僕は深海にいる。
深海に行ったことはない。
でも僕には分かる。ここは深海である。
あぁ暗い。
とても暗い。
目が覚める。
まだ暗い。
昔は目が覚めると世界は明るかった。
しかし暗い。
僕が望んだんだ。
世界なんて無くなってしまえって。
今の僕には世界を感じられない。
起きたはずのに身体はまだ水中にある。
ああ暗い。
何も聞こえない。
水中にある僕の体は、水を感じることもできない。
水圧のせいか、身体が動かない。
世界は消えて真っ暗な世界に僕はいる。
でもね、僕には分かるんだ。
誰かが僕の手を握っていることを。
誰かが僕に語りかけていることを。
誰かが僕を見つめ泣いていることを。
ふわっとし、体が地上へと登っていく。
少しずつ日が見えた。
日が見えるとともに今度は宙へと登る。
だんだんお日様へと僕は近づいていく。
紫色の雲が見えた。
もう何年も前に見た君の顔が見えた。
あの時と変わらないまま美しい。
あぁ君に触れたい。
僕は手を伸ばそうとする。
しかし僕の身体は動かない。
君が僕を抱きしめる。
そして暫くすると、君は僕を突き飛ばした。
僕は落ちていく。
あぁ落ちていく。
しかし僕は水の中までは落ちなかった。
それに気がつくと同時に、太陽が見えた。
ひどく眩しいが、美しくない。
白い太陽が見えた。
白い太陽は丸くはなかった。
紫色の雲の形をした玄関から、僕は送り出された。
僕は声を振り絞り言った「行ってきます」と。
ふと声が聞こえた。「行ってらっしゃい。」と。
作者滝沢 椿
怖い話では無いですが、元々がこうした作品を中心に扱っていたため、ほんの少しのホラーテイストやスピリチュアル要素を加えた作品として、新たに挑戦したいと思い、書かせていただきました。