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短編2
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蛆父

 饐えたにおいのする薄暗い路地のさらにその奥に入っていくと、電話で聞いた通り古いビルがあった。

 階段を上がり、指示された黒いドアをノックして開けると、むっとする腐臭が流れ出てきた。

 窓のない部屋には照明も点いておらず、深く濃い闇が沈殿している。

 その黒い澱の中から染み出るように小柄な男が現れた。影のような真っ黒い姿は目鼻立ちも判別できない。

 顔がないのかもしれない。そう思ったとたん、背中全体をぞわりと虫が這うような感覚に襲われた。

「依頼を承りましょうか」

 ぎしぎしとした声で黒い男は言った。

 殺してほしい人物の名を告げ、前金を渡す。残りの金は依頼が成立した後に振り込むことになっている。

 振込先をプリントされたカードを受け取り、小さく頭を下げて踵を返した。

 後金は振り込みだなんて、今まで踏み倒されたことはないのだろうか。そんなことを頭の隅で考えながらビルを後にした。

 しばらくの間、何事もなく日々が過ぎた。

 依頼は本当に実行されるのだろうかと思い始めた頃、夜中に横で寝ている妻の枕元、言わばターゲットの枕元に黒い影が立った。

 寝返りをうつ振りをして薄目を開ける。あの男のようだ。

 妻の上に細かな何かを大量に落としている。ざああと米の流れるような音がしていた。

 その一つが跳ねて自分の枕元に落ちた。

 蠢く蛆虫だった。

「ひっ」

 思わず声を上げ、飛び起きる。

「おやおや見てしまったのですか。これは私の子供たちです。かわいいでしょう。それだけではなくとても優秀なのですよ」

 妻は大量の蛆虫に集られ、声を立てることもなくすでに一部が骨と化していた。

「ね、優秀でしょう。血を一滴も残さず、骨まですべて食べてしまいます。だからご安心ください。証拠は何一つ残りませんから」

 すでに外側も中身も食い尽くされ、妻は一片の肉もない骸骨になり果て、それに寄り集まった蛆虫たちの骨のかじる音だけが聞こえてくる。

 こりこりこりこりこりこりこりこりこりこり

 音が頭の中に侵入し、脳にまとわりつく。

 叫びたいのを堪えながら耳を塞ごうとしたその瞬間、

「では、後金の振り込みよろしくお願いしますよ」

 と言う声が聞こえ、ぶぶっという羽音を立てて男は暗闇に溶けた。

 カーテンの隙間から注がれる朝の光で目が覚めた。

 ベッドには男の言ったとおり、何の痕跡もなかった。

 決して安くない後金をその日のうちに振り込んだのは言うまでもない。

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