳が分からなくなってしまったのであろうか?または最初から痴ほう症だったとも考えている。

また、後になって気付いたのだが、事件の翌日から運転手と自分の携帯の着信が鳴りやまなくなったのだが、一人身となった被害者の奥さんがどうやって2台の携帯にかけたというのだろう。

昔使っていた携帯番号が新しい携帯に割り振りされた時には着信があるかもしれない。

Concrete
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