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中編6
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顔無しお化け

「あなたぁ!あなたぁ!……」

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居間のテーブルに座っていると、妻がびっくりするような勢いで飛び込んできた。

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「どうした?」

と、聞くと、

肩で息をしながら、後ろ側を指刺している。

訳が分からず、とりあえず玄関に走ると、

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そこには、小学六年生の眞吾が立っていた。

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赤いボーダー柄のシャツにGパンという昨日と同じ出で立ちをして、ぼんやりと立っている。

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「良かったぁ、良かったぁ」

妻は眞吾の両手を握りながら、涙ぐみながら何度となく繰り返している。

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「ほらぁ!あなたも来なさいよ。眞吾が戻ってきたのよ」

「あ、……ああ」

妻にせかされ、横に立つ。

だが、私は息子の目を見ることが出来なかった。

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昨日、私は会社を早退きし、ハイエースのレンタカーを借り、息子の通うA小学校の正門の辺りに車を停めていた。

四時を少し過ぎたくらいに、サイドミラーに映る息子の歩く姿が見えた。

私は前もって準備していた目出し帽を被り、

息子が車の横を通り過ぎる寸前に素早く降り、タオルで鼻と口を抑え、車の後部座席に連れ込み、

目隠しをして猿轡をかませ、手足を縛った。

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それから車で市街地を抜け、山間の道を走り、

人の通らないような狭い横道に入り、しばらく走って途中、草地に車を突っ込み、停めた。

そして嫌がる息子を担いでけもの道をしばらく歩くと、鬱蒼とした木立の中にある巨木の下に降ろしてから急いで車まで戻ると、再び市街地まで走り、レンタカーを返して、マイカーで自宅に帰ったときは、すでに夜八時を過ぎようとしていた。

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玄関のドアを開けると、妻が不安げな顔で

「眞吾が帰ってこないのよ」

と言って、廊下に突っ立っている。

私は妻と一緒に、いるはずのない家や学校の周辺を暗闇の中、懸命に探した。いや、探すふりをした。

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翌朝、私は会社に連絡し、妻と二人、警察に行った。

担当の警官は、「今日まで様子を見て、もし状況が変わらないのなら、私たちも本格的に捜査するようにしましょう」

ということだった。

そして昼から会社に行き、夜、家に帰り、妻と二人晩御飯を食べていると、玄関の呼び鈴が鳴ったのだ。

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テーブルに座りご飯を食べた後、相変わらずぼんやりとしている息子に、妻は懸命に今までどうしていたのかを聞くのだが、全く口を開かない。

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「ショックでまだ動揺しているんだよ。今日はそっとしておけよ」

私が息子の気持ちに寄り添うようなことを言うと、妻はようやく尋問を止めた。

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その週の日曜日は晴天で、裏の山からはミンミンゼミの鳴き声が、不快なくらい続いていた。

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私は、この日を心待ちにしていた。

というのはこの日は、息子は一人で裏山に虫取りに行くことになっていたからだ。

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ティーシャツに半ズボン、麦わら帽子という格好で捕獲かごと虫取り網を持って、朝早くから出掛けた。

私も釣りに行くと言って、後から出た。

今度こそ、終止符を打たないと……

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車で家を出てから、近辺の適当なところに停めて、

急いで裏山の林に分け入った。

家から山の奥へと続いているけもの道は一本しかないので、息子の姿は意外と簡単に見つけられた。

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この間と同じように目出し帽を被り、虫取りに夢中になっている息子の背後からこっそり近づくと、クロロホルムを染み込ませたハンカチで鼻と口を塞ぐ。

しばらく暴れたが、すぐにぐったりとなった。

辺りに人がいないことを確認してから、

私は息子を担ぎ、林の中に分け入る。

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しばらく歩いて、適当なところで息子を下ろすと、

肩に掛けていた大型のバッグも下ろして、中からシャベルを出し、テキパキと地面を掘り始めた。

土は柔らかく、三十分もすると、かなりの深さの穴が出来た。

一息ついた後、そこに息子を横たえ、急いで土をかけていくと、あっという間に元の地面の状態が出来上がった。

後はその辺の枯れ木でカムフラージュをしてから、車のあるところまで林の中を歩いた。

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─そうだ、去年のあの日も、セミの声の煩わしい暑い日曜日だった。─

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まだ引っ越して間もない頃のこと、散策も兼ねて、朝、私は裏山の林の中を歩いていた。

一息つこうとふと立ち止まると、十㍍ほど先にある

木の前に、五年生だった息子の背中が見える。

声をかけようとした瞬間、ドキリとした。

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背中に隠れていて気付かなかったのだが、

息子の正面に、同じ年頃の女の子がいる。

木陰で私は息を殺しながら、様子を見ていた。

やがて赤いワンピースを着たその子は、木の根元にぐったりと仰向けに横たわった。

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息子は焦点の定まらない正気を失ったかのような目で、辺りをキョロキョロと見回すと、やがて逃げるようにその場を立ち去った。

あの目は明らかに、いつもの息子の無邪気なものではなかった。

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女の子は亡くなっていた。

首には青黒いあざが出来ている。

私はなぜだか急いで家に戻りシャベルを取ってくると、穴を掘り、その子を埋めてやった。

家に帰ると息子がいたのだが、居間でテレビゲームをやっていて、それはいつもの息子だった。

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それから二週間後、警察が訪ねてきて、

A小学校の生徒が三人いなくなったので、何か心当たりがあれば連絡して欲しい、と言って、

訪ね人のチラシを置いて行った。

三人の中には、あの女の子もいた。

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その夜、私は書斎に息子を呼び、きつく問い詰めた。

最初はとぼけていたが、やがて泣きながら話しだした。

驚いたことに三人は全て、息子が手を掛けていた。

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「何でそんなことをしたんだ?」

「……」

下を向いて、黙っている。

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「誰にも言わないから、言ってみろ」

「……」

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「言わないなら、もう、ゲームソフトは買ってやらないからな」

この言葉が効いたのか、息子はやっと口を開いた。

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「顔無しお化けが出て来るんだ」

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「顔無しお化け?何だそれは?」

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「夜寝てたら、足元に出て来るんだけど、

白い三角の頭巾を被っていて、髪がすごく長いんだけど、顔は無いんだ。

あいつが現れた次の日は、裏山に行きたくなるんだ。

それで、林を歩いていたら、頭が真っ白になってきて……」

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「あんなことをしてしまうのか?」

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「うん。

僕が林にいるときは、いつも近くにいてくれていて、見守ってくれているみたい。

後片付けとかもしてくれる」

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後片付けというのは、遺体の処分のことだろうか。

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息子の人倫に外れた行為は、それからも止まらず、

A小学校生徒の行方不明者は、既に十人を越えていた。

もちろん、警察も本腰を入れて動きだしていた。

だが全く、手がかりさえも掴めずにいた。

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亡くなった子供たちの親たちのことを考えたら、

自らの手で決着を付ける以外にない。

私はいつからか、こう思うようになっていて、

とうとう、ピリオドを打つことができたのだ。

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私は車に乗り適当に時間を潰して、昼頃に家に戻った。

玄関の扉を開けて、ただいまー、と言おうとした瞬間、私は目を疑った。

玄関先に、息子のスニーカーがあるのだ。

そんなバカな!

靴を脱いで居間に入ると、ソファに座る妻に尋ねた。

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「し、眞吾は……眞吾は、いるのか!?」

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「昼前には帰ってきたわよ。

あんまり、虫は捕まえられなかったみたい。

その割に何だか泥だらけでね。

あまり汚いからさっき、すぐシャワー浴びなさいって言ったの」

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テレビを見ながら可笑しそうに笑い、妻が言う。

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そんな、そんなこと、あり得ない!

だって、あんな深くに埋めたんだぞ。

しかも、意識不明の状態で。

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しばらく経つと、パンツ一枚の息子が頭を拭きながら現れ、妻の隣に座った。

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「眞吾、お前、帰ってたのか?」

私は出来る限り冷静を装いながら、尋ねた。

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「うん。虫取りに夢中になってたら、途中で眠くなって、木の傍で寝てたみたいなんだ。

起きたらなぜか、頭から足まで泥だらけでね。

気持ち悪いから、すぐ帰ったんだ」

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そう言うと息子は立ち上がり、二階の自分の部屋に歩き出す。

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私は台所に行き包丁を持つと、素早く息子の前に立った。

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「あなた、何してるの!」

驚いた妻が立ち上がり、叫ぶ。

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「こうするしかないんだ!」

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……

……

……

気がついたときには辺りは血の海で、足元には、

血だらけの息子と妻が倒れていた。

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呆然と立ちつくす私の傍らにはいつの間にか、白い三角頭巾を羽織った異形の者が立っていて、その顔のない顔で、血に染まる私の顔を覗き込んでいた。

Concrete
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