====日曜日===
日曜日の昼下がり、TとKは初めて直接会った。
Tはその長身にやや肥満気味な体をゆっくり揺らしながらKに近づく。
その表情は満面の笑みに満ちており、その様子はまるで旧知の友に久しぶりに会うことを喜んでいるように見える。
このままずっと黙って笑っていれば、どこにでもいる気の良いおじいちゃんであろうが。
この老人は、それとは程遠い言動を繰り返すことで有名であった。
KはそんなTに比べると身長は低いもののそれを補うような肥満体系である。
そしてその表情は、やはり笑みを浮かべている。
Kは自分が年下であることを意識してか、先に手を差し伸べた。
Tはその手をがっちりと両手で握ると。
「K君、私は君に逢えるのを本当に楽しみにしていた。有意義な一週間にしよう」
と声をかけた。
「恐れ入ります。こちらこそ直接Tさんと話し合えるこの日をどれほど待ち望んだことか。本当に有意義な一週間にしたいものです」
「もちろんこちらはそれに向け最大限の努力をするつもりだ」
「当然こちらも努力は惜しみません。惜しみませんが、有意義なものとするには互いに譲り合うことが重要と思います」
「もちろんだよ、K君。そんな君に、譲ることが出来る権利を譲ろう」
「どういう事ですか?」
Kの顔から笑みが消えた、一方Tは上機嫌に話を進める。
「すでに提示しているこちらの条件を飲んで貰う、そうすれば君たちの条件も検討するためのテーブルに上げよう」
「ここにきても相変わらずですね、譲歩の余地はないのですか」
「K君は現在の状況をチャンスと考えているのかね?」
「……。」
「だったらその考えは捨てた方がいい。君は一生懸命に努力し、無理を承知で推し進め、この状況を作り出したと思っているのかもしれないが」
「……。」
「私にとっては随分前に決めた、道のりを歩いてきたに過ぎない」
「Tさん……例え本当にそうであろうとも、私の主張も変える事は出来ません」
Tの表情からも幾筋かの皺と笑みが消えた。
「あなたこそ私の条件を飲んでください、そうすればあなたの条件を考えてみないこともないです」
「平行線になりそうだ……」
「そんなことは有りません、こうなるであろうことはすでに予測済みです」
「それは楽しみだ、どうしてくれるんだ?」
「私は明日から6日以内にあなたが“予想しえないタイミング”で決断を下します」
「それはどんな決断かね?」
「簡単です、一番最悪な事態を想定てしてくださればいいだけです」
「買いかぶりすぎだたのかな……君はもっと利口な人間だと思っていたのだが」
「Tさん……、私も、私の部下達ももう限界なのです、私は文字通り背水の陣でこの場に臨んでいます、ここで失敗することは私にとっては死を意味するに等しいのです」
「……ひとまず初日だし、今日はここまでにしようか」
「よろしいのですか?私は、明日にでも決断してしまうかもしれませんよ」
「構わんよ、それが出来るのならね」
====月曜日===
「どうやら、まだ君は決断しなかったようだな」
「……。」
「少し、考えたんだがね。君は決断する気は本当はないんじゃないか?」
「どういう事ですか」
「君はこう言った『6日以内にあなたが“予想しえないタイミング”で決断を下します』と」
「はい、確かに言いました」
「しかし、これは不可能なのだよ」
Kはうっすらと笑みを浮かべた、Tはそんな彼の様子が見えないのか、あえて見ないのか話をつづけた
「まず、本当に君が“予想しえないタイミング”で決断をするとしてだ
君が土曜日に決断することはありえない
なぜなら、金曜日に君が決断しなかった時点で土曜日に決断するしかないことが確定してしまい
“予想しえないタイミング”ではなくなってしまうからだ
さらにこの命題を正とするなら、
君が金曜日に決断することもありえない
なぜなら君が木曜日に決断しなかった時点で
土曜日があり得ないことがわかっているので金曜日に決断することが確定してしまい
これも“予想しえないタイミング”ではなくなってしまう
同様な推論を進めると、水曜日も火曜日も月曜日もあり得ないことになり、君は決断することが出来ない」
「なるほど素晴らし推論です、でも穴がありますよその推論には」
「どういう事だね」
「“予想しえないタイミング”に私の考慮が入っている事が前提になっているからです。
“予想しえないタイミング”について私は何も決定しない、タイミングについては私は決定しないのです」
「何を言っているが分らんが、君でなくても誰かが“予想しえない”タイミングを考慮して日付を決定するのなら、同じ推論がその者に当てはまるのではないのかね」
「そんなことは有りません、なぜならそれを決めるのはこれだからです」
そういうとKはダイスを一つテーブルに放り投げた。
ダイスはしばらく転がると、TもKも届かない中央でその目を決定した。
Tはそのダイスをじっくりと見つめていたが出た目を読み取ることが出来なかった
一方、Kはその目を見つめると急に笑い出した
「どうした?何を笑っている!!このダイスに書かれている文字は何て読むのだ!!」
Tの語気には、怒りが混じっている
「そこには、『月』、『火』、『水』、『木』、『金』、『土』と書かれているのですよ」
「すまない、漢字には疎いのだつまり何と書いてあるのだ?」
「曜日ですよ」
「曜日……因みに何曜日と出たのだ?」
「Tさん……私は、この目が出た曜日に決断しようと考えていたのです
そうすることによってその曜日には考慮が無くなりだれも予想が出来なくなる」
「だから、何曜日と出ているのだ!!」
「本当はわかってるんですよね?月曜日です、つまり今日、今です、私は決断し部下に命令しました」
「貴様!!」
TはKの顔を一発殴りつけるとすぐさま胸倉を掴んだ
様々な渦巻く激情のせいかその指は細かく震えている
そんなT笑いながら、Kは言葉をつづけた
「私なんかを殴ってる暇なんてあるんですか?
早く自国に帰られた方がよろしいかと思いますよ
私には見えます、T大統領
私どもの正義の鉄槌が下した核の炎が
貴方が可愛がる国民を焼き尽くすそのさまを……」
作者園長
有名な抜き打ちテストのパラドックスってやつですね
もちろん、ダイスを使ったぐらいじゃ、このパラドックスは突破できませんが
なんか勢いで誤魔化せないか挑戦したお話です
TとKのモデルはもご想像にお任せします
多分その人です