「鎧塚先生!」
「どうした?」
「508号室の患者さんが急変です!」
私が前日に執刀した患者だ…。
容態が急変し、手を尽くしたがそのまま亡くなった。
前日の手術は簡単な手術なものだったが、完全な医療ミスだ。
人手不足による激務での疲れ…いや、そんなものは言い訳にもならない…。
命は一つだ、救われるはずの命を私は奪った。
病院側は隠蔽しようとしたが、隠しきれるはずもなく、世間に知れる事になった。
自分と同じ、まだ40代半ばの彼の人生を奪ってしまったのは私だ…。
罪悪感に苛まれる日々、周囲の冷たい視線。
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その頃からだ、心霊騒ぎが起きたのは…、いや、病院では珍しい話では無いのだが。
中年男性の霊が夜な夜な現れるという。
若い女性看護師達が噂話をしている。
「ねえ、聞いた?また出たらしいよ、幽霊」
「マジ?私、今日夜勤なんだけど、夜間巡視行きたくないなぁ」
「いい加減にしなさい、患者さんが聞いたら不安になるわ」看護師長の佐々木が叱責する。
「『看護』とは手と目と護るということ。患者を良く見て、手助けをして、護る仕事よ。それを忘れないで。夜間巡視が嫌なら私が代わります」
「すみません…そんなつもりじゃ…」
「まあ…あんな事が有った後だから、不安になるのも分かるわ。夜間巡視は私が代わりに行きます」
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あれ以来、同僚も看護師も、私への対応がすっかり変わってしまった。
私と目を合わそうともしない…。
仕方の無いことだ。
それだけの事をしたんだ。
佐々木看護師は最も親しくしていた女性看護師だ。
誤解の無いように言うが、男女の関係では無い。
彼女は良くサポートしてくれていた。
常に冷静で聡明な彼女は、患者からも慕われ、医師の信頼も厚く、まだ30代という若さで看護師長に抜擢されたのだ。
彼女の仕事ぶりは素晴らしかった、信頼のおける人物だったし、彼女もまた信頼してくれていた。
その彼女さえも私を無視している…。
他の看護師達が部屋から出ていき二人きりになった。
「鎧塚先生…何故あんな事を…どうして」
うつ向き呟く彼女。
仕方ない…それほどの事をしてしまったのだ。
もう、かける声も無い…。
ここにはもう、私の居場所など無いのかも知れない。
病室を回診しても、誰も彼も、私と口を聞いてくれない。
唯一、変わらずに接してくれたのは小学三年生の陸くんだった。
小児がんで、両親には余命宣告されていた…。
だが、今はそんな事を思わせないくらい元気だ。
「見てみて!絵を描いたんだ。父さんと母さん、それと妹の!」
病室には若い看護師も居たが、他の患者の点滴を代えるのに忙しいのか、陸くんの声に気づいても居ないようだ。
(佐々木看護師の言った事を理解しているのだろうか?患者と向き合う姿勢が感じられない。いや、私にはそんな事を言う資格も無いが…)
陸くんに声をかける。
「凄いじゃないか!上手だね、将来は有名画家だな」
嬉しそうに頷く。
(嘘をついた…。)
絵は確かに上手だったが、画家にはなれない。
それに、家族の絵が本当に似ているのか分からなかった。
小児がんは、昔に比べれば治らない病気では無いが、陸くんは発見が遅れたのもあり既にステージⅣ(進行した状態)であり回復の見込みが無かった。
そして、彼の両親はずっと見舞いにも来ていない。
どんな顔だったか…もう思い出せない程に。
ご両親の言い分はこうだった…。
「弱っていく子供の姿を見ていられない…辛い、自分達がいても何も出来ない、幼い妹の世話で手が離せない」
その気持ちも分かるが、せめて傍にいてあげて欲しかった。
彼は私と同じ…孤独だ。
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夜の病院は不気味だ、長年勤めていてもそれは変わらない。
しかし、何もすることが無い私は、夜間に病室を見て回った。
普段はそんな事はしないが、今は他にする事も無い。
それに幽霊騒ぎも気になっていた。
気がつくとあの病室に立っていた。
『508号室』
恐る恐る中に入る…。
(何だ、やっぱり何も無いじゃないか。)
今は他の患者が普通に眠っている。
カラカラ…病室の開く音がする。
一瞬どきっとしたが、そこに居たのは佐々木看護師だった。
「佐々木くん、お疲れ様。」
…。
扉を開けた姿勢のまま硬直している。
薄暗い中でも彼女の顔が青ざめ、表情がこわばっているのが分かる。
(何か居るのか!?)
彼女の視線の先、自分の後ろを見るが、私には何も見えない。
「佐々木くん、どうした、大丈夫か?」
慌てて近寄る。
「こ、来ないで!」
彼女には何か見えているようだ。
いつも冷静な彼女からは想像できないくらい狼狽(うろた)えている。
「しっかりしなさい!」
「いやぁーーーー!」
shake
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「どうして!?鎧塚先生!あなたは死んだはずなのに!」
(何を言ってるんだ?私が…??)
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死んだ…?
shake
そうだ…。
私は死んでいた。
医療ミスでの周囲の視線、世間の批判、あの患者への罪悪感に耐えられなくなり、私は自殺していた。
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病院の怪談の…
幽霊の正体は…
私だったのだ。
作者悠々人
今回は祓魔師シリーズから離れた読み切りです。
こういった毛色の違うものも書いていきたいと思います。
着想は映画・シックスセンスからです。
あくまで着想で、ストーリーはオリジナルですが。
この手のお話は、ラストへの伏線を残しつつも気づかれず、どれだけ最後に納得感が得られるか?難しいですね。
ちなみにシックスセンスは映画館で観たのですが、冒頭のブルース・ウィリスが打たれたシーンで秘密に気づいてしまい、面白さ半減でした。
この話がそうならなければ良いのですが。