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中編4
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MUNYARM

鮮やかな赤色が目の前に広がる。

それ以外は何も見えない。

ボクは瞬き一つせず、その飛沫を眺めていた。

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団地の敷地内にある公園は、初夏の陽気のせいで子供達が必要以上に走り回る。

(もう少しすると涼しい児童センターで、卓球台の争奪戦が始まるな)

ぼんやりとそう考えるボクに、あの子が声を掛けて来た。

「ねえ君! 見て見て、ほら! 」

あの子がボクの目の前で、砂場から捕獲して来たミミズを弄び地面に落とすと、ミミズはその身体を最大限にくねらせ、ジャリに身体を擦り付けている。

(ミミズがなんだと言うのだ)

目の前のあの子は無表情で地面のミミズを見下ろしていて、ボクは彼女の顔とミミズを交互に見比べることしか出来ない。

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……

……

ブヂィィ…. ジャリジャリ、ズリズリ

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何の前触れも無く彼女のスニーカーがミミズを覆う。

踏み潰したそれを眺めながらウットリとするあの子は、お淑やかで何処か大人びた雰囲気で、とてもその様な野蛮な行為に走る印象は無い。

何故かボクにだけ冷酷に虫を弄ぶ姿を見せる彼女に、特別な感情を寄せる自分がいた。

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「ウフフッ! ねえ君、これはね、ムニャームっていうの。知ってた? 」

ボクは困った笑いをしながら首を横に振る。

(ミミズじゃないのか? 図鑑で見たことない新種のミミズのことかな? ムニャーム….変な名前だな)

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「えー吉岡さんは風邪で休みです」

朝のホームルームが終わる頃には、あの子がボクに声をかけて来た。

「あの娘最近毎日変な夢を見ていたんだって。何か紫色の靄が見えて、朝起きたら上手く喋れなくなるって言うの」

「そうなんだ。それは心配だよね。でもその夢の話って本当なのかな? 」

ボクはその俄かには信じ難い夢の話に、違和感を覚えながら言葉を返す。

あの子は僕の顔色を見透かした様に、さあねと意味深な微笑みを見せた。

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それから一日、また一日と経つが吉岡さんは一向に登校する気配はなく、遂に一週間が経つ。

「休んでいる吉岡さんですが、容態が悪く昨日病院で息を引き取りました」

泣き出す者、大声で恐怖を誤魔化そうとする者、瞼を閉じ耳を塞ぐ者など騒然とする教室内であったが、クラスの半数以上が訳知り顔で、休み時間には再び噂が飛び交う。

「彼女何日か前から精神病院に入院していたらしいよ」

「病院の隔離部屋で亡くなったらしいよ。自殺だって。うちの親が病院で働いていて全部聞いたんだよ」

「あの夢を見たら終わりだよ。怖い。死にたくないよ」

この状況に唖然とするボクに、またあの子が声をかけて来る。

「今日私の家に来ない? 夢の話、詳しく教えてあげるよ」

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女の子の部屋に行くのは初めてだったこと、現実に起きた事象と夢の話の関連性に対する興味とがあの子の家に向かう足取りを速めた。

インターフォンを押すと、ありふれた音色を合図にあの子が玄関から顔を出し、綺麗な戸建ての家に招き入れてくれる。

二階の彼女の部屋へ入ると、異様な風景が視界に広がった。

部屋の壁一面に、飼育ケースに土が敷き詰められたものが陳列されていて、窓も塞がれているため、光を通さない。

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「何か、飼っているの? 」

当然の様なボクの質問に、あの子は屈託の無い笑みを湛え答える。

「ほら、公園で前に話したことよ。ムニャームのこと」

ボクはミミズのことだなと勝手に納得をしたが、想像していた女の子の部屋とかけ離れた目の前の現実に興醒めしていた。

さほど興味もなくボクはあの子に尋ねる。

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「あれからいくら図鑑を見ても、ムニャームなんていうミミズは見つからなかったよ。本当にそのミミズはそんな名前なの? 」

「え? ああ、違うの。ムニャームは虫の名前じゃなくて、うーん、なんていうのかな。あっ! ほらこれ」

彼女は部屋の学習机に置いてある自由帳を開き、無造作に書いた文字を指し示す。

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“夢に病む”

「ゆめにやむって書いてむにやむ、ムニャーム? どういうこと? 」

「私のお姉ちゃんに教えてもらったの。人を呪い殺す方法。

虫を何でもいいから同じ虫を殺し続けて、その死骸が呪いたい相手と同じくらいの体積になると、呪われた人は夢を見るの。

紫色の靄が見える夢。

その夢を見たら、だんだん喋ることが出来なくなって、考えることも出来なくなって、何も分からなくなる。でも意識はあるからそんな自分に絶望して、最後の力を振り絞り自殺してしまうの」

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「どうして? ….どうしてそんなことするんだよ! 」

彼女の行動の意味も分からなければ、呪いの信憑性も分からない。ただボクはその発想に対し怒りを覚え、感情をぶつけていた。

「えっ!? ….面白いからに決まってるじゃない。虫を弄ぶのと同じ。君もやったことあるでしょう? 虫を弄ぶ様に人を弄ぶの」

あの子は喋りながらも嗤いを抑えきれていない。

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「自分の姉の命を弄んでそんなに楽しいのか!? 吉岡さん! 」

あの子の名は吉岡さん。亡くなった吉岡さんは彼女の双子の姉だった。

「だって! あいつが最初に私に呪いをかけたの。私の方が早かったけどね! フフフ、先週から私も夢を見てるわ」

後は分かっているでしょ! と彼女は言い終わると同時に、手に持っていたカッターナイフで自らの頸動脈を引っ掻く。

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サァァァー….

鮮やかな赤色が目の前に広がる。

それ以外は何も見えない。

ボクは瞬き一つせず、その飛沫を眺めていた。

Concrete
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