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中編7
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隙間

母親から久しぶりに電話があった。

弟、竜二の勤め先から無断欠勤が続いていると連絡があったそうだ。

そこで、同じ都内に部屋を借りている俺に様子を見てきて欲しいとのことだった。

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残業が終わり、竜二のアパートに着いた頃には23時を少しまわっていた。

俺達は何かあった時のために、お互いの部屋の鍵を預けあっている。

鍵を開けドアを開くとなにか嫌な臭いがした。築古のアパートだからかと顔をしかめ靴を脱ぐ。

部屋に入るとすぐに三畳程の台所、古くさいガラス戸を開けると、八畳の和室。天井にぶら下がるこれまた古くさい照明の紐を引く、──反応がない。

台所の薄暗い照明はついているので、ブレーカーではなく電球だろう。

台所に戻りシンクの下の観音開きを開ける。うちの家族はだいたいここに予備を置いていた。

ビンゴ、電球は二つとも切れているが、面倒くさいので一つだけ取り出し替える。

紐を引き明かりをつける。部屋をざっと見廻すが特に荒らされた形跡もなく、とりあえずこの部屋で犯罪に巻き込まれた訳ではなさそうだなと胸を撫で下ろす。

冷蔵庫から500mlのビールを取り出し半分空けた。

「どこに行っちまったんだあいつは」胸ポケットからスマホを取り出し、リダイアルするが、何度かけても、かかりませんと同じアナウンスだけが繰り返される。

スマホを耳にあてながら部屋を見廻す。押し入れのそばに乱雑に積まれた雑誌、そこに目をやる。

──つながらないわけだ。

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季節外れの扇風機、収納ボックス、雑誌のバックナンバーなどが無造作に置かれているそばに、見覚えのあるスマートフォン。竜二のだ。

拾い上げ電源ボタンを押すが無反応、バッテリー切れ。充電器を探すのも億劫なので、玲一は自分のバッグから携帯バッテリーを取り出し繋ぎ、1分程待って電源を入れた。

パスコード入力画面。まあ当然だな。「1123」竜二の誕生日であっさり解除した。

何か情報がないものかとメモアプリを起動させ一番新しい日付のメモを読む。

『隙間』噂の実行、米、水、血、髪の毛、3日後、動画撮影。

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分かりにくいメモ、まあ本人が分かればいいだけのものなのだから仕方がない。

動画撮影の部分に注目した。このスマホで撮ったのか? カメラアプリを起動させると3日前の日付で撮影された動画がある。

プライバシー? 知ったことかと玲一は迷わず再生させた──

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竜二はスマホでカメラアプリを立ち上げた。動画モードに切り変え左手で構える。

住み慣れたこの部屋、家賃が安いというだけで決めたおんぼろアパートだが、今ではこの世で一番落ち着ける場所。だがこの2、3日は居心地の悪さを感じていた。

3日前から準備にとりかかり、噂道りにいけば今日、この部屋で、正確には押し入の襖で作った隙間に何かが起こるはずだった。

立ち上がり。「よしっ!」っと、気合いを入れ振り返る。

対面する押し入れの襖には二センチ程度の隙間を作ってある。きちんとルールは守ったはずだ。スマホを自撮りモードに切り換えた。

「じゃあ今から撮影を始めたいと思います」

それだけ言うとモードを外カメラに戻し、スマホのレンズを隙間に向けた。

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押し入れまでの距離は二メートル程だが、恐怖心が産んだ泥濘に足を取られ、思うように足が進まない。半歩づつ摺り足でようやく襖の引き戸に手が掛かる位置まで移動する。

勢いをつけるために大きく息を吸い、吐く。竜二は引き手に指をかけた。

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──空気が変わった気がした。

それまでカラカラに乾燥していた空気が、重く湿ったものに変わり、身体にまとわりつく。

首の後ろが粟立ち、押し入れの中に漂う濃密な気配が、引き戸に置いた指を引っ込めさせた。

「おっかねぇ」自然と出た言葉と一緒に身震いする。

ちらりとスマホに目をやる。もしや肉眼では見えないナニカが映ってはいないかと確認するが特に異変はなかった。

緊張のため呼吸の仕方を忘れてしまったのか息苦しさを感じる。深呼吸で落ち着けるがそれでも速く打つ心臓の音が不安を煽った。

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トッ、トッ、トッ、トッと蛇口の閉めが緩かったのか水滴がシンクを打つ音が妙に耳につき、気をとられた。──その時。

バチッ! と小さく音が鳴り、明かりが消えた。

天井からぶら下がった紐を引いて点灯させるタイプの昔ながらの照明。丸形の蛍光灯が大、少と二つ取り付けてあるのだが、両方とも一緒に切れた。

二つが同時に寿命が尽きることなどあるのだろうか? 偶然の一言ではとても片付けることが出来ない。水面に落ちた墨汁がじわじわと広がる様に恐怖が竜二を染めていく。

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台所からガラス戸を通し射し込む15Wの明かりでかろうじて暗闇は避けられたが、普段、補助的な役割しかしない光は弱々しく、それが今は憎らしく思えた。

首筋から背中をつたい下へと悪寒が這う。開けてはいけないと身体が訴えるが、これまでにかけた手間と、何より好奇心が竜二を突き動かす。

呼吸が荒くなり震える手でスマホのライトを起動させた。

光が隙間の奥を照らすのと同時に押し入れの中から何かが腐ったような臭いが鼻を突いた。反射的に右手で口元を覆うが、竜二の胃からは酸っぱいものが込み上げた。押し入れから離れようと後ずさるがそこで身体が固まる。

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押し入れの上段真ん中辺りから、襖縁を這うように、隙間からすうっと何か青白い物が現れたのだ。

これまでは感じる存在だったものが、物体として現れ視覚を通すことで、恐怖は一気に加速した。

青白いそれは最初、足の太い蜘蛛の半身を思わせた。足の一つ一つが個別の生き物の様に襖縁に沿って蠢いている。やがて何度か上下に這わせた動きが竜二の目線の高さでピタリと止まった。

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──指だった。

上から小指、順に人差し指までが押し入れの中から襖縁を掴む。

丁度中から外に出るため、襖を開けようと手を置く位置。──ナニカが出てこようとしていた。

恐怖のせいか、それとも押し入れのナニカのちからなのか、竜二の身体は己の意思に反して動こうとしない。声をだすこともできず、竜二の叫びは喉の奥を微かに振動させるだけだった。

視線を逸らすこともできず、強制的に隙間を見る形になる。

隙間からのぞいた手が少しづつ襖を開いていく。その隙間の奥にゆらっゆらっと何かが揺れていた。──長い頭髪。

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顔半分までに開かれた押し入れから、カクン、カクンと不規則に揺れる頭部。それは、電池の切れかけたオモチャのように、止まっては少し動く、止まっては少し動くを繰り返している。

ちらちらと長い黒髪の間から見え隠れする血走った三白眼がこちらを睨み付ける。目に映る者すべてを憎み、恨み、呪うかのような眼。

逃げなくてはと思考だけが空回りするが、身体は相変わらず竜二の命令を聞こうとしない。

ゆっくりとだか確実に襖は横に滑り、ナニカの輪郭も徐々にはっきりとしていく。

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チョークの粉でも塗りたくったような白い肌に、唇は真っ赤。口紅を引いた赤ではなく、熟れた果物にかぶりついたような濡れた赤。

その口が何かを囁いた。

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すると突然、竜二の胸にきゅうっと痛みが走った。

心臓を小さな手に掴まれたような感覚。それは、竜二の心臓を握り、ゆっくりと力を加えていく。

隙間が拡がるのと比例して握る力が強くなる。目に見えない力に抵抗できるわけもなく痛みで呼吸もままならない。ギリギリと痛む苦痛にただただ耐える。

やがて、頭のてっぺんを隙間から突き出したナニカは、竜二の目の前で止まり、ゆっくりと顔を持ち上げた。恐怖と痛みが絶頂に達し、そこで初めて竜二の叫ぶ声が部屋に響いた──

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そこで動画は再生を止めた。

「なんだ......こりゃ」玲一の口はカラカラに乾いていた。缶ビールの残りを一息で飲み干す。

たった今観たばかりの動画が一体何なのか、頭を整理するが上手く回らない。作り物? もう一度再生させようとボタンをタップする。

──再生されない......いや、時間は進んでいるので映像は流れているはずだった。しかし、黒い画面は数秒間隔でノイズを走らせるだけで、先程の映像は消えていた。

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恐ろしくなりスマホを畳に落とした。

竜二は一体......ナニをしていたんだ。

その時、嫌な臭いが強く漂い空気が重く変わった。背後にある気配に恐る恐る押し入れを振り返る。

そこには竜二に似たナニカが、隙間から襖に指をかけ、玲一をじっと見つめていた。

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話も怖かったのですが、なによりも、表紙の写真(絵?)が超怖いです。

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