最近、うちの近所の公園に変な幽霊がでる。
その幽霊は一風変わっていて、早い話が死んでもなおストイックに身体を鍛え続けている男だ。
そいつを初めて見たのは一週間前。眠れないので犬を連れて公園内を歩いていたら、上半身裸のムキムキの男がうんていに向かって懸垂をしていた。
「… 4、5、6…」
始めは普通の人間だと思ったし、他人の生活リズムもあるからこんな夜中の二時に公園で懸垂していても、さほど不思議だとは思わなかった。
「…12、13、14…」
でもうちの犬が男の方を見て低い声で唸り始めたのを見て、少しだけあれ?って違和感を感じた。
うちの犬はもともと大人しくて、滅多な事ではこんな声を出さない。でも犬は明らかにこの懸垂男を警戒している。
「… 22、23、に…24…ぐう!」
おそらくこの男の腕はもう限界だろう。二十を過ぎた辺りから腕がプルプルとしているし、両足がやたらピン!と伸びている。
「…27…うう!…に、28!…ぐぶふう!」
面白いからジロジロと見ていたら、遂に三十を目前にして男は叫んだ。
「…29!!…ぐっ!だ、だめだ!さ、30の壁!!くっそ!30の壁高すぎんだろ?!ざけんな!!」
それだけ言うと、男の姿は闇の中にかき消えてしまった。
その日は驚きすぎて犬と一緒に一目散に家まで逃げ帰ったのだが、翌日、冷静に考えてみると、あれは何かの見間違いだったのではと思い始めた。
そう考えだしたら妙に気になってしまって、その日の夜も二時に合わせて犬と一緒に公園へ確認に行ってみた。
するとやはり二時ちょうどに滑り台の上に現れた。腕を組み仁王立ちしているあの男はまさしく昨日見たあのムキムキ幽霊だ。
男は鋭い眼光でうんていを睨みつけている。私はその目を見てすぐに悟った。この男は今日もアレに挑戦するのだと…
そして私の予想通り暫しの瞑想の後、男は格好良く滑り台をすべり降りて、両頬をパンパン叩きながら、うんていと言う名の「ライバル」の元へと近づいていった。
うちの犬は牙を剥き、喉をひっくり返しながら威嚇している。
しかし昨日と同じく男は20回を過ぎた辺りからお尻の筋肉がプルプルと震え始め、限界を示す顎の上下運動が始まってしまった。
や、やはりダメか…
結局、男は今回も三十回を目前にして降参の叫び声を上げながら消えてしまった。
そんな事がもう一週間も続いている。
正直にいえば毎日毎日見にくる私もバカだが、死んでからもうんていという物にあれだけ執着しているこの男も相当…アレだと思う。
が、もちろん毎日夜中にわざわざ見にくる理由は、単に眠れないからというだけの理由ではない。
こう毎日男の挑戦を目にしていると、いつしか「かんばれ!自分の限界を超えてみろ!おまえなら出来る!自分を信じろ!」という、監督、もしくはコーチ、もしくは親のような感情を抱き始めてしまっているのだと思う。
そしておそらくうちの犬も私と同じ気持ちだろう。それを証拠にここ数日間は二時前になると自らリードを咥えてお出かけを急かしてくるし、男が滑り台の上に現れたらくぅーん、くぅーん、と甘えた声で、千切れんばかりに尻尾を振っている。
毎日夜中に起きて公園に来るのは大変だけれど、アイツの挑戦を応援したい、そして見届けたい。その思いだけが「私たち」の原動力となっているのだ。
「さあ、今日こそおまえの成長を私に見せてくれ」
颯爽と滑り台の上に現れたムキムキのアイツに、私は無意識の内に心からの激励と拍手を送っていた。
そんな自分に気づいた瞬間、少しだけ気恥ずかしくなり、ちらりと愛犬を見たら、驚いた事にこいつはこいつで、いつのまに覚えたのか見事なまでのちんちんの体制(かまえ)をとっていた。おまえも応援してんだな…そう思ったら、思わず涙が溢れそうになった。
今日も勇敢にうんていに向かって歩く男の後ろ姿を見ながら私は思う。
「英雄(ヒーロー)かよ…」
がんばれ!名も知らぬ男よ。
本当の涙はそれまでとっておく…
了
作者ロビンⓂ︎