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この素晴らしき人類に祝福を ~xeno-genesian ~

大長編61
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この素晴らしき人類に祝福を ~xeno-genesian ~

【私】は、半生を研究に費やしてきた。

人類よ、素晴らしくあれ。その理想を信じてきた。

しかし現実は違った。

他人より自分の利益を優先させ、周りが不正をすれば一緒になって流される。

目的の為なら卑怯な手段も顧みず、他人を傷付ける事に躊躇いもない。

人とは、その程度のものだったのか?

今、【私】には一つの考えがある。

だから【私】は、ある『実験』を試みる事とした。

その日。

世界は震撼した。

その一連のテロは国内外問わず世界中で同時かつ多発的に発生した。

ハイジャックした旅客機のごとの政府施設ビルへの特攻。

世界貿易センタービル爆破。

地下鉄構内への毒物散布による、大量殺人。

それらはまだ始まりに過ぎなかった。

失われた命は膨大であり、死傷者は多数に及ぶ。

その犯行の中には、犯人と思しき者の命すらも巻き込む自爆テロもあった。

しかし犯行当初の報道時、その一連のテロ行為の首謀者や組織の正体は不明であった。

自身の生命すらも犠牲にするようなテロ犯行に及ぶ犯人の精神は計り知れない。

だが、テロをする側にどれ程に崇高な理由が有ろうとも、非情かつ利己的な思想の元に行われる暴力を社会が受け入れるわけが無い。

被害者の立場に立てば、その行為は所詮は只の破壊活動であり、被害者は利己的で手前勝手な理由の暴力に傷付けられただけである。

いや。

被害などという簡単な言葉では、その災禍を身に受けた者達の心境を言い表す事など、分不相応にして不可能であろう。

そして、

その被害者の中には、とある高名な【博士】の家族も含まれていた。

西暦2050年

人工進化学研究会 運営推進会議。

…人工進化研究学。それは、科学の力で人の進化の歴史を解き明かし、更なる進化を人類にもたらす知識を得る為の研究である。

何処ぞの空想科学アニメのような、荒唐無稽かつファンタジックで胡散臭い類いのものではない。れっきとした、国家主体のプロジェクトだ。

今日、この研究会は今後の人口進化研究学会の運営内容を左右する重要な会議が行われる事となる。

慌ただしく人の出入りする会議室の中、【俺】は、師であり上司でもある【博士】の事を想う。

…先日のあの事件のせいで、【博士】は家族を…妻と娘を失った。

【俺】の師でもある【博士】は、遺伝子工学の高名な科学者であり、この研究会の中核的な存在だ。同時に、世界最高峰に属するとされる偉大な科学者でもある。

【俺】も助手として【博士】の研究の手伝いをしているが、その頭脳にも研究姿勢にも心から尊敬を抱いている。

しかし、例え世界中で類を見ない偉大な人物であろうとも、中身は生身の人間である。

【俺】は以前、【博士】の自宅に招かれて奥さんと娘さんに会ったことがある。

とても素敵な家庭だった。

しかし、先日の事件で博士はその全てを失ったのだ。

その悲しみはどれ程のものだろうか…。想像すらで出来ない。

と、その時。会議室の扉が大きく開かれた。静まり返る会議室内。

【博士】が姿を現したのだ。

「博士!」

【俺】は【博士】に駆け寄る。

「博士…、その…、ご家族様の事は大変残念で…」

【俺】は慎重に言葉を選ぶ。しかし【博士】は俺を一瞥すると、

「過ぎた事だ。それよりも今日の会議で重要な発表があるから資料の整理に手を貸してくれ。」

【俺】の言葉を遮るように【博士】は告げる。

「え? でも…。」

家族を失ったばかりである筈なのに、【博士】の様子は普段と全く変わらなかった。

「君は私の助手だろう? 早く手伝ってくれ給えよ。」

その姿は、冷静沈着かつ人使いの荒い、いつもの【博士】の姿だった。

その様子に戸惑いながらも、【俺】も普段通りに会議の資料の整理に取り掛かる。

【俺】の手元にある、膨大かつ綿密な内容が綴られた資料の表紙には、【博士】が今日の会議で発表しようとしている主題となる見出しが記されていた。

『 新 人 類 創 造 計 画 』

【博士は】一体、何をしようとしているのだろうか…?

会議室の壇上で、

参加者が注目する中で、

【博士】は宣言する。

「新 た な 人 類 の 創 造 !

それこそが、我らが智慧ある者達が更なる進化のステージへ降り立つ為の唯一の手段なのだ!

そう。

我ら人類…ホモ・サピエンスの語源はラテン語で『智慧ある者』とされている。

知恵を得た人類は進化の果てに文明を持ち社会を築き文化を育くみ…、地球上で最も優れた生物種として地上に君臨した。

では、その賢き人類は、この先どう進化していくのであろうか?

否。人類は今、進化の袋小路に迷い込んでいる。

それは何故か?

…人類の進化は不完全だったのだ。

確かに、人は智慧を持ち進化した。

しかし、だ。

人類は、人類が人である為の精神性…、

つまり、その『人間性』に大きな欠陥を抱えているのだ。

どうして人は争うのだろうか?

そう。

人は、利己的であり過ぎるのだ!

利己的であるが故に、愚かにも自己中心的に自身の欲望を満たす為だけにしかその智慧を費やさない。

自己の利益や損得の為だけに、

限りある資源を無駄に搾取し、

憎み合い奪い合い争い合い、

その過ちを省みる事も無い。

そこに社会性など皆無であり、

人類という共同体への献身は存在しない。

それが、智慧ある者の特性なのだろうか?

そんな愚かな特性が本当に人類の持つ『人間性』なのだろうか?

何故、人は戦争を起こすのか。

何故、人は犯罪を犯すのか。

何故、人は同じ人間を、…殺すのか…。

もう、そんな悲劇はたくさんだ!

…たくさんなんだ。

だから、私は創造したい。

利己的な情動に支配されず、

争いも諍いも憎しみ合いも無い、

社会に献身する事を至上の喜びとする、

真なる人類を!

そして、新人類を研究する事で得る智慧と人間性を持って、我々人類は更なる進化のステージに上がるのだ!」

そう告げて、【博士】が言葉を切る。

【俺】は…、

いや。【俺】だけじゃない。

壇上での【博士】の言葉に、会議の参加者は涙した。涙しながら、賛同の証である万雷の拍手を送った。

【博士】の言葉には、深い悲しみがあった。

しかし、それ以上に、強い決意があった。

だからこそ【博士】の言葉に皆は感動し、賛同したのだ。

全ては人類の未来のために。人類の進化の為に。進化の先に理想の社会を築く為に!

「ありがとう。皆さん。」

参加者に礼を告げると、【博士】は会議室の入り口に向かって手招きをする。

【博士】の合図で、会議室内に3人の学者風な人物達が入ってきた。

「紹介しよう。新人類創造計画に協力してくれる私の同志だ。彼らは、地質建築学、農耕学、心理・教育学のプロフェッショナルであり、私が持つ遺伝子工学の知識と合わせてその知恵を持って、私達の理想を叶える為に尽力してくれる。」

【博士】の紹介で三人の識者【建築学者】【農学者】【心理学者】も挨拶をする。

「さぁ、新プロジェクト【新人類創造計画】を…、いや、新たな人類の夜明けを、ここから始めよう!

博士の宣言が会議室に響く。計画は、始まったのだ。

「ほんと、博士には驚かされたよ! まだ世間には内緒だけど、凄い計画だ!」

会議の後。【俺】は恋人と夕食を共にしていた。

華やかなレストランのテーブルには美味しそうな献立が並んでいる。

「また仕事の話ばかりして…。つまらないなぁ。今日は私の誕生日なんだよ!」

彼女がむくれる。そんな彼女に【俺】は、

「はは、ごめんごめん。博士が心配だったんだよ。」

と、頭を下げる。

「そうね。博士さん、凄いんだね。もし私だったら…、仕事なんか手につく筈ないもの。」

「そうなんだよな。まさに仕事と研究の鬼!って感じだったよ。」

ふと、彼女が食事の手を止める。

「ねぇ。」

「なんだい?」

「博士さん、先日のあの事件で、ご家族全員を失ったんだよね?」

「? そうだよ。」

「あんな酷い犯罪に巻き込まれて…。どんなに立派な博士だって、人間だよ。犯人が憎いだろうし…。家族を失って、悲しくない筈が無いよ。」

「うん。俺もそう思ってたよ。」

彼女の言葉に、俺も食事の手を止める。

「だとしたら、博士は…。」

俺の返事に、彼女は俯き考え込む様に、

「うん。たぶん博士さん…。自分の悲しみとか憎しみとか、そんな感情を仕事や研究に没頭する事で誤魔化してるんじゃないかな…。」

と言う。彼女の言った言葉は多分、的を得ていると思う。

「それで、あの壮大な計画を打ち出した、のか…。」

「かもしれないよね。」

俺の記憶の中で、今日の会議の最中の博士の姿が思い浮かぶ。

少なくとも、博士の理想は素晴らしいものだった。

どうであれ、俺のやる事は決まっている。

「…なんにせよ、俺は博士の研究や計画を手伝うだけだ。俺だって科学者の端くれだ。人間の可能性の先に何があるのかを見てみたい。それに…。」

「それに?」

「しっかり働いて、将来の為のお金を貯めなきゃならないしな。なぁ、子供は何人がいい?」

「もう! 気が早いんだから!」

「では、【新人類創造計画】の全容を説明しよう。

先に述べておくが、先日も皆様方、関連する協力者には通達がいっている筈だが、導入する手法や技術において、既存の法律やモラルに抵触する可能性のある分野が含まれている。

よって、このプロジェクトは国家機密扱いに指定されている事を念頭に置き、秘密裏に遂行する事を再度伝えておく。

おおよそ法や倫理に抵触するのは、人権、及びヒトへの遺伝子組換技術だが…。

なに、研究の結果に得る物を考えれば些細な問題だろう。

では、プロジェクトの大まかな概要についてだが、

『ある一定数の遺伝子改造された人間の子供…通称『新たなヒトの仔ら』を、

世間とは隔絶された一定の空間に居住させ、

その場所で共同生活を営みながら理想の新人類となるように教育を施し、

その結果、新人類がどのような進化を得て、どのような社会を築くか』

以上を、観察・研究する事となる。

そして、このプロジェクトの最大の要点だが、

それは、『規範』である。

『新たなヒトの仔ら』に教えるべき三つの規範。

私は兼ねてから考えていた。人類がかく素晴らしく在るには、どう生きれば正しいのか、と。

規範とは、 人の生き方に直結する要素であり、人間性を形造るものである。

その規範こそが新たな人類が持つべき人間性となり全ての行動原理となるのだ。

『一つ。個人の利益より社会全体の発展に貢献する共同体への献身性』

『二つ。貪欲に学び常に自らを省みて更なる向上を目指す成長性』

『三つ。徹底的な効率性と合理性の追求よる生産性』

新たな人類は、利己的な自身の欲望に左右される事があってはならない。

限りある資源を無駄に費やす事も憎み奪い争う事もあってはならない。

この三つの人間性を抱く『新たなヒトの仔ら』こそ、新たな人類の始祖となるのだ。

そして、その規範を教える為には、一定の隔絶された空間が必要となる。

よって外部の人間や環境との接触は厳禁である。接触は教育の害悪と成り得るからだ。

隔絶された空間として、近年発見された巨大な地下空間を用いる。

人工太陽装置や地下水を用いた動力を用意し、そこに一定数の『ヒトの仔ら』を放つ。

簡易的な農耕や畜産で生活していく事になるだろうが、資源に枯渇する過酷な環境となるだろう。

その為、地下空間に放つ『ヒトの仔ら』には、現存する人間よりも低エネルギーで活動できるように、遺伝子改造を施していく。

現在、人工受精から造られた受精卵を培養槽で育成中である。

その男女50人程の子供…『ヒトの仔ら』は培養槽から出産された後、隔離された施設である程度自立する5歳程まで育て、隔離空間に放つ事になる。

もう一度言う!

これは新たな人類の創造…ヒトの創世である。

私はこの新人類を、人類自らが人を超越(xeno-ゼノ)した人類を創生(Genesis-ゲネシス)した存在として、

【xeno-genesian(ゼノ・ゲネシアン)】

と、呼称する!

さぁ、新たな創世記を、我らの手で刻もうではないか!」

【博士】の説明を聞いた【俺】は考える。

人の創生。新たな人類種の造像。

三つの規範のもと、正しい人間性を備えた真の人類。

遺伝子工学の粋を持って造られた『新たな仔』。

その先に存在する新人類『ゼノ-ゲネシアン』・

それが、博士の新人類創造計画。

しかしそれは神の所業では無いのか?。

出来るのか? 人間が…、神に、創造主になるなんて…。

しかしそこで【俺】は先日の彼女の言葉を思い出す。

【博士】は悲しみを乗り越えたのだ。

そして、自身の身に降りかかった悲しい現実を糧にして、争いの無い理想の世界を築こうとしているのだ。

【博士】を信じよう。全力で協力しよう。

【俺】も【博士】の唱える理想が、現実を超える姿を見てみたい。

西暦2055年

プロジェクトの開始から5年後。

5年かけての準備は終わり、居住環境や農耕の基礎が用意された地下空間に、地下生活に特化された心身機能を備えるように遺伝子改造された男女各25人の合計50人の子供達…『仔ら』が放たれた。

ゼノ-ゲネシアンの『仔ら』は、地下に建てられた『寺院』と呼称される教育の場で、地下空間で生き抜く術と規範を『教育』される。

生活の術と規範を『教育』するのは、地下空間に唯一出入りの許された【博士】と【心理学者】のみである。

3名の識者のうち、【農学者】と【建築学者】の役割は、地下空間内への居住空間の設営と農耕の基礎の準備の段階で大半は終わっており、その後の【農学者】と【建築学者】の役目は、それらの技術や知識を書物にまとめた形で『仔ら』に伝達すること事となっていた。

それらの采配は、ゼノ-ゲネシアンへの介入は可能な限り避けるべきと考える【博士】の指示であった。

地下空間に出入りする【博士】と【心理学者】は、他の識者が作成した書物を地下空間に持ち込み、幼い『仔ら』に知識と技術、そして、『規範』を『教育』する。

『仔ら』にとって、唯一、地下空間に出入りし、知恵を授ける【博士】と【心理学者】の二人は、神の如き存在であっただろう。

その神の如き者達の教えに従い、ゼノ-ゲネシアンの仔らは、『教育』された事を学習し実践する。

ゼノ-ゲネシアン自身の教育と学習の速度もまた凄まじいものであり、まるで渇いたスポンジに水を吸収されるが如く、知識を増やしていった。

…全て【博士】の計画通りであった。

西暦2060年

『仔ら』を地下空間に放って5年後。

その僅か5年間で、ゼノ-ゲネシアンは我々の想像を超えた進歩を遂げる事となる

地下空間内の岩盤内数カ所には、ゼノ-ゲネシアン達に見つからないように監視カメラが設置されている。

そのカメラに映る映像を元に俺達研究機関は新人類の経過を観察していた。

カメラから発信された映像には、ゼノ-ゲネシアンが『寺院』に出入りする姿や、農耕に勤しむ光景が映っている。

彼らゼノ-ゲネシアンの仔らは、まだ幼い歳であったが、既に俺達研究者の予想を超えた結果を生み出していた。

その結果の一つ目は、人類史に類を見ない程の『生産性の向上率』である。

『寺院』での教育を基に、彼らは勤勉に、自主的に試行錯誤を繰り返し、実直に実直に働き、地下空間を開拓し畑を広げていった。

その生産性は当初見込まれた生産量の三倍を超えていた。

彼らゼノ-ゲネシアンは、常に協力し共同体の為に働く。

自分の為ではなく、ゼノ-ゲネシアンという社会共同体全体の事を考えて行動する。

限られた資源を無駄に費やす事なく、怠ける事も投げ出す事もなく、

常に勤勉に、常に学び、新たな工夫の術を見い出し、生産性に繋ぎ、飢饉などとは無縁の生活だった。

そして何より、争いが存在しない。

そう、それが成果の二つ目。『平和』である。

彼らゼノ-ゲネシアンは、既に我ら人類が成し得なかった『飢饉・貧困の撲滅』と『恒久的な平和』を成したのだ。

全ては『三つの規範』の成果である。

つまり、人間性の向上は、人類の更なる進化をもたらすのだ。

【俺】はその実験結果に満足していた。

数年前。【俺】は彼女と結婚した。夫婦となり家庭を持ち、家族となった。

今、【俺】の腕には妻との間に生まれた、幼い娘が抱かれている。

愛娘の小さな体を両腕に抱きながら、【俺】は考える。

自分の子も、ゼノ-ゲネシアンの仔のように、常に勤勉に実直で、他者の事を思いやれる素晴らしい人間になれるのだろうか、と。

ある日、【俺】は『寺院』に通じる地下空間との唯一の通路である隠し階段を降りようとする【博士】に疑問を話してみた。

「俺の娘も、優れた人間性を備えた人物になれるでしょうか?」と。

【博士】は即答する。

「不可能だ」と。

「人の子が、ゼノ-ゲネシアンを超えることは絶対に有り得ない」とも。

そう告げる博士の眼差しには、侮蔑の表情があった。

『一緒にするな』…博士の表情はそれを語っていた。

人類がゼノ-ゲネシアンを超える事は不可能なのだろうか?

【俺】はゼノ-ゲネシアンの生活様式の観察の傍で、人間の歴史と社会に思いを馳せる。

人間社会の在り方とイデオロギーを一つとして、資本主義、そして社会主義が有る。

社会主義とは何か?

歴史的哲学者カール・マルクスの理想『資本論』。

マルクスは『資本論』の中で、現行する資本主義は争いや貧困を生み出すとして否定した。

私的利潤の追求をやめ、社会的利益を追求する事で平和な社会と純粋な発展の仕組みの構築を唱えた。

勘違いしないでほしいが、【俺】は一定の主義主張や政治的イデオロギーに傾倒しているわけではない。

しかし、格差が無く、格差が生む出す差別も無く、そして差別の結果成り立つ、搾取される者の存在がない世界には憧れる。

【俺】だけでは無い。誰もが争いも貧困のない社会は素晴らしいと思うだろうだろう。

その理想を叶える為に、過去、幾人もの権力者は『資本論』にある思想の実現に向け、計画経済の実現を推進した。国家が決定した完璧な経済計画の実現の為に国民の一致団結の元、社会の発展を実践した。

しかし、完全な社会主義国家が実現し永劫に栄えた試しは無い。社会主義には大きな欠点があった。。

計画は完璧だった。しかし、人は完璧ではない。つまり、人は計画どおりに動かない。動けない。誰もが社会の為に…他人の為に喜んで働くわけではないのだ。

更に、全ての人が権力者や思想に従順に従うわけではない。人には自由があるからだ。自由があるからこそ、人間は人間で在れるのだ。その事を、人の歴史は証明している。

では、ゼノ-ゲネシアンはどうであろうか?

彼らなら、完璧で理想的な人間社会を築く事が出来るのではあるまいか。

そう。

その頃の【俺】はまだ、彼らゼノ-ゲネシアンを『人』と認識していたのだ。

後に【俺】は悟る。それが間違いであったことを。

西暦2065年

ゼノ-ゲネシアンの誕生から10年が経過した。

彼らは順調に社会を発展させている。岩を砕き、土地を耕し、蓄えを増やし…。社会の発展の為に一致団結し勤勉に働く。

そんな頃。監視カメラを通して映るゼノ-ゲネシアンの生活を観察している【俺】に、ある一つの疑問が浮かんだ。

…彼らは生産性の向上の為に、豊かな生活の為に、『地下空間の中』で出来る限りの努力をする。

しかし、何故だ?

何故、彼らは地下の『外』に興味を持たない? なぜ、壁を掘らない?

むしろ彼らは壁に傷一つ付ける事なく、近寄りもしない。

そんな疑問を抱いた【俺】は、博士に聞いてみた事がある。

「何故、彼らは地下から外に出ようと考えないんですか?」と。

ほんの少しの間の後。

【博士】は答える。

「私が彼らに『外には何も無い』と教えているからだ。

私たち人類が宇宙を何も無い人の住めない空間だと認識しているように、彼らは外の世界が存在している事を、『常識』として認識していない。

彼らにそう思わせていた方が、私達の研究にも都合が良かろう。」

…成る程、確かに。その時の【俺】は【博士】の考えに納得する。

実に、合理的な教育だ、と。

その夜。

自宅に帰った【俺】は、幼い娘が携帯ゲームを手にして遊んでいる光景に目をやる。

何気無く娘を見つめる【俺】の脳裏に、先程の【博士】の言葉が蘇る。

…『私が彼らに常識を教えている』。

…娘が持つ携帯ゲームの画面には、 巨大な剣を構える戦士がモンスターと戦っている光景があった。

最近流行りの、シュミレーションゲームだ。自分の好みに合わせて、容姿や年齢、武器防具などの装備や得意とするスキルをカスタマイズできる。

娘は魔術師系のキャラクターを作り、レベル上げながら自分好みのキャラクターになるよう育成に励んでいる。

育成。自分の都合の良いキャラになるように。

先ほどの疑問が再び【俺】の脳裏に浮かぶ。

現在、【博士】達が行なっている研究は、人間の進化を探る実験でもある。

進化を探る研究。そう称して【博士】はこの計画を、研究を始めた。

今、【俺】はその部分に疑問を覚えている。

…【俺】の目の前で行われているこの計画は、本当に『進化』なのか?

ゼノ-ゲネシアンの進歩の歴史は、『進化』と呼べるものなのか?

人の進化の歴史…。600年前-猿からヒト種へ。

280年前-道具を使い始め、30年前-言葉を操り始め、5万年前-目的を持って行動を始め、1万年前-農耕を始め、500年前に科学を学び始める。

そして十数年前。コンピューターを開発し情報化社会となった。

…では、それに比べ、ゼノ-ゲネシアンの進化はどうだろうか?

言葉、農耕の知識、生活の基礎基盤、住居の用意、それらは最初から【博士】らの手で与えられていた。

生きる術。規範。思想。【博士】はそれら全てを教育したのだ。

そう、『教育』だ。

もう一度、俺は考える。

そもそも、これは進化と言えるのか?

新人類ゼノ-ゲネシアンにとって、知恵と知識を与える【博士】の存在は神に等しい。

つまり、【博士】はゼノ-ゲネシアンを自身の望む思想のままに、望むままに教育できるのだ。。

これは、他人の思想や情報をコントロールして個人が意思決定する際に特定の結論へと誘導する技術…いわばマインドコントロールなのではないだろうか。

これではまるで、育成シュミレーションゲームだ。

【博士】が唱えた進化とは、全く別物のものだ。

【博士】自身はその自身の唱える思想と実際の結果の差異に、気付いているのか?

西暦2071年

ゼノ-ゲネシアンの年齢が一定の年齢に達した時。ゼノ-ゲネシアンの研究は、次の段階に入った。

新たな世代の誕生。ゼノ-ゲネシアンの第2世代…ゼノ-ゲネシアンに子供が生まれるのだ。

それはつまり、ゼノ-ゲネシアンの持つ知識や技術、思想や人間性を、親となるゼノ-ゲネシアンが自らの子供ら新生代に教える工程である。ゼノ-ゲネシアンの第1世代は、我ら研究者の手でこの世に生み出した。

しかし第2世代は違う。子である第2世代に対しての教育は、その親である第1世代に行ってもらう。

第1世代が第2世代に技術や思想を教育する事で、生粋の新人類…仔から進化した真のゼノ-ゲネシアンが生まれるのだ。

しかし…。

同年。第2世代の誕生の過程において、倫理的な問題が発生していた。

ゼノ-ゲネシアンが子供を設ける過程において、その集団内の男女両方が複数の相手と性的関係を持ち、出産を繰り返しているのだ。

複婚。それ自体は一夫多妻制と同じく、国や制度、宗教観によって差はあれども、大きな問題ではないと思う。

しかし、今回のケースはどうだろうか?

Aという男がBという女性と関係を持ち、Bという女性もA以外のCという男性と関係持ち、Cという男性もDという女性と関係を持ち…、その関係性が社会全体で当然と認識され、配偶システムとして成立しているのだ。

これでは一夫多妻に代表される複婚と言うより、乱婚だ。

今日の社会学的見地から鑑みても、人社会において乱婚が配偶システムとして成立したケースはない。

…例えば、創世記の神が宣った神の御言葉『産めよ増やせよ地に満ちよ』。

乱婚システムはその御言葉を実践するには非常に合理的な繁殖方法かも知れない。

そう。繁殖戦略としては正しい。

しかし社会的に見て、それを実践している生物は一部の哺乳類や節足動物種のみである。それは言わば、人外の繁殖手段だ。

何故ゼノ-ゲネシアンは、その繁殖戦略を選んだのか? その繁殖システムは人として正しいのか?

【俺】は【博士】に尋ねた。

「それが彼らにとっての最良の方法であり、彼らが進化の果てに選んだ手段なのだ。言わば、『文化』だ。受け止めようじゃないか。」

【博士】はそう答える。

…文化、か。そう言われれば確かにそうかも知れない。しかし…。

【俺】は家族の姿を思い浮かべる。幸せな家庭。愛情の形。

…彼らゼノ-ゲネシアンに愛はあるのか?

愛無くして、人間と呼べるのか?

…今思えば、この頃からだろうか。【俺】が【博士】の思想にはっきりと疑問を覚え始めたのは…。

それから一年後。西暦2072年。

【俺】は、更なる驚愕の事実を発見した。

監視カメラから送信される画面には、地下空間の、…いや。もう街とも呼べる程に発展したゼノ-ゲネシアンの地下街が映っていた。

その映像の先に、一つの遺体があった。

地下街の整備されにある岩場。その岩場にもたれかかる遺体は、既に腐敗が始まっていた。

本来、ゼノ-ゲネシアンは地下の過酷な生活である事を懸念し、当初から遺伝子改造を行い普通の人間よりも強靭に作られていた。

その為か、病に冒される事も少なく、飢えに苦しむ事も無かった。

少なくとも、今まで俺は、ゼノ-ゲネシアンが死亡する事を見たことはなかった。

そして今、俺の目前には、カメラの映像を通して一人のゼノ-ゲネシアンの遺体がある。

しかし、何故だ? 何故、その遺体は放置されているのだ?

しかも、腐敗するほどの長い時間…。埋葬もされず…。

その遺体は岩場に隠されているわけでもなく、街道から見える位置にある。道を歩くゼノ-ゲネシアンの目に止まらない筈がないのだ。

つまり…、

誰も、その遺体に関心を払っていないのだ。

遺体に無頓着という事なのだ。

なんだこれは?

一体、何が起きておるのだ?

その後、俺は注意深く観察を続けた。結果、同じような事例を幾つも目にする事となる。

中には、怪我人が放置されたまま死亡するケースもあった。

そして俺は悟る。遺体の放置の理由を。

概念が…違うのだ。

彼らゼノ-ゲネシアンにとっての『死』と、自分達人類の『死』の概念。

それが全く異なるのだ。

人類は、人が亡くなれば…、特に親しい者が亡くなれば、その死を悲しみ、手厚く埋葬し弔う。そして残された者は死した者を想い、時にその意思を尊び自らの生きる糧とする。

しかし、ゼノ-ゲネシアンは違うのだ。

彼らにとって重要なのは、共同体意識なのだ。共同体への帰属とその発展のみが大切なのだ。

つまり彼らにとって、共同体に貢献出来ない者は必要ないのだ。

だから彼らは、共同体に貢献しない(できなくなった)モノに彼らは価値を見出さない。

その結果、動かなくなった遺体に関心が無いのだ!

『社会の歯車』。まさ言葉通りに、彼らはそれなのだ。

治せない怪我人は、壊れた部品なのだ。

死んだ人間は、不要な部品なのだ。

人間を、共同体を構成するパーツとしか意識していないのだ!では彼らにとって、『子』とは何か?

考えなくとも解る。共同体を構成する為の、予備のパーツだ!

【俺】は以前、共同体を思って行動する事が他者への思い遣りと同義だと考えていた。

しかしそれは違った。今、はっきり理解した。

彼らゼノ-ゲネシアンには、他者への愛情も思い遣り…、それどころか、悲しみすらも存在しない。

感情と呼べるものが無い。

そんなモノ達を、新たな『人類』と呼べるのか?

【俺】は【博士】に、ゼノ-ゲネシアンの『死の概念』の欠如から成るこの問題を報告した。

しかし【博士】がその異常な動向に気付かない筈がない。そもそも、【博士】はゼノ-ゲネシアンの教育の過程で『死の概念』を伝えていなかった事が不可思議なのだ。

【俺】の報告に、【博士】は答える。

「良いではないか。彼らは我々とは異なる文化を持っているのだ。受け入れて見守ろうじゃないか」と。

しかし、【俺】は反論する。「そんなものは文化ではありません!」と。

「 人の尊厳が存在しない文化など、獣の社会です! いや、獣以下です! 博士だって家族を失って悲しかった筈だ。そして、それを糧にして、今がある筈じゃ無いんですか!」と。

そう。他人への思い遣りも、家族への愛情も無い者が、ヒトである筈が無いのだ!

【俺】達は、ヒトならざる者の社会を作っているわけでは無いのだ!

【俺】の言葉に、【博士】は暫し俯き考える。そして答える。

「そうだな。君は正しい。ヒトの死が無駄な事であってはならない。残された者の生きる糧になってこそだ。君の言う通りだ。」と。

【博士】は再び地下都市に降りた。ゼノ-ゲネシアンに新たな教え…『死の意義』を教義する為に。

そしてその結果か、地下都市に新たな建築物が建てられた。

博士はその建物を『墓所』と呼称した。

『墓所』の中にはカメラが設置されていない。しかし、博士の言葉の通りなら、その建物は、言わば共同墓地なのだろう。

事実、今までは路上に放置されるだけだったゼノ-ゲネシアンの遺体は、同族の手で『墓所』に運ばれる様になった。おそらく、『墓所』で手厚く埋葬されるのだろう。

博士の教育によって、ゼノ-ゲネシアンは死者への、人間としての尊厳を持ったのだ。

…そう思っていた。

墓所の建築から数年が経過した。

計画の開始から30数年の月日が過ぎた事となる、西暦2080年。

新人類創造計画も安定して進行しており、現在大きな問題は発生していない。

ゼノ-ゲネシアンの社会は目覚しい発展を遂げていた。

第2世代も逞しく成長し、既に社会の為に働き始めている。

街並みも整理され、簡単な開拓・農業用の機械を自らの手で発明する程の文明を手にしていた。

【俺】と【博士】はゼノ-ゲネシアンの観察と並行しながら、新たな研究を行っていた。この研究が軌道に乗れば、遺伝子工学の技術は飛躍的に向上する事となる。

【俺】は張り切っていた。

家庭生活も順調であり、子供達も立派に成長した。

しかし、不満もあった。

【俺】の隣で実験に勤しむ【博士】。

その顔に皺は増え、背丈も一回り小さくなったように感じる。

【博士】は老いているのだ

そして【俺】の技術も知識も、既に【博士】を超えている。そう自分では自負している。

今の最新遺伝子工学の研究だってそうだ。ほとんど【俺】の力で進んでいるのだ。

むしろ古めかしい知識を語る【博士】が疎ましい。【俺】一人の方が余程研究が捗る。

もし、この研究を【俺】に任せてもらえれば…。【博士】の地位すらも夢では無いのだ。

そう。【俺】は今、絶好調である。

全ての事柄が、順調だった。

順調…かに見えた。しかし事実は違う。事態は確実に動いていたのだ。

ゼノ-ゲネシアンが発明した機械群。その殆どは岩の切削や農耕機材の範疇だった。

しかしその機械群の中には、火薬を用いて鋭利な刃物を発射するような装置…銃器のような物も含まれていた。

銃器。そう。武器である。

あの時、何故、気付かなかったのだろうか。

ゼノ-ゲネシアンの平和な社会に、武器の類など不要な筈なのに…。

西暦2081年

ちょっとした事件があった。

新人類創造計画に貢献してきた四人の識者。そのうちの一人である【農耕学者】が行方不明になったのだ。

消息を絶った【農耕学者】も【博士】と同じく高齢になる。年齢を考えれば急な体調の悪化だって考えられる。

安否が心配される。

…数日後。

【俺】の元に、封書が届いた。

封書の差出人を見て、【俺】は驚く。

差出人の欄に記載された名前は…行方をくらましていた例の【農学者】だったのだ!

封筒の中には、数枚の写真が入っていた。

写真の何枚かには、見慣れたものが写っていた。

ゼノ-ゲネシアンの地下都市の、あの『墓所』が写っていた。

では、この写真は『墓所』の中を写したものなのだろうか。

【俺】は何気無く写真に写る光景に、目を、向け…、

「ヒィ!!」

【俺】は悲鳴を挙げた。

写真には確かに、『墓所』の中が写っている。

しかし、その画像に写っていたものは…、

それをなんと例えればいいのか…。

【俺】は頭の中で持てる語彙を総動員して写真の画像に適した言葉を探し、ついに的確な辿り着いた。

その例えは自身の人間性を疑うものだった。

『 精 肉 工 場 』

そう、『墓所』の内部はまさしくそれだった。

バラバラになった『肉』、

命の有る無し関係無しに屠殺し解体される『肉』。

効率的に手頃なサイズに切り分けられた『肉』の塊を手にする新人類の姿。

その場で『肉』を焼き、口にするものもあった。

なんとも効率的な話だった。役に立たなくなった『肉』は処理され食される。

以前【博士】は言っていた。「死者は残された者の糧にならねばならない」と。

全くその通り、言葉の通り、死者は食糧にされていたのだ。

『 人 喰 い 』 。

死者は、共同体の役に立たなくなったパーツは、無駄なく、効率的に、処理されていたのだ。

【俺】は改めてその行為に恐怖し、吐き気を催す。

奴らは人を人と認識していない。

ゼノ-ゲネシアンは、自らの社会共同体維持の為なら、どんな事でもやる。そこには人間の本来持つモラルも道徳も、ましてや尊厳すらも存在しない。

俺は以前、生物の進化の歴史を研究していた時、奴らゼノ-ゲネシアンに似た生態の生物を見た事がある。

昆 虫 類 …。

そう、奴らの社会は昆虫の生態にそっくりなのだ。

ホモ・サピエンスら哺乳類の社会と比べて、大集団を作る昆虫種…蜂や蟻類も一見、人間的な社会を持つように見える。

しかし、蜂・蟻類の社会に個人は存在しない。

あるのは強固な共同体意識のみであり、存在するのは『超個体』のみである。

『超個体』とは、多数の個体から形成され、まるで一つの生物であるかのように振る舞う集団のことである。

しかし例えば昆虫類には女王蟻や働き蜂などといったようにそれぞれに役割分担があり、人間社会を思わせる部分もある。

だが、ゼノ-ゲネシアンには女王蟻・蜂のように象徴たりえる女王がいるわけではない。

では、何が彼らを社会共同体として繋いでいるのか?

…決まっている。『規範』だ。

規範が彼らの社会を繋いでいる。規範を遵守する為に彼らの社会があるのだ。

彼らの生態は、規範から生まれた人間性によって確立されている。

その人間性の結果、『効率的な人喰い』を行う人外の生物種が生まれたのだ。

一体、どこで間違ったのだろうか?

考えるまでもない。

『規範』から間違っていたのだ。

それはつまり、『最初から』間違っていたのだ。

この事実を博士は知っていたのだろうか?

…知らないはずがないのだ!

【俺】は急ぎ、【博士】のもとに向かう。

【俺】は【博士】にゼノ-ゲネシアンの人喰い行動についてを報告した。

「博士! 博士は知っていたのですか? あれは既に人ではない事を…。」

しかし【博士】は、

「あぁ。知っていた。」と、さも当然のように肯定する。

「! 知っていて隠していたのですか?」

「前にも言ったであろう。あれが彼らの文化なのだ。彼らが進化の先に得た人間性なのだ。」

「博士! 俺はあれを人とは認めません! 博士は間違っています!」

人類の歴史にも人食の文化や事例は存在する。

近代の例でも、西暦1850年代『ドナー隊の悲劇』といったような遭難による飢餓状態において緊急避難的に不幸にも人食に及んだ例はある。

しかし、ゼノ-ゲネシアンは違う。

極めて計画的に効率的に、人を喰らう

それはまさしく人外の所業である。

「博士! この計画は失敗です。あれは人とは全く違うものです。人類が新しい人間を創ろうなんて、最初から不可能だったんです! 奴らは、この世にいてはならない存在です!」

【俺】は断定する。計画は失敗だと。あれは人間ではないと。抹殺されるべきだと。

【博士】が【俺】を見た。

その顔に浮かぶ表情は何を物語っていたのか。嬉しそうな、悲しそうな、憐れむような、多種多様な感情を無理やり混ぜ込んだような…。

【俺】はその表情に、苛立ちを覚える。

「人とはなんだ?」と、突然【博士】が口を開く。

「は?」

「人とはなんだ、と聞いている。」

【博士】は一体何を【俺】に言わせたいんだ?

…いや。はっきり言ってやろう。【博士】は既に老いている。【俺】の手で、引導を渡してやるべきだ。

「心ある者です。」はっきり答える。

「そう、他人の悲しみに心を痛められるような…。

しかし彼らは違う。人を部品としてしか認識していない。他者への思い遣りも、死の悲しみもない。人の心の無い存在。獣以下。虫けらにも劣る! 人外の怪物だ!

彼らには他人から与えられ規範しか無い。博士が宣う規範だけを信じるように『教育』した結果、生まれたのは人を喰う化け物の集団です。

そんな思い遣りも優しさも無い存在が、人類であるはずが無い!

博士の目指した人間性は、絶対に間違っている!

どう生きるかは、己自身が決めるべきだ。誰か他人が作った生き方に従うものではない!」

【俺】は言い切り、【博士】の様子を伺う。

【博士】は俯き、先程の奇妙な表情も消え失せた。

【俺】は【博士】を論破したのだ。【俺】は【博士】を超えたのだ。

「理解は出来ぬか。仕方ない…。」 そう【博士】が呟く。

「実験は、失敗したのだ。認めよう。新人類創造計画は中止する。ゼノ-ゲネシアンの存在はこの世界から抹消しよう。」

【博士】はついに自分の間違いを認めた。更に【博士】は続ける。

「君は私を超えた。今の共同研究も君あってのものだ。私は引退する。研究は全て君に任せたい。私の地位も君に譲ろう。国家の上層部にも私がそう報告しよう。」

なんと! 先に夢見た内容が現実となった!

胸に秘めた願望が叶い、喜び驚く【俺】を見詰めながら、【博士】は言葉を続ける

「しかしどうか、お願いがある。ゼノ-ゲネシアンの最後は、私に看取らせてくれないだろうか?

彼らゼノ-ゲネシアンは、ある意味、私の子供なのだ。私が彼らを創った。彼らの…私の子供を看取るのを、私の最後の仕事としたい。どうか、お願いだ。」

【博士】…、いや。この老いた老人は既に科学者としての論よりも、情を優先している。失敗を認められずに執着している。科学者失格だ。【博士】失格だ。

しかも、奴らを自分の子供とまで言うとは…。老いたにも程がある。

しかし老いたとはいえ、今まで世話になった【博士】だ。最大限希望は叶えてやりたい。

…その方が、面倒ごとも少なくて済むし、恩義も売りつけられるというものだ。

そう【俺】は計算高く考える。

翌日。

【俺】は国家の上層部へ計画の顛末を報告した。

結果、新人類創造計画の中止が正式に決定した。

元々極秘裏に進められていた計画であった為、このまま歴史の闇に葬られる事となる。

【博士】は…、いや。今や老いた【老博士】は遺伝子工学会の前線から引き、地下都市と新人類の絶滅を看取る役目となった。

計画の後片付けは全て【老博士】と、残された識者達に委ねられる。

【老博士】が言うには、地下空間に設置された人工太陽の稼働を止め、電力供給を停止すれば、地下空間に住むゼノ-ゲネシアンは環境に適応できなくなり自然に絶滅するとの事だった。

彼らは人間では無い。滅んで当然だ。しかし、一応生物だ。命を奪うのに躊躇いはあった。だがその汚れ役は【老博士】達が担ってくれる。

全く効率的である。

あとは、【老博士】と識者達に全てを任せたよう…。

研究所の主任となった【俺】には順風満帆な人生が約束されている。

家庭にも恵まれ、子供達も結婚を控えている。

【俺】も歳を重ね、新人類創造計画を始めた頃の博士と同世代になった。

今は俺が【博士】と呼ばれている。もう助手ではないのだ。

かつて【老博士】と共同で行なっていた遺伝子工学最先端技術研究も軌道に乗った。

あと数年後には人体試験段階に入れるだろう。

【俺】の【博士】としての名前も知れ渡る事となる。

未来は明るい。

ちなみに、【俺】と【老博士】が研究をしている、その最先端技術の研究とは、

Cloning technology…

『 ク ロ ー ン 技 術 』

である。

西暦2086年

地下都市が廃棄されてから、5年が経過した。

人外の化け物の街は【老博士】達の手によって葬られた。【老博士】からは、そう報告を聞いている。

そして誰もが、この5年間の経過のうちに、ゼノ-ゲネシアンの存在を、新人類創造計画の事を忘れていった。

娘達も結婚し、家族が増えた。

孫の姿を見る日も近い。

【俺】は、幸せ者だ。

西暦2087年

【建築学者】から電話がかかってきた。

計画を中止してから【俺】は【識者】達とは疎遠になっていた。

【建築学者】が言うには、【俺】に直接会って伝えたい事があるとの事だった。

訝しぶりながら【俺】は待ち合わせの場所に向かう。

しかし、【建築学者】は現れなかった。

一体、【建築学者】は【俺】に何を伝えようとしていたのか…。

だが、【博士】となり、名が売れ新たな研究に忙しかった【俺】は、然程その事を気にせずに日常に戻っていった。

その後。【俺】は後悔する事となる。何故あの時、気が付かなかったのか、と。

以前『墓所』の正体に気付いたのは行方不明となった【農学者】が送ってきた写真のおかげである。

その【農学者】の行方は未だに不明のままだ…。

そしておそらく、【建築学者】の行動もまた、地下都市に関連する事であった筈なのだ。

今なら解る。新人類創造計画は、まだ終わっていなかったのだ。この計画には、【俺】の知らないストーリーが…『真実』が存在するのだ。

…そして、同年。

終わりが、始まった。

【老博士】が姿を消したのだ。

研究の前線から引退した【老博士】は、隠居して自宅で静かに余生を送っている筈であった。

しかし、ここ最近は姿が見えなかったと言う。

疎遠になったとはいえ、かつては世話になった恩師である。

気になった【俺】は【老博士】の自宅を訪ねてみた。

【老博士】の自宅に足を踏み入れるのは、数十年ぶりだ。

「…なんだこれは…。」

【老博士】の自宅内の様子を見て【俺】は驚きの声を挙げる。

以前は家族に囲まれた幸せな生活を送っていた【老博士】だったが、『あの事件』で家族を殺され、以降【老博士】は仕事以外での他人との関わりを極力絶っていたという。

【俺】は勝手に、【老博士】の老後は孤独で荒れた生活を送っていると想像していた。

しかし、現実は違った。

数十年前。結婚する前の妻を連れて自宅に招かれた事がある。物静かな奥さんと綺麗な娘さんが出迎え、訪れた【俺】と彼女をもてなしてくれた。

【老博士】の自宅内は、その時のままだった。

30年以上前の、何もかもが、その時のまま、だった…

自宅内は、時が止まっていた。

おそらく、【老博士】が家族を失った、その時に。

皿の並ぶ食卓。料理は腐り異臭を放っている。

水の溜まった洗い場。湯は濁り苔生している。

汚れの積もった家具。舞い散る埃が目に染みる。

この家の中の時間は、【老博士】が家族を失うと同時に停止したのだ。

生活の痕跡といえば、埃が堆積する床の上の、【老博士】の足跡らしきものだけである。

…いや。もう一つ、痕跡があった。

赤黒く床に広がる血溜まりの跡。それは、【老博士】の妻と娘が、殺害された、形跡だった。

床染み込んだ大量の血液の跡は生々しく、当時の惨劇を想い浮かばせる。

【老博士】の家族の死…。妻と娘は、殺されたのだ。残虐に。無残に。

殺害した犯人は恐らく押し入った強盗だと推測されてるが、その殺害方法は尋常ではなく、異常者の犯行とも言われている。

遺体には性的暴行を受けた跡や激しく抵抗した跡はなかった。

犯人は娘を絞殺後、腹を刃物で裂き人形を腹部に詰め込みホチキスで封をした。意味は不明であった。

奥さんは頭部を殴打されて死亡していた。口にはガムテープが貼られており口腔内は血だらけであった。恐らく娘が殺される姿を見せつけられたのであろう。

腹部の人形は、家族が遊園地で買った思い出の品物だった。

破壊と蹂躙。まさにそれを体現する光景だったろう。

それを目にした【老博士】の感情は、如何程のものだったのか…。

何故、殺されたのか。なんでこんな残虐な行為が行えたのか。いくら考えても胸糞が悪くなる事件だ。

しかも犯人は、今もまだ捕まっていない。当時、犯人と思しき人物が逮捕されたが、証拠不十分で釈放されている。

あの時期は、【老博士】も荒れていた。

犯人が捕まらない事に相当苛立っていたのだろう。

それよりも今だ。いったい【老博士】はどこに行ったのだろうか。

時の止まった自宅の光景から推測するに、【老博士】の精神は、当時【俺】が考えていたよりも無残なものだったのかもしれない。

【俺】は自宅内の床に残された博士の足跡を追う。

床の埃を踏む歩いた跡は、家屋の奥の、地下室に続いていた。

足跡を追って【俺】は地下室に降りる。

ここに入るには初めてだ。一体何があるのだろうか。果たして【老博士】はいるのだろうか?

結論から言おう。

【老博士】は地下室にはいなかった。

しかし、そこには、『真実』の断片があった。

家宅内と違い、地下室には【老博士】の生活の痕跡があった。

…生々しい程に。【老博士】の心情の、ありのままに。

まず目に入ったのは、壁や天井…いたる所に貼られた、【老博士】の家族の写真である。

その枚数は膨大であり空間を埋め尽くしていた。

はっきり言って、異常な光景である。

次に目に入ったのは、ガラス瓶に入れられた臓器だった。ホルマリン漬けにされた臓器は生々しく、まるで生きているようだった。

臓器の入ったガラス瓶には名前が書いてある。

…【博士】の娘の名前だった。『西暦2050年』とも。

この臓器は、娘のものか…。

おそらく【老博士】の娘が殺された際に、何らかの方法入手したのだろう。

だがなぜ、娘の臓器がここにある?

何の為に保管している?

しかし、壁や天井を埋め尽くす写真と、先ほど目にした時間を止めた家屋内一階。そして、おそらく、娘の臓器…。

その光景を目にすれば、嫌でも解る事がある。

【老博士】の傷は、家族を殺され失った悲しみと絶望は、全く癒えてはいないのだ…。

ふと、地下室の机の上に、一冊のファイルがあるのを見つけた。

【俺】はファイルを手に取る。

ファイルの名前は…『ゼノ-ゲネシアン観察記録』。

まさか…。

娘の臓器と、新人類創造計画…。

この二つが示すもの、それは…

まさか、【老博士】は、

最初のゼノ-ゲネシアンの仔…人口培養で造られた『最初のヒトの仔ら』の細胞に、DNAに、自分の娘のものを使ったのか?

なんという狂気か!

【老博士】は、既に最初から狂っていたのだ。

だから、ゼノ-ゲネシアンを自分の子供と同様だと言い、計画の中止を強く拒み続けたのか…。

しかし、だ。【老博士】の娘の遺伝子をがあろうとも、奴らは人喰いの怪物だ。滅びて当然の存在である。

そして、10年近く前に、奴らは【老博士】の手で死滅した。

…筈だ。その筈だ。全部【老博士】に任せていた。

背筋に冷や汗が滑り落ちる。

まさか。

【俺】は手元の【老博士】の記した観察日記の最後のページに目を通し…、

内容を見て驚愕する。

『人口数10000人到達』『全て、計画通りである』『西暦、2085年』

記録は、今年で終わっていた。

つまりそれは、ゼノ-ゲネシアンは、地下都市は、新人類創造計画は、

まだ、終わっていないのだ。

【俺】は急ぎ、かつての仕事場だったゼノ-ゲネシアンの観察研究施設に向かう。

地下室にあった【老博士】の観察記録には簡単な内容しか記されていなかった。

しかし、記録が確かなら、10年前に比べてゼノ-ゲネシアンの人口数は100倍に増加しているのだ。

早く事実を確認せねばならない!

10年前に封鎖された地下都市研究観察施設。

【俺】は電源を起動し、地下都市内の設置された監視カメラを再起動する。

緊急収集で集めた助手達が、

「博士。どうしましょう!」と【俺】に聞いてくる。

「何台のカメラが稼働している? 確認しろ」。【俺】は指示する。

「はい! え~と、天井岩盤に仕掛けられた一台が、かろうじて起動しています。」

「よし! 早く映像を写せ!」

モニターに、地下空間全体を俯瞰する視点で、ゼノ-ゲネシアンの街が映し出される。

…。

「なんという事だ…。」

映し出されたの、地下の街の中をひしめき合うように歩き回る、数えきれない程の新人類だった。

地下にはゼノ-ゲネシアンが溢れかえっていたのだ。

一万人に増えたゼノ-ゲネシアン。それは真実だった。

カメラからの映像で目に入るものがもう一つあった。

それは、地下に建てられた建築物である。

その建物物は人類が造るものとはかけ離れていた。

ビルのように細長い建物がいくつも建てられている。建物には無数の黒い穴が幾つも開いている。人の歴史で見たことの無い建築方式だった。

例えるなら、縦に細長い蟻塚、であろうか。

その中に、一際目立つ建物があった。

巨大なハニカム構造体…幾つもの六角形で構成された建築物だ。

まるで、蜂の巣のように見える。 奇しくもゼノ-ゲネシアンは昆虫類に近い住居方式を選択したのだ。

しかも建築物には明かりも灯っている。電力機関が存在するのか?

しかし、それよりも気になる事がある。

その巨大なハニカム構造体が建てられているのは、以前の『墓所』…精肉工場が存在した場所に建っているのだ。

嫌な予感がした【俺】は国家上層部へ報告する為に走る。

ゼノ-ゲネシアンは生きていた!

しかも、その人口数は増加し文明も進歩している!

おそらく、【老博士】が何かしたのだろう。

自らの手で滅ぼす、と嘘をついてまで。 【俺】は事態を国家の上層部へ報告した。 しかし、国家上層部は怪訝を示す。

「いくら人喰いの集団だとしても、所詮は閉ざされ遅れた文明を持つだけの原始人であろう」と。

「まずは、調査をして欲しい。その上で危険な存在だと判断すれば、国家は動く」と。

かつては国家機密扱いでのプロジェクトの後始末なのだから、慎重になるのも仕方ないのだろうが…。

【俺】は国家の指示に従い、研究員の中から調査団を編成した。

調査団は、以前【老博士】達が出入りをしていた地下への秘密通路を使って地下都市の調査を開始した。

国家がどう判断しようと、奴らは危険な存在だ。人の常識では計り知れない。 【俺】の権限で調査団には武装をさせた。

拳銃と通信カメラを持った調査団5名の一団は、地下都市へ降りる。

調査の対象は、例の巨大ハニカム構造体だ。

調査団は、ゼノ-ゲネシアンに見つからないよう潜入する。

通信カメラから潜入の様子が送信されてくる。

【俺】は仔細漏らさないように、その映像を凝視する。

ゼノ-ゲネシアンの『今』を見極める為に。

移動中の映像に映る蟻塚状の建物。ゼノ-ゲネシアンの住居のようだ。

驚いた事に、全ての住居のは照明装置が備えられている。電気機械を使いこなしているのだ。

「先に進め」。【俺】はそう指示をする。

調査団は指示通り隠密に歩を進める。

調査団はゼノ-ゲネシアンに発見されず、問題の巨大ハニカム構造体内への侵入に成功した。

その建物の中身も幾つものハニカム構造体で構築されていた。

ハニカム構造(正六角形構造)は、少ない材料で強度の維持が図れる極めて効率的なものであり、ゼノ-ゲネシアンが取り入れたのも納得である。

まさしく、蜂の巣だ。

建物の素材は有機的であり、触れると軟らかい感触があるとの報告だった。

一体何を素材に作られているのか…。

「先に進め」。【俺】は指示をする。調査団の返事には僅かに戸惑いがあった。

調査団は建物の奥へ進む。

…見慣れた物品があった。

パソコンである。しかも稼働している。

使いこなしているというのか!

電気機関とは比べ物にならない技術と知識が必要なのに…。

調査団はパソコンの中のデータを除く。

部分的にパスコードが掛けられデータにはロックが掛けられていたが、そこには【俺】にとって見慣れた文字群があった。

[Cloning technology system]

その言葉を目にした【俺】は酷く動揺する。

まさか、何故? なぜ、ここに、この場所に、このデータがあるのだ!

「…先に進め」。【俺】は動揺を察せられないように指示をする。

動揺しているのは【俺】だけじゃないだろう。しかし、調べねばならない。

調査団は構造体の奥に歩を進める。

そして、構造体の中央と思わしき場所に着いた。

そこにあったのは、数え切れない程の六面体の筒に納められたカプセルだった。

無数のカプセルが整然と、昆虫の鞘のようにびっしりと並んでいるのだ。

それが何か。そのカプセルは何の為のものか。

そして、この建物の正体。

…【俺】は理解した。

急激な人口増加を可能にした技術。

その技術とは、[Cloning technology]。

そう。この建物は、クローン工場だったのだ!

なぜ、遺伝子工学最先端の技術がここのあるのか?

…間違いない。【老博士】が持ち込んだのだ。

しかも、ゼノ-ゲネシアンはこの技術を使いこなしているのだ!

なんという学習能力か!

その時、幾つかのクローンカプセルの蓋が開いた。

物陰に潜む調査団が見守る中、数人のゼノ-ゲネシアンがカプセルから出されたクローン体を連れて行く。

「追跡…しろ」。調査団の反応に動揺が見られた。未知と相対する恐怖が見て取れる。

クローン体は既に成人しており、立派な体格を有していたが、その中の何人かは若干痩せ気味に見える。精度に差があるという事だろうか。

調査団はゼノ-ゲネシアンとクローン体の跡を追跡する。

クローン体は裸のままだ。意識が有るのかは定かではない。

通路の途中の広場で、クローン体が壁に並ばされた。広場の奥は三叉路になっている。

直立するクローン体に向かって、ゼノ-ゲネシアンはいくつかの質問をしたり、身体検査を行った。

検査の後、クローン体は三つの通路に向かってそれぞれ移動させられる。

「先に何があるのか、奴らが何をしているのか、突きとめろ」。

【俺】は指示をする。しかし調査団の心情は既に恐怖感が蔓延しているのは察せられた。

その感情は理解ができる。

まさにエイリアンの腹の中にいる気分だろう。

跡を追う調査団は、三つに通路の先を覗き見た。

一つ目の通路の先で。服を着せられたクローン体が椅子に座っている。

労働力としての教育を受けるのだろうか。こうやってゼノ-ゲネシアンは数を増やしたのだろう。

では、二つ目・三つ目の通路の先には、何があるのだろうか。

【俺】には、なんとなく予想があった。

しかし、確かめねばならない。「調べろ」そう指示をする。

二つ目の通路の先で。クローン体は、『肉』となっていた。

精肉され、ゼノ-ゲネシアンの食糧となっていた。

それは、いつか見た写真の光景と同じだった。しかしその規模は数十倍となっていた。

…三つ目の通路の先で。クローン体は粉微塵にされ、赤黒い泥に姿を変えて、土に混ぜられていた。

その人肉と土の混ざったモノの色は、今、調査団が触れている建物の色に、とてもよく似ていた。

…枯渇した資材をヒトの肉で賄っている。

ここではまさしく、ヒトは資源となっていたのだ。

生死や善悪、他人と自分という概念は無い。全てはゼノ-ゲネシアンという共同体の維持の為だけに、ヒトは有る。

『うわーーーーーーーーーー!』調査団の一人が叫び声を挙げた!

恐怖心に限界がきたのだ。

「し、静かにするんだ!」。黙るように指示する。

しかし、指示は届かない。混乱した叫びが反響する。

その時、

ガツン!

鈍い音がカメラのすぐ横で聞こえた。

地面に倒れこむ調査団員が映る。

カメラも地面に落ちる。

銃声が響いた。調査員が拳銃を発砲したのだろう。

乱れる画像の中に、杭のような武器を手にしたゼノ-ゲネシアンが映った。

調査員を襲うゼノ-ゲネシアンは、何故か、笑っていた。

その後、通信は完全に途絶え…、調査団が地上に戻ってくることは、無かった…。

調査団を襲った時の、ゼノ-ゲネシアンの笑顔。奴らが笑うのを【俺】は…初めて見た。

何故、奴らは、笑っていたのだろうか?

【俺】は調査の結果を国家上層部に再度報告し、ゼノ-ゲネシアンの危険性を伝える。

高い技術水準。人類に並ぶレベルの知性。

人肉を喰らうどころか資材にすらしている凶悪な共同体精神。

調査団を襲う凶暴性。

どれもが人類への危険に直結しかねないのだ。

報告を受けた国家上層部は、

「ゼノ-ゲネシアンの特性は充分に理解した」

「君の報告内容を元に、上層部会議で精査を行う」

そうは返事を返してきた。

それから三日。研究室で待ったが、上層部からの返答はない。

聞くところによると、人権問題といった諸問題で議論に時間が掛かっているらしい。

人権だと! 化け物との共存なんて出来るはずがないのに…。

また、国家上層部は「ゼノ-ゲネシアンは地下以外に世界がある事を認識していない。まだ時間は充分にある」と余裕をもって議論を進めているらしい。

確かに、以前【俺】はゼノ-ゲネシアンが地上を認識しないように、【老博士】がそう教育をしていたと報告している。

しかし…。

違和感を感じながら、【俺】は何気無く地下都市を映すカメラの画像に目を向けた、

その直後。

…は?【俺】は絶句する。

街を歩くゼノ-ゲネシアンが手にしているモノを見て、【俺】は言葉を失う。

ゼノ-ゲネシアンが手にしていたもの。

それは、拳銃だった。

調査団が持ち込んだものと、同類の。

しかも有り得ない事に、その拳銃が何十台とあるのだ。

調査団から奪ったのか?

いや、違う!

三日前に調査団が持ち込んだ重火器はせいぜい5台程だ。

しかし、今【俺】の眼に映る拳銃の数はその非ではない。

つまり、奪われたのは…

技術だ!

たかだか三日間で、ゼノ-ゲネシアンは、地上の重火器を自分達で分析し、開発し、量産したのだ!

圧倒的な学習速度!

奴らは、常に効率的で、努力を惜しまない。それが驚くべき学習の速度に繋がっているのだ。

【俺】は改めてゼノ-ゲネシアンに脅威を感じた。

奴らの真の恐ろしさ。

それは、三つの規範からなる奴らの持つ特性そのものなのだ。

努力を惜しまない学習能力と進歩の速度。

自らの人種すらも資源と捉えるほどの合理性。

強烈な共同体意識による超協調性。

そんな奴らが人類と共存なんて、出来るのか?

もし仮に、奴らと人類が敵対するようなことがあれば、奴らは自らの共同体を護る為に、なんでもする筈だ。

【俺】は改めて警戒を強める。 奴らを地下から外に出してはならない、と。

迅速に殲滅すべきだ。今度こそ! 奴らが外に世界がある事を知る前に…。

…。

いや、違う。よく考えろ。

人類は既に、ゼノ-ゲネシアンの世界に介入してしまっている!

先日の調査で。

重火器を解析された時点で。

自分達の意思とは異なる存在が世界の外に居ることにはとっくに気付いている筈だ!

奴らはきっと、既に地上に出る準備をしているかもしれない。

…もう手遅れなのか? 事態は取り返しのつかない場所まで、来てしまっているのか?

国家上層部の判断を待っている暇は無い!

【俺】は国家上層部を強引に説得し、地下施設への強襲部隊を組織させた。

軍部の説得にも時間が掛かかってしまった…。果たして、間に合うのか?

そして、地下都市突入の日が来た。

重火器で武装した部隊が音を立てて地下に降りる。

今ならまだ、奴らの持つ武器よりも人類の持つ技術と知恵が優っているはず。

奴らも抵抗するだろうが、人類の圧勝で制圧は終わるはずだ。

部隊には【俺】も同行した。

結果から伝えよう。

制圧は、失敗だった。

ゼノ-ゲネシアンの抵抗も無かった。

何故なら、

地下都市はもぬけの殻だったからだ。

既に誰もいなかったのだ。

では、ゼノ-ゲネシアンは何処に行ったのだ?

ゼノ-ゲネシアンの行方。それはすぐに判明した。

部隊が、巨大な横穴を発見したのだ。

岩盤に穿たれたその穴は…地上に、続いていた。

つまり、ゼノ-ゲネシアンは地上に向かったのだ。

しかし、こんな巨大な穴が一朝一夕で掘れる筈がない。

それはつまり、ゼノ-ゲネシアンは既に何年も前から、地上に出る準備を進めていた、という事だ。

一体、何年前からだ? いつから始まっていたのだ?

ゼノ-ゲネシアンを創った『新人類創造計画』。その計画は、いったいいつから【俺】の知らないモノに変貌していたのだ?

…確実なのは、全ては【老博士】が知っている、という事だ。

…。

そうだ!『寺院』だ!

新人類創造計画の中核とも言える規範を教育する場所。そこに何かある筈だ!

思えば【老博士】は、あそこにだけは監視カメラを置きたがらなかった。

あそこに、計画の真実がある筈だ…。

【俺】は、全ての真実を求めて『寺院』に向かった。

途中、例のハニカム構造体にも寄ってみたが…。

建物内はやはり人気は無く、全てのカプセルも空だった。

パソコンなどの機材も持ち出されていた。

【俺】は『寺院』の中に足を踏み入れる。

そしてやはり、そこには、『真実』があった。

かつて【老博士】が定めた『寺院』の役割。

それは3つの規範を教育する場所。新人類の全ての行動原理を教える場所。

『一つ。個人の利益より社会全体の発展に貢献する共同体への献身性』

『二つ。貪欲に学び常に自らを省みて更なる向上を目指す成長性』

『三つ。徹底的な効率性と合理性の追求よる生産性』

その3つの規範により、新人類ゼノ-ゲネシアンは異常な進化を遂げた。

しかし、そこには秘匿されたもう一つの規範…『4つ目の規範』があったのだ。

4つ目の規範。

それは、

『 古 き 人 類 を 駆 逐 せ よ』

それが、3つの規範と同じく、ゼノ-ゲシアンの人間性に深く刻まれた、奴らの根幹となる第四の規範だった。

調査団を襲った時に見せた奴らの笑い顔。

その意味は、『歓喜』だったのだ。

寺院に中には、規範の教育に使われたであろう書物が散乱していた。

その中にあった書物を見れば、ゼノ-ゲネシアンが何を『教育』されたのか、理解できた。

何故、人は戦争を起こすのか。

何故、人は犯罪を犯すのか。

利己的であるが故に、愚かにも自己中心的に自身の欲望を満たす為だけにしかその智慧を費やさない。

自己の利益や損得の為だけに、限りある資源を無駄に搾取し、憎み合い奪い合い争い合い、その過ちを省みる事も無い。

そこに社会性など皆無であり、人類という共同体への献身は存在しない。

そんな愚かな人間性を持つ人類の説明が詳細に記されていた。

『寺院』の奥には、白衣を身にまとった二つの遺体と、調査団員達の遺体があった。

一つ目の遺体は、牢に閉じ込められ、飢えて死んでいた。

恐らく、行方不明となっていた【農学者】の遺体だろう。

二つ目の遺体には、全身の至る部位に刺傷や切傷、火傷の跡があった。嬲り殺しにされたようだった。

これも多分、姿を消していた【建築学者】の遺体だと思われる。

そして、先の調査団員達の遺体。

ある者は頭部を破壊され、

ある者は胸を貫かれ、

ある者は手足を切り取られ、

皆、息絶えていた。極めて効率的に、殺されていた。

おそらくゼノ-ゲネシアンは、この場所で、『人がどうやって死んでいくか』を学んでいたのだ。

奴らはここで、人類の殺し方を、滅ぼし方を学んでいたのだ!

…最新の書物と思われるものの最後には、こう記されていた。

『いつの日かこの場所に侵入者がやってくる。その時が戦いの始まりだ。人類を、駆逐せよ』

奴らには規範しかない。規範を中心に共同体が存在する。

そして、秘匿され続けた最後の規範『人類駆逐』。

つまり奴らは最初から、人を滅びす為に存在するよう教育されてきたのだ。

そして侵入されることすらも、予定通りだった。

全ては【老博士】の、計画通りだったのだ!

計画開始の建前も。

研究の最前線から退いた後も人知れず計画を進めていた事も。

【俺】にクローン研究を行わせ、その成果をゼノ-ゲネシアンの発展に流用した事も。

全てだ。

人類は、【俺】は、数十年前から騙されていたのだ。

何が人類の進化か!

何が新人類の創造か!

「博士ーーーーーーーー!!」

【俺】は地下の天蓋に向かって叫ぶ。

誑かされ、踊らされてきた悔しさを!

企みに気付けなかった自分に!

【老博士】の、悍(おぞ)ましいまでの人類への憎しみと執念に向かって…。

数日後。

世界は震撼した。

その一連のテロは国内外問わず世界中で同時かつ多発的に発生した。

ハイジャックした旅客機のごと、政府施設ビルへの特攻。

世界貿易センタービル爆破。

地下鉄構内への毒物散布による、大量殺人。

それらはまだ始まりに過ぎなかった。

失われた命は膨大であり、死傷者は多数に及ぶ。

その犯行の中には、犯人と思しき者の命すらも巻き込む自爆テロもあった。

しかし犯行当初の報道時、その一連のテロ行為の首謀者や組織の正体は不明であった。

自身の生命すらも犠牲にするようなテロ犯行に及ぶ犯人の精神は計り知れない。

だが、テロをする側にどれ程に崇高な理由が有ろうとも、非情かつ利己的な思想の元に行われる暴力を社会が受け入れるわけが無い。

被害者の立場に立てば、その行為は所詮は只の破壊活動であり、被害者は利己的で手前勝手な理由の暴力に傷付けられただけである。 いや。 被害などという簡単な言葉では、その災禍を身に受けた者達の心境を言い表す事など、分不相応にして不可能であろう。

…当初、この一連のテロはそう報道された。 しかし。【俺】は知っていた。 これはテロではない。

そこに、思想など無い。これは攻撃なのだ。

【老博士】の復讐心で作られた、新人類ゼノ-ゲネシアンの攻撃なのだ。

奴らは軍隊を持っているわけではない。

正面から戦えば数の差で不利だ。

しかし、勤勉に人類を学び続けたゼノ-ゲネシアンは、最悪の手段で人類に攻撃を仕掛けてきた。

無差別攻撃、である。

しかも軍事施設にではない。一般民や、政府の重要施設を狙っての、ゲリラ攻撃を敢行したのだ。

国家の重要施設や都市が攻撃の対象だった。

国に所属する軍隊同士の争い…言わば戦争ではないのだ。

奴らが実行しているのは、純粋な破壊活動である。

目的は人類の駆逐。人減らしなのだ。

標的は、人類という人種そのものなのだ。

奴らの攻撃手段。それは、極めて単純、かつ合理的だった。

集団に潜り込み、破壊する。

奴らは見た目は人類と変わらない。人類を学習し、紛れこむ努力を惜しまない。

そして、破壊し、虐殺し、技術を奪う。

奪った知識と技術を用いて、更に効率的に駆逐する。

時に自身の命すらも無関心に自爆し大勢の人間を巻き込む。

破壊の波は瞬く間に世界中の至るに所に拡散した。世界はテロの嵐に包まれたのだ。

それは無機質で、合理的な破壊活動だった。 悪意に反応するセンサーは無い。

世界中に紛れ込んだ奴らを発見する手段は無かった。

奴等は虐殺に向けた意志を躊躇わない。

殺戮への努力を惜しまず知識を奪い、

無駄無く効率的に徹底的な鏖殺を実践する、 強固な共同体意識を持った人類の天敵。

ゼノ-ゲネシアンの全ての規範も計画も人間性も、人類駆逐という大義の為に存在するのだ。

そして、その無差別な虐殺によって命を失った被害者の中には…、

かつては【博士】に仕えた助手として、

今は【老博士】の跡を継ぎ新たに【博士】となった、

【俺】の家族も含まれていた。

自宅に送り付けられてきた荷物に爆弾が仕込まれていたのだ。妻と娘は、ズタズタにされた。

【俺】は、愛する家族を失った。

『被害などという簡単な言葉では、その災禍を身に受けた者達の心境を言い表す事など、分不相応にして不可能であろう』

ああ。まったく、不可能だ…。

30余年間。【俺】は仕事に、研究に励んできた。

全部、家族の為だ。

家族との幸せの為に、やってきた。

けれど、全部、失った。

なぜ、あんな酷い殺され方をされなきゃいけないんだ!

妻ははもう喋らない…。

娘はもう笑わない。

【俺】は、どうしたらいい?

この痛みをどうしたらいい!?

指先がチリチリする。口の中はカラカラだ。目の奥が熱いんだ!

【俺】は、どうすればいい?

どうすれば、この痛みは消えてくれるんだ?

誰か…、

誰か、教えてくれ…。

西暦2086年。

ゼノ-ゲネシアンの攻撃により、僅か一年で人類の衰退が現実になってきた。

それと同じ頃。

3人の識者の一人である【心理学者】が保護された。

【心理学者】も【老博士】に騙され、ゼノ-ゲネシアンの教育に協力させられていたらしい。そう証言している。

ある日。

その【心理学者】が【俺】に語りかけてきた。

「家族を失ったのだろう…。酷い殺され方だったと聞いている。辛かったろうな。

私も長い間【老博士】に騙されてきた身の上だ。君の無念は痛いほど解る。

…心の『痛み』が、消えないか。

そうだろう。かつて家族を殺された【老博士】もそうだったよ。

しかし彼は、人類史上最大の虐殺者となった…。

【老博士】が創ったゼノ-ゲネシアンは既に『国』すらも作り、その数を増やしているという。

おっと、話が逸れたね。君の話をしよう。

私は、君を救いたいんだ。 君が今、心に抱えているモノ。

それは『痛み』ではない。

その『痛み』の正体は、

『憎悪』、そして『憤怒』だ。

家族を殺したゼノ-ゲネシアンへの怒り。

奴らを創造した【老博士】への憎しみ。

君はその感情を、消してはならない。消しても楽にならない。

君はその感情を解放せねば、決して君は救われない。

君になら出来る。君にしか出来ない。

世界を救え。 怒りのままに。

それが君の、たった一つの進むべき道だ。」

そして、【俺】は決意する。

ゼノ-ゲネシアンの、虐殺を。

人類種の歴史。

それは、紐解けば虐殺の歴史でもある。

以前に【俺】は、奴らゼノ-ゲネシアンを、虫に例えた。

ゴキブリと同じ害虫だ。駆除は当然であろう。

では、どうやれば奴らを駆除できるか?

答えは簡単だ。【心理学者】が教えてくれた。

創ればいいのだ。

【俺】の手で。ゼノ-ゲネシアンを超越する、真の人類を。

【老博士】はゼノ-ゲネシアンに心を持たせなかった。

奴らには、感情がない。愛がない。

それが奴らの弱点だ。

感情こそが、人類の力なのだ。

だから、【俺】は創ろうと思う。

より感情的で、

より利己的で、

より憎しみを増大させた、

怒りを持ってゼノ-ゲネシアンを根絶やしにする事だけを規範とした、新たな人類を創ろう。

人類の200万年の歴史の中で、今まで何千種の生物を駆逐し、絶滅させてきたと思ってる!

ジャイアントモア、ロドリゲスクイナ、ニホンオオカミ、リョコウバト、ステラーカイギュウ、トキ、カスピトラ…

その数、数千種と言われている。

それは人類種同士でも例外ではない。

原始の時代以前。ホモ-サピエンスは近類種であるネアンデルタール人を虐殺し進化の頂点に君臨した。

20世紀の最も悪名高いといわれる残虐な大量虐殺、ホロコースト。かの枢軸国が行ったこの虐殺で、西欧ユダヤ人の人口の3分の2にあたる600万人が殺害された。

19世紀におきたアボリジニ先住民の征服・集団迫害であるオーストラリア植民地大虐殺。この結果、アボリジニ先住民はその人数を10分の1まで減らされたという。

チベットと中華人民共和国この2つの国が合併した結果、多くのチベット民族や僧侶らを殺害された。今なお続くこの問題は、チベット文化の消滅させたとして問題視されている。

ゼノ-ゲネシアンの、たかだか数十年の進歩ごときが、人間の進化と虐殺の歴史に敵うわけがないのだ!

ゼノ-ゲネシアン(xeno-genesian)を、虐殺(genoside)する真なる人類、

【ゼノ-ゲノサイダー(Xeon-genosaide)】を、【俺】が創る。

あぁ、この素晴らしい人類に祝福を!

「ねぇ、お父さん?」

「…なんだね?」

「人間って、なぁに?」

「人間とは何か、か…。お前はそれを知りたいのか?」

「うん。」

「そうか…。人間とは、『人間性の在る者』だ。人間性なくして、人は人と足り得ない。」

「人間性? それがなきゃ、人間じゃないの?」

「そうだ。」

「ねぇ、お父さん?」

「なんだね?」

「人間性って、なぁに? 僕にも在るの?」

「もちろんだ。

…お前の人間性は、怒りと、憎しみだ。」

「怒り? 憎しみ?」

「あぁそうだ。憎悪。そして憤怒だ。

敵を殺すには怒りが必要だ。憎しみが必要だ。

憤怒が、憎悪が、怨嗟が、憤りが必要だ。怒りのままに、敵を憎め。魂を呪え。引き裂き殺せ。敵の声に耳を貸すな。抵抗するのは蛆の群れだ。踏み潰せ。

君達の為すべき事はただ一つ。殲滅だ。肉焦がす臭いも、零れた臓腑も、断末の呻きも濁った瞳も、それこそを求めよ。

胸に二発。頭に二発。銃が無ければ刃でもいい。刃が無ければ踏み潰せ。丁寧に丹念に確実に抹殺しろ。

例え君が傷付き倒れ死んだとしてもその意思は後に続く同胞の糧になり、その信念は更なる憎悪を持って敵を駆逐する。

…例え終わりの日が来ようとも、怒れ、憎め、呪え、殺せ。

それが、お前の人間性だ。」

「…。」

「迷っているのか?」

「…うん。難しいよ。」

「そうか。ならば、

お前は自分を信じるな。

私を信じろ。私の言葉だけを信じろ。

私の語る信念だけを信じろ。

それこそがお前の人間性であり、それだけがあれば、お前は間違い無く人間だ。」

「…うん、解ったよ、お父さん。僕はお父さんだけを信じる。」

「そうだ。奴らができる限り苦しんで死ぬように、努力してくれたまえ。」

「うん!」

「あぁ、それから…」

【俺】は、培養槽の中に浮かぶ無数の『仔ら』に向かって言う。

「私はお前達の『お父さん』ではないよ。私はお前達の…、『創造主』だ。」

【博士】の手で教育され、新たに創られた、真人類ゼノ-ゲノサイダー。

彼らによるゼノ-ゲネシアンへの攻撃は苛烈を極めた。

ゼノ-ゲノサイダーは世界中に隠れ潜むゼノ-ゲネシアンを虐殺する為に無差別攻撃を敢行する。

憎しみに支配され、怒りに我を忘れた人間は、なんでもする。

時に見境無く、時に乱暴に、時に容赦なく。

虐殺は続く。手段を選ばず、人類を巻き込む事にも躊躇い無く。

しかし、

愛は、一人では成立しない。

怒りも憎しみは、相手がいないと成り立たない。

近い未来、ゼノ-ゲノサイダーがゼノ-ゲネシアンを一人残さずに虐殺し尽くしたとしよう。

では、ゼノ-ゲネシアンが滅亡した後。

ゼノ-ゲノサイダーの、その怒りと憎しみの矛先は、感情の捌け口は、一体どこに向かうのか。

憎しみは、例え愛した者ですらも殺せる動機となる。

怒りは、例え生みの親だとしても容赦無く向けられる。

いずれにしろ、旧い人類の未来に先は無いのかも知れない。

【私】は、【老博士】から預かった日記に目を通す。

[博士の日記]

西暦2045年

私は進化のモノリスを求めていた。

モノリスとは、映画『2001年宇宙の旅』に登場するある種の装置であり、進化に行き詰まった人類の成長を促す最後のパズルのピース(欠片)だ。

もちろん、空想上の産物であり、映画の時代設定から数十年経過した今でも、そんな都合の良いモノは存在しない。

では、果たして現実に、現人類の進化を促すピースは存在し得るのか?

私はそれを、自身が研究する遺伝子工学の先に求めていた。

友人と出会ったのはその頃だ。

彼は、私とは分野は違えど優秀な学者であり、共に人類の進化の可能性を信じ、協力して研究を行ってきた。

西暦2050年

妻と娘が、死んだ。

殺されたんだ。しかもあんな酷い姿にされて…。

犯人はまだ見つからない。

犯人が憎い。もし目の前にいれば五体を八つ裂きにしても足りない。

しかし、仮に八つ裂きにしたところで妻と娘が帰ってくるわけではない…。

失ったものはもう戻ってこないのだ。

何もかもが、虚しい。

私は、どうすればいいんだ?

誰か、私に教えてくれ…。

友人は、そんな全てに絶望し悲嘆する私のそばに、いつもいてくれた。

正直、ありがたかった。

ある日、友人は私に言った。

「失ったものは、もう戻ってこない?」

「違うよ。君になら家族を取り戻せる」

「無くなったなら、また創ればいい」

「勝手だと思ったが、君の娘の臓器の一部と血液を冷凍保存してある。解剖の際に分けてもらった」

「この娘さんのをどうするかは、君が決めてくれ」

「私は協力を惜しまないよ」

私は、決意した。

私の持てる全てを使って、家族を取り戻そう、と。

私は計画を立ち上げた。

『新人類創造計画』。そう名付けた。

その計画の真実を知る者は、私と友人の二人だけである。

西暦2055年

新人類の雛形である『仔』には娘の細胞と遺伝子を埋め込んだ。

『新たなヒトの仔ら』は私にとって家族同然である。

計画は始まった。大切に、育てよう。

「きっと、最後まで愛せるはずだ」と、友人も言っていた。

西暦2058年。

ゼノ-ゲネシアンと名付けられた子供達は、その名に恥じぬように成長している。

争いも諍いもなく、誰もが誰しもに優しい世界。

理想の世界だ。

ここまでの成果をもたらしてくれたのは、私に協力してくれた知人達のお陰だ。

建築学者。地下に街を造れたのは彼の研究の成果だ。

農学者。堅実な仕事をする彼がいたから子供達は飢えずに暮らしている。

そして、心理学者。地下で暮らす為の知識を子供達に教えてくれている。

みな、素晴らしい人類を創りたいという私の思想に共感し協力してくれている。

『理想が現実を超える姿を見たくはないか?』

それが、私達の目的であり共通意識だ。

西暦2060年

友人から相談があった。

子供達に、人類の事を教えるべきだ、と。

壁の外、地上には他の人間が存在する事を。

そして、人類の歴史を。

当初、現人類の存在や地上の様子は子供達に教えない予定であった。

しかし、正しい事だけを学ばせるのではなく、人類を反面教師にしながら清も濁も合わせた教育を行う事こそ、真の進化に繋がるのではないかと、友人は言った。

一理ある。

三つの規範を中核に据えた教育の成果の結果、今の子供達の進化の結果がある。

そして、その規範も彼の協力で考え出され、今まさにそれを子供達に教育してくれているのも彼だ。

今の子供達の成長は彼のおかげ在るのだ。友人の事は心から信頼している。

私は友人のこの提案を了承した。

当初の予定になかったこの教育課程は、私と友人だけの秘密で行う事と決めた。

西暦2071年

子供達に子供が生まれた。みな、私の孫達だ。

だが、その成長に助手が異議を唱えてきた。

繁殖方法が文明人らしくない、と。

しかし私は助手の意見を一蹴する。

子供達が選んだ生き様だ。黙って見守れ、と。

西暦2072年

家族を殺した犯人が捕まった!

だが、警察の調査の結果、犯人は証拠不十分で釈放された。

何故だ! 奴が絶対に犯人のはずだ!

何故捕まえない! 何故死刑にならない!

あの日、私は荒れていた。自分でもそれが解る。

そんな時だ。見兼ねた友人が私のところを訪ねてきた。

友人は私に言った。

「私も奴が犯人だと思う、あの顔は間違いなく愉快犯だ。異常者だ。私には解る。」

「しかし、社会は奴を捕まえなかった、罰しなかった。」

「君の家族を殺した罪すら捌けない。君の無念すら晴らせない。きっと、それが人類の限界なのだ。」

「なぁ。君は、今の人類をどう思う?」

「時々思うんだよ。君が育てた地下の子供達と、地上の人類が逆だったら、世界は平和になるだろう、と。」

「地上の人類よりも、地下にいる君の子供達の方が素晴らしい人類だ。」

「世界中が君の子供達で溢れるとしたら、地上に理想の楽園が誕生するんだろうな。」と。

…。

…友人に言われるでもなかった。

私は既に、今の人類に絶望している。

家族を殺された、その時から。

今、自分自身の内にある真の理想を、私は理解した。

人類の駆逐。

それこそが、私の子供達が生まれた理由だ。

同じ頃。

助手が再び計画に異議を唱えてきた。

死者を弔う風習がない、と。

人間は他者の死を糧にして先に進むものだ、と。

こいつはいったい生意気に何を言っているのだろうか?

子供達が作った文化にまたケチを付けるのか!

…いや。

糧、か

冴え渡る私の脳裏に、一つのアイデアが浮かぶ。

死者を糧にする。…つまり、死者の最大限の有効活用。

それに、三つの規範からなる子供達の文化。

そして、今、私が研究している遺伝子工学。

その三つの融合。新たなる進化の可能性がそこにあった。

助手の言葉が、私に素晴らしいアイデアをくれたのだ

私は、自分の理想が現実を駆逐する姿を見てみたい。

西暦2081年

農学者が私に叛意を抱いているらしい。

ちょうどいい。秘匿はそれを知る人数が少ない程、守護できるものだ。

子供達にも、そろそろ『生きたサンプル』を授けたいと思っていたところだ。

農学者は既に用済みだ。始末してもいいだろう。

さて、建築学者はどうするか。

…彼は臆病な人物だ。我が身可愛さに協力するだろう。それに、彼にはまだ役割がある。

計画は順調だ。実際の教育も申し分ない。

しかし、私自身の煩雑な仕事が増えてしまっている。

だが、助手と共同して行なっている研究も今後重要となる。

…できる事なら、私は子供達の教育に専念したい。

さて、どうするか。

助手が、計画の要たる墓所の役割に気付いてしまった。

しかし、全容が知れたわけではない。今ならまだ誤魔化す事はできる。

だが、疑念を抱かれたままではやり辛い。

一丁前に手前勝手な倫理観を唱える助手を懐柔する事は難しい

そう考えた私は、助手を利用する事にした。

私の地位を譲る。そう言って出世を餌にして、私は時間と自由を得た。

『博士は老いた。俺の方が優っておる。』 彼がそう考えてるのは手に取るように解る。

出世欲にまみれた助手は私の真の計画には気付くまい。

西暦2084年

助手のクローン技術が完成した。

私はその技術と機材を流用し、子供達に渡した。

それ以外にも、人類が使っているコンピューターや物資を運び込んだ。

豊富な流通ルートを持つ建築学者の協力のおかげだ。

しかし、そろそろ建築学者の精神も限界か…。

もう少し様子を見よう。

まだ彼の協力は必要だ。

西暦2087年

建築学者が裏切った。助手に密告を企てたのだ。

なんとか始末が間にあったが、助手の疑心を喚起するには充分だったろう…。

そろそろタイムリミットだ

しかし、子供達の進化は完璧だ。

最後のピースを仕込むことにする。

人類の介入。

それが子供達の進化の最後のモノリスとなるのだ。

【日記の最後のページ】

かつて私の助手であり、今は博士と呼ばれる君へ。

私は、間違っていた。

君の家族が、亡くなったそうだね。

私の子供達に殺されたと聞いた。

私は、かつての自分と同じ苦しみを、君に与えてしまったのだ。

君だけじゃない。全人類に、だ。

私の子供達は、完璧だった。

身体面でも行動原理でも、現人類より優れていた。

しかし、私の子供達には、心が無かった。

他人を傷付けても、何ら感情を抱かない。

それでは機械と変わらない。人の姿をしたモンスターだ。

かつて、君が言っていた

『彼らには他人から与えられ規範しか無い。そんな規範だけを信じて思い遣りも優しさも無い存在が、人類であるはずが無い』

『どう生きるかは、己自身が決めるべきだ。誰か他人が作った生き方に従うものではない』と。

そう君は言っていた。

今なら解る。私が間違っていた。

助手よ。君が、正しかった。

…君が間違いを犯さないように、私のように愚かな選択をしないように、この日記を君に渡したい。

私はもう君に合わす顔がない。

だから、この日記は私の友人に託す事にする。

彼は、今では私のたった一人の友人だ。信頼している。この日記を君に渡してもらえるように頼んだ。

これを、私の懺悔だと…遺書だと思ってくれ。

謝っても謝りきれない。

君は、正しい道を、歩んでくれ。

これで、お別れだ。

本当に、申し訳ない。

…【私】は、日記を閉じた。

そして…

【私】は、半生を研究に費やしてきた。

人の世よ、素晴らしくあれ。

そう信じ、幾度となく人の心の深淵を覗き、人の『心の理』を学び研究してきた。

しかし私が調べた人間は屑(クズ)ばかりだった。

他人より自分の利益を優先させ周りが不正をすれば一緒になって流される。

目的の為なら卑怯な手段も顧みず他人を傷付ける事に躊躇いもない。

何故、人は屑ばかりなのだ!

…【私】は更なる研究の為に、犯罪を犯した者の心理の研究を始めた。

多くの犯罪者と呼ばれる者達の人間性に触れ、その心理を知ろうと分析してきた。

貧しい家庭から金で買った150人の子供の命を無慈悲に奪った医師。

教祖として宗教洗脳の末に邪魔者を殺害するだけに留まらず毒ガスによる無差別殺人を図る自称聖人。

幾人もの少女を誘拐・殺害し、その光景を少女の親に骨と一緒に送りつけた連続児童殺人犯。

監禁と拷問、虐待によるマインドコントロールで自分の手は汚さずに、用済みとなった人間を殺害して死体処理を行わせた鬼畜。

全て、人間の屑だ。塵だ。そう呼ばれるに相応しい者達だ。

利己的なエゴイストであり、身勝手極まりない動機で犯罪を犯した、愚か者達だ。

そう思っていた。

確かに彼らは利己的なエゴのかたまりだった。

しかし、彼らの魂は暗く、深く、悪意に真っ直ぐに…驚く程に美しく、澄んでいた。

純粋な悪意が宿る肉体を持った人間達。その魂は、力強く闇色に輝いていたのだ。

彼らに比べれば、人類のなんとちっぽけなことか。

そこで、【私】は気付いたのだ。

…闇色の暗き魂を持つ者。

彼らこそが真の人類なのだ、と。

その魂が真の人間性なのだ、と。

【私】の半生を掛けた研究を簡単に粉砕する程の圧倒的な悪意。

【私】の頭脳をいともたやすく溶かし破壊する程の心の理。

【私】はそれに魅せられたのだ。

だから【私】は、ある『実験』を試みる事とした。

究極の悪意の創造。

生存の為でも無く、自己犠牲でも無く、

『ただ独善的で利己的な理由で地球上の全人類を虐殺できる人間を私の手で創る』

その為に、

まず【私】は、

最初に、

【博士】の家族を、

殺害した。

そして今。人の世が終わる。実験は終わる。

一人目の【博士】は失敗した。

しかし、二人目の【博士】は成功した。

「私の人間性は証明された。」

人類を屠る炎を見つめながら、【私】は手にした日記に火を灯す。

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お久しぶりです🌸
こんかいのお話も素晴らしかったなぁ…(*_*)
大長編お疲れさまでした⤴️⤴️⤴️

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