中学時代、普段の朝礼の時間に放送が入り、生徒全員に体育館集合が言い渡された。全体集会で、昨日同級生の飛び降り自殺があったことを知った。
突然の死、中学全体に衝撃が走った。特に同級生のショックは計り知れなかった。
飛び降りた子と親友だったA子は翌日から学校に来なくなった。理由は明らかだったので、中学生ながら気を使い、そのことに触れる者はいなかった。
数日後、自殺の原因は「受験ノイローゼ」であったということがまた校長先生から発表され、受験であまり思い悩まないようにとのアドバイスがあった。
そして、その数日後には色んな噂が流れ始めた。テストで志望校の判定が悪かったからだ。とか、勉強を親に見張られていた。とか、ひどいのになるとフラれたからだ。という噂まであった。そのほとんどがおそらくデマだったと思う。
しかし、その中でも信頼出来る噂が流れ始めた。携帯の未送信のメールに「もう勉強に疲れた。」という文章が入っていた。という噂だ。
なぜ信用出来るかというと、携帯は中学校に落ちており、それを拾った子が「誰のだろう?」と思って、友達数人と確認したということだったからだ。
今では普通かもしれないが、私の中学時代は携帯を持っている中学生などほとんどいなかった。私は高校に入る時にようやく買ってもらったが、それでも高校のクラスの半分は持っていなかった。ましてや、中学校の時には1クラス(約40人)に1~2人いるかいないかくらいだった。その為、携帯を持っている人はすでに噂になっていた。
先生に届ければ没収は間違いない。拾った人も携帯の中を見れば誰のか分かると思ったのだろう。その頃はまだ携帯にカメラも付いてなく、アプリと呼ばれるものもなく、連絡先やメール内容で、持ち主を探るしかなかった。その際に見付けたのであろう。持ち主が判明し、自殺した子の携帯だったので、先生に届けたという話だった。
その噂が流れて、自殺の原因は受験ノイローゼで間違いないと皆納得した。そのせいか、その後、別な噂が流れることはなかった。
だが、実は私は自殺の前日見てしまったのだ。
あの日、私は放課後PTAの役員だった親にプリントを渡して欲しいということで校長先生から呼ばれていた。取りに行くと、校長先生と雑談になり、私の親戚に校長先生のよく知っている中学の先生がいる。ということが判明し、話がますます長くなった。
終わった頃には、テスト期間中ということもあり、部活禁止が出ていて、他の生徒はいなかった。そして、私は校長先生の話があんなに長くなるとは思わず、鞄を教室に置いたままだった。
鞄を取りに教室行き、扉を開けようとしたとき、教室内に誰かがいるのが分かった。何かもめているようだった。
私は教室に入るのを止め、窓から分からないように覗くと、自殺した子とA子が喧嘩をしていた。止めに入るか、それとも二人が出ていくのを待つか。頭で考えながらも扉の前で膠着状態となった。
A子「黙ってたら分からないじゃん!ねえ!私の彼氏と何で連絡取ってたの?」
自殺した子「それは、彼氏さんからA子のことを相談されたからだよ。」
「相談って何?」
「ほら!恋愛って色々あるじゃん。たいしたことないことが気になってさ、色々考えちゃうこと。今のA子みたいにさ。」
「はっ?何それ。たいしたことじゃないなら、相談内容教えてよ!」
「それは出来ないよ。」
「それじゃ、教えなくていいから、携帯見せて!」
A子が無理矢理携帯を取ろうとする。
「いやっ。」
もちろん抵抗するが、携帯が取られてしまった。
携帯を見るA子。
「こんなにメールやり取りしてるじゃん!」
「ねえ、返してよ。」
「内容確認するまでは返さない。」
「止めてよ!」
自殺した子の抵抗もむなしくA子は携帯を握ったまま教室を去ってしまった。
1人教室で泣く自殺した子。
私はこの時、教室に入って声をかけてあげれば良かったかもしれない。大人になった今なら、そうするに違いない。が、その時はまだ中学生。何も出来ず、呆然と隠れながら立ちすくんでいた。
やがて、泣き声が止み、ふらふらっと教室から出ていった。私は釈然としない思いのまま、鞄を取ると、そのまま自宅に帰った。
そして、翌日自殺の話を聞いた。
私は昨日の出来事が原因だと思った。それでも、周囲に本当のことはついに最後まで話せなかった。メールのやり取りはどんな内容だったんだろうか…。本当にただの相談だったのか。それとも…。なんて最初は考えていたが、答えが出る訳でもなく、考えるのを止めた。
A子はそれから1ヶ月ほどしてから学校に顔を見せた。周りが優しい言葉をかける。
「大変だったね。」
「うん…。」
「これ、休んでた時の授業のノート。」
「ありがとう。みんな、心配かけたね。急にあんなことになっちゃって、どうしていいか分からなくて。親友のあの子が急に…。」
少しうつむいて、暗い表情になる。今にも泣きそうだ。
「でも、もう大丈夫だから。だいぶ落ち着いた。」
顔を上げて、笑顔を見せた。
周りも温かい表情で1ヶ月ぶりのA子を迎えた。
あの未送信のメールはA子が打ち、落としたものとも知らずに。
もしかしたら、あの自殺も…。
作者寅さん