「センパイ!」
「あぁ、ちょうど良かった!ミシェルさん」
「何がスか?」
「お土産を渡そうと思ってたトコだったの♪はい!コレ」
「何だか立派な箱に入ってますねぇ……何スか?コレ」
「ソーセージよ」
「ソーセージ?!」
「うん!フィールドワークがてらドイツに行ってたのよ」
「ほぇ~!本場のソーセージなんて初めてスよ!……あれ?箱に伊藤ハムって書いてますけど?」
「実は、みんなのを配って歩いてたら黒目の小さい人にミシェルさんの分まで持ってかれちゃって……」
「それじゃあ、仕方ねっスね」
「ゴメンね……プリマハムの方が良かった?それとも日本ハム?」
「いや、いただけるだけでありがてぇっスよ!……それより、なしてまたドイツに?」
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「ハーメルンの笛吹男の話は知ってる?」
「確か、ネズミが大量発生したハーメルンに現れた謎の笛吹男が、ピーヒャラやってネズミを退治したけど、金さ払わねモンだから子供ら拐って山だかに籠っただか何だか……」
「そうそう!だいたいそんな感じ」
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ハーメルンの笛吹男 《概要》
1284年6月26日
ハーメルン生まれの子供たち130人が、あらゆる色の服で着飾った笛吹男によって誘い出され、丘近くの処刑場で忽然と姿を消した。
(1602年にハーメルンで発見された碑文より)
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「これがハーメルンに伝わる笛吹男の話ね」
「ネズミは?」
「それはグリム童話の方だからね」
「て、ことは」
「ハーメルンの笛吹男は実際の事件を基にした童話ってこと」
「そうだったんスか?」
「元々、グリム童話は民間伝承を聞き集めたモノだから、その時代を知るための資料として関心が高いの」
「で、センパイはハーメルンの笛吹男を調べに?」
「うん!海外では結構、研究者が多いのよ」
「センパイ、国文学科ですよね?」
「だって、気になるじゃない」
「オラは気にしたことねぇですけど……」
「ミシェルさんは気にしなさすぎなんだよ?〆切とか」
「ギャー!それは言わねでくだせぇよ」
「そこで私はハーメルンを回って、いろいろ見てきて考えたんだ」
「面白そうだから、オラに聴かしてくだせ」
「もちろん!今までに立てられた仮説も合わせて話すね」
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仮説1 伝染病説
当時のヨーロッパで大流行したペスト(黒死病)が挙げられていた。
その媒介がネズミだったこともあり、それはグリム童話にも影響を与えた。
ネズミ駆除の件から、それを連想するのが大きい。
ペスト大流行以降、共同体(ヨーロッパ全土)内で数多く記録されていた、その特異な例としてハンチントン舞踏病が挙げられる。
いわゆる舞踏性躁病と言われるもので、これは童話に記された『笛吹男の笛の音に合わせて踊りながら…』の箇所とも合致する。
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「ん!これだ!」
「そう?私は違うと思ったよ」
「なして?」
「だって、被害者が子供に限定されているなんて奇怪しいもの」
「むむっ?!」
「百歩譲って、抵抗力の低い子供がかかりやすい伝染病だったとしても、抵抗力が低いのは子供に限らず、老人も弱っている大人もそうでしょ?」
「確かに……」
「ネズミ駆除の件が後付けだった可能性が高いのも、童話として語り継ぐ上での便宜上の創作だったと考えるのが妥当だよ」
「そうスね」
「じゃあ、次!」
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仮説2 少年十字軍説
史実上、戦争状態だった背景もあり、子供まで徴兵されたと考えられている。
つまり、ハーメルンに徴兵の命令が来て、子供たちは戦地へと駆り出されて行った。
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「これっスわ!」
「私は違うと思うよ」
「えっ?!」
「よく考えてみてよ……何故、女児まで徴兵されたの?」
「そ、それは……」
「戦争に参加する女は、ジャンヌ=ダルクが有名だけど、その時代はずっと後のことだし、当時の倫理だった宗教的観点からも、女が兵士になるのは考えにくいよ」
「何でもよくご存知で……」
「ジャンヌ=ダルクが戦争に参加できたのも、神の啓示を受けた特別な存在だったからだし、絵画に描かれた姿を見ても、ジャンヌ=ダルクは軍の先頭で旗を持っているだけで、武器を振るってはいないもん」
「じゃあ、看護師として……とか?」
「それもNOだね」
「ウグッ!」
「当時の医学もまだ途上だったし、ましてや子供を看護師として利用するなんてあり得ないよ……そもそもナイチンゲールの時代は、これよりもかなり後だし」
「やめてけれ……バカがバレる……」
「つまり、女児なんて戦争の足手まとい以外の何物でもないんだよ……じゃあ、次!」
「まだあるんスか?」
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仮説3 事故説
ハーメルンの土地は山間にあり、6月26日は、ヨハネとパウロの日(夏至祭りの日)である。
ハーメルンでは夏至祭りの日に、ポッペンブルグ山に夏至の火を灯す習慣があったらしく、隊列を組んで山に登る。
その山には、切り立った崖が実際にあり、大人を真似た子供たちが誤って、崖から転落したという説がある。
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「今度こそ、これっスね」
「これも違うと思う」
「えぇっ!!」
「130人もの子供たちが一斉に崖から転落したなんてことあり得る?」
「そうか!」
「いくら夜道で視野が狭いとは言え、松明くらい持っていただろうし、落ちる時には悲鳴も上げるよね?」
「集団自決でもない限り、有り得ないっスね」
「そこの近くに湿地帯があるんだけど、そこに嵌まってしまったと考えるとしても、一日で130人も嵌まってしまうなんて考えにくいし」
「ですね」
「仮に、そんな不幸な事故があったとしたら、後世に注意を促すためにも、笛吹男ではなく怪物の方が子供には効果的だもん」
「……結局、結論は出なかったんスね」
「まさか!私なりの結論は出したよ」
「あるんかーい!」
「高いお金出してドイツに行ったのに、手ぶらで帰るなんてもったいないもん」
「そこっスか?!」
「で、私なりの結論はね」
「ゴクリ……」
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「私の結論は『人身売買説』だよ」
「人身売買?!」
「そう」
「人身売買って……」
「当時は各地で戦争もあったし、領土で『新たなコミュニティを作る』ためにも人手は必要だった……そこに人買いがやって来て、貧しい町の人は生活のため、泣く泣く我が子を手放した……というのが私の見解」
「センパイにしては、なかなかダークな見解スね」
「悲しいことだけどね」
「でも、子供が労働力になりますかね?」
「それは人買いも、労働力にならない子供は買うはずもないよ……だから、身体的欠陥がある子供や幼すぎる子供だけは助かったというのも道理が通るでしょ?」
「言われてみれば……」
「さらに言うと、青年は町の維持のためにも必要な労働力だし、人買いも離反なんか起こされたら面倒なので、親も売らないし、人買いも買わないよ」
「なるほど……でも、石碑には誘い出されて姿を消したって……」
「そこなのよ!だから、私の仮説を物語風にしてみたの」
「ふぅ?」
「それがこれ!」
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迎里千尋の仮説
1284年6月26日の朝、夏至祭りの準備で騒がしかった町に、男たちが現れた。
それは権力者の一行だった。
煌びやかな服を纏う都会からの一団は、辺境の町のハーメルンの人々には、とても奇異に映った。
権力者の一団は音楽などで気を惹き、ハーメルンの人々を広場に集め、こう切り出した。
「子供を売って欲しい」
権力者は続ける。
「新たな町を作るために、人を集めたい……子供たちは新たな町の大事な住人となるから大切に扱うことを約束する。だから、どうか売って欲しい……」
その価格も貧しい人から見たら、決して安い額ではなかった。
突然現れて、大切な我が子を売れなどと大多数の親は訝しく思い、嫌悪すらした。
しかし、愛する我が子に貧しい暮らしを強いるのもどうかと思う者も少なからずいた。
その日の食べ物にも困っている貧しい自分と暮らすより、新天地で大切にされる方が、この子のためなのではないか?
そして、ついに我が子を手放す決心をする者が出た。
その一人を切っ掛けに、徐々に我が子を手放す親が出始める。
まるで、小さな穴から堤防が決壊するように。
そして、売られた子供たちは130人に上った。
連れられて行く子供たちの背中に、親たちは我が子の幸せを心から願いながら見送った。
しかし、時が経つに連れ、子供を売ってしまった親たちは我が子のいない寂しさと自分の愚かさに苛まれることになる。
いくら貧しくても、愛する我が子を手放すべきではなかったと激しく後悔した。
そして、後世に知らせるために遺したのだ。
あの悲しい出来事を。
鮮やかな衣装で着飾った悪魔のような男が鳴らす音楽に誘われ、130人もの子供たちが何処かへ連れ去られてしまった……。
私達は悪くない!!
全部、あの男が悪いのだ!!
あの男さえ現れなければ、私達は愛する我が子を失わずに済んだのだから──。
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「……グスン」
「ミジェドゥざん……何で泣いでどぅの?」
「センパイの方が号泣してるでねスか!」
「ゴメン……取り乱した」
「しかし、そう考えるとますます悲しい話スね」
「うん……一時のために子供を手放すって死ぬより辛いよ……今頃、辛い目にあわされてるんじゃないか、子供に恨まれてるんじゃないか、そんなことを一生思い続けるんだもん」
「何にせよ、子供たちは幸せであったと思いたいスね」
「ホントだね……」
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ハーメルンの笛吹男の考察
1284年6月26日 ハーメルンで起こった子供たちの大量失踪事件は、その当時のヨーロッパにおける戦争や貧困の陰で行われた人身売買だった。
作者ろっこめ
新作執筆中、前に書いた考察ノートを見つけたので、加筆修正して投稿しときます。
新作投稿までの時間稼ぎということで。
今回の考察は海外のものを舞台に、わたしの作品でも1番か2番の知的キャラである迎里千尋さんが語ってくれています。
考察モノが苦手な方は申し訳ありません。