通勤に使うバス停に向かう途中にいつも見かける女がいる。
その女は何をするでもなく、田舎道の緩やかなカーブの反対側の歩道に立っている。
雰囲気からしてたぶん二十代後半くらいなんだろうが、彼女はいつも後ろを向いていたり、俯いていたりするので今まで一度も顔を見た事がない。
でもおそらく体型や服装からして、かなりの美人なんだろうなといつも思っていた。
そんな彼女がある日、初めてこちら側の歩道に立っていた。「よし、今日こそ顔を見てやろう」と心の中で呟きながら女との距離を詰めていく。
女はこちら側に背を向けているから、通り過ぎたタイミングですぐに振りかえればきっと顔が見えるだろう。
そう思いながらいいタイミングで振り返ったのだが、その一瞬のうちに彼女の身体は反対側を向いていた。
この一瞬でそんな筈はないとしばらく彼女の後ろ姿を見つめていたら、不意にモゾモゾと彼女の後頭部の髪の毛が動き始めた。
すると「そんなに私の顔が見たい?」と小さな声が聞こえて、長い黒髪がゆっくりと左右に開き始めた。
途端、全身に寒気を感じて思わず「い、いえ!結構です!」と叫びながらその場を後にしたのだが、その日は恐怖のあまりなかなか寝付く事が出来なかった。
割れた黒髪の隙間に一瞬だけ見えた血走った二つの目。あのまま見続けていたらどうなっていたのだろう…
あれからも毎朝のように彼女が立っている姿を目撃するが、もう顔が見たいなんて微塵も思わず、極力そちら側を見ないように通り過ぎている。
これは俺なりに考えた推測にしか過ぎないが、彼女はおそらく生きている人間ではなくて、この道で事故かなんかに巻き込まれて死んだ被害者なのではないかと思う。
この場所は緩やかなカーブだけれど、微妙に道幅も狭くて見通しも悪い。過去に重大な事故が何件かあった事もネットで調べて知った。
しかもそのうちの一件に、女性が轢き逃げされてまだ犯人が捕まっていないというものもあった。たぶん、彼女はそんな理由で成仏も出来ずにあそこに立ち続けているのだろう。
顔を見せたくないのも… それなりの損傷を顔に受けているのかも知れない。
昔から変なものを見たり聴いたりした事はあるけれど、もし俺の推測が当たっているならば、こんなにはっきりと幽霊を見たのは初めてだ。あれは絶対にやばい。下手すると取り憑かれるかもしれない。もう関わるのはよそう…
そう固く心に誓った俺だけど、今、遥か前方に立っているあの女はなぜかこちら側を向いて立っている。あともう少し近づいたら顔がはっきりと見えてしまう距離だ。
思わず立ち止まってしまった俺の耳元に、こないだと同じようなか細い声が聞こえた。
「ねえ、見たいんでしょ?いいよ。見せてあげる… そのかわり…」
このまま前に進むべきか、進路を変えるべきか、俺はすぐに答えを出せないでいる。
了
作者ロビンⓂ︎