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中編5
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白い皿

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俺は郊外にある五階建ての市営マンションの三階に住む、ごく普通の三八歳の会社員だ。

会社までは電車で一時間はかかるから、朝は七時半には、マンションを出かける。

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それは、二月の晴れた月曜日のこと。

俺はいつもの通り、七時半頃にマンションの玄関を出た。

その時だった。

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shake

─ガシャーン!!

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 何かが割れたような大きな音が背後から聞こえた。

咄嗟に振り替える。

マンション玄関の地面に、白い皿?が粉々に割れて散らばっていた。

見上げてみる。

西日が眩しくてよく見えなかったが、三階か四階のバルコニーから、小学校低学年くらいの男の子が下を覗き込んでいるみたいだ。

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─なんだ、いたずらか?

睨みつけると、男の子はすぐに消えた。

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 夜、仕事を終えてマンションに帰ると、リビングで晩飯を食べながら、今朝のことを思い返していた。

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─そういえば、三か月前に、このマンションに越してきて、右隣にあいさつに行ったとき、玄関口に現れた黄色いエプロンをした若い奥さんの背後に、白い体操服の七歳くらいの男の子がいたな。

朝の男の子、あの子に似てたような……

その日、俺はそれ以上は考えず、寝た。

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翌朝は雨模様だった。

朝一から会議の予定だったから、俺はいつもより少し早めに、マンションエントランスの玄関を出た。

すると、

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shake

─ガシャーン!!

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─え!?

まさか、と思い、振り返ると、そこにはやはり、白い皿が粉々に割れて散らばっている。

見上げてみる。

今日は朝日が射していないから、はっきりと見える。

三階のバルコニーから、男の子が下を覗き込んでいる。

間違いない。隣の子だ。

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「おい!危ないじゃないか!

俺は大声で叫んだ。

すると、男の子は消えていた。

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電車の中で俺は、夜、マンションに帰ったら、隣に文句を言おう、と思った。

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 その日は残業もなく、比較的早くにマンションに帰った俺は、部屋に道具を置くと、右隣の部屋の玄関前に立った。

ブザーを押す。

奥の方で鳴っているのが聞こえるのだが、返事はない。

何度も押してみる。だが、返事はなかった。

時計を見る。七時過ぎだ。どこか、外出しているのだろうか。

あきらめて部屋に戻る。

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 布団の中で俺は考えた。

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 このマンションはかなり古く、壁や天井を通してあちらこちらから様々な生活音が聞こえてくる。

右隣の部屋からは時折、男の子のクスクスという笑い声や、走り回る音が聞こえてくる。

だが、ここに越してきて三か月以上は経っているにもかかわらず、あの日以来、右隣の奥さんと子供を見かけたことは、一度もない。平日はもちろんのこと、土曜も日曜も……。

そもそも隣にいるのは、あの親子なんだろうか?

いや、昨日と今日の朝見た男の子は、間違いなく、三か月前に見たあの男の子だ。

俺は頭がこんがらかった状態で、いつの間にか眠りについた。

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 翌日は土曜日。会社は休みだった。

俺は午前中、部屋でダラダラ過ごして、午後からパチンコでもしようかと、出かけた。

マンションエントランスのドアを開け、二、三歩歩いた時だ。

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shake

─ガシャーン!!

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─!!

立ち止まり、ゆっくりと振り向く。

そこには、やはり、白い皿が粉々に割れて散らばっていた。

恐々、見上げる。

バルコニーから、いつもの男の子が下を覗き込んでいる。

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 俺はダッシュでエレベーターホールまで戻ると、乗り込み、三階まで上がった。

そして、右隣の部屋である三〇二号室の前に立つと、ブザーを押した。

返事はない。

何度も何度も押す。だが、やはり返事がない。

ドアのノブを回してみる。

驚いたことにドアはあっさり開いた。

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 ドアのすき間から頭一つ入れてみる。

玄関口には、女性ものの黒いパンプスと子供用のアニメのプリントされた靴が並んでいる。

廊下は薄暗く、シンとしていた。ひんやりとした空気が漂っている。

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「あの、すみません!」

奥に向かって声を掛けてみる。返事はない。

靴を脱ぎ、そっと廊下に上がってみた。

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 間取りは、俺のマンションと同じようだ。

廊下の両脇に並ぶ、二つの部屋と、洗面所、風呂場を覗いてみるが、誰もいない。

だが、トイレのペーパーは使われており、洗面所には、カップに入った歯ブラシが二本あり、

フェイスタオルは使われていたような感じである。間違いなく、人の生活の印がある。

ただ、トイレの壁に貼ってあるカレンダーは、去年の十一月のままだった。

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 廊下突き当りにあるリビングに入る。

瞬間、微かに、生臭い匂いがした。嫌な予感が胸をよぎる。

サッシのカーテンは開かれており、部屋には緩やかな陽光が射しこんでいる。

真ん中に大きめのテーブルがあり、その前にはテレビ。左側には台所。右奥手前に進むと、六畳くらいの和室があるはずだ。

台所の床を見たとき、「おや?」と思った。白い皿が割れて散らばっている。あの男の子が投げていたものだろうか。

よく見ると、皿の破片はリビングのあちらこちらにも散らばっていた。

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 サッシを開け、バルコニーに出てみる。

二月の冷たい風が頬をくすぐる。

地上を見下ろした。

マンションエントランスや、灰色の駐車場が見えるだけだ。

それから振り返り、薄暗い和室の方を見た時だった。

俺の心臓は一気に鼓動を早めた。

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押し入れの前に人が二人立っている。

背中に冷たいものが突き抜ける。

思わず、後ずさりした。

それは、三か月前に玄関で会った、黄色いエプロンをした若い奥さんと白い体操服姿の男の子だった。

無表情でただじっと、こちらを見ている。

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「あ、あの……」

言いかけた時だ。二人は、背景と溶け込むようにかすみだし、やがて消えてしまった。

俺は金縛りにあったように、しばらく、その場を動けなかった。それからようやく、動き出し、そろそろと和室に入ってみる。

押し入れの前には、もちろんもう誰もいない。だが、リビングに入った時に微かに漂っていた匂いと同じ生臭い匂いが、今度ははっきりと感じられた。

俺はゆっくりと押し入れを開け、強烈な吐き気を感じ、猛烈にせき込んだ。

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 上の段には、折りたたまれた布団が積んであった。

だが、下の段には、腐りかけた人の遺体が二つ、抱き合うようにあった。

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 後から、警察に聞いたところ、あの遺体はやはり、あの母子だったようだ。

二人は鋭利な刃物でめった刺しされ、殺されて、押し入れに押し込まれていたそうだ。

死亡推定日は、約三か月前というから、俺と会ってからすぐに殺されたということになる。

犯人は別れた旦那だったようだ。母子は旦那の異常なDVに耐え切れず、家を逃げ出して、この市営マンションに引っ越したのだが、結局見つかってしまい、殺されたということだった。

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