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中編3
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御休み屋

「いらっしゃい。さぁ、疲れただろう。ゆっくりと御休み。」

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時刻は丑三つ時。一つの長屋の一室、そこには一人の若い青年がいる。

室内は煙管から出る紫煙、蝋燭からの煙と見た目はきりが立ち込めている様な状態だが、煙たくはなく、どこかほのかに甘いような心安らぐ匂いをさせている。

床には住人の読んだ本が積み重なっている。簡素な机に座布団、部屋一面畳の為布団は勿論床に敷いて寝るものだ。窓枠には少し凝った木枠の飾り窓と換気用の簡素な窓があるという作りの部屋だ。

此処では訪ねてくる人の話を聞いては心を休めてもらい、送り出す事を繰り返している。

今日も一人、訪ねてくる者がいた。

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スッと玄関の戸を開け入ってきた女が居た。

女は声を出さずただただ涙を流していた。

「どうしたんだい?こちらにおいで。なぜ泣いているのか、ゆっくりでいいよ。話を聞かせてはくれないかな」

男は優しく女に問い掛け、部屋におあがり、と促した。

女は促されるまま、奥に入り通された部屋に入った。

「とりあえず、お茶でも飲むかい?」男は茶筒を開けてにこりと微笑みながら女に聞いたが、女からの返事はなく、ただ涙を流すばかりの為お茶を二人分用意しそっと女の前に置いた。

男は机を挟んで女の前に座った。

「さて、疲れただろう。今までよく頑張ったね。ここらで休んでいきなさい。」

そう言って男は女が泣き止むのをただ黙って待っていた。その間ずっととても優しい笑顔を浮かべながら。

しばらく待っていると女が泣き止んだ。そうして口を開いた。

「私は、好きな人が、愛している人が居ました。」

そう言って女は独り言のようにぽつりぽつりと声を出した。

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女はとある男と付き合っていた。時々喧嘩もするが仲が良かった。

ただ、一つ他とは違う所があった。それはお互い常に死にたいと思っていた為、一緒に死のうと約束をしている事だった。

女はそんな約束が愛情表現なのだと思っていた。確かに大好きや、愛しているという言葉も嬉しかったが、何よりも一緒に死のうと言ってくれる事が一番嬉しかった。

だが、日が経つにつれ相手の男が浮気する様になった。それに伴って相手からの金銭の要求が出てきた。女は一緒に死のうという言葉を信じ、金銭の要求にも応じ浮気も黙認するようになってしまった。

男はそんな女の気持ちを利用し、さらに金銭の要求が増えていた。男はお金も多数の女性関係で死にたいという気持ちが薄れていた。

その反対に女の死にたい気持ちはどんどん増していった。それでも信じていた。

だが、ある日男から別れを告げられてそこで今まで心の唯一の支えであった「一緒に死のう」という約束さえも壊れ、女は自ら命を絶った。死体さえ誰にも見せたくないと沢山の重しをつけ崖から海に飛び降りた。

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「…そう…そんなことがあったんだね。さぞ辛かっただろう。大丈夫。ここでゆっくり御休み。いつまで居てもいいんだ。君がたくさん辛い思いもして信じてきた相手を忘れてしまおう。君はとてもいい子だよ。優しい子。自分が傷ついても相手をずっと信じる事を忘れなかった。とても優しくていい子。いっぱい泣いて、私につらかった事全部吐き出していいんだ。」そう言って住人の男は女の頭を優しく撫でながら言った。

女はその言葉を聞き、とたんに大声で子供のように泣き出した。男は女の膨れ上がった身体から皮膚がはがれてしまわない様に、優しく優しく頭を撫で慰めていた。

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「…有難う御座いました。もう大丈夫。あなたのおかげで行くべきところが分かりました。…地獄に行く前に心が晴れやかになるだなんて。本当に有難う。もう行きます。さよなら」

そう言って女は男にお礼を言って、家を出た。

男は少し涙を流しながら「さようなら。次はきっといい人生を送れるよう願っているよ。」そう言って涙をぬぐった。彼女の後姿をずっと見続け、見えなくなった頃家に戻った。

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男は今日も訪れる人の話を聞いては心の御休み所を提供している。

「お疲れ様。今までよく頑張ったね。ここらで休んでいかないかい?ゆっくり話でもしないかい?」

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