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「私が呼び出した理由はわかりますかァ?」と、卑屈な笑みを湛えて担任のマツダシゲアキは僕に尋ねた。
「わかりません」
僕はいい加減に苛々していた。
コイツ、頭おかしいんじゃねぇの?
何回もそう思っている。
僕が反抗期だからなんかじゃない、中学生だけど、そういうのじゃないんだ、わかってくれ。
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担任は頭がおかしいんだ。
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「えぇ、わからない!」
マツダシゲアキは大袈裟に驚いてみせていた。
「いやぁね、私みたんですよ、君ね、授業中に、蚊を、つぶしていたでしょう?
君、よくないじゃないですか、いきもの係も小学校のときはしていたんでしょう?
全ての生き物は平等であって、粗末にしてはならない、そうでしょう〜?
一寸の虫にも五分の魂って知ってますかァ?」
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そんないちゃもんばかりつけて、僕を呼び出すんだ。
いや、確かに僕は前述の行為をした。
けど、そんなことでネチネチ普通、言うだろうか?
しかも、マツダシゲアキは、僕だけを呼び出しているみたいで、この気持ち悪い喋り方も、その他振る舞いもほかの生徒や先生、保護者の前にはおくびにも見せない。
せこい奴なんだ。
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母さんにいっても「マツダ先生が?そんな、まさか。ちょっと、アンタが悪いことしたんじゃないの」と返されるし、クラスメイトも「親身に相談に乗ってくれたよ、そんなのおかしいよ〜」と言う。
マツダシゲアキは僕にとっては悪魔なのに、みんなにとっては救世主みたいな存在なんだよ。
アイツの正体をはやく暴かなきゃ。
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僕はある日、ボイスレコーダーをポケットに忍ばせた。
これで録音して、みんなの前で再生して、アイツを見返すんだ。
アイツは、相変わらずの甲高い気色の悪い声で「ちょっとォ、ね、君、消しゴムを真っ二つにして遊んでたでしょう?
あのねぇ、物をむやみに扱わないのはとっくに習ったことですよ〜
ディドユーアンダースタン?」とかなんとか言ってる。
ボイスレコーダーはばっちり録音ボタンを押している。ばっちりだ。
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しかし、そのボイスレコーダーをみんなの前で再生したとき、たしかに一人で聞いたときはちゃんと録音できていたのに、いまや良心的で親身なアドバイスを再生している。
え?マツダシゲアキは一言もそんなこと言ってない…
みんなは「やっぱりいい先生だね」と口々に言い合い、頷きあっている。
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「あぁ君、君…その履きこなしはよろしくないですねェ…」
マツダシゲアキは相変わらず狂った旋律の声を出している。
マツダシゲアキのことは、もう誰かに密告するとかは諦めた。アレから何度も試したけど無理だったんだ。
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卒業まで耐えるしかない…
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晴れて卒業の日、僕はなにより解放感に満ち溢れていた。
やっとアイツから逃れられる!
そう高らかに歌いたい気分だった。
アイツへの寄せ書きにはクソみたいなひとことしか書かなかった。
ありがとうも何もない。
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マツダシゲアキは、1人ずつ教壇の前に呼び出し、「〇〇さんは、こうこうこういうことを頑張っていましたね、…卒業おめでとう」と言っている。
みんなは涙を浮かべている。
僕の番がきた。
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マツダシゲアキは、あの声で、
「君だけ…どうして僕のマジックが効かないんですかァ?…みんなには幻聴や幻覚を見せてあげて、私はみんなに暴言を吐いていたのですよ、ねぇ…でも君、かかってないみたいだから…ちゃあんと、ちゃあんと、教育して差し上げましたでしょう?
再三注意してあげたでしょう?
君の悪い癖やら…
みんなには、やがてマジックを見ていたガタが来るんでしょうかねぇ、わかりませんねぇ、君は幸運ですねぇ」
とゆっくりと、ゆっくりと口にした。
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僕が見上げたとき、マツダシゲアキは妙に白い肌の顔に黄ばんだ歯を見せて笑っていた。
黒目が大きい割に目は細くて、ひどく痩せていて、髪の毛もネトネトしてる感じで、しわしわの手をしている。
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「まつだしげあきせんせいは、とってもかっこよくて、とってもやさしくて、とってもいいせんせいです」
「だいすきなせんせいです」
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みんなは卒業式の日、マツダシゲアキと写真を撮りたがっていたけど、なんでみんなこんな気色悪いモノに魅了されてるんだろうか…
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あのさ、この文を読んでくれた貴方、やったら人格者がいて、やったらスペック高い人がいて、かっこいいとか美しいとか言われてて、貴方はそうは思わないんなら、
貴方とみんなが見てるモノは違うのかもね。
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作者奈加