夏が来た!
夏は俺たちのためにあるような季節。
海、花火大会、夏祭り、そして、恋!
若者にとって、大いに謳歌すべき季節。
ああ、それなのに。今年の俺たちの夏はバイトから始まる。
先輩の言うことには逆らえねえ。
先輩は俺たちにとって、恐怖の存在。逆らおうものなら、どんな目にあわされることか。
「はぁ~、モチベーションあがんねーなあ。」
俺たちは、お決まりの衣装に着替えると、鏡の前でぼやいた。
「そうぼやくなよ、ヒロト。」
とダイキ。
「だってさぁ、この衣装。マジありえなくない?」
俺は、鏡に映った自分を見てウンザリしている。
幽霊って言えば、赤か白のワンピースって安直だろう。しかも、女装だし。
「赤と白のワンピースっつったら、幽霊の定番だろ。」
白いワンピースに着替えたダイキは、なかなか似合っていて、自分でもまんざらでもなさそう。
俺たちは、今日から、この遊園地内のお化け屋敷で、幽霊として働く。
「それに、幽霊、男じゃああまり怖くねーんだと。黒髪ロングヘアーワンピース鉄板だろ。」
「だけどなあ~。」
俺は嫌々ながらも、女性用かつらを被る。
「まあ、バイト代、はずむって言ってたし、夜は遊園地のアトラクションで花火あるらしいから。」
「まあ、夕方で上がれるのはいいんだけどさ。そもそも、花火見る相手がお前じゃますますモチベーションあがんねえよ。」
「そりゃ、こっちのセリフだ。俺だってかわいい女の子と見たいさ。」
俺たちには、揃いもそろって彼女はいない。
まあ、彼女居たらバイトなんてしないけどな。
「おい、お前ら、早くしろ。」
ロッカールームのドアを開けて、先輩が俺たちに促した。
「す、すみません!すぐ行きます!」
先輩は結構ここのバイトは長いらしく、何年働いてるのかは知らない。
先輩は、軍服姿で、俺たちの前をずんずん歩いた。
今時、軍服姿ってどうなの?
もっと、外国の映画みたいに、ゾンビとか派手な演出のほうが、怖いんじゃないのかな。
「いいか、お前ら、幽霊ってのはな、やたら脅かせばいいってもんじゃない。」
「ハイ!」
「雰囲気ってのが大切なんだ。相手が心底怖がるような、禍々しい雰囲気ってのがよ。」
「ハイ!」
それから、延々と先輩の幽霊指導が始まる。
「相手がキャアキャア怖がってくれると、ついつい嬉しくなってテンションが上がってしまうが、それをおくびにも態度に出してはならない。」
「ハイ!」
幽霊のノウハウを語り続け、先輩は満足したのか、開園5分前にようやく解放された。
「よし、気合いれていけよ。」
「わかりました!」
気合十分で仕事に臨んだものの、客足はまったく無かった。
そもそも、この遊園地自体がすでに寂れている。
廃園寸前の僻地の遊園地が、いくら頑張っても、●SJや●DLに勝てるとは思わない。
どこかの遊園地のように、夜に花火を打ち上げたところで、集客が望めるのだろうか。
「暇だな。ぜんぜん客、入らねえ。」
「バカ、話かけんな。」
「いいじゃん、だって、誰も来ねえんだもん。」
「いいじゃねえか。暇で金もらえるんなら、御の字だろ。」
「そうだけどさあ。一応仕事なんだから、ちょっとくらい脅かして反応みてみたくね?」
「まあな。」
「なあ、俺たち、こんなんで怖いって思う?」
「わかんねえ。」
「あ、誰か入ってきたぞ。」
「しぃ~!もうしゃべんな。」
入口からは、カップルと思しき二人が入場してきた。
暗くて顔はわからないが、女はなかなかのナイスバディ。
男は、俺たち以上に冴えない男だった。
畜生~、あんな奴に彼女がいて、何故俺にはいないんだよ。
ムカつく。俺は俄然、仕事魂に火が付いた。
ビビって女の前で醜態をさらすがいい。
「キャー、いやああああああ!こわああああい!」
野太い叫び声が、館内に響いた。
えっ?なに?
俺たちは幽霊にもかかわらず、自分たちが本気でビビった。
女は、男の腕にしがみつきながら、始終叫んでいる。
女、ではなく、もしかして、男?
近づいてきた時に初めて顔を見たが、女と思われたやつは、化粧は濃いが薄っすらと顔に髭のあとが見てとれた。
オネエかよ!
俺の嫉妬にまみれ沸騰した心は、一気に冷めた。
始終オネエの咆哮にさらされた、俺たちの方がよほどビビらされた。
その後も、明らかに不倫と思われる大学生とおばさんのカップルとか、男同士で来た学生だとかで、まったくやる気が出なかった。
「なんか、ラクショーだったな、バイト。」
「そうだな。カップルとか来たら、思いっきり脅かしてやろうと思ったけど、拍子抜けしたな。」
俺たちはバイトも終わり、私服を着て、夕暮れの遊園地に佇む。
閉園間近にも関わらず、まだ園に残っている人もいた。
たぶん、花火を待っているのだろう。こんな廃れた遊園地の花火だ。
あまり期待しないほうがいい。
「おい、見ろよ。」
ダイキが俺を小突いてきたので、俺は首だけで振り向く。
おおっ!可愛い女の子が一人でいる。
何故かベンチに座って泣いているようだ。
「どうしたのかな、あの子。」
俺がダイキに問いかけると、
「なんか彼氏と喧嘩したっぽいぜ。さっき、彼氏っぽいやつに置いてかれたみたい。」
と俺に耳打ちした。
「マジかよ。ひでえな。デート中の彼女置いて帰るなんて。」
「かわいいよな、あの子。」
「ああ、かわいいな。声かけてみようか。」
「バカ、やめとけって。」
「なんでよ?」
「彼氏、戻ってくるかもしんねえだろ。」
「いや、そうでもなさそうよ?」
俺は、遠くに彼氏と思われるやつが、車で遊園地をあとにしたのを見た。
「あいつだろ、彼氏。」
「あ、そうそう、あいつ!本当に置いてったのかよ!マジひでえ!」
俺は、ゆっくりと、彼女に近づく。
「どうしたのかな?泣いちゃったりして。大丈夫?もしよければ、俺たちと今から、花火見ない?」
俺は鼻の下を伸ばして、彼女に声をかけた。
女の子は、泣いていた顔をあげた。
そして、渾身の悲鳴をあげた。
「きゃああああああああ!」
彼女は一目散に、遊園地の出口に向かって走って行ってしまった。
「バカ、お前!」
ダイキに肘で体を小突かれた。
「あ、やべ。首があべこべだった。」
俺は先ほど、首だけで振り向いたままの姿勢で彼女に話しかけてしまっていたのだ。
180度後ろを向いてしまった首を元に戻す。
本当に不便な体になったもんだ。
去年の夏のバイク事故以来、俺の首は簡単に180度どころか、ぐるぐる回るし、たまに片足も落ちるし、唯一の私服はズタズタに裂けて血まみれだ。
ダイキに至っては、顔の真ん中を自動車に轢かれてしまったので、若干陥没してタイヤの跡がついている。
「なあ、俺たちってさ。別に仮装しなくても、脅かせるんじゃね?」
「バカだな。あまりグロテスクでリアルだと、誰もお化け屋敷入ってくれなくなるだろ。」
「怖すぎてか?」
「俺たちはホンモノだから、気付くやつは気付くんだよ。」
「怖いって噂がたったら、繁盛するんじゃね?お化け屋敷。」
「本物が出るってわかったら、普通の神経のやつは来ないって。」
「そんなもんかなあ。」
その時、ヒューという音とともに、花火が空に昇っていった。
いつまで経っても、花火は花開かない。
「なあ、これって花火?」
「人魂、かな。」
「先輩、騙したな。」
その時、遠くから先輩の声がした。
「おーお前ら、お疲れ。」
まだ軍服姿の先輩の首から上は存在していない。
「なあ、先輩って顔ないけど、どこから声出してると思う?」
と俺がダイキに尋ねると、ダイキは
「さあ~?」
とぺしゃんこの腕を組んだ。
作者よもつひらさか