中編6
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「ピンポーン」

設置したばかりの、インターホンが鳴った。

この中古住宅に越してきて一週間。

ようやく、業者にインターホンを設置してもらい、今日初めての来客である。

画面を覗くと、どうやら宅配業者らしい。

何か頼んだっけ?いや、そんなはずはない。だとしたら、実家から何か送ってきたか?

「どちら様でしょうか?」

「〇〇運輸の者ですが、お届け物です。」

「はい。」

そう答えると、俺は玄関のドアを開けた。

「滝沢 寛治様ですね?」

そう問いかけられ、俺は

「いいえ、違います。」

と答えた。

すると、その宅配業者の若者は、何度も住所を確認し、

「〇〇町2丁目5番地10号で間違いないですよね?」

と言うので

「ええ、住所は間違いないですが、たぶん、それ前に住んでいた人じゃないですかね。」

と答えた。

郵便受けに、一度、その名前で郵便物が来ていたのを思い出したのだ。

宅配業者の若者は、その品物、おそらくお中元とみられるものをそのまま持ち帰った。

前の住人は、転居届を出していないのかな。

それからもたびたび郵便物が滝沢の名前で届き、いい加減ウンザリしてきた。

仕方ないので、それをすべて不動産屋に持って行き、元の住人に届けてくれるように伝えた。

ところが、元の住人の転居先がまったくわからないのだという。

一応、今までの郵便物は預かってくれたが、その後は自分で処分してほしいと言うのだ。

まったくもって迷惑な話だ。

まあ、郵便物なら処分すれば良いだけの話だ。ところが、結構な頻度で品物が届くのだ。

今の時期はほとんどが、お中元で、そのたびにお引き取りいただくのだが、悪質な業者は、そのまま置いて行く者も居るので、その度にその業者に連絡を取るのはなかなか手間がかかる。

俺は、いつしか、面倒になり、その商品をそのまま自宅に放置するようになった。

気になって開けてみることもあり、だんだんと罪悪感は薄れ、賞味期限が短い物に関しては、こっそり自分で消費したりもした。

今日も自宅のインターホンが鳴らされ、仕方なく出て対応すると、今回は現金書留だという。

見れば、結構な厚みの封書である。

俺は魔がさした。

「滝沢 寛治様で間違いないでしょうか?」

「・・・はい。」

「すみません、では、ここに印鑑をお願いします。」

「すみません、印鑑は今どこにあるのかわからないので。」

「ああ、ではサインで構いませんよ。」

俺は、以前郵便物で見た滝沢寛治の文字をそのまま、そこにサインをした。

罪悪感はあったが、目先の大金に目がくらんでしまった。

郵便屋が去ったあと、玄関ドアを閉めると、ドキドキしながら、その封書を開けた。

帯がついている。百万円だ。

さすがに手が震えた。

そして、その封書には添え状が入っていた。

「滝沢寛治様」

俺は、その添え状を読む。

「拝啓、初夏の候、滝沢様におかれましては、その後お体はおかわりありませんでしょうか。」

時候の挨拶から始まり、そこには、延々と滝沢寛治に感謝する文面が綴られていた。

「滝沢様のおかげで、我が娘は一命をとりとめ、今は元気に過ごしております。」

医療関係の仕事をしていたのだろうか。それにしても、感謝の気持ちを示すには、高額すぎではないか?

「滝沢様に、ドナーの紹介をしていただけなければ、今の娘の姿は無かったでしょう。」

なるほど、ますます医療関係の可能性が高くなった。

手紙の内容を知れば知るほど、俺はまずいことをしてしまったと後悔した。

交番に届けようか。

いや、待て。俺は滝沢寛治を名乗り、一度はこの金をネコババしてしまったのだ。

確実に逮捕だろう。

でも、この金を俺が受け取ってしまったことがバレないだろうか。

この送金の主が、滝沢と今も連絡を取り合っていたとしたら?

俺はなんてバカなことをしたのだろう。

針のムシロに座らされた気分で数か月間過ごしたが、その後、何事もなく時間が過ぎた。

良かった。送り主は、きっと滝沢とはコンタクトを取っていないのだ。

俺はさらに、魔がさし、その金を使ってしまった。

その後も、滝沢に感謝する手紙とともにいろんな物が送られてくる。

全て、滝沢にドナーの紹介をしてもらったという内容の手紙で、俺は滝沢のことをすっかり医者だと思っていたのだ。

しかし、疑問はある。

医師が、こんなボロい一軒家の平屋に住んでいたのだろうか?

医師であるなら、もう少しマシな家に住んでいてもおかしくないはずだ。

そして、今日もインターホンが鳴らされ、俺は画面を覗く。

小さな女の子だ。

小学低学年くらいだろうか。

俺は怪訝に思った。いたずらだろうか。

「はい、どちら様?」

俺は、インターホンに向かってたずねる。

「・・・返して。」

その子供は消え入るような声でそう言った。

返して?何のことだろう。

「返してって何を?」

俺がそう尋ねると、その子は顔を上げ、インターホンのカメラを睨んだ。

俺は、声が出なかった。その子の右目は、空洞になっていて、そこにあるべき目がなかったのだ。

しかし、しっかりと左目は、カメラを睨んでおり、憎しみに満ち溢れていた。

そして、その子は、体が薄くなり解けるように消えてしまった。

嘘だろう?幽霊?

俺は、録画された画面をもう一度巻き戻したが、そこには誰も映っていなかった。

でも、確かにインターホンは鳴らされたのだ。

「い、いたずらだろ。誰がこんな手の込んだいたずらを・・・。」

必死に考えたが、思い当たる者はいない。

それからも、何度か、そういうことが起こった。

相手は必ず、何かを返せと言って、姿を消してしまう。

俺は怖くなった。

届き続ける感謝の手紙と品物。

それと同時に増え続ける訪問者。

幼い子供であったり、大人であったり。

何かを返せと言って消えていくのだ。

そして、必ず、何かを返せと言ってくる者の体のどこかが欠損していたり傷ついていたりする。

もしかして、滝沢寛治という男は・・・。

俺は思い至って、インターネットで「滝沢寛治」を検索する。

そして、ついにヒットした。

それは、何か裏サイトのような雰囲気をかもしており、ドナーを仲介するサイトだった。

俺を悪い想像が支配する。

まさか、滝沢寛治は、臓器ドナーの闇ブローカーだったのではないだろうか。

恨みがましく訪ねてくる者は、意図せず提供者にさせられた者ではないか。

「ピンポーン」

またチャイムが鳴る。

俺は、思わず、ヒッと悲鳴をあげた。

恐る恐る画面を覗くと、笑顔の男性が立っていた。

スーツを着て、画面に向かって一礼した。

なんだ、セールスマンか。

このまま黙ってやり過ごそう。

「滝沢さーん、いらっしゃいますか?」

そのセールスマンは執拗にチャイムを鳴らす。

なかなか押しの強そうなやつだ。

俺は息をひそめて、画面を見つめて無視を決めていた。

「滝沢さーん、いますよねえ?いるんだろお?なあああ、たきざわあああああ!」

笑顔のままのセールスマンの様子がおかしくなってきた。

「滝沢さーん、居留守は困りますよおおお?ねえええ、うちの息子の心臓、返してもらえませんかああああああ?ねええ!ねえええ?滝沢ぁあぁあ!出て来いよぉおおおおお!」

ガンっとドアが蹴られた。し、心臓なんて知らない!何なんだよ、心臓返せって。

思わず、悲鳴を上げそうになったが、俺は慌て110番した。

「す、すみません。うちに変な男が訪ねてきて。ドアを蹴っています。助けてください。」

しばらくすると、警察が来て、その男は取り押さえられた。

その男は、警察に、滝沢によって、自分の息子が誘拐され心臓を抜き取られて、売られてしまったと訴えた。しかし、その後警察が調べても、「滝沢寛治」なる人物は見つからず、逮捕された男にも息子などは存在しないとのことで、その男は精神に異常をきたしているのではないかということだった。

それからも、滝沢寛治あてに、いろいろな物が送られてくるが、俺はもう滝沢寛治にかかわりあうのは怖くなり、滝沢寛治に届いた物は、すべて庭で燃やした。

そして、今日もインターホンが鳴らされた。

画面を確認すると、警察官だった。

この間の件で、まだ何か俺に確認することがあるのかと、俺はドアを開けた。

「滝沢寛治に関することは、すべて忘れてください。」

と警察官は不可解なことを言い始めた。

「どういうことですか?」

「世の中にはね、知らなくていいことがあるんですよ。」

「えっ?」

「あなた、あのお金、受け取っちゃったんでしょう?」

そう言うと警察官はニヤリと笑い、ゆっくりと後ろ手にドアを閉めると鍵をかけた。

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