俺の名前は悠星(ゆうせい)
実家は古い寺で、三人兄弟の末っ子。
某大学の仏教学部…ではなく工学部に通っている。
長兄は寺の跡継ぎとして実家で修行中。糞がつくほど真面目で如何にも長男気質な人だ。
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次兄は放浪旅に出ている、もう1年半は顔を見ていない。海外を転々としていて、たまにeメールで近況を知らせてくる。最後に送って来たのはコスタリカで撮ったケツァールという色鮮やかな鳥の写真だった。
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父親は当然ながら住職。
堅物な人で、長兄は親父のDNAを強く受け継いでいるように思う。
母親は自分が幼い頃に亡くなった。
病死と聞いていたが、この時はまだ何の病気かは教えられていなかった。
さて、前置きが長くなってしまった。
本題に移ろう…。
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初夏の陽気に包まれた心地よい日。
大きなガラス窓で開放的な講義室。
広葉樹の葉に日が当たり緑の煌めきが窓に映る。
本当は座学より実習のほうが好きだが仕方ない。
席に座り開講を待っているとヤツが近寄って来た。
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「よっ!」
すかさず左隣の席に滑り込んでくる。
男の名前は、大城大樹(おおしろだいき)
『ダイダイ』と呼ばれる事が多いが、俺は普通に『大城』と呼んでいる。
大学に入ってから一番最初に声をかけてきたのだが、以来、よく一緒に居る。
明朗快活で竹を割ったような性格、男女問わず友達も多く、先輩からも好かれるタイプ。
それなのに、やたら俺にくっついてくるので、お前らホモか!と揶揄されている。
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続いて、女の子がやって来た。
「やっ!」
「また一緒にいんのっ?気色悪っ!」
俺の右隣の席に座る。
二人に挟まれる格好だ、狭い。
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奥村楓(かえで)
ベリーショートでいつもラフな格好、一見するとボーイッシュだが、グラビアアイドルみたいな体型で顔は小動物系…ハッキリ言って可愛い。
座るや否や、話かけてくる楓。
「ねぇ、悠星」
「そんな男(大城)と早く別れて私と付き合っちゃいなよ♪」
彼女はいつもこんな感じで割って入ってくる。
いつも「好き」「付き合って」とか言ってくるけど、あまりにも軽いノリなので、冗談なのか本気なのか、からかわれているのか真意が掴めない。
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「その言い方はやめてくれ、誤解を生むから」
「そうだぞ楓、オレ達は親友だからいつも一緒なんだ、なあ、悠星」
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「それも違うけどな大城、困った時に側に居るのが親友だ、いつも一緒に居る必要は無い」
「つれないな~」
「ねえ、講義終わったら、ちょっと話有るんだ~」
「ハイハイ」
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講義の後…
「あのね、来月の27日にキャンプ行くの、肝試しも兼ねてね。悠星、一緒に来てよ」
「オレは大丈夫だぞ」
「ダイダイは誘ってないから」
「俺は行かないよ、キャンプも肝試しも興味は無い」
「わたしには興味あるでしょ?♪」
「いや、行かないから」
「え~!!…ふん、もう良いわよ。」
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楓はオカルトサークルに入っている。
実は、楓は根っからのオカルト好き。
先日も、サウンドノベルみたいに読める怖い話のサイトを見つけたと、はしゃいでいたりしていた。
今回はオカルトサークルで肝試し兼キャンプをするんだとか。
結局、俺は断り、大城は「来なくていい」と言われ断られたらしい。
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数週間後…
夜10時過ぎ。
突然、スマホが鳴る。
楓からだ。
「もしもし」
「悠星……助けて…ゆう…せ…い…」
「楓?大丈夫か?どうした?」
「…」
プツリと電話が切れた。
かけ直すが繋がらない。
言い知れない不安が襲ってきた。
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「大城、頼みがある」
俺は大城の部屋に来ていた。
今日は例のキャンプの日だ。そこで何かあったに違いない。他のオカルトサークルメンバーの連絡先を知らなかったが、顔の広い大城は何人か電話番号を登録していた。片っ端からかけたが繋がらなかった。
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業を煮やし、大城に車を出して貰ってキャンプ場に向かう。(俺は車を持っていなかった。)
場所は楓がしつこく誘ってきていたので覚えていた。
星不見湖(ほしみずこ)キャンプ場、車で一時間弱。
道中「熊でも出たのかな…」等と大城が話かけてきたが「分からない」としか言えなかった。
いつもは賑やかな大城も、それから押し黙っていた。
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キャンプ場に来ると、すぐに焚き火が目に入った。
その焚き火を中心に数人の人影が見える。
異様な光景だった。
みな、寝袋をブランケット代わりに身体にかけていたり、寝袋に入った状態で体育座りをしている。
だが、この日は少し蒸し暑いくらいだ。
薄着の自分達でも、焚き火の前に立つと汗が吹き出し、熱中症になりかねない。
そんな中、みなカタカタと震え「寒い…寒い…」と呟いている。
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その中に楓を見つけた。
「大丈夫か?楓、何があった?」
「悠…せ……さむい…」
楓の頬に手を当てる…。
!冷たい。
顔色は青白く、唇は紫色に変色している。
サークルには、もう少し人がいたはずだ。
「ここに居るので全員か?」
「テン…ト…」
小刻みに唇は震え、話すのも難しいようだ。
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張られたテントの中を確かめる。
そのうちの幾つかに寝袋に入った人が居た。
テントの中は少し肌寒かった。
そして、寝袋の中の人は真っ白な顔で、霜が降り、凍りついているようだった。
既に2人が亡くなっていた…。
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大城は皆に声をかけて励ましていたが「ちょっと待っててくれ、すぐ戻る」と、どこかに向かった。
こんな時は警察か消防にでも電話するべきたろうが、何故か父の顔が浮かび、無意識的に電話をかけていた。
「もしもし」
「どうした?」
父に電話する事など滅多にない。何かあった事を父は既に察していたのかもしれない。
「よく分からないけど、何か妙な事に巻き込まれて…」
暫しの沈黙の後、父は静かに聞いてきた。
「何があった?」
今、目の前で起きている事を簡潔に説明した。
暑い夜にも関わらず、凍えている人、凍りつくように亡くなっている人…。
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「今どこに居るんだ?」
「星不見湖の近く」
「…まずいな…」
何かを知っているようだった。
「どうしたら良い?」
「お前なら何とか出来るかも知れないが…」
(俺なら?どういう意味だ?)
「原因が何か分からないといけない」
一度、電話を切った。
大城が戻ってきて皆に缶コーヒーやお茶を配っていた。
山の上で、寒い日もあるからだろうか、幸いにもキャンプ場近くの自販機であたたかいのがまだ有ったらしい。
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少しだけ回復した楓に事情を聞いた。
「その林道から…肝試しに行って…」
心霊スポットに向かったが、何も起こらなかった。
何も起きなかったのがつまらなかったのか、林道の上にある慰霊碑を蹴った馬鹿がいて。
周囲には張って有った縄みたいな物も引きちぎってしまったのだという。
とんだ基地外野郎だ。
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帰りの道中から異変が起きた。
急に気温が低くなったように感じ、キャンプ場に戻った頃には皆寒くて堪らなくなり焚き火を炊いた。
全員が寒がっていたので急に気温が下がっただけだと思っていたが…やがて周囲には足音や呻き声が聞こえ始め、これは異常だと俺に電話してきたのだという。話終えると楓は意識を失った。
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再び父に電話して、事の顛末を話した。
「慰霊碑に触れろ、それで解決するはずだ」
?、それだけ?
「指環は外して行け」
指環とは、父に『御守りだから決して外すな』と言われ常に身に付けていたもので、普通の指環と違い、銀や金ではなく艶消しの黒っぽい色をしている。
決して外すなと言われていたのに外せというのは理不尽だが、この時はただ、言われるがまま慰霊碑に向かった。
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向かう前に消防に救助要請の電話をしておいた。
凍死や、凍えている等と言っても信じて貰えないだろうから、場所と人数、それと「意識の無い人や、気分の悪い人がいる」とだけ伝えた。
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楓や他の人の事が心配だったが、大城と二人で林道を登る。
周囲に自分達以外の足音が聞こえる。
『ザクッ…ザクッ…』
地面の上では無い、雪の上を歩く音だ。
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「何か居るよな?」大城が呟く。
「ああ、何か居る」
「どうするんだ」
「祓う(はらう)」
「へ?」
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自分でも、何でそんな言葉を出したのか分からなかった。
急ピッチで15分程で慰霊碑の前に着いた。
息が切れる…。
深呼吸して慰霊碑に触れようとすると…。
shake
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ガシッ!
俺の右腕を大城が掴んでいる。
氷のように冷たい手、目の焦点が合っていない。
何かにとり憑かれているようだ。
「許せ、親友」
大城を突き飛ばし、慰霊碑に触れる。
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不意に周囲が雪原に変わる。
猛吹雪の中に数人が歩く姿が僅かに見える。
風の音に混じって微かに声が聞こえる…「寒い…」「もう駄目だ…」「お父さん、お母さん…」「頑張れ…」
それらの景色がブラックホールに吸い込まれるように慰霊碑に…いや、触れている俺の右手の中に集まり、消えた。
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大城が起き上がった。
「いてて、さっきのは何だ?」
大城にも一連の出来事が見えていたようだ。
「俺にも分からない」
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キャンプ場まで戻ると救急車が到着し、既に搬送が始まっていて、ちょうど楓が運ばれるところだった。慌てて救急車に同乗する。
冷たくなった楓の手を、ただただ握りしめた。
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翌日、父に電話して聞くと、あの近くで昔、雪山遭難事故があり7人が亡くなったのだという。
父は慰霊の件で、直接では無いが少し手伝っていて、あの場所が良くない場所だというのは感じていたらしい。
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事故に遭ったのは奇しくも自分の通う大学の山岳部だった。
天候の急変に気付き下山中の事だという。
そんな先輩達への無礼な行い…。
呪われても仕方は無いが、命まで奪うのはやり過ぎだと憤りを感じた。
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数日後…
今回の事件(事故)で4人の学生が亡くなったのだが、周辺に発生したガスによる幻覚症状と中毒死という報道を目にした。
あれはそんなものじゃない…。
全員が同じ幻覚を見るはずは無いし、凍死だったはずだが…。真実が伝えられる事は無いのだろう。
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その日、
合同のお別れ会みたいなものが執り行われた。
帰り道、うつむきながら歩いていると大城が背中を叩いた。
「いて!、何だよ?」
「よくわかんないけどさ、お前のお陰で助かった人が居るんだぞ。お前はヒーローだ。スパイダーマンだってバットマンだって、世界中の全ての人を救えるわけじゃない。」
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心の中を見透かされているようだ。あれ以来、ずっと考えていた。
もっと早く向かっていたら…。いや、俺が楓と一緒にキャンプに行っていたら、楓も皆もあんな目に会わなかったんじゃないか?と。
けれど、大城の言葉に少し救われた。
こいつが傍に居てくれて良かった。
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寮に着いた頃、父から電話がかかってきた。
「気に病むな。」
父も俺が悩んでいる事を察していたようだ。
「強い力は周りに与える影響も大きい。強すぎる力は破滅を呼ぶ。正直、お前の力は現世に無用なものだと思っていた。」
「だが、母さんは違った。その力は人を救うものだと信じていた。…今はその気持ちが分かる。」
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「お前は生きてる人の為に尽くせ。亡くなった後の事は坊主の仕事だ。」
指環や、この力の事は気になったが、この時は聞く気になれなかった。
実家に帰省した時に聞いてみようと思う。
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明くる日、病室に向かった…
「調子はどうだ?」
「もう大丈夫!今はとにかく退屈。それよりさ、ご飯が不味くて。早く退院して新しく出来たパンケーキ屋さんに行きたい!ねえ、デートしてよ♪」
「ああ、良いよ。楓が退院したらな。」
「マジ!?」
「まじ。」
「やったね♪」
……
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「…あのさ……悠星が、助けてくれたんでしょ?」
「さあな。」
「…死んじゃた人は可哀想だけど…ありがと…」
大きな瞳が潤んでいる、氷から溶けたような透明な雫が、瞳から頬を伝い、白いシーツにポタリと落ちた。
作者悠々人
初めて書きました。
構想から5日、隙間時間に書き殴ったもの。
最初は全然違うストーリーだったので、タイトルとギャップが生まれちゃいました(^-^;
長文を書くのは、中学生の作文以来かと思います。
稚拙な文章ですがご容赦下さい。
裏設定や次作への伏線も盛り込んでいます。
あくまで需要があれば…ですが、シリーズ化できればと思います。