不意に肩を強く叩かれ目を覚ました。
いや正確には目覚めたというよりも、意識が覚醒したという方があっているのかもしれない。
じわじわと視界が開けてきてすぐに、俺の立っているこの場所が、どこかの教室のどこかの教壇上だという事が分かった。
目の前には整然と並んだ木机。そこに座る生徒たちはみな、教科書だかノートだかに黙々と何かを書き込んでいる。
俺の肩を叩いたと思われる人物はすぐ隣りにいる。その男は口を半月状にして笑っていた。
「はーいみんな顔を上げて。今日はみんなに地球からの新入生を紹介するよ」
男がそう言うと、机に向かっていた生徒たちの顔が一斉に上がった。
「ちきゅう?」
生徒の誰かが言った。
そんな彼らの顔を見て俺は息を呑んだ。みんながみんな同じような顔だ。ぱっと見は俺と同じ人間のようにも見えるが何かが違う。決定的なのはそこについているはずの両目がないということだ。男も女もそう、彼らの顔にはなぜか鼻と口しかついていなかった。
「そう、彼は地球という星で生きていた◯◯君だ。みんな仲良くするように」
生徒たちの何人かがパチパチと手を叩いた。
「ふむ、さあそれでは皆さんお待ちかね。新入生が来たということはもうみんな分かっているよね?ここで先週の模試の「一番」を発表するとしよう!」
それを聞いた生徒たちの口元は一斉に緩み、となりの男と同じように半月状になった。
「先週の一番は… ◯◯君だ!おめでとう!こんぐらっちれいしょん!!」
一番前列に座っていた男子生徒が立ち上がり、両手を上げてバンザイをした。
「や、やったー信じられない!あ、ありがとうございます!」
「◯◯君ほんとうにおめでとう!君は頑張った。そして君は今日をもって蘇る。次こそは、次こそは、悔いのない意味のある人生を生きてくれたまえ!」
目の錯覚か、男子生徒の顔がグニャリと歪んだかと思えば、すぐさまくっきりとした二つの目玉が現れた。
「先生、本当に今までありがとうございました!」
「卒業おめでとう!」
男子生徒は涙ながらに男と握手をし、嬉しそうに教室を出ていった。
「さて、君は◯◯君が座っていたその空いた席に座ってね」
先生と呼ばれた男が俺に言う。
他の生徒たちを見ると、もうみんな机に向かって何やら書き物を再開している。
「あー君。君は確か事故で死んだんだったね。飛行機とかいう乗物だったかな?まあ君がこの教室へ来たという事は、当然、生まれ変わりを望んでいるということだ」
男は間違いなく俺に向かってそう言っている。飛行機事故で死んだ?俺が?頭がきりきりと痛む。
「多分君は事故のショックでまだ自分が死んだ事にも気づいとらんのだろう。だが心配はいらん。じきに思い出す」
男が言うには、死んだ人間の魂はすぐに無になるか、転生するかの二択を迫られるそうだ。
そしてまだ思い出せないが、どうやら俺の魂は転生を望んだらしい。鏡がないからわからないけれど、俺の顔にももう目が付いていないのだろうか…
「転生するのはいいがそれはもちろん簡単な事ではない。生まれ落ちるというのは大変な事よ。よって頑張って勝ち上がった者にしか陽の目は見れんようになっとる」
つーか、偉そうに話すこの男はいったい何者なんだろう?閻魔大王か何かか?笑わせるにも程がある。腹がたつというより、こんなのもう夢としか思えない。
「君もみんなのように沢山勉強をして1日も早くこのクラスで一番になるように。なお、ここからは質問を一切受け付けんからそのつもりでな」
机の中には数冊の教科書とノートが入っていた。教科書を開いてみるとミミズが這ったような見たこともない文字がびっしりと並んでいる。
夢なら醒めろ!とほっぺたをつねっていたらとなりの生徒が消しゴムを落とした。拾ってあげると物凄く感謝されて、そのあと色々と教えてくれた。
この生徒はもうこの机に30年も座っているらしい。まず、この訳の分からない言語を自分なりに解読するのに15年もかかったとか。
教科書に書かれているのはざっと、あらゆる物の起源や法則とからしい。
そしてここは転生を望んだ宇宙中の魂たちを集めた強制義務教育の場で、さらに収容人数も決まっているという。だから新しい魂が入ってくると、その時クラスで一番成績の良かった魂だけが卒業出来るのだとか…んー、よくわからん。
「そっか、だからみんなこんなに必死こいて勉強してるのか」
なんとなく思いだしてきた。
そうだ。俺は確か結婚したんだ。
学生時代からずっと付き合っていた◯子と結婚して、俺たちは新婚旅行でハワイに向かって飛行機に乗っていたんだ。
「そうか、あの飛行機が落ちたのか」
◯子がここにいないということは、彼女は無を選んだということなのだろうか?しかし俺の人生ってあっけなかったな。確かに生まれ変われるもんならもう一度生まれ変わりたいよ。
でも俺って昔から勉強が苦手だったのに大丈夫かな…自信ない。なんだよ生まれる前から義務教育って?意味が分からない。これがみんなが知りたがってた死後の世界か?ありえねぇだろ。なんで死んでからも勉強なんだよまったく…
一人ぶつぶつ愚痴るのにも飽きてきたので、恐る恐るとなりの生徒君に質問してみた。
「ねえ、君は30年もそこへ座っていて、今現在、クラスで何番目くらいなの?」
「あー、順位?まだまだ全然ビリだよw」
それを聞いて、もう不安や恐怖を通り越して笑いが込み上げてきた。
「もう一つ質問。君も生前、僕と同じ地球で生きてたの?」
「違うよ。僕はナメック星だよ」
「はっ?」
「戦闘能力は12だったけどねw」
「あはは、君面白いね。君と隣同士なら何十年かかるかわからないけどなんとかやってけそうな気がするよw」
「何十年?ねえ、怖い事言ってもいい?」
「えっ?うん」
「さっき君と入れ代わりに卒業した◯◯君いたよね。彼ってこの教室に何年いたと思う?」
「…やだ、聞きたくない」
「うん、聞かない方がいいと思うよw」
「「あははは」」
周りの生徒たちは口を半月状にして笑う俺たちの事などまるで気にしていないかのように…
転生を夢見て、ただひたすら真剣に机と向き合うのだった。
了
作者ロビンⓂ︎