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いらっしゃいませ おでん屋でございます。
大根、牛すじ、ちくわにはんぺん...各60円で販売しております。
60円がないお客様には特別に、おでん1つにつき怖い話1つで販売しております。
今日はなにやら大荷物を持ってやってきた宇佐美さんのお話です。
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浪人してた頃に、月運びっていうバイトをしてたんです。
求人サイトで募集があって、
完全出来高制なんですけど1件で5万も貰えるって書いてあったんで
すぐにエントリーシートみたいなの入力して応募ボタンを押しました。
それから一週間、なんの連絡もなかったんで落ちたんだなって思ってたんですけど、家に突然荷物が届いたんです。
中身は15cmくらいの大きさの箱の中に
2〜3cmくらいの軽石のような石が1つ入ったものが30個と、
月運びの方法が書かれた紙が一枚でした。
月運びの仕事内容は
夜に湖や池など、水に映った月をその箱に入れて
小さな月を作ることでした。
…意味わかんないですよね。すみません。
自分も最初意味がわからなかったんですけど、
とりあえずやってみることにしたんです。
夜中に自転車の籠に石の入った箱を5つ入れて、近所の公園の池に行きました。
静かに揺れる水面にぼんやりと月が映ってました。
でも月は池の真ん中あたり。
手を伸ばしたくらいじゃ届かないので、
公園にあるボートを勝手に使って月の映っている所まで行きました。
ボートが近付くと水面は大きく揺れて、月がぐにゃぐにゃと歪みました。
揺れたままでも問題は無いのかもしれませんが
揺れが収まるまで待って、箱に月が映っている水を掬います。
全ての箱に水を入れ、蓋をして、溢れないよう慎重に家へ持って帰りました。
そんな事を6回、行いました。
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水を入れてから一か月後、箱を開けるんですけど
箱の中には、少し汚れた水と小さな石が入っているだけでした。
でも、20箱目あたりで…出来てたんですよ。月が。
一箱だけ水が完全に無くなっていて、白い軽石のようだった石がうっすら月色に染まってたんです。
それを箱に入れたまま玄関の外に出しておきました。
そうしろって書いてあったんで…。
そしたら次の日、郵便受けに5万円が入った封筒が入ってたんです。
置いてあった箱は無くなっていました。
そしてその日の夕方、また新しい箱が30個届いたんです。
お金のためっていうのも勿論あったんですが、
なんか達成感っていうんですかね?そんなようなものがあって、
受験勉強もそこそこに水の月を追いかける生活をしていました。
成功率は結構低くて、30箱全滅の時もありました。
一番多い時でも2箱ですね。
え?その月のその後ですか?
うーん…実は知らないんですけど、多分アレだと思うんですよ。
パワーストーンってやつ。少し前に流行ったじゃないですか。
自分はあんまりそういうの興味ないんで、そこまで深くは考えてなかったんですよ。
とりあえず達成感があって金も貰えていいバイトだなって思ってました。
結局その次の年も受験に失敗して、また月ばかり作っていました。
そんなある日…覚えてますか?
10年くらい前に、すごく大きくて赤い月がでたの。
何ムーンでしたっけね?
なんちゃらムーンって名前でニュースになってたやつです。
その月で月を作ったら赤い月が出来るのかなって思って、
その時届いていた30箱全てに、その赤い月の水を掬い入れたんです。
一か月後、わくわくしながら箱を開けるたら、出来てたんですよ!赤い月!
うっすらとかじゃなくて、あの時の月よりもっと濃い…ワインレッドみたいな色になってて、すごく興奮しました。
しかも7つも出来てて、それだけで35万ですよ?
玄関に箱を出してベッドの中で眠れないまま朝を待ちました。
翌朝、いつも通り箱は無くなっていました。
郵便受けにはいつも通り封筒が1つ。
でも35万にしてはとても薄い封筒でした。
封筒を開けると、中には紙が一枚入っていました。
『ツキハコビノ オテツダイ アリガトウゴザイマシタ』
『ホウシュウハ ツキニ カエサセテイタダキマス』って書かれた紙が。
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…………いやいやいや、ねぇ?
これで終わりだとしても35万はどうしたんだよって話じゃないですか?
今までのと違って赤い月だし、1個5万以上してもいいくらいのもんじゃないですか?
でも連絡先も分からないし新しい箱も送られて来ないしで泣き寝入りですよ。
やさぐれて受験勉強もしないまま残りの数ヶ月を自堕落に過ごしました。
そんな状態なのに親が受けろっていうから仕方なく受けた大学、受かったんですよ。
そして気がつくと年下の同級生達が囲まれて、大学生活を満喫していました。
それから今までされたこともない告白をされ、初めての彼女が出来ました。
就活もすんなりと希望の会社に受かり、彼女へのプロポーズも成功し、本当に良いことばかりの数年間でした。
でも、これが報酬だったんです。
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結婚式で彼女の指に指輪をつけました。
彼女が選んだ、小さな赤い宝石のついた指輪でした。
友人と親族の前で永遠の愛を誓い、みんなに祝福されながら式を終え、披露宴のためにそれぞれお色直しへ行きました。
着替え終えて控え室へ戻ると、テーブルの上に手紙がありました。
彼女からかと思い中を見ると、
『支払完了』とだけ書かれた紙と、数十分前に彼女の指につけた指輪が入っていました。
意味がわからず彼女に電話をするも出ず、
披露宴開始の時間になっても彼女は戻って来ませんでした。
モヤモヤしながら彼女を待っていると、突然式場が騒がしくなりました。
…トイレで、死んでたんです。彼女。
原因は分からないんですけど、おへそやお尻からたくさん血が出てたって言ってました。
介添さんがトイレから出てこない彼女を心配して見に行くまでの、ほんの数分ですよ。
特別病気もしてなかったのに、そんな死に方…するわけないじゃないですか。
彼女は救急車で運ばれていって、披露宴は中止になりました。
正直あまり覚えていないんですが、プランナーさん達が対応してくれたみたいです。
混乱状態のまま実家に帰ると、荷物が届いていました。
見覚えのある箱が30個。
そして月運びの方法の書かれた紙が一枚。
………今年もあの赤い月が出るっていうじゃないですか。
そしたら、そしたら、、、
これで彼女と会えたんだとしたら、
これでまた会えるんじゃないかって思うんですよ。
彼女が死んだのは理解してます。
死んだ人が生き返る事がないことも理解してます。
でも、もうそれしか希望がないじゃないですか。
………すみません、泣いてしまって。
ここのお代、ツキで払いますよ。なんて。
はは…。冗談言って笑いたかったんですけど、ちょっとまだ無理みたいです。
すみません。すみません。
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宇佐美さんは謝りながらたまごを1つ食べ、赤い月の映るおでんの汁をぐっと飲み干し帰って行きました。
作者おでん屋
はじめまして。お久しぶりです。
毎度怖くないお話失礼しますm(._.)m
ツキハコビでもう一つ書きたいんですが、やる気とかやる気とか、あとやる気とかがちょっと不足しております。
あとアプリがめちゃくちゃ落ちます。iPad替え時ですね…。